第二十九話 動画配信をするって、かなりの挑戦だよな。
旅館に泊まるのも、ついに最後。
最後くらいはゆっくりとしたいと思ってる柘魔だったが。
旅館に泊まって三日目の今日、ついに帰る日が来てしまった。
温泉で体が癒やせたかと聞かれると、正直微妙ではある。
殆ど浸かる前に、攻撃を受けたりしたからだ。
そして狂子がある提案を出してきた。
「よし!コンヨクに入ろう!皆で入れば問題ないだろう!」
狂子が提案してきた混浴、これに賛成したのは役三名。
言い出した本人の狂子、そして蘭華に富閖野先輩。
「いやいや、普通にアウトだろ。狂子は混浴が何か分ってるのか?」
「皆で楽しく入る温泉だと聞いた!若い男女は普通に混浴に入ると、母も轟さんも言っていたぞ!」
あの二人…純粋な狂子になんて事を教えたんだ。
蘭華と富閖野先輩の考えている事は分る、大体良くない事しか企んでない。
目が光ってるし、息が凄く荒い!
完全に狙ってるよ、こっちを狙ってるよ。
「ちょっと待ちなさい。混浴をするのなら、そこの二人は入れないことを条件にするなら良いわよ」
「待ってください!そんなのは困ります!私は絶対に入りません!秋恵元生徒会長のご命令だとしても、聞き入れる事は出来ません!」
別に誰も強制とかしてないだろうに。
あと俺は入る気すらないんだが、既に決定してる風に言われてもな。
温泉にまともに入る事が出来なかったから、ゆっくりと浸かりたいのに。
あと夏美…お前はどうして俺の足を蹴ってくる?
ふくらはぎを集中して攻撃されるから、徐々に膝が曲がっていくだろうが!
「やりすぎだぞ夏美。春魔が空気椅子に座ってるみたいになってる」
「知らない。なんかむかつくから」
ただの八つ当たりじゃねぇか!理由もなく人を攻撃するな!
「あの真手場先輩、水着を着て入るとかっていうのは駄目ッスか?」
「水着ということは…悪く無いな。よし、掛け合ってくる!」
走り去って行く狂子、その顔は笑顔に満ちていた。
それにしても夏美の攻撃が、激化してきたな。
右足に集中し始めてきた…痣が出来てるかもしれない。
「おお…ハイドが空気椅子で、足を組んでる」
「だぁぁぁぁぁ!なんで転けないのよ!?タクのくせに!転んでよ!馬鹿!」
理不尽過ぎる…俺が何をしたと言うんだ。
しかし、ここで姉貴から鍛えられた時にやらされた、空気足組が役立つとは。
少しだけ前屈みになってないと、直ぐに後ろにひっくり返るんだよな。
あと足に凄い負担が掛って、バランスがキツい。
もし蘭華に掴まれたりしたら…あれ?腰が楽になった?
尻の下辺りに、何かがある。
「蘭華…ついに落ちる所まで墜ちたッスね。幸せそうだから止めないッスけど」
「なぁ浩寺…もしかしてだが、俺の下には蘭華が居るのか?」
「安心しろ春魔。もの凄い笑顔で椅子になりきってる」
どこが安心しろだ馬鹿野郎!?安心出来るわけがないだろうが!
急いで立ち上がり、蘭華を確認すると、凄い不服そうな顔で見つめてくる。
お前は時に、理解に苦しむ行動をとってくるな。
妹である姫華が可哀想になってくる。
もしこんなのが姉貴だったら、死にたくなるな。
「ちょっと姫華ちゃん?一応お姉さんなんだから、上に乗ったら駄目よ?」
「なんで?椅子になってるなら、別に私が座っても問題なくない?」
姉がドMに目覚めたかと思えば、次は妹がドSに目覚めたか。
本当にとんでもない姉妹だ、もうこれでバランスが取れてるのかもな。
姉貴すらも完全に諦めてるところを見ると、何か底知れぬ物を持って居るのか。
「喜べ皆!掛け合った結果、教科が降りたぞ!それどころか、水着の案が検討される事になった!着替えて入ろう!」
結局は全員参加させられるのか、まだ水着を着ているなら大丈夫か。
「み、水着なら許可します。ただし、しっかりと見張っていますからね!」
そして俺達は水着に着替え、浴場に飛び出したのだが。
ここでまた1つ問題が発生したのだ。
蘭華と姫華の水着が、異常な程にきわどい。
他にも狂子は水着というより、ふんどしにサラシを巻いてきた。
また変な知識を叩き込まれたのか…てか止めろよ!
「それはもしかして、またキャリーさんから聞いたのか?」
「ああこれか?夏美が教えてくれたのだ。柘魔はこういうのが好きだと、どうだ!?似合っているか!?」
色んな意味で涙が出てきそうだよ。
てかどうしてこんな物が用意されてるんだ、普通の水着だけでいいだろ。
よりによってなんでふんどしなんだ!?てか夏美、アイツも変な嘘をついてんじゃねぇ!
「入るぞ柘魔!」
「ちょっと待て!流石にその恰好は…布が長い!?」
俺はしっかりと見ていなかったのだが、狂子の履いているふんどしは、布が異常に長かった。
女性側の出入り口から続く布は、余裕で温泉まで続いていた。
湯船の中でもプカプカと浮いている光景は、なんとも言えない気持ちにさせられた。
「よっこいしょ。ふぅ…なかなかの良い湯だ」
おっさんクセぇ!狂子の入り方がおっさんそのものだ!
頭にタオルまで乗せてる!完全におっさん化してる!
女の子なんだから、もう少し可愛くしたらどうなんだよ!?
隣で浩寺がポカーンってしてるぞ!あまりの事にどうしたいいのか戸惑ってるぞ!?
「こうして誰かと温泉に入るのも良い物だな。コーラが欲しくなってきたな、誰か冷えたコーラを頼む!」
狂子の声に反応して、女将さんが冷えたコーラを運んで来たんだけど。
それも瓶コーラを運んで来た、それも全員分ある。
これは流石に贅沢のしすぎだろ。
俺がそんな事を考えている間にも、狂子はコーラの栓を抜いて飲み始めていた。
「先輩!先輩!似合いますか!?どうですかこのチラリズム!?」
「別に何を来ていようが勝手だが、隣に浩寺がいる事を忘れるなよ?」
蘭華が浩寺の存在を認識した瞬間、俺と狂子の間に逃げ込んできた。
そして何もしていない浩寺を睨み付け始め、警戒をし始める。
「私、徳江先輩は嫌いです。一昨日、裸を見られたのが許せません!先輩だけに見せたのに!」
「あれって…俺が悪いの?どう考えても、理不尽過ぎると思うんだけど」
浩寺よ…世の中は理不尽だらけだ。
「アンタの体なんて見ても嬉しくないでしょ!ねぇ浩寺お兄ちゃん?」
「胸のない姫華に言われても、大してダメージがないけど?」
張り合うな!胸を使って張り合うな!
見ているこっちの方も考えろ、比べる意味も無いくらいに差があるんだから。
お互いに押しつけても、身長の差もあるのだが、顔が遠いな。
完全に蘭華が原因なのだが…やめなさい!人を蹴るのはやめなさい!
胸で完全に見えてないのを利用して、人を蹴るんじゃないよ!
蘭華があまりの痛さで半分涙目になってるよ!
イマイチ喜んでるのか分かり難い顔をしてるよ!
「あまり喧嘩をするなよ…んで、一体何をされてるんですか?」
足元から腰に掛けて違和感を感じた俺は、手を突っ込んでそれを取り出した。
このときの気分は、コタツから猫を取り出すようだった。
「だって、ハイドの近くに寄れなかったから」
「いや、だからってゴーグルとか着けてこないでくださいよ。顔が真っ赤ですよ」
温泉の中を、海水浴気分で潜水するなよ。
そのままにしておくとヤバそうなので、とりあえず膝の上に置いてみたが。
なんだか子どもを膝に乗せてる気分だ。
不思議なのは、膝に乗せたら大人しくなってくれた所だ。
いつもなら、何かとされるのに、温泉だからか大人しくしてくれてる。
やっぱり温泉で騒ぐよりは、ゆったりとしたい気持ちは同じなのか?
「私も先輩の上に座ります!」
「お前が座ったら潰される。少しは落ち着いたらどうだ?二人を見てみろ、ゆったりとしてるだろ」
「温泉と言うのは素晴らしいものだな…眠くなってきたぞ」
「なんだか幸せ。ハイドの腕の中で寝たい」
狂子と富閖野先輩が体を預けてくるんだけど、温泉だから結構暑い。
そして姉貴達と一緒にいる夏美が、こちらを睨み付けてくる。
私不機嫌ですよアピールをしてるつもりなのだろうが、別に構うつもりもない。
だって身動き事態取れないから、気づけば蘭華まで来てるから!
ため息をついたらついたで、こちらに近づいてくるし。
文句があるなら直接言えばいいのに、本当に世話が焼けるヤツだよ。
今回は特別に…切っ掛けを作ってやるか。
水中の水を手に溜めて、夏美目掛けて飛ばす。
「ぶっ!ちょ!何すんのよ!?頭おかしいんじゃないの!?」
「言いたい事があるなら言えよ、うっとおしい。俺もお前に聞きたい事があるから、こっちに来い」
顔を真っ赤にして、夏美が殴り掛ってくるも、途中で器用に転けやがった。
そのまま富閖野を押しつぶした挙げ句、俺の顔に頭突きを噛ましてきた。
「痛ったー!なんでここで滑るのよ!?」
「こっちのセリフだ!なにナチュラルに顔面頭突き喰らわしてくれてんだ!?」
隣で心配してくれる狂子と蘭華だが、夏美の下から泡が出ていた。
「夏美…お前、屁こいたか?」
「はぁ!?ばかじゃないの!?普通女の子にそんな事聞く!?浩寺はデリカシーがないのよ!?」
「喧嘩してる場合か!?お前、富閖野先輩の上に居るんだぞ!?」
夏美を退かして、助け出したが、完全に気絶していた。
俺は富閖野先輩を連れて、温泉を出た。
とりあえず部屋に運んで布団に寝かせて、頭に冷たいタオルを乗せたが、半分のぼせてるな。
あとで夏美をシメておかないと駄目だな、普通は一緒に着いてくるだろ。
「先輩の様子どう?何か手伝える事ありそう?」
「小百合か。今の所は様子見しかできそうにない」
本当に良い子だな。
問題を起こした夏美は、全然来ないし。
姉貴に締め上げられている事を祈ろう、そうしよう・
「今日のマコト先輩、寝不足ぽかったけど…疲れてたのかな?」
「うう…ん。小百合…喘ぎ声がうるさい…黙れ」
とんでもない暴露をされた気がするんだけど…ただの寝言だよな?
隣にいる小百合に関しては、顔が真っ赤で硬直してる。
事実だったのだろうか、それとも寝言だったのだろうか。
でも小百合の方を見てると、なんだか怪しい雰囲気だしな。
まぁ思春期だからな、仕方ないよな。
あれ?涙目になってる?泣いてらっしゃる?
「泣くな小百合、富閖野先輩の寝言だ。きっとそうに決まってるって」
「…私…生徒会長に、無事だって報告してくるから」
フラフラと部屋を後にする小百合。
それと同時に富閖野先輩が目を覚ました。
「地獄を見た…死の予告は、一本道を上から見せられた」
…何を言ってんだ、この女。
「目の前にハイドがいると言う事は、夜這い?」
「これが夜這いに見えるなら、問題ないのかもな」
先ほどまで、一体何が起ったのかを説明したが、覚えていないらしい。
相当なダメージだったのか、それとも気づく暇もなかったのか。
直前に見えていた物はあったらしいが、本人(夏美)にしられたら、ボコボコにされそうだ。
ただのこの人と二人っきりにされるというのは、安心が出来ない。
下手をすれば、蘭華以上の危険行為をしそうだからだ。
まさに未知数の女だと、俺の勘は警告をしてる。
「ハイド!一生のお願い!私の生放送に出て!」
「はい!お断りします!」
突然の頼み事に驚きつつも、瞬時に俺は断る事が出来た。
我ながらの素早い反射神経だと、褒めてやりたいくらいだ。
そして俺が断ったことで、捨てられた子犬のような目で見つめてくる。
そんな目で見つめられても困るだけなんだけど、てかそういう目が出来るのね。
いつ無表情が多いから、逆に新鮮に感じ取れるわ。
「もう宣伝しちゃってる!ゲスト出演があるって!私の大切な親友って題名で!出てくれないと嘘つき呼ばわりされる!」
「何勝手に宣伝してるんですか!?そんな事を言われても自業自得じゃないですか!?」
人を勝手にゲスト出演させようとするなって!
まずは先に許可を取れよ!?順序がおかしすぎるだろ!?
一体何を考えているんだ!?俺はそこまでお人好しでもないぞ!?
「私の気づき上げてきたリスナー達の信頼がぁぁぁ!ハイドの裏切りで全部失われるぅ!ということで、皆に襲われたと言いふらしてくる」
悪質な手段を取って来やがった!?
もし俺に襲われたなんて言いふらされたら、生徒会長からの攻撃が来る。
そして蘭華のトリガーを引き、夏美からも蹴られるかもしれん。
もしかして、全てを計算しているのか?
俺が断るから、この状況を利用出来る事まで、全部が計算済みだったとでも言うのか?
いやいや、ありえないだろ…そんな高いIQを持ってるようにも見えないし。
「私の期末テスト、学年順位は一位。静子ですら三位」
完全に心を読まれた…だと?
つか…学年一位を取ってるだと?
「もう残された道は、1つしかない。私と一緒に生放送に出て貰う」
「顔出しを…しないのであれば」
交渉の結果、マスクで顔を隠しての出演になった。
帰りに富閖野により、帰りは姉貴が迎えに来てくれる。
その代りに、俺への出演料が支払う形で決着。
出演料を言い出したのは姉貴だが、ちょろまかされないか心配だ。
旅館から帰宅途中、富閖野家に寄ることとなった俺。
正直言うと、あまり帰宅は無かったのだが、仕方なく来る事となった。
俺、動画の生放送とか経験が無いんだけど。
「多分家に家族が居るけど、気にしないで堂々としていれば良い。何だったら、ハイドらしく大暴れしても構わない」
「構わないって、俺が困るんですが」
家の中にお邪魔させてもらうと同時に、小さい少年少女が玄関まで走って来た。
「マコト姉ちゃんお帰り、お土産頂戴」
「マコトお姉ちゃんの隣誰?その人がお土産?」
少年少女は、富閖野先輩より少し小さいが、どことなく顔は似ていた。
少年は短い刈り上げ、少女はポニーテールをしていたが、顔は無表情だった。
そして富閖野先輩を姉と呼んだから、弟と妹である事は確かか。
あとさらっと俺の事を、お土産扱いされた。
「お前等にやる物なんてない。それよりも、お前等が持ち出した私の変身アイテム、早くあった場所に戻せ」
お土産が無いと聞いて、絶望した顔をする二人。
無表情だった顔が一気に歪み、目に涙を溜め始め、大声で泣き始めた。
なんだか見ていて可哀想になってくるな。
見た様子だと、まだ小学生くらいだろうに。
「お菓子で良いなら、一応飼ったやつがあるが」
「お前等にやるものなんてない!中学生のくせに、子どもの泣き真似はやめい!みっともない!」
ちゅ…中学生?
忘れてた、この人の体型を見れば違和感がない!
てっきり小学生の中学年くらいかと思って居たが、まさかの中学生だったか。
もう泣き止んでるし、無表情に戻ってる。
危うく黙れる所だったな、恐ろしい家系だ。
「チッ、つまんね。姉ちゃんが珍しく人を連れてきたかと思えば、ただの男かよ」
「でも私は嫌いじゃないかも。お姉ちゃんから奪うってのも、あり?」
妹さんが、恐ろしい事を言っておりますが。
となりへ振り向くと、無表情から放たれる殺気と言う物を、初めて見た。
直視出来ぬ程のオーラを醸し出しながら、一瞬にして二人の腹部へとボディブローを叩き込んだ。
目にも止まらぬ早さだった…俺ですら、腹筋に力を入れるのが精一杯だろう。
「私のハイドを今度馬鹿にしたりしたら、ピラニアの水槽に叩き込む」
物騒な事を言い始めたよ!姉が一番怖いよ!
「スグル、カオル、さっきからうるさ…マコト?あれ!?今日帰ってくる日だっけ!?あれぇ!?お姉ちゃん、明日かと思ってた」
次に現れたのは、三人とは違う、表情豊かな女性。
身長に関しても大きい、富閖野先輩の倍はありそうだ。
ただやはり、俺からしたら若干見下ろす形になるのか。
「姉か…五月蠅いのが帰ってた。ハイド、あれは気にしないで私の部屋に行こう」
「ちょっと待った!へぇへぇ、ほおほお、ふんふん、なるほど…えい!」
突如両手の人差し指で、乳首を攻撃された。
地味に爪を立てて攻撃されたせいで、結構痛かった。
だが相手の方もダメージを受けた様子で、声にならない悲鳴を上げながら、しゃがみ込んでいた。
どうやら突き指をしてしまったようだが、自業自得でしかない。
「だ、大丈夫ですか?突き指なら、冷やした方が」
「ククク…なってくれたな…私のニップルスティンガーを破るとは…ただ者ではないな!?」
理解が追いつきそうにない…結局は何がしたかったの?
半分涙目だから、相当痛かったんだな。
思いっきり突いて来たからな、こっちもまだ痛い。
本当にこの人が、富閖野先輩の姉なのか疑問が浮き上がってくる。
俺は信じるぞ!姉貴と似てない姉弟と言われ続けたらな!
「これは私の姉、ミコト。無視して部屋に」
「うぉぉぉぉぉ!マコトォォォォォ!何処だぁぁぁ!?」
今度はなんだよ!?めっちゃ発狂してる!?
「兄のマサル。攻撃してきたら構わず殴って良い、むしろ見たい」
「ゆ、愉快なご家族ですね」
いやだ…長時間も居たくない。
もう帰りたいメーターがフルスロットルなんだけど!
今なら十秒以内で家に帰れそう!何でも振り切れそう!
「マコト!寂しかったぞォォォォォ!」
ぎゃあああああ!階段からゴリマッチョが飛び降りてきた!?
あれが本当に、この人の兄なのか!?
もう別人過ぎてやばいだろ!伸長差もありすぎるだろ!?
「マコニャン・マキシマムドライブ!!」
マキシマムドライブって、アンタそれ二人で一人になるヒーローの技じゃん!?
それに回し蹴りを繰り出してるが、スピードが速い。
スピードだけなら、姉貴程ではないだろうが、俺のよりは明かに早い。
更に躊躇なく横顔に叩き込むと言うのも、また恐ろしいというか。
「チャ~オ!…部屋は二階にある。早く行かないと放送に間に合わない」
家よりもかなり、騒がしい家族だな。
「このゴリラは踏んづけても大丈夫、逆に踏んづけない方が安全。多分トレーニング後だから」
状況に戸惑う俺は、そのまま部屋に連れて行かれたのだが。
想像はしていたのだが…かなりのマニアだと実感させられる。
部屋の壁中に変身アイテムや武器が飾られ、ガラスのショーケースには未開封品が保管されていた。
パソコンデスクの上には、三枚のモニターに、ギラギラと光るキーボード。
完全にガチゲーマーの部屋じゃねぇか!?カーテン開けろよ!
「この日を待ちわびてた。ちゃんとハイド専用の赤い椅子も用意してある」
あの赤い椅子と青い椅子って、そういう意味だったのか。
もう半分呆れてきたが、半分尊敬が持ててきた。
色々な物が置いてあるんだが、もの凄く貴重そうな玩具まで置いてある。
見るからに超合金のロボットとか、ブリキのロボットとか。
もしかしてこの人も、かなりの金持ちなのか?
「生放送を始めるから、椅子に座って。あとこれえを身に着けて」
…ホッケーマスクに、焦げ茶の帽子。
完全にホラーカリスマ二名の特徴じゃないですか!?そして青いツナギを渡されましても。
せめて別の緑と灰色の中間みたいな色だったら、三大ホラーになれたのに。
あとそっちはそっちで、朝放送してる少女アニメのコスプレをしてるけど、無表情過ぎて原作の面影がない。
なんか全く別の作品の、コスプレをしてるようにしか見えない。
「準備万端!アーユーレディ!?ジキル&ハイド出撃!」
今までで一番テンションが高いよ!?
「生放送開始まで…3、2、1、コンチッス。マコニャン登場…終わって良い?」
いきなり終了して良いか聞き始めたよ…画面が文字だらけだ。
殆どが始まったばかりだとか、パンツ見せろとかしか書いてない。
お前等…どんだけパンツが見たんだ。
そして隣では、フィギュアのパンツを見せつけてる。
「本日は、前回言っていたスペシャルゲストを用意した。今隣で…賢者タイムに入ってる」
「何普通に嘘言ってくれんだよ!?アンタがやってんのはアダルトサイトでの放送か!?」
いきなり賢者タイムとかふざけんな!
人を変態扱いされても困るんだよ!俺家に帰るぞ!?
あと画面の向こうのお前等!草を生やし過ぎなんだよ!
顔面がマックス大草原と化してるじゃねぇか!
「マックス大草原…皆が盛り上がってきた。じゃあ早速紹介すると、これが私の元半身であるハイド」
ちゃっかりハイドとして紹介されたよ。
これじゃあコメントが混乱、してない…むしろ盛り上がってる?
顔出せとか書かれてる、あと富閖野先輩がカメラに近づけようとしてくる。
「写らないとゲストにならない。顔は出してないから大丈夫」
「大丈夫って…既に殺害予告されてんだけど!?誰だ!?殺害予告なんて書いたヤツ!?今すぐ名乗りでろ!」
びっくりして名乗り出ろとか言っちまったが、コメントが荒れ…ないのね。
逆に便乗して書いてるヤツが増えてる。
あとホッケーマスクとか着けてるせいで、お前の本業だろって書かれてる。
確かにこんな恰好をしていれば、本業と言われても仕方が無いか。
「殺害予告した人。これからハイドがそちらに向かいます」
「俺は邦画ホラーに出てくる幽霊か!?画面を通して移動しろってか!?洋画か邦画のどちらかに絞れよ!?」
もうなんかぐだぐだになってきてるよ!
この人、一体生放送で何をしてんだ?
「そろそろ本題に入る。本日やるのは、ホラゲー実況を二人でやる」
そういうと、ゲームソフトを探しに行ってしまった。
取り残された俺は、喋る事は出来ずに、画面を見つめて文字を読んでいた。
すると沢山の、怖いとか通報しろとかの文字が流れてくる。
まぁ…ホッケーマスクを着けた男が、画面に集中してたら怖いよな。
適当に喋れって…こっちは初心者なんだよ。
ガタイ良いですねって…おい!途中からホモが湧いてるぞ!?
滅茶苦茶ホモっぽいコメントが増えてきてる!
「コメがホモ達に占拠されてる。ハイドの大胸筋を見せれば収まるかもしれない」
「いやですよ…顔出しとかしない約束なんですから」
コメントの方では、大胸筋見せろとか腹筋見せろとかで溢れかえってる。
お前等どんだけ人の筋肉好きなんだよ!?
人の筋肉を眺めても楽しくないだろ!?少なくとも俺は楽しくない!
「いつもは兄に頼んでるけど、私がパーフェクトでノックアウトしたから来れない。だからハイドがやるしかない!」
涙目で訴えられても…分った見せますよ!見せればいいんでしょ!?
俺の中に、新たな黒歴史が刻まれた瞬間だった。
一体何処の誰が見ているのかも分らない生放送で、自分の裸を晒すことになった。
それも微妙なコスプレをしながらで。
「ハイドの筋肉が大好評、あちこちに傷があってカッコいいって。ヤンキーとか書いてあるから、リスナーに答えてあげて」
「ヤンキーとかじゃないですよ。昔やんちゃ坊主だったので、その時に怪我をした痕です」
段々とコメントが筋肉祭りと化してる、ゲーム実況なんて出来るのか?
「ハイドの筋肉つながりで今日やるゲームは、安全帽を被ったマッチョな殺人鬼が襲い掛かってくる名作。ゴリマッチョ・ハウス」
ご…ゴリマッチョハウスを、所持してるだと?
生産数は僅か数百と言われている、伝説のPC専用クソゲーホラー。
キャラクターが異様にカクカクするのに対して、敵はヌルヌルと動く。
それに敵からの攻撃判定はガバガバなのに対して、こちらからは一切の攻撃が出来ない。
一番恐ろしいと言われてる点は、主人公選択で男か女かと性別を聞かれる。
男を選択した場合には、難易度は高いものの、敵にやられるとホモエンドが待っている。
対して女を選んだ場合には、難易度が急激に上がる挙げ句に、鬼の様な形相で瞬間移動等をしてくる鬼畜に変る。
噂によると、あるコマンドを入力すると、難易度が下がると聞いた事がある。
「これの入手法?父親が持ってた。うん、いつものパターン…多分他にも沢山あると思う」
画面を見ながら、一人で喋ってるよ。
知らずに眺めてたら、独り言を喋ってる様にしか見えないな。
「私にとってのハイド?半身で彼氏」
「訂正させて頂きます。先輩後輩の中であり、恋愛関係は一切ありません」
一瞬彼氏と言う言葉で、コメントが荒れそうになったが、直ぐに否定しておいて正解だった。
直ぐに落ち着いたが、こちらの表情が見えないせいで草がまた増えた。
隣では既にゲームをスタート画面まで進めてるし、色々と手慣れ過ぎてる。
「じゃあ始める。難易度は女性にするけど、噂の真相を知りたい人いる?…分った、やってみよう」
手慣れた動きで、パソコンにコマンドを打ち込んでいく。
すると男の声で変な事を良いながら、画面が一気に変った。なんだか筋肉マッチョのシルエットが出たと思えば、画面が全体ピンク色に。
なのに表情を変える事もなく、一人でゲームを進めていく富閖野先輩。
途中で交代をされたりしながら、楽しくプレイをしていた。
時間が経つのは早い物で、気づくと心配した姉貴が迎えに来ていたのだが、リビングで寛いでた。
完全に富閖野先輩の兄と弟を骨抜きにして、姉と妹には相当懐かれていた。
「ハイドの姉を見習って欲しい。見ていて恥ずかしい」
「うぐぐ…喰らえ!指先に回転を加える事により、更なる火力を引き出す事に成功した、真・ニップぐぁぁぁぁぁぁ!」
まだこちらに攻撃をしてくるならまだしも、よりにもよって姉貴に対して攻撃をするなんて、自殺行為と言っても良い。
突如突きだされた二本の人差し指を、両手の人差し指と中指で挟んだだけでダメージを与える。
それも指の太さは大して変らない、むしろ姉貴の方が細い。
なのに、挟むだけで相手に激痛を与える破壊力。
流石は悪魔と呼ばれるだけはある、人間離れをし過ぎている。
「私に攻撃をしてくるなんて、良い度胸してるわね。このまま指の第一関節を粉砕するのも面白そうだけど、いっその事逆反りにするのもありかもしれないわね」
「お慈悲!お慈悲を!指を破壊されると、漫画が描けなくなります!」
漫画が描けなくなるって…漫画家なのか?
「別に壊しても構わない。どうせ書いてるのなんて、ただの百合漫画だから」
「ま、マコト!お姉ちゃんを見捨てるというの!?蹴り!蹴りをかませ!この巨大なスイカ2つを叩き割れ!」
蹴りの体制に入る先輩を、適当に担ぎ上げると、発狂する声が部屋に響いてきた。
そういえばゴリマッチョさんを忘れてたな、めっちゃダンベルを振り回してる。
てかダンベルで威嚇をしてくる、ダンベルを叩き合わせてドラミング的な事をしてくるんだけど。
「マゴドッヲブァナズェヴァ!」
もう日本語ですらない!多分本人も理解出来て無い!
ダンベルをこっちに投げつける準備を視点だけど!?
もう明かに砲丸投げの構えを取ってる!?
「やかましいんじゃ!このボケガァ!」
突然上がるドスの利いた声と同時に、ゴリさんが白目を剥いて倒れた。
そしてその背後に現れた筋肉質の女の人、多分倒した張本人だ。
もしかして…あれも先輩の姉なのか?
「マサル…アタシが寝てる間は、静かにしろってあれほど言ってあるよな?誰が家の中でダンベル振り回して良いなんて、言ったんだこのダボが!」
じゃ、ジャーマンが決まった。
滅茶苦茶綺麗な形のジャーマン、完璧以外の言葉が見つからない。
完璧過ぎる技に対して、うちの姉貴も固まってる…それでも力を緩めないのか。
てかジャーマンの人、どこかで見た事がある気がするんだよな。
あの完璧過ぎる美しいジャーマンを、どこかで見た事がある。
姉貴も見た事がある様子だが、誰だか思い出せない様子。
「なに?客来てんの?ミコト、飯食べてってもらいな。客に出す料理に不味いのを出したら、後でドロップキック喰らわすから…ごゆっくり」
「ちょっとお母さん!この状況で普通放置する!?娘がピンチなんですけど!?将来有望な漫画家がピンチなんですけど!?」
ミコトさんが助けを呼ぶも、そのまま部屋に帰ってしまった。
「タッちゃん…あの人、もしかしてだけど…喰能だと思うの」
「同感だ…あの完璧なジャーマンは、恐らく間違い無く『人食い喰能』だ」
『人食い喰能』、昔俺と姉貴がプロレスにハマっていた頃に見た、女性レスラーの名。
あらゆる相手を、まるで獲物を狩る獅子の様に再起不能する。
色々なプロレス技を得意とするが、特に得意としたのはジャーマン。
その決めに入るタイミングは完璧かつ、掛ける一瞬はまさしく芸術と言われ、スローモーションで見た時は感動した。
俺と姉貴はあらゆる試合のビデオを見て、DVDになっても見ていた。
現在でも家に保管してある程に、大ファンだった。
「ついに気づかれた。私達の母は、元女子レスラー…昔の話しだけど、知ってるの?」
「知ってるも何も…俺と姉貴はファンだよ。姉貴の技開発の切っ掛けの人でもある」
あ、ああ、姉貴が感動で涙を流してる!?
「あとで…サインを貰いましょう」
「そうしよう…一生の宝になる」
それから、俺と姉貴の熱が入ってしまい、プロレス技についての語り合いが始まってしまった。
途中で目を覚ましたゴリさんも語り合いに加わり、結局帰ったのは翌日になったことは、皆に内緒にしないといけない。
マコトの家に行き、生配信を無事に終えた柘魔。
だがなんと、マコトの母が実は元レスラーであり、柘魔と秋恵が憧れる存在だった。
次回、久々に桜が登場!ついに柘魔と浩寺への貸しを返して貰うときが来た!
コスプレから始まる複雑な友情…浩寺がついに打ち明ける!?




