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第九話 知らない過去を知ったら苛立ちを覚えた。

秋恵の車に乗せられて向かった先は海。

そこはかつて家族四人で来たことのある場所だった。


我が姉は最強の女と言っても過言ではない。

理由は簡単、もの凄く強いからだ。

実家のある街では、姉を知らない奴がいないほど数々の伝説を残してきた。

例えば、中学時代に男子高校生十人を相手に無傷で完全勝利を収めた。

無論この事件には理由がある。

同学年の生徒が暴行されそうになっている現場に居合わせたから、暴れたと話したそうだ。

結果的には、示談で終わったそうだが、姉は反省するどころか称えられたらしい。

そんな姉から、現在俺は車の中で尋問を受けている。


「それで?一人増えたみたいだけど、これからどういう付き合いを続けていくのか考えて居るの?言っておくけど、日本での一夫多妻制は存在しないのよ」

「それくらい知っとるわ!勝手に集まってくるんだよ…蘭華の場合は部屋が決まりそうって話だが…先輩はどうやっても侵入は防げない、それに全員友人としか見れねぇよ」


姉貴から頭を叩かれた。

超痛ぇ…運転しながら叩く馬鹿が何処にいるんだよ。


「あなたがしっかりしないでどうするの?あの子達を見た感じだと、相当レベルの高い子しか居ないじゃ無い…色んな意味でだけど」


ありがたいお言葉を頂きましても、今の俺にどうしろと。

姉貴の様に成績が優秀であるわけでもない、美貌に巡られてるわけでもない。

あるのは喧嘩が好きなことくらい。

アンタは子どもの頃から色々と優れてきた。

対して弟の俺は殆ど吸収されて、産まれてきたようなものだ。


「特にあの蘭華って子が曲者と見たわ。ああいうのって、なんていうんだったかしら?メンヘラ?それであってるわよね?アナタも大変な子に目を付けられたわね…心配になってきたわ」

「その点は否定しないが、あまり悪く言うなよ…あれでも友人として接してるんだ、根は悪い子じゃない…浮き沈みが激しいと言うか…」


言葉が詰まってしまった。

蘭華は浮き沈みが激しいと言うか…と言うか…。

どうしてだ…どうしてここから先が言い表せないんだ。

もしかして、俺も心の何処かで彼女の事を、姉貴と同じように思っているのではないか?

そうだとしたら、俺はどうやって接していたんだ?

一体、どういう思いで接していたのだろう?


「悩みなさい、人はそうして成長していくもの…知恵と心というものは大人へ進む階段に姿を変える…いずれは当たる壁なのだから」

「そういう姉貴はどうなんだよ?それを得て、今の姿があるって訳か?」


屁理屈だと言う事は、自分でも理解をしている。

しかし、俺はこのときどうしても聞きたかった。

どうして姉はそこまで言えるのか。

どうやればそこまで、姉は優秀になれたのか。

本人しか知らないからこそ、知りたいのだ。


「知りたい?」


静かに放たれた言葉。

とても重く、そして冷たい物を感じさせた。

俺は姉貴の方を向くことが出来なかった。

見ていないのに、これだけはハッキリと分る。

姉貴は一切、笑ってはいないということ。

隣で運転をしているのは、姉ではなく…悪魔だ。

静まり帰る車内で、長い間の沈黙が続いた。

ただただ信号を通り過ぎ、夕日が沈んでいく光景しか見えてこない。

あれから時間が大分経ち、空は暗くなり、月と星が光だしていた。

突如車が止まり、姉貴は静かに車から降りるように促してきた。

この場所には見覚えがある。

ずっと昔、俺達姉弟がまだ子どもの頃。

まだ俺が幼稚園、姉貴が小学生の頃だったか。

両親が遊びに連れてきてくれた浜辺…あれから何一つとして変っていない。


「覚えてないでしょうね…私達が幼い頃、ここであなたは一度溺れて死にかけた事があったの」


俺が…死にかけた?


「な…なんの冗談だよ…俺が死にかけるなんて…まずそんな記憶は一つも」

「覚えて無くても無理はないわ…まだ物心がつき始めた頃、私達は両親にここへ連れてきて貰った…だけど二人は途中で仕事の電話が入り、私達の監視から外れてしまったの」


俺が死にかけた…それもこの浜辺で。

俺が…俺が…なんで俺が…。

思い出せない…なんでだよ…。

なんで思い出す事が出来ない?物心が着き始めたとか…分らねぇよ。


「あの時程後悔した時は無かった…大切な弟であるあなたを失うのではないかと言う恐怖で…私は自分自身を恨んだわ…どうして弟を助けられる程力が無いのかと」


俺は膝を突いて、呆然としながら海を眺めていた。

思い入れのある記憶が、一気に変ってしまった。

楽しかった思い出は一瞬で、死を見つめる絶望に染まり切った。


「もともと、アナタは覚えも早くて…もしかすると私以上に優秀になると言われてたの。でも、それ事件が切っ掛けで頭を強く打ったことで…性格が全て変った…幼い頃のアナタは今と違って、とても泣き虫で…虫すらも殺せずに泣くほどだったのに」

「どうして…俺は…溺れたんだ?」


姉貴はしばらく黙ったが、再び口を開き理由を語り出した。


「泳ぎを教える為に…私が教えてたら…たまたまボールが飛んできて、驚いたあなたが泣きながら逃げたの。そして、不幸が重なり浮き輪にまで穴が空く事態にまで…」


ボールが飛んできて、驚いて逃げ出したか。

今の俺じゃあ考えられないな。

もしそんな事があれば、相手に突っかかっていくかもしれない。

だけどよ…恐ろしいものだな。


「憎いでしょ?殺しそうになってしまった私が…殴りなさい…あなたの気が済むまで…そのためにここへ連れてきたのよ、あなたが車の中で聞いてきた質問、答えがこの真実よ…さぁ、出来るなら早めに」


ずっと、十年以上も苦しんできてたんだな。

俺はそんな事実を知らずに、姉貴と暮らしてきていた。

そんな思いがあったなんて一切知らずに、俺は姉貴に心配ばかり掛けて生きて来た。

たまに過保護過ぎると感じる所もあったが、いつもそれが原因だったのか。

何も知らないで…姉貴の事はなんでも知ってると思って居たが、本当に知らない事ばかり。

俺自身の事も、何も知らない事でいっぱいだった。

今でも俺は姉貴に守られてきたのか…だとしたら、姉貴を殴るなんて筋違いも良いところだ。


「殴る必要なんてねぇよ…むしろ殴るなんて出来ない。恩人に対して、もし出来る奴がいるならクズだ…今、姉貴にあるのは…感謝の言葉を述べる事だけだよ…姉ちゃん」


いつ以来だろうな…姉貴の事を姉ちゃんなんて呼ぶなんてさ。

中学の時に恥ずかしくて、姉貴と呼び始めたんだった。

まぁよくある反抗期が来たと言う事だ。


「タッちゃん…本当に可愛いんだから!今日は一緒にご飯作って!お風呂に入って!一緒に寝ましょうね!」

「調子に乗りすぎだ!飯は作ってやるがそれ以外はやらねぇぞ!」


直ぐに調子に乗るのが姉貴の悪い癖だ。

だが、今ならこう思える。

姉貴がこうして調子に乗るのは、俺に対してだけなのかもしれないと。

よくよく思い返すと…姉貴が友人の前ではこういう発言をする姿を見たことがない。

優しくしようとし過ぎた結果が、これなんだろうな。

俺に対しての罪滅ぼしのつもりで、行きすぎた。

たださ…言いたいのは、悪いのは姉貴じゃない。

電話が来たからと言って、幼い俺達を置いて電話で席を外した両親だ。


「そろそろ…暗くなってきた事だし帰るわよ、皆お腹空かせてるころでしょう?特に夏美ちゃんが」


車に乗り込むと、姉貴はそっと抱き締めてきた。


「ごめんね…本当にごめんね…私がしっかりしていれば」

「だから姉貴は悪くないって…悪いのは親父達だ…だから姉貴はこれ以上謝らなくて良いんだよ…姉貴はもう休んでくれ、今日の晩飯も俺が作るから、とりあえずは安全運転で帰ろう」


車が動き出し、走り始める。

途中、コンビニに寄り、姉貴は避けを購入した。

どうやら晩酌をする気でいらっしゃるらしい。



沢山の荷物をお互いに抱えながら、部屋の鍵を開ける。

あの後も姉の友人から連絡が入り、買い物に付き合わされた。

巨大なモールで買い物をしたわけだが、久々に二人で買い物をしたな。

夕飯は鍋にする事になったわけだが、まさかゲーム機まで買う羽目になるなんて。

まぁ姉貴が買う奴は皆で遊べるゲームが多い、これなら皆で遊ぶ事も出来る。

対して俺が基本的にプレイするのはFPSかホラゲ。

ホラゲは皆で集まれば、五月蠅いが楽しめるかもしれないな。


「せ~ん~ぱ~い♥私を滅茶苦茶にしてください!」


扉が開くと同時に、半裸状態の蘭華が飛び出してくる。

視界には飛び上がる蘭華と、姉貴愛用の栄養剤。

コイツ…勝手に冷蔵庫を漁ったのか!?

しかもよりにもよってマムシミンVを飲みやがった!

どうして一番強力な奴に手を出すんだよ!?


「これって私の栄養剤…しかも私ですら飲むのを躊躇う事すらある物なのに…どうして飲んじゃったのかしら?」


頭を抱える姉貴を背に、抱きついたまま腰を振ってくる蘭華を荷物事部屋に押し戻す。

もう動物と同じじゃねぇか、どうして腰振ってくるんだよ。

普通考えて…逆だろうがぁ!


「姉貴…マムシミンVは確か超強力栄養剤だったよな?なんか栄養剤どころか別の効果が出てねぇか?」

「おかしいわねぇ…あら?これよく見たらマムシミンVじゃなくて、マムシミングVハードだわ…私ったら間違えて精力剤入りのを買っちゃったのね、てへっ!」


てへっじゃねーよ!

精力剤入りなら、この行動にも納得がいくが。

さっきから部屋の中から変な声が聞こえてくる。

荷物でガードをしながら、三人で部屋に戻るとそこにはピンク色の地獄が広がっていた。

人の下着を振り回しながら走る由実、てか俺のパンツを被るな。

夏美と狂子に関しては…人のベッドで何をしてるんだ?

凄いモゾモゾしてるんだが、確認するの超怖い。


「これはどういうことなの!?なんなのよこの酷い有様は!?タッちゃん!?アナタこういう子達と一体どういう関係にあるの!?」


姉貴よ…戸惑っているのは俺も同じだ。


「信じられない!ちょっと!それ私のショーツ!もうブラで遊ばないで!貴女も抱きついてないで早く服を着なさい!そこ!ベッドでモゾモゾしない!」


暴走する全員に、重い拳が落下していく。

その間、俺は部屋から追い出されてしまった。

多分中では現在、説教大会が開かれている事だろう。

あの状態の奴等に通用するか分らないが、信じるしかない。

気になるのは、何故に姉貴の栄養剤を飲んだと言う事だ。


「いいわよ、入って来なさい」


部屋の中に戻ると、気絶した四人がベッドに寝かされていた。

締め上げたのか?


「手加減はしたけど…ここまで苦戦を強いられるとは思わなかったわ」

「お見事、俺だと制圧すら出来なかっただろうな」


もしここに姉貴が居なければ、俺は完全にノックアウトされていた。

まぁ…原因を作ったのも姉貴だが。

しっかし…本当に誰が飲むなんて言い始めたんだ?

そしてどうして皆で飲む事になった?

普通栄養剤なんて飲もうとするか?


「もう、この栄養剤結構するのよ…後で全員に請求してやるんだから」


そりゃそうだ。

あれ一本で大盛り牛丼三杯は食える値段だからな。

ましてやあの栄養剤は使用者を選ぶ、俺も一度ふざけて飲んだが、吐きそうになった。

それを姉貴は、たまに平然と飲んでいる。

俺の舌はまだお子様、あるいはやはり好みの問題というのか。


「目を覚ますのはいつ頃になりそうだ?」

「そうねぇ…ざっと一時間後位かしら?うーん、最近の任海堂のゲームはあまり構造がわからないわ、タッちゃん設定お願い、私が夕食の準備しておくから」


そういや…姉貴は機械には結構弱かったな。

携帯も俺が設定をしてたし、家出もゲーム機の設定とかも俺がしてた。

なのにどうやってIT系の仕事につけるのやら。


「これをこうしてっと…確かにこりゃ姉貴には辛いかもな…」


配線と格闘をする事数分が経った。

鍋に入れる具材を刻む音が台所から響き、鼻歌まで聞こえてくる。


「私が仕事で居なくなる前は、こうしていつも作ってあげていたのよね…子どもの成長って早いものなのね」


姉貴が居なくなったとは、俺が代りに夏美の食事を用意してたがな。

料理の知識は叩き込んで貰えたのは助かった、知らなければ毎日コンビニ弁当になるところだった。

そうなる事を見越していたのだろう。


「テーブル片付けてくれる?お鍋の準備が出来たから」

「へいへい、こっちもゲームが出来る様にしてあるぞ」


全員が起きる前に鍋が食い終わらないと良いがな。

ただでさえ材料だけで三万は軽く飛んでるから、皆で仲良く食いたかったのに。

どうして余計な事を…なんか狂子と蘭華…エロくね?

いやぁ違う、きっとあのドリンクの香りがそうさせてるに違いない。

俺に関してそんな事はありえない。


「最近の子は発育も良いのね、絞り出して鍋にでも入れようかしら」


なんて怖い事を言い出すんだよこの女。

流石にホラー映画でもそこまでしないぞ…いや、やるところはやりそうだな。

ただ姉貴が言い出すと、一瞬本気に思えてくるのが不思議だ。

いや真面目な話、本気でやりそうで怖い。


「ほら皆起きなさい、そろそろ夕飯の時間よ、さもないと全員の頭を刈り上げるわよ」


全員が一斉に起き上がる。

姉貴の声が聞こえていたというのか!?

なんという恐ろしい現象だ!


「頭痛いです…何が起ったんですか?」

「口の中がしょっぱいのだが…私はソルトでも舐めていたのか?…これは毛か?」

「うう…頭が…なんっすかこれ?…うっ気持ち悪い」

「何よこれ!?凄いしょっぱいんだけど!しかも舌がなんか気持ち悪い!」


顔色悪いな…こいつ等。

そりゃあの栄養剤を飲んだから仕方がないが、狂子と夏美は何をしてやがったんだ。

一応は俺のベッドなんだけどな!

つかどうして栄養剤に手を出したのかが気になり過ぎて、色々と考えられなくなってきた!


「貴女達、どうして私の栄養ドリンクを勝手に飲んだのか説明してくれるかしら?返答によってはキツいお仕置きがあるけれど」


どうせお仕置きする事には変らないくせに。

沈黙が続いた後、狂子が突然に語り始めた。

最初に見つけたのは蘭華。

それを狂子が母親が飲んでいるのを見た事があり、聞いたら肩こりに効くらしい。

つまり、二人は肩こりに悩まされていたから飲んでみたか。


「それで?そこの二人はどうして飲んだのかしら?こる肩なんてないみたいだけど?」

「あ、あるから!私なんてタクのお世話で毎日肩こり酷いんだから!」

「私は胸がない事は認めるっす…でも私は肩こりに悩まされてるっすよ!毎日カメラを持ち歩いて居るっすから!」


由実の意見には一理あるな。

腹が立つのは夏美だ。

世話してるのは俺の方だというのに、直ぐに自分の手柄に変えちまう。

しかも俺が否定をすると、病み始めるから困った。

ここで姉貴による拳が夏美に落下する。

正直笑いを堪えるのが辛いが、笑ったら俺も拳を落とされそうだ。


「人の所為にしないの!アナタはいつもそうやって小さい頃からタッちゃんの所為にして!お姉ちゃんはしっかりと見てるんだから!」


姉貴が夏美に説教をしている間に、俺は鍋に具材を放り込んでいく。

大食らいである姉貴にとって、鍋一杯は茶碗一杯程度の量しか感じないらしい。

だから野菜を先に入れ事で姉貴にはある程度腹を満たして貰う。

そうしておかないと、こちらに肉など回ってこない。

言わば第一次鍋戦争が勃発。

正確になってくると、俺と姉貴に寄る戦争数は第六十は超えるか。


「先輩…気持ち悪い…」

「お前…それは俺に対して喧嘩を売ってると取って良いのか?俺の存在が気持ち悪いと言ってるのか?」

「ち…違うのではないだろうか、うっ!私も気分が悪い…あれは強力な薬のようだ…」


せっかく高い肉まで買ってきたのに…。

なんでこうなるんだよ。

よくみれば部屋中下着だらけじゃねぇか!?姉貴のやら俺のやら蘭華のやら狂子のやらで酷ぇ!

こいつ等一体どんな暴れ方したらこんなになるんだよ。

しかもところどころ水浸しだし…それにこのゴムの破片…。

部屋の中で水風船使って遊んだのか!?


「頭が痛いっす…あれ一体なんなんっすか?本当に人間の飲み物なんっすか?」

「アレは姉貴が間違えて買った超強力栄養剤と、同じメーカーが出してる精力剤のミックスらしい…ようは間違えて買ったヤツを飲んだと言うわけだ」


鍋が出来上がり、皿に盛って行く。


「とりあえずよそっていくから、適当に食え…でないと姉貴に全部食われるぞ」

「いやいや…あんな体が細い人がまるで全部食べる位の言い方してるっすけど…想像できないっすけけど」


甘いな…一度あの食べる姿を見れば恐怖するだろう。

肉を取れば鬼神、食せば魔神、飲み込んだ時の笑顔はモナリザと呼ばれてる。

だからこそ早めに食べなくてはならないのだ。

こうして俺が先に皿に盛って、食べさせる。

まるで鍋奉行になった気分だが、支配してるのは俺じゃなくあの女だ。


「お鍋出来たのね、それじゃあ食べましょう!ほらほら!調子が悪いなら沢山食べて元気と体力を付けなさい!皆ダラダラしない!せっかく高いお肉まで買ってきたんだから」


全員を席に着き、鍋を食べ始める。

早速ビールを開けて豪快に飲み始める姉貴。

隣で酒の匂いに負けて青ざめる由実、大分辛そうだな。

夕飯食わせたら送っていくか。

てか考えたら、由実の奴は家に帰らなくて問題無いのか?


「お肉…美味しいっすけど…体が怠いっす」

「せ…先輩…お肉が無いです…」

「タッちゃん、次のお肉いれるわね~♥」


体調不良が四名、鍋奉行が一名に加えて、酔っ払いが一名誕生した。


「酒臭いっす…うっ!」

「やだ~!なんで逃げるのよ~?皆で囲んで食べるのが楽しいのに~もう!」


悪いな由実よ…お前には生贄になってもらうとしよう。

俺のパンツで遊んでいた罰だ。

しばらくは相手をしてもらうぜ、こっちはこっちで介抱で忙しいしな。



夕食の鍋も食べ終わり、由実を家まで送る事になったのだが。

どうして俺がコイツを背負わなければいけないんだ。

まぁ姉貴(酔っ払い)の相手をして貰ったんだ、これくらいはしないとな。

確か蘭華の家の近くに住んでるとか行ってたな。


「大島…大島…ここか?」

「ここっす…ここが私の家っす」


インターホンを鳴らすと、男の声が聞こえてくる。


「どちらさまですか?」

「私…由実だけど…自分で中入れないから開けて」


お前…いつもの語尾はどうした?

雰囲気が違うぞ。

そして…なんか家の方から凄い音が聞こえてくる。

それも数人の男の声。

なんだか大騒ぎだな。


「由実!無事か!?」

「何があった!?風邪でも引いたのか!?」

「お前なんだ!?家の由実に何しやがった!?」


うぉぉ!?金髪アロハと眼鏡スーツ男と厳つい男が飛び出してきた!?

それもなんでいきなり掴み掛かられるんだ!?

つか背中に由実いるんだから揺らすな。



「揺れる…気持ち悪い…吐きそ、うぷっ!」


やめろぉぉぉぉぉぉ!


「おろろろろろろろろろ!」


最悪だ…マジで最悪だ。

何が悲しくて背中からゲロをはかれないといけないんだ。

しかも栄養剤と鍋だから…余計に酷い。

なんかネチョネチョする…超臭い、帰りたい。

てかお前等のせいで吐いたのに、なんで逃げてんだよ!?


「おい…どうしてくれるんだよ?…ゲロ塗れにされちまったじゃねぇか…お前達が派手に揺らすから、可哀想に…もちろん洋服代は弁償してもらうからな」

「ちっ近づくな…俺達に近寄るなー!」


金髪アロハが逃げて行った。

残る二人も後ずさりをする。

この野郎…俺一人に被害を止める気でいやがるのか?

貴様等全員…道連れにしてやる。

なんだったら、この家中ゲロ塗れにしてやろうか?


「た…頼むから、そこで止まってくれ…妻に叱られる」

「そんなこと、俺の知った事か…テメェ等の始末はテメェ等で着けろやボケがぁ!テメェ等が揺らすことがなければ由実も吐かずに済んだんだよ!」

「どうかしたの?うっ何この臭い?って由実!?どうしたの!?可哀想に…ところでアナタはどちら様?」


後ろから声が聞こえ振り向くと、どこか見た事がある顔がこちらを心配そうに見ていた。

…あ、これが由実の母親か。

なんか遺伝子レベルで似てるな…顔だけが。

胸とか伸長とか胸とか、全然差があり過ぎるな。

にしても…結構美人だな、これも遺伝ってやつか?


「あらら、吐いちゃったの?家の旦那と馬鹿息子達が詰め寄ったんでしょ?ごめんなさい、家のお風呂使って、ほら!謝って!どうせいつもの悪い癖が出たんでしょ!?」

「い…いえ、こちらこそ娘さんを遅い時間まで」


気がつけば家のお風呂に入れられてしまった。

…ふむ、どうしたものか?

由実を預けたらそのまま帰る予定だったのに、どうしてお風呂を借りる事になるんだ。


「困ったなぁ…これからどうするか」

「入るぞ」


入るぞって…なんで普通に入って来てるんだよ?

風呂の扉が開くと、さっき眼鏡を掛けていた男が堂々と入ってくる。

…やべぇ…髪上げてるから傷が丸出しだ。


「男同士、裸の付き合いと行こうじゃないか」

「いえ…いきなりなんですか?前くらい隠してくださいよ」


何故この人、フル○ンで来るんだよ。

肩にタオル乗せて、一体何処の江戸っ子だよ!?

ん?さっきまで眼鏡掛けてて気づかなかったが、この人の顔…どっかで見覚えがあるな。

結構見た事があるんだよな。

最近とまでは行かないが…数年ほど前まで。

相手も同じなのか、俺の顔をマジマジと見てくる。

というよりは…額の傷を凝視してるが…眼鏡ないせいでみえないのか?


「お前等…何裸で見つめ合ってるんだ?気持ち悪い」

「親父!親父こそいきなり入ってくるんじゃねぇよ!」


それはアンタもだろうが!


「お、俺上がらせて貰います」


勢いで風呂場を飛び出してしまった…。

…俺、人の家で裸じゃねぇか…。

どうするんだよこれ。

腰にタオル巻いた男が一人、後輩の家をうろついてる状態。

おかしすぎるだろ!


「せ、先輩。こっち、こっちっす」


声のする方を振り向くと、由実の奴が手招きをしていた。

彼女の手には見覚えのある物が握られてる…あれって、俺のパンツだよな?

まさか持ってきていたのか!?

よく見たら最近無くしたと思ってたやつじゃねぇか!?

だが下着があるのは助かる。

タオル一枚で居るよりは、断然マシな状態になれる。

誘われるがままに部屋に入って言ったが、正直に言うと驚かされた。

由実の部屋はとても女の子らしい部屋と言えたからだ。

てっきりカメラばかりかと思っていたが、全然違う。


「先輩、これがパンツっす、あと服とかもあるっすよ」


由実から投げ渡された洋服は、最近行方不明になっていたものばかり。

まさかコイツが犯人だったとは。


「これ…お前が盗んだのか?」

「違うっすよ、蘭華が盗んで私に預かるように強要してきたんっすよ…とにかく服を着てくださいっす」


そうだった、今俺はタオル一枚だけだ。

急いで洋服を着たのは良いが…ズボンを履いてから視線が凄いな。

もしかして背中にある傷を見てるとかか?


「背中にある傷…喧嘩の傷っすか?」


喧嘩?違うな。

俺は最後に傷を付けられたのは、額の傷だけ。

背中にある四本のデカい引っ掻き傷、これの原因は。


「昔野良猫に引っ掻かれた…んで成長と共に傷跡が広がって、こうなったんだよ…夏美の奴がネコ触りたいとか言い出してよ、よりにもよってボス猫を指名しやがった」


後ろから聞こえてくる笑い声。

いつもの由実の笑う声だった。

調子は戻って来たみたいだな。


「すみませんでした…勝手に栄養ドリンクを飲んで…今代金をだすっす」

「いらねぇよ…あの酔っ払いの相手をして貰っただけで十分だ…俺はそろそろ帰らせてもらう、明日も学校でな」


由実が玄関まで送ってくれると言うので、お言葉に甘える事にしたが。


「もう帰るの?もう少しゆっくりしていけば?」

「いえ、時間も遅いので…それにいつも娘さんを遅くまで連れ回してすみませんでした」


彼女の母親に一応は謝罪を入れておく。

これは前から言おうと思っていた。

いつも遅くまで連んでいるから。

しかし、相手方も流石は由実の親だ。

気にするどころか全然OKと言われてしまった。


「なんだったらこの子、アナタの彼女にしてもいいけど?帰って来たらいつも話してくれてるから」

「ちょっとお母さん!先輩は蘭華が狙ってるっすから!」


楽しい家族だな。


「それじゃあね、秋恵ちゃんにもよろしく伝えて置いて」


俺が由実の母親から放たれた、秋恵ちゃんと言う言葉に気づいたのは大分後になってからだった。

どうしてあの人が、姉貴の名前を知っていたのかはしらない。

一体どんだけ顔が広いんだよ!

だが、姉貴が関わっている事は確かだろう。



由実を家に送った柘魔。

帰りに彼女の母の口から出た姉の名前。

これが意味することとは?

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