第十七話 馬鹿は風邪引かないと言うが、事実なんだな。
朝早くから、柘魔の携帯に狂子から電話が入った。
だがその電話の主は、彼女の母であるキャリーからだった。
狂子が風邪で寝込んでいるから、お見舞いに来て欲しいというもの。
柘魔は何事もなく一日を乗り切れるか。
狂子が風邪で学校を休む、こんな事態が起るなんて。
発覚したのは、朝から携帯に何度も着信が来ていたからだ。
着信の主は狂子と表示されていたが、掛けてきたのは彼女の母。
何故彼女の母が連絡をしてきたのか、多分彼女がそう頼んだのだろう。
「本当に迎えを寄越してきたのか…それもまたリムジンで」
「お待ちしておりました、柘魔様。奥様からはご友人方も来られるのでしたら、遠慮なくお乗りください」
またあの館に行くことになるのか。
まぁ狂子が心配だしな。
正直言うと、今日の授業だってまともに受けられなかった。
殆どを半分適当に聞き流してた程、俺も大分心配症だな。
問題は、蘭華と由実がしっかりと着いてこようとしてる事か。
別に着いて来ても良いが、病人に何か悪さしないか心配だ。
特に由実は油断すれば、変な写真をとるからな。
「あの狂子先輩が風邪を引くなんて、もしかすると何か起る前触れじゃないッスか?」
「じゃあ私達が看病しないとダメですね!先輩一人だけだと心配です!」
リムジンに乗り込んだ、までは良いんだが。
蘭華…いつも以上に引っ付きすぎなんだよ。
なんでそこまで引っ付く、いつもなら隣に座る位だろ。
どうして今日に限って体を預けてくるんだ?
「今日の蘭華、妙に先輩に積極的ッスね」
やっぱりか、お前もそう思うか。
いつもなら感じる事のない危機感を、今凄く感じる。
あの富閖野マコトと、近いような危機感。
変らない蘭華の息づかい。
だがどこか、とても危険なものを感じ取れる。
「いひひ…先輩…素敵です」
素敵って…照れるだろうが。
別に嬉しくもねぇけど、いや嬉しいにはもの凄くうれしいんだけどさ。
「お前さ、何か拾い食いでもしたか?なんか今日のお前、少しおかしいぞ」
おいおい、目がスゲぇまん丸くなってるぞ。
まさか飛び出さないよな?飛び出すなよ。
昔のテレビ番組じゃないんだからよ、頼むぜ。
あと由実、テメェは何写真を撮ってやがる。
こっちはしっかりと分ってるんだからな、後で写真を削除してやる。
「…なんだその飛び出した唇は?アヒル口の練習でもしてるのか?タコにでもなりたいのか?」
「しぇ、しぇんぱいを見ていたら、なんだか抑えられなくて…ということでつづきを」
コイツ…どさくさに紛れてなんて事をしようとしやがる。
「売れるッス!これは売れるッスよ!先輩に強引にキスを迫られる後輩!嫌がる後輩だが!ドSの先輩に段々と引かれていふぐぉ!」
お前も調子に乗りすぎだ、悪いのはこの口か?
この口を塞げばお前は少しは静かになるのか?
「すみまぜんでじだ、じゃじんはざくじょじまずので」
よし、しばらくはこうしておくとするか。
いつもそうやって騙されてきたからな。
あの館に着くまでは、このまま罰ゲームぞっこうだ。
だが結構大変だな。
今もこうして手が震えてる、めっちゃ辛い。
どうしよう…マジで辛くなってきた。
このままだと手を離しちまう、もしそうなれば。
変な写真を撮りまくられるだろう。
「なぁ蘭華。由実を取り押さえてくれたら、特別に膝枕してやるぞ」
「私はむしろ先輩に膝枕したいです!そして耳かきをしたいです!」
よし、交渉成立だな。
蘭華が由実を取り押さえ、俺はゆっくりと腰掛けた。
ここからの眺めは、仲の良い友人二人にみえるのだが。
完全に目が本気だな、蘭華のヤツ。
まさか俺の誘いに乗るかと思えば、違う事を提案してくるなんて。
別に何かヤバい交渉じゃないから、別に良いが。
被害がなければいい。
「そうだ!蘭華!春咲先輩の寝顔写真上げる、だから離して」
「寝顔写真…先輩の寝顔写真…可愛い先輩の寝顔が私の手に」
ヤバい!由実のヤツ、とんでもない物を出して来やがった。
てかいつ俺の写真なんて撮った!?まさか勝手に泊まった時か!?
ふざけんなよ!もう二度と泊めねぇ!
「寝顔の写真…でも先輩の膝枕が…」
悩むのは分るが、チラチラ見るなよ。
決めるのはお前だ、俺に訴えかけるな。
ここからは自分で決める事も覚えないと、大変な事になる。
まぁ、狂子の家につくまでもうすぐだ。
その間にでも、じっくりと考えればいいさ。
少しは自分の力で解決をすることも必要と言う事。
このまま固定しててくれれば、頭を撫でてやるのもありだな。
「じゃあ、これなら…先輩の筋トレ写真、短パンの上半身裸!」
「テメェ!一体どこでその写真を撮りやがった!?」
「せせせ、先輩の筋トレ写真…欲しい!下さい!」
彼女は奇声を上げると、何故か俺の方へと飛びかかってきた。
なんで俺に飛びかかるんだ!?
あと由実!タイミングよくカメラのシャッターを押すな!
「皆様、車内ではお静かにお願いいたします。先ほどから気が散って仕方がありません」
「すみません、今大人しくさせます」
一か八か取り押さえるか!
こちらに飛びかかる蘭華を、後ろを向かせる。
そして、首に軽くホールドを掛け…かけ?
…こ、この感触はまさか。
いや、落ち着くんだ俺、冷静になれ。
きっと何かの間違いだ、そうに決まってる。
ラッキースケベなんてものは、現実には存在しない。
今日まで起ってきたのは、こいつ等が勝手に行ってきただけ。
そして今、俺の手に握られているこの柔らかい物体はあれだ。
蘭華の腹だ、最近由実のヤツが出てきたとか言っていたはず。
「ん…先輩の手が…ちょうど…」
違う違う違う!絶対に違う!
「結構大胆に行ったっすね!思いっきり鷲掴みじゃないっすか!これは頂きっす!」
違わなかったぁぁぁぁぁ!
やべぇよ!思いっきり写真を撮られた!
早く手を取らないと…なんだこの力!?
一体どういう力してるんだよ!?全然離れねぇぞ!?
火事場の馬鹿力って言うが、この力はそんなレベルじゃねぇだろ!
てか火事場どころじゃない、どういう原理で動いてるんだよ!?
「ダメですよ先輩…由実が見てます」
まさかこいつ…かなりの策士なのか?
この状況さえも、最初から計算に入れていたとしか思えない。
だって簡単に体回転してたからな!綺麗に俺の上に座ってきたもんな!
自分で考えろと念じたけど、俺を騙してくるなんて。
正直、驚きでしかない。
あと妙に手に力いれてないか?徐々に進行させてるよな。
息づかいも荒くなってきた、このままだと危険だ。
「これである意味、既成事実は出来たッスね」
「嬉しいです…もう私は完全に先輩の物です!お嫁でも奴隷にでも雌豚にでもなんでもなります!なんなら肉便器にでも!」
いやいや、最後のは流石にダメだろ。
「肉便器でしたら、是非私も参加させてください。私め、実はかなり自身がありまして」
急になんだよ!?
いきなり乱入してくるなよ!変態運転手!
高校生に対して何を言い出すんだ!
「面白くなって来たッス!先輩このタイミングで蘭華の服とスカートを託し上げて!そしてその手で!」
頼むから早く狂子の家に到着してくれ!
俺をこの地獄から救い出してくれ!
あれからなんとか自衛をしながら、狂子の家まで到着した。
予定ならもう少し早く着いていたんだろうな。
途中、運転手による発情が発生しなければ。
どうして途中で車を止める事になるんだよ。
そしてトイレに一時間弱も籠もりやがって、何スッキリした顔して戻って来てんだ!
おかげでこっちは余計疲れたわ!
「お待ちしておりました、柘魔様。館内で奥様がお待ちしております、どうぞお入りください」
二人の事もせめて気を遣ってやれよ、イライラしてるだろ。
にしても、やっぱりデカい館だな。
この扉が開くと、また階段が出てくるのか。
ん、待てよ…全階はここで武装させられたんだよな。
ということはだ、今回も武装をさせられるのではないだろうか。
ありえない話じゃない、むしろあり得る。
この…扉の先が、戦場である可能性が。
「…暗いな…二人共、足元に気を付けろよ」
「随分と暗いッスね」
「愛する二人が暗闇の中…先輩にキスをするなら今しかないです」
そういう話は心で喋れ、まる聞こえなんだよ。
少し距離を取るとしよう。
狂子の事も心配だし、あの人も何をするか分らないからな。
結構子どもっぽいから、これも遊びなんだろうが。
「ようこそ来てくれた!我が娘のロミオよ!ジュリエットに会いたくば、この階段を上ってくるのだ!ポウッ!」
なんでポウッなんだよ!あとムーンウォーク上手いな!
いきなり光と共に現れて、ダンスを始めるとかぶっ飛んでる。
それも白いスーツまで着て、超ノリノリかよ。
せめて娘の側に居てやれよ。
…もしかするとだ、狂子が追い出したのかもしれない。
だってこの人絶対喧しい、特に病人の横でサンバとかやりそうな気もするから。
「私はお話がしたい!だからとりあえずこっちきて、そこの二人は私のナース服かして上げるから着替えて、狂子のお部屋で看病してあげてて、それじゃあレッツゴー!」
そう叫ぶと、俺に来いと行っておきながら自分から降りてきた。
キャリーさんは俺の手を掴み、どこかへと連れて行こうとする。
さっき言ってた自分の部屋なのだろうが、普通男子高校生を連れ込もうとするかよ。
目的は分らない。
正直、恐怖すら覚えている。
何かされるのではないかと、俺の本能がそう訴えてきている。
「ようこそこそこそウェルカムボーイ、大人の階段をエレベーターで上る覚悟で来た坊や」
アンタが連れてきたんだろ。
「コロナだけど飲む?もちろん飲むよね?時には大人ぶりたい時もあるでしょ?」
「いえ、俺まだ未成年ですし…あとビールは苦手で」
そこまで絶望した顔をしなくてもよくないか?
あと未成年にビールを勧めるなよ。
アンタが捕まるんだぞ、飲んだら俺も問題だけどよ。
しかし、結構オタク部屋なんだな。
どれもマニアックなものばかりだ、いつの時代のおもちゃだよと、ツッコミを入れたくなる程に。
…真射子のグッズ多くね?
俺の持っていない物がめっちゃある。
特に凄いのが、限定品が綺麗に三個ずつ並べられているということ。
箱に入れられている物もあれば、箱から出して、ジオラマまで作られてる。
素晴らしい…これは尊敬するしかない。
「聞いてよ、家の娘ってば、私が元気になるように隣で看病してあげたら怒りだしたの!一生懸命元気になるように踊ってたのに!」
やっぱり踊ってたのかよ!?
「何踊ったんですか?まさかサンバとか」
「サンバ?あれ私踊れないから、かわりにヒップホップ踊ってた、ヘッドスピンとか色々」
当たり前だろ、俺だったらブチ切れてるぞ。
この人はそこの所を考えられないのか、狂子と同じく天然が入っているのか。
不思議な人であることは確かだ。
まさに狂子の母親と言えば、それらしい。
「あの…ところで、用件はなんでしょうか?」
「用件?なんだっけ?」
なんだっけって、アンタが呼び出したんだろ。
俺が一番知りたいんだよ。
「…思い出した!狂子とはどこまでヤッたの!?一体何処までヤッたの!?一日何回!?ちゃんとゴム使ってる!?むしろ使わない方が家に婿として取れるからいいかもしれない」
怖えよこの人!
本当に狂子の母親なのか?怪しくなってきたぞ。
考えたら、狂子はアメリカに住んでいたと言っていたな。
いやいや、逆にアメリカならもっと凄い事になりそうなイメージもあるんだが。
なのにどうして、狂子はあそこまで常識知らずになってしまったんだ。
この母親のようになるよりは断然マシだが。
「手は出してません…逆に聞きますが、娘さんが心配じゃないんですか?」
俺の問いに対して、キャリーさんは少し悩み始めた様子を見せた。
ここは悩む所なのだろうか。
そこは即答で、心配に決まっているだろうと答えて欲しいものだが。
あと軽々しく発言するのはやめて頂きたい、こちらが凄い恥ずかしい。
「…私の実家は、私に対して凄く厳しかったの」
急に自分語り始まりました。
それも超シリアスなお顔までして、結構重い話っぽんだけど。
あと、あの二人がスゲぇ心配になってきた。
あの二人だ、狂子に何をしでかすか分ったものじゃない。
「だから大人になった私は、こうして自由にすることにしたの!もちろん娘を束縛なんてしない!むしろ自由にのびのびと生きて欲しいから!ちなみに天然な部分はパパの良いところ継いだみたいだけど」
彼女の性格は、アナタの性格を大分引いている気がしますが。
でもこの人の真意が、少しだけ分った気がする。
家が厳しくて、娘にはその逆の人生を歩んで欲しいか。
少しだけ、人としての見方が変った気がする。
この人もしっかりと、親として考えているということだな。
「あの子が窮屈な思いをするなら、私は姿を眩ませる…子どもの頃はよく、厳しい両親に対して居なくなれば良いと思う気持ちが、こうして表れてるのかもしれない」
俺はその話を聞いて、似た様な境遇の人を思い出した。
うちの姉貴だ…春咲秋恵。
あの人も結構自由に過ごしていたが、結構制限もされていた。
だからこそ、ああやって喧嘩とかでストレスを発散していた。
姉貴の仕事をしていた場所も、両親から指定された場所。
あの感じだと、辞めてきたんだろうけどな。
「狂子さんは、とても楽しそうに過ごしていますよ。窮屈そうにも思えません、どちらかというと自由すぎる位に思えますよ」
「自由すぎる位…アナタなら、あの子を幸せに出来るかも…うちの娘の所に永久就職して!好きなだけ会社も上げる!何だったら社長にもしてあげるから!メイドとだって好きなだけ遊んで良いから!」
いきなりなんだ!?
永久就職って確か…結婚!?
色々と急すぎるだろ!もう少し考えてから物事を言えよ!
だが…会社をくれるって…ダメだ。
これじゃあ計略結婚みたいになるじゃないか。
頭を冷静にさせるんだ…頭を…冷静に。
「そうと決まれば早く会社を決めないと!それじゃあね!狂子の部屋は直ぐ近くにあるから!」
あ…行っちまった。
話がややこしくなってきたな、後でとっ捕まえないとな。
んで、狂子の部屋は、こここの裏だったな。
よくもまぁ、こんな広い館で迷子にならずにすむものだ。
俺だったら確実に迷子だな、怖い怖い。
「ここが狂子の部屋か…何故か緊張する」
異性の部屋に入るんだ、普通の男子なら緊張しても当たり前だ。
これが普通の反応、そうだ!きっとそうだ!
俺がおかしいわけじゃない、夏美とかの部屋は普通に入れるんだけどな。
小さい頃から馴れてるせいだろう、だが狂子の部屋に入るのは何故ここまで緊張するんだ。
手が震えてるのが分る、心臓の鼓動も激しい。
もしかしてこれは、キャリーさんがあんな話を出したせいじゃないだろうか。
俺自身が、結婚と言う事を意識しているというのか?
二次元しか愛さないと決めた、この俺が。
落ち着け…あの人が勝手に暴走し始めただけだ。
子どもっぽいから、その場でのノリで行っただけに決まってる。
深呼吸だ…深呼吸をして、心を落ち着かせろ。
「よし…行くぞ…」
俺は扉をノックした後、ドアノブを捻り、開けた。
「もう少しッス、あと少し横に広げて」
「動かないでください、上手くネギが刺さりません」
俺の視界に写り込んできた光景。
由実が狂子を抑え付け、蘭華の手には長ネギが握られていた。
「おいテメェ等…病人に対して何してやがる?返答次第では、流石の俺でも手加減は無しだ」
「こ、これはッスね!なんというか、アレっすよ!よく言うじゃないッスか!尻の穴にネギを入れると風邪が治るって!」
「そうです!真手場先輩が苦しそうだったんです!だから早く治してあげようと思ったんです!」
ネギをケツに刺すだと?余計に苦しい思いをするだろうが!
本当にロクでもないことしかしでかさないな。
そんな漫画でしか出ないネタ、普通はやろうと思うか?
完全におふざけでやってるよな?
「蘭華、ちょっとネギを貸してみろ」
「どうぞ先輩。もしかして先輩が変わりにやってくれるんですか?私、少し怖くて出来ないんです」
馬鹿め!ネギを取り上げてしまえばこっちのものだ!
さてと…二人にお灸を据えてやるとするか。
「よし!お前等、とりあえずケツ出せ…百叩きで許してやる」
「いや先輩…それ普通にセクハラッスよ!あとなんでネギで素振りをするッスか!?普通鳴らないような音が鳴ってるッス!バッド全力で振った時みたいな音が鳴ってるッス!」
そりゃまぁ、全力フルスイングだからな。
今からこのネギで、二人のケツをぶったたきます!
今回は見逃す事は出来ない。
リムジンの中での件も含め、しっかりとな。
と…考えて居たが、二人に逃げられてしまった。
「全く、アイツ等は…狂子、無事か?」
「た…柘魔か…酷い目にあった…母にされた事と同じ事をされそうに…怖かった…」
皆して狂子に何をしてるんだよ…酷すぎる。
ただでさえ弱ってるのに、まるで追い打ちを掛けてるのと同じゃねぇか。
こんなんじゃ、治るものも治らない。
しかもかなり辛そうなんだ…あ?
どうして洋服を着てないのかな?
まだ下着を着ている事は良い、裸で寝られてるよりはいいんだが。
お願いだからパジャマくらい着てくれ。
本当に治す気があるのか?
確かに暑いよ、熱が出てるからもちろん。
だがよ、熱が出てるからこそ暖かい恰好をしないといけないんだよ。
「パジャマはどこにある?熱が出てるなら、まずはしっかりと着込んで、水分補給をしないと」
「いやだ…布団の中で服を着たくない…服を着るくらいなら、柘魔を抱きしめていたい…頼む、何処にも行かないでくれ…このまま、布団の中で、いつものように…ダ決めさせてくれ」
それ完全にうつるパターン!
「ダメだ、ちゃんと服を着ろ。じゃないと治らないぞ」
…動かない。
しっかりと腕を掴まれてる、それもかなりの力で。
本当に風邪を引いてるのかと、疑いたくなる程の力だぞ。
なんでここまで力が出るんだ。
だがもし…狂子と結婚したら、一緒のベッドで寝るのが普通になるのか…。
俺はこんな時に一体何を考えてるんだ!?
今はそんな事を考え居る場合じゃない!早く洋服を着せないと!
「洋服ダンスは、結構多いな…どれがどれなのか、狂子、洋服はどのタンス…狂子!?」
俺は彼女を抱き起こしたが、返事は返ってこなかった。
顔も酷く赤い、熱が上がってきたか。
下着姿のせいで、触れる箇所全てから熱が伝わってくる。
早く薬を飲ませないと…薬はベッドの横か?
「…座薬だと?飲み薬とかは…置いてない」
困ったぞ…座薬といえば…あれだ。
三人によりトラウマを植え付けられてるのに、そこへ追い打ちを掛けろというのか?
俺には…そんなむごい事は出来ない。
あと俺が彼女に対して、座薬を使うなんて明らかにヤバい。
とりあえず、誰かを呼んで飲み薬を持ってきて貰わないと。
「おいおい…なんの冗談だよ…なんで扉が開かないんだよ!?」
どうなってやがる、まるで反対側から抑え付けてるみたいに重いぞ。
こういうときに限って、悪戯とかしてるんじゃないだろうな?
マジで開かないぞ、蹴りを入れてもビクともしない。
今もこうしている間に、狂子が辛いのは分ってる。
だとしても、俺がそれをやるのはダメだ。
窓から飛び降りたとしても…ここは確か三階、確実に死ぬ。
「おい!誰か居ないのか!?」
なんでだよ…なんで誰も返事しないんだよ。
「…分った…俺がやる…やれば良いんだろ…」
これ以上は、狂子の苦しむ姿は見ていられない。
だとしてもだ、座薬を使うのは流石に気が引ける。
今まではあれだった…狂子の方からベッドに入ってきていた。
俺が寝ている間にだ。
裸で侵入してきて、抱き枕代わりにされる事も多々あった。
色々とされてきたが、俺から手を出した事はなかったのに。
「覚悟を決めるとするか…先に謝罪をしておきます、すみません!」
俺は…自分自身で最低だと自覚している。
たとえ状況が状況だとしても、恋人でもない女性の下着を脱がせるなんて。
「第一関門突破…次は第二関門か…」
第二関門、目を瞑りながら、手探りによる場所を見つける
冷静で居られるのだろうか…もの凄い罪悪感に潰されそうだ。
罪悪感に押しつぶされたとしてもだ、彼女を救う為には、やるししかない。
…そうだ…彼女を人間だと思うからいけないんだ。
よく聞く話しだ、緊張のあまりに歌えなくなる人が使う手。
彼女を人間ではなく、別の物として見れば良い。
例えば…この座薬の形は、銃弾だ。
この形ならば、ライフルは違うな。
ハンドガンでもない…となると、戦艦に積まれた大砲だ!
思い出せ…真射子でもあっただろ…戦艦を使って戦うシーンが。
そう…真射子が敵と戦う為に協力した戦艦の船長が放った決めゼリフ。
「この俺様のデカい鉛弾でも喰らいやがれ!」
「ん…くぅ…ああ…」
上手く挿入った…装填出来た…。
俺は…やったんだ…。
俺は…俺は…。
「俺はついにやったぞぉぉぉぉぉぉぉ!」
しまった…余りの達成感に叫んでしまった。
狂子が寝ているというのに、大声を出してしまうなんてな。
だけど俺は、やりきったんだ。
やべぇ、緊張が解けて力が一気に抜けてきた。
でもこれで良いんだ…これで狂子の熱が下がる。
「ん…たく…ま…」
「へ?ちょっと、狂子?何!?」
なんてことだ…完全に逃げ場を無くした。
気が抜けて、横になったのが仇となったか。
…つか狂子の体が超熱い、それに汗も掻いてる。
ベタベタするな…あと胸が重たくて身動きが取れない。
よくよく考えたら、狂子の下着上げてないぞ。
もしこの状況を由実なんかに見られたら、今まで以上の最悪な事態になる。
ふぐぅ!?な…なんだ!?この嫌な感覚!?
この覚えのある感覚は、まさか…いやありえない。
こんなところに居るはずがない、居るとしたら悪夢だ。
「ハァ、ハァ…汗だくのハイド、身動きが取れない今がチャンス」
やっぱり居やがったぁぁぁぁぁ!
どうして俺の行く先々に出現するんだよ!?
「春咲柘魔ぁぁぁぁ!アナタと言う人はなんと破廉恥な!恥を知りなさい!この変態男!早く狂子から離れなさい!」
今この状態で、俺が狂子に手を出しているように見えるなら、眼科に行くことを勧める。
俺は狂子の下敷きになっていて、身動きが取れない状態だ。
「は、ハイドの魔物が!ハイドのどう猛な魔物が目覚めた!」
「いやぁぁ!ケダモノ!警察!早く誰か警察を!」
「まぁ男の子だから自然でしょ?むしろママは狂子がここまで積極的だなんて、なんだか嬉しい」
徐々に人が集まってきてるんですが、なんで集まるんだよ!
あと自然現象とか言いながら、マジマジと見るなぁ!
俺が何をしたって言うんだよ!?
もう嫌だ!こんなのただの公開処刑じゃねぇか!
男子を苛めて楽しいか!?楽しいよな!?お前等どうせドSだもんな!
「てか見てないで助けてください!彼女、今高熱を出して大変な状態なんです!静かに寝かせてあげたいんです!」
「えー、でも狂子ちゃん凄く幸せそうに寝てるし、どうせ二人は結婚するから別に今更じゃない?」
この女、一体どういう神経してるんだよ。
あとズボン脱がしてる約一名、いい加減に会う度に脱がそうとするのをやめろ。
それに結婚するって、俺達は付き合ってすらいねぇよ!
「伯母様!?このようなケダモノに結婚を許したのですか!?」
「男はケダモノレベルが丁度いいから。うちのパパだって最初はハムスターだったけど、いまじゃモルモットレベルなんだから」
それって大して変ってないよな!?
ハムスターがデカくなっただけだよな!?
あとさっきから、ケダモノケダモノって、随分と失礼なんだよ!
俺がケダモノなら、他の男は野獣レベルだぞ!?
「た…くま…すき…だ」
…今のは、聞かなかったことにしよう。
「聞いた!?今うちの娘が告白した!今日はお赤飯ね!早速パパにも報告しないと!あとメイド達に早くご馳走を作らせないとね!わーい!」
今聞いてない事にしたのに!
生徒会長の顔が怖い…鬼を通り超して修羅と化してる!
隣のマコトさんもヤバい!お前の方が断然ハイドっぽいぞ!
あと狂子!?意識がもうろうとしてるのは分るけどよ。
今、このタイミングでの抱き枕にするのは勘弁してくれ。
マジでやばい、近づいてきてる。
殺される…ガチで殺され…ああああああ!
俺はその後…見事に狂子の風邪をうつされたのだった。
狂子のお見舞いに来た結果、散々な目に遭う柘魔。
彼は少しづつ、狂子の事を意識し始める。
そんな柘魔なのだが…次回、柘魔と小百合が初デート!?
二人のデートの行く先はいかに。