第十八話 遊園地に行ったけど、結構疲れるものだ。
小百合から突然、遊園地に行こうと誘われる柘魔。
だがそれを見ていた二人の女子から、反感をかってしまうのだった。
どうしてこんな目立つ場所を選ぶんだ。
人が沢山居て、人が集まりやすい時間に。
「こ…今度の土曜に…一緒に遊園地に…これは別に私が用意した物じゃなくて、親戚の人がくれた物で…本当は会長とかを誘えば良いけど、あまり興味ないらしくて」
何そのいきなりツンデレ!?
あと周りから超注目されてる、これじゃあ断る事が出来ない。
小百合、案外出来るかもしれぬ。
とりあえずは受け取るとしてだ、困ったぞ。
もしかするとこれは、デートのお誘いになるのではないだろううか。
周りからの視線が…興味津々の視線が…。
「ありがとう…じゃあ、土曜日な」
「うん…詳しい場所は後で教えるから…あ!連絡先知らない!今のうちに交換しとかないと!」
そういうと小百合は、俺のポケットからスマフォを取り出した。
「勝手に取り出すなよ」
ダメだ、集中してて耳に入ってない。
はぁ…これでまた新たな噂が流れるのか。
周りの女子からは呆れられてるし、男子からは嫉妬の目で見られてる。
「完了だけど、これ結構古い機種だから変えた方が良いよ」
「コイツが使い慣れてるんだよ。けど確かに、そろそろガタが来てるから、替え時かもな」
このスマフォもそろそろ三年程経つのか、早いな。
「チャイム鳴るから戻るけど、ちゃんと身だしなみはしっかりして、ネクタイも緩めない」
お前は俺の妻か!?
彼女は緩んだネクタイを締めたと、教室へと帰っていた。
その間に、着信がなり始めた。
相手はあの夏美から、直ぐに犯人を予想出来た。
浩寺の野郎、夏美に告げ口しやがったな。
後でしばき倒してやるからな、覚えてやがれよ。
とりあえずは…嫌だが、電話に出ないと。
この応答を押した瞬間に、地獄が始まる。
「やっと出た!タク!どういうつもり!?このハゲ!ロリコン!死ねぇぇぇ!」
…電話が切れた。
アイツ…思いっきり叫んで切りやがった。
つか俺禿げてねぇし、ロリコンは浩寺だし。
あと死ねって普通に傷つくぞ、額の古傷が痛くなってきた。
ここはとりあえず、やることは一つ。
「余計な告げ口してんじゃねぇよ」
「うっ!春魔…溝はアカン、授業始まる前の溝内はアカンって…」
ふぅ…少しだけスッキリした。
コイツには帰りに少し付き合って貰うとするか。
部活がるとしても、俺には何の関係もないからな。
「お前、責任取れよ。夏美の暴走を止めるのは、お前だ」
青ざめるな、俺が刺激するよりまだマシだろ。
あの状態にしたのはお前なんだ、俺がボコボコにされるなんて、筋違いだ。
にしても…小百合と遊園地に行く事になるなんて。
身だしなみもしっかりしろと言われたが、俺殆ど黒いパーカーとかしか持ってないなしな。
いつものスタイルで行ったら、怒られる事は確定している。
仕方が無い…今日の帰りにでも、新しい洋服を買っていくか。
と言っても、俺はずっとあのスタイルだから最近の流行なんて知らない。
途中で金も下ろさないと…めんどくせ…。
「春咲君、もしかして真手場先輩と別れたの?結構色んな女子と関わりがあるみたいだけど」
誰だっけ?
同じクラスなのは知ってるが…名前、覚えてねぇ。
名前なんだっけ…よく浩寺の事を見てるのは知ってるが。
「貴方、色んな子に手出して、恥ずかしくないの?」
…一人…増えた。
「正直見ていて不愉快なの!さっきの子だって一年生でしょって寝るなぁ!」
うるせぇよぉ…こっちはただでさえ頭抱えて悩んでるんだ。
関係無いヤツは黙っててくれ、と言えれば良いんだけどなぁ。
言ったら言ったで、反感買うだろうし。
返事をしないでいると、更に怒り出すだろうしなぁ。
眼鏡取り上げたら大人しくならないかな、性格が変るとか。
「落ち着いてよ沙李、きっと春咲君にも事情があるんだよ、もしかしたら親戚かもしれないよ」
「あれはどう見たって恋人同士のやりとりにしか見えない、いい加減ハッキリして、三股掛けてるんでしょ?聞いたところによると、もう一人三年生と他校の生徒、あと大人の女の人とも居る所を見てるんだから」
えっと…狂子、蘭華、小百合だろ?
とすると、後の三人の内、一人は富閖野マコトか生徒会長。
他校生の事は、夏美の事だろうな。
そして、大人の女性と言うのはズバリ、姉貴の事で間違いない。
姫華と行動をしていた所を見られていないだけ、大分マシと言ったところか。
「でも、小学生と一緒にゲームセンターに居たよね?」
結局見られてたのかよ!?
「ってことは…ロリコン?」
「蘭華の妹だ!一年の愛神蘭華の妹!あと俺はロリコンじゃない!こっちの事情も知らずに色々と言いやがって!」
しまった!頭に血が上り過ぎた。
俺も相当追い詰められて来てるのか?
そりゃ一年と経たずにあれだけの事が続いてる、休む暇すらなんだからな。
「いきなり怒鳴って悪かった…だが、訂正させてくれ…俺は誰とも付き合ってない…あと、最後の大人の女性ってのは、恐らく俺の姉貴の事だ」
疑いの眼差しを向けるな、事実なんだよ。
つか席に着けよ、先生が入り口で困ってるだろうが。
もういっそのこと、全員で撮ったプリクラでも見せるか?
あの時は酷かったな、狂子がまた間違った知識を植え付けられて来たから。
突然プリクラの中で服を脱ぎだしたのには驚いた。
姉貴が急いで止めていたが、彼女にも困った物だ。
「今日のところは引くけど…後で証拠を見せなさい!」
「さっさと席に戻れ、とっくにチャイム鳴ってんだよ」
畳み掛けてくるなよ、うっとうしい。
学校登校に蘭華を引きずって来てるんだ、それだけでスタミナ消費も激しい。
あれを見て察しろよ、殆ど彼氏どころか保護者だろうが!
まぁ…他人からはしたら、そうは見えないのが現実なのかもしれない。
むしろ女数人連れて歩いてる事が、異常だろ。
考えても仕方が無い…もうこの事を考えるのはやめよう。
学校が終わったら服を買いに行くんだ。
無駄な体力を使わないようにしないと。
「タク!説明しなさいよ馬鹿!ハゲ!私抜きで遊園地に行くなんて許さないから!私も遊園地行くから!」
「先輩遊園地行くんですか!?私も一緒に連れて行ってください!先輩と遊園地デートしたいです!遊園地ってなんかエロいじゃないですか!?」
「確かに…昔のエロ本とかは遊園地での撮影とかのがあったっすから」
お前等は遊園地をなんだと思ってんだ、あと連れてかねぇよ。
小百合が用意してくれたチケットだ。
もし連れて行ったりしたら、せっかくの厚意が台無しになってしまう。
そこは避けなければ行けない訳なのだが、どうやって落ち着かせるか。
このままだと確実に着いて来られる。
下手をすれば姉貴も着いてくる可能性だってある。
考えろ俺、どうやって暴走させずに留守番させる事が出来る。
「柘魔は小百合と遊園地に行くのか?なら今度は私と一緒に行こうじゃないか!実は母が遊園地をリメイクしたいと言っていてな、そこへ無料で行くのはどうだろう?」
俺はこの時、狂子が救世主にすら見えた。
この状況を一気に打破する言葉を、彼女はいとも簡単に言ってしまったからだ。
てかあの人ホント凄いな、遊園地まで持ってるのかよ。
「その代りだ、近いうちに柘魔に着いて来て欲しいところがある」
「着いて来て欲しいところ?別に良いが…変な所は勘弁」
一瞬、狂子の目が輝いたな。
もしかしたら、とんでもない所につれて行かれるのかもしれない。
簡単に承諾するべきじゃなかったか。
待ち合わせ予定時間前に着いちまった。
小百合から指定されたカフェ、ほとんどカップルしかいねぇ。
何ここ、俺一人とか完全に場違いなんですけど。
皆超オシャレにしてるし…俺大丈夫なんだよな?サングラス取っとこ。
それにしても…全然落ち着かない。
普段はパーカーを着て、頭にはフードを被ってた。
なのに…なのに何故…俺は。
ジャケットを羽織ってるんだ…黒だから良いけどよ。
帽子が無い代りにサングラスも掛けさせられた、これは蘭華と狂子からは好評だったが。
本当にこれで正解なのか?浩寺のヤツ、ふざけてないよな?
夏美は結構文句言っていたな、変なの選んでくるから困った物だ。
なんで遊園地に行くのにアロハシャツにボンタンを選ぶ、浮きまくるだろうが。
アイツの性格からして、絶対にわざとだな。
「ごめん、お待たせ」
お、やっとき…誰だ!?
え!?誰!?は!?うぇ!?
「もしかしてどこか変?いつもより少し気合い入れてみたんだけど…」
「ど…どなたですか?」
いやマジ誰だよ、こんな褐色系美女知り合いにいねぇよ。
周りの男共を見てみろ、なんか見とれてるぞ。
あと彼女さん達も凄い睨んでくるんだけど、こっち悪くねぇよ。
「もしかして分らない?小百合だけど、てかそっちこそ誰ってレベルで変わり過ぎ、学校と違い過ぎて…ぷっ」
ああ…やっぱり小百合か。
いや、分かっていたよ、もちろん。
ただな…学校と雰囲気が違い過ぎるんだよ。
普段は制服を着た姿しか見てないせいか、ただのギャルにしか見えないわけなんだが。
今日に限ってはただのビッチにしか見えねぇよ、露出度高すぎるんだよ。
一体どこに気合いを入れてんだ、もう少し落ち着いた服装に出来なかったのか?
「笑うな…あとお前も相当違うぞ」
「べ…別にいいじゃん…こっちの方が喜んで貰えると思ったんだから」
なんだよこのやりとり、超恥ずかしい。
さっきから来てた視線もなんか違う、暖かみのある視線に変ってきてる。
「見てあれ、もしかして付き合いだして日が浅いのかも」
「なんて言うか初々しいよね」
「彼女さん、相当張り切ってるみたいだけど、彼氏も彼氏で気合い入れすぎちゃったのかな?」
周りの声が聞こえてくる…恥ずかしい過ぎる。
小百合もめっちゃ顔赤い!タコ並に真っ赤になってるぞ!
とりあえず小百合を座らせたが、ここからどうした物か。
俺は珈琲を注文したが、彼女は一体何を頼むんだ。
出来る事なら、同じく珈琲を頼んでくれると、なんか嬉しい。
「ご注文をお伺いしても良いでしょうか?」
「あ、はい、じゃあメロンフロート1つ、ナポリタンを2つお願いします」
メロンフロートか、俺も昔はよく飲んでいたな。
…ナポリタン2つ!?
まさかコイツ…一人でナポリタンを食べる気でいるのか!?
「ここのナポリタン超美味しいんだよね、食べるでしょ?」
「それは普通、注文をする前に聞くことだ、腹も減ってきてたから丁度良いが」
小百合のおすすめのナポリタンか、どれくらい美味いか楽しみだな。
と考えて居た俺が馬鹿らしくなる物がやってきた、俺の夢を返せ。
なんだよこのナポリタン!?いったい何人前だよ!?
まさか小百合、これを毎回一人で食べてるのか!?
だとしたらお前はカー○ィか!?
「これこれ、これが美味しくて大好きなの!小さい頃から通ってるこの巨大なナポリタン!もうたまらない!いただきまーす!」
そういうと、小百合は巨大ナポリタンを食べ始めた。
俺はこれを全て、食べきる事が出来るのか。
周りの客も仰天してるぞ、本当に食べきれるのか心配してるぞ。
だが俺の分も来ている…やるしかない。
一口目を食べた瞬間に察した、これは行ける。
というより、あまりの美味さにフォークが勝手に進む。
姉貴が作る料理も美味いが、あっちは完全に洋風に出来上がっている。
対してだ、このナポリタンはまるで和食のような味。
今までにない新感覚と言える、なんだこの美味さ。
「美味しいでしょ?ここの味は昔からこうだから、ずっと通ってるんだよね」
通いたくなる理由が分った、確かにこれは何度も食べたくなる。
気がつけばもう、ナポリタンが皿から消えてていた。
俺は全て食べたのか?無意識の間にも、全部食べてしまったのか?
この腹の膨らみからして、食べた事は間違い無いのだが。
てか小百合のヤツ、既にメロンフロートも空っぽじゃねぇか!?
小百合、恐ろしい子!
「あと少しでバス来るから行く?えっと待って、今財布取り出すから」
「いいさ、ここは俺が持つ、先に出てて良いぞ」
伝票を持ってレジまで来たが、あのナポリタンって幾らするんだ?
うぉ、一人前で1200円か…あの量なら普通か。
むしろ安い方かもしれないな、あれだけ美味ければな。
金も十分用意してきたし、本当はもう少し持ってくる予定だったが。
まさか姉貴にまで妨害されるなんて、人の財布を隠すとか子どもかよ。
「バス来たよ、確かこれにのれば真っ直ぐ行けるはずだから」
今日の小百合、妙にはしゃいでるな。
学校では結構ツンツンしているというか、近づき難いと言う感じなんだが。
何というのか、こうして居ると、本当に普通の女の子って感じに見えてくる。
狂子とも、蘭華とも違うタイプ。
なんで彼女達は、俺なんかに寄ってくるんだ…もう少しいい人なら沢山居るだろうに。
普通のヤツからしたら、相当羨ましいのは理解出来る。
まるでエロゲみたいな展開とかになりそうなんだが、二次オタの俺にどうしろと。
…ん?あれ?小百合の顔が赤いな。
まさか俺、口に出して喋ったりしてないよな?
もしそうだとしたら恥ずかしい…。
と思って居た瞬間に、俺の股間にとんでもない激痛が走った。
「うぐぅ!?」
い、きなりなんだ…この激痛、完全に金的じゃねぇか。
しかも小百合、何故だが超怒ってる。
これはまさか…お前の仕業なのか?
「なんでこんな所でお尻触るの…最低」
「一体…何の…話だ…?」
ヤバい…これ思いっきりやられた。
俺の色々と大切な物が、崩れ去る。
このままだと前に倒れてしまう、だが前には人が居る。
つか前に居る人引いてるよ…そりゃいきなりな、股間を攻撃する光景を見せられたんだ。
それより冤罪だ!俺はこの状況で痴漢なんて出来ない!
「小百合…よく聞け…俺の左腕は吊り橋を掴んでる、右手はお前の鞄を持ってる…どうやって、反抗に及んだ?」
やっと気づいたのか。
多分犯人は、後ろにいる学生だろうな。
デカい鞄抱えて、部活に行くのだろうが、このバスって何処まで行くんだ?
よく見たら、学生が結構多いな。
全員荷物デカいから、スポーツ系の部活に行くのかもしれないな。
「勘違いは誰にでもある…次からは事前に確認を取ってくれ…いきなりのこれは、男にとってはキツすぎる」
小百合の顔がどんどん青ざめていく、てか震えてる!?
「どうした?顔色が悪いぞ」
「…ごめん、なんか罪悪感で…体が」
まさかコイツ、自己嫌悪で調子崩したのか!?
とりあえず、こちらに寄り掛からせたが、どうしてこうなった。
この行動を取ったのは確かに俺自身だが、今日一番で恥ずかしい。
今は緊急事態だからであって、やましい心があるわけじゃない。
しかし、なんでここまで心臓が激しく動いてるんだ。
これまでに、こんなことなんて無かったのに。
まるで俺が動揺しているみたいだ、俺は二次元にしか興味がない男だぞ!
オタクの俺が、こんな事で動揺するはずがない…はず。
とにかく、早く目的地に着いてくれ。
「もう少しで降りられるからな、それまで我慢出来そうか?」
「多分…いけると思う」
俺達は、目的地に到着した瞬間に、バスを急いで降りた。
遊園に来たまでは良いが、肝心の本人がこの調子だとな。
園内事態は結構…空いてるみたいだな。
人が居るには居るが、賑わっている訳でもないか。
まずはベンチで休ませておいて、飲み物でも買ってくるか。
「飲み物を買ってくるが、何が飲みたい?」
「あ…お…ちゃ…」
お茶で良いのか?お茶でいいんだな?
とにかく何かを買ってきてやらないと、可哀想だ。
ここの遊園地事態初めて来たからな、どこに自販機が設置してあるなんて分んねぇな。
大体はベンチの近くにあるような気もするんだが、ここの自販機全然見つからないぞ。
ここ本当に自販機設置してあるのか!?
「…なんでトイレの真横に設置してんだよ!?休憩場所に設置しとけや!」
腹が立つな、こんな所に設置されたら分るわけねぇだろ。
トイレに関しても草木で隠れてんだよ、柳の木なんて設置するな!
こんな所に柳の木とか怖いだろ!
子ども号泣するぞ!夜にお化けとか出たらどうするんだよ!
怖くねぇけど!
一体どんな神経をしてんだよ、ここに設置したヤツは。
「悪いな、自販機を探すのに手間取った…飲めそうか?」
「飲めそう…とりあえず頂戴」
そういう彼女に、蓋を開けたお茶を渡し隣に座った瞬間。
「ぶふぉっ!ゲホッ!ゲホッ!」
小百合の口から勢い良く吹き出る緑茶。
噎せる彼女の背中をさするが、全身がビチャビチャだ。
急いで体を拭かない…この場合はどうするのが正解なんだ?
考えるのは後だ、先に顔を使ってない方のハンカチで拭いて。
「ごめん…なさい…私のせいで…こんな事になって…せっかく、遊園地に初めて来たのに…初めて二人っきりで遊べると思ったのに…これじゃあ…」
彼女が泣き始めると同時に、俺はそっと頭を撫でていた。
「謝る必要なんてない、今日がダメならまた一緒に来ればいいだろ?別に無理をしてまで楽しむ必要もない、大切なのは、嫌な思い出を作るよりも、良い思い出を作るほうじゃないか?」
「でも…ここまで来て…だって…」
もういいか…いつまでもうウダウダしてても、仕方がない。
ここは強制的に、連れて帰るとするか。
例え暴れようとも、簡単には下ろさないのが俺だ。
「ちょっと!?何!?」
「あまり暴れると落ちるぞ。しっかりと掴まって、シートベルトを締めときな、メリーゴーランドより大人しめに進むぜ」
何を言ってるんだ、俺。
メリーゴーランドより大人しめに進むだ、馬鹿か?
俺は本当に馬鹿な事しか言い出せないな、もう少し良いセリフとかなかったか?
映画の名言とかだ、例えば何がある。
文句は言わさん…俺はどこぞのマフィアだ!
ちょっと待て!なんで今このタイミングで!このセリフが頭に浮かぶんだ!?
もっと別にあるだろ!
君の瞳に完敗…使いどころが違う!全く違う!馬鹿か!?
もっと冷静にだ、ああ…背中がビチャビチャしてる。
フ○ースと共にあらん事を、アカン!これは絶対に場違い過ぎ!
夢が詰まってるのさ、一生詰め込んどけ!
「お願いだからおろして…恥ずかしい…てか私、子どもじゃないし」
「じゃあ抱きかかえる方が良いか?俺はどっちでもいいんだぞ?」
手の力が強まってきたな、締め上げる気ではなさそうだが。
それにしても、結構軽いな。
蘭華の何分の一の重さだってレベルだよ、あるいは引きずる事が鍛錬になってるか。
ただ…変な事をされないだけで、ここまで安心感を覚えるのも凄い物だ。
いつもそれだけの気を張ってるんだな。
「私…将来は保育士になりたかったんだけど…これじゃあ無理かな」
いきなりを言い出すかと思えば、保育士になりたいか。
小百合が保育士か、案外似合ってるのかもしれない。
純粋な所とかが、子どもに似てて、好かれやすいだろうな。
「すぐにこんな風になるし…別の道探した方が」
「諦める必要なんてないだろ、俺は良いと思うぞ、保育士になるの。小百合は子どもが好きなのか?」
返事は返ってこなかったが、静かに頷いた事は分った。
帰りをどうするかだな。
びしょ濡れでバスに乗るわけにも行かない、タクシーも居ない。
姉貴に連絡したとしても…何を言われるか分ったものじゃないしな。
朝から色々とあって、機嫌も悪いだろうから。
となってくると、洋服が乾くまでの間はしばらく適当にぶらつくしかないか。
洋服なんざ、直ぐに乾かないからな。
このままだと風邪引かれそうだ、もしそうなったら、俺の方が罪悪感に潰されそうだぜ。
「随分と苦労をしているようね?手を貸しましょうか?」
この聞き慣れた声、間違いなく姉貴だ。
まさかとは思うが、この場に姉貴が来ているというのか?
「楽しく見させて貰ったわ、後ろに車が来てるから乗りなさい、タッちゃんは私の車ね」
「まさか最初から全部見てたのか?」
俺の質問に対して、姉貴は答えずに、車のある方へと歩いて行った。
確信犯だな、完全に誤魔化した。
絶対に聞こえていたはずだ、ただこれ以上問い詰めると後が怖い。
「夏美ちゃん、タオルを取って頂戴」
「なんで私が雑用…あの女がやれば良いのに」
「今度は私とデートですよ先輩!今すぐ遊園地行きましょう!目の前にあるんですから!その後に、ぐひひ」
おいおい、勢揃いかよ。
蘭華と夏美、狂子に由実まで、全員で見てたのか!?
あと運転席にいる女!俺覚えてるぞ!あの時の変態じゃねぇか!
この三人の面子は嫌な思い出しかないな、姉貴の車に乗るので正解だ。
それにしても、リムジンで来ていたなんて全然気づかなかった。
まぁ、それどころじゃなかったからな。
「小百合、ゆっくり下ろすからな」
「何を下ろすっすか?もしかしてパンツっすか?もちろんパンツっすよね!?」
「先輩のパンツを下ろすのは私です!今から私も自分のを下ろします!」
こいつ等喧しい!少しは黙ってられないのか!?
「乱○でしたら、私も混ぜさせていただきます、今すぐ良い場所をカーナビで探しますので、お待ちください」
通信機を何に使ってんだ!?変態運転手!
あと蘭華!本当にパンツを脱ぐな!
由実も由実で写真に収めんじゃねぇぞ!
もうダメだ、こんな車内に小百合を置いていくのは危険だ。
さっきちらっと見たが、姉貴の今日の車は軽だったな。
四人乗りだから、小百合も乗せられる。
「どうしたんだ柘魔?」
「ここだと小百合が心配で置いて行けない、姉貴の車に乗せる事にする、悪い、もう一度移動するからな」
車内でブーイングが起る中で、小百合を抱き上げたまでは良かった。
後ろを向いた瞬間に、蘭華の飛びかかりを避ける事が出来なかった。
「なんの…つもりだ…」
「決まってます、先輩は私の物なんですから、私も一緒に乗ります!」
言うと思ったよ、お前の事だからな。
いつもながらにしっかりと背中に張り付いて、コアラかってんだよ。
蘭華が一度張り付くと、なかなか引きはがす事が出来ない。
最近なんて色々と研究したのか、以前以上にしっかりと、しがみついてくる始末だ。
下手に刺激したら、暴走が悪化するしな。
小百合を助手席に乗せる訳にもいかない、出来るなら後部座席で俺も乗った方がいいのだろう。
「蘭華、俺の背中から離れろ、車に乗れないだろ」
「じゃあ先輩が先に乗ってください!私が先輩にまたがります!」
俺の上にまたがる、絶対に抱き締められる。
胸で呼吸が出来なくなる、圧死する。
「お前は助手席に乗れ、俺は小百合の看病がある」
「じゃあその人を助手席に乗せれば解決です!」
「私が…代わりに…またがるから…あまり…大声ださないで…」
お前がそれをやっても解決しないだろ!
体調が悪くて正常な判断を出来ない事は許す、だがお前からそのセリフが出るとは思わなかったぞ。
姉貴も若干顔引きつってるしよ、この状況をなんとかしないと。
「仕方ないわね、分ったわ…タッちゃん、私が隣で面倒を見るから、この子の後ろに座って」
「了解…これで満足か?」
返事の代りに息吹きかけるな!ザワザワするだろ!
耳たぶを噛むな!甘噛みなら分るがガチで噛むヤツがいるか!?
人が何も出来ないのをいい気になりやがって!
「調子悪くなったら遠慮なく言えよ、直ぐに車止めてもらうから」
「そうよ、無理は体に毒なんだから、もしダメなら病院にも連れて行くから」
車に乗り込んだは良いが、とりあえず蘭華をシートベルトで固定しておくか。
蘭華の胸が目立つな…姉貴も大して変らないけど。
いつも疑問に思うが、あれって苦しくないのか?
大分圧迫されてる気がするが、どうなんだろう。
正直聞く自信なんてない。
よし!忘れよう!外の景色を眺めがら忘れるんだ!
「なんだか…こういうのも興奮してきます、先輩の隣に拘束された状態での放置…良いかもです」
本格的に変な扉を開き始めたよコイツ。
このままだとドM道を極めかねないぞ、ドMの特急に乗る勢いだぞ。
幾ら離しても、蘭華はそれをポジティブに捉えるようになるだろう。
ポジティブになってくれるのは嬉しいが、変な方向へ進まれるとこちらが困る。
「次は私とデートですね!なんだったらホテルでも良いです!」
「断る…お前がもう少しまともになったら、軽いデートくらいならしてもいいかもな」
ただ今回は、小百合に辛い思いをさせてしまった。
次からはもう少し俺も、気を遣うようにしておくか。
あと保育士を目指してるとも言っていたな。
「姉貴…美香さんって、まだ仕事続けてるのか?」
「今でも続けてるはずよ、会いたいの?」
いや…俺は会いたいわけじゃねけどよ。
あの人一応、保育士の仕事してるからな。
「小百合に合わせたいんだよ…保育士を目指してるらしいからな」
「保育士ねぇ…いいわよ、近いうちに都合を付けさせるわ…進路の事を考えるのなら、私はいくらでも協力してあげる」
顔が広くて助かった。
その後、進路についてどう考えているのかを、家に着くまで色々と聞かれる事になった。
バスの中で起きた不慮の事故で、楽しむ事の出来なかった柘魔と小百合。
次回、狂子が行きたいお店に連れて行かれる柘魔達。
そこへ思わぬ展開へと発展していく。