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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

二度目の異世界召喚でも勇者でした

プロローグ


 俺の目の前には鎮座するこの世のものとは思えないような異形が佇んでいた。


「クソッ……! いくら魔法を使っても歯が立たねぇ……!」


 そいつはいわゆる魔王、というやつで、異世界に来てから幾度となく戦ってきた魔物より一回りも二回りも威厳があり、畏怖と恐怖で力を抜けば今にも竦んでしまいそうだった。


「〚焔焼(Spreadfire);Nuclearexplosioner〛ッ!」


 パーティで魔法攻撃担当のサクが、高火力の炎魔法をその黒い巨体にぶつける。

 半径が三メートルほどの炎の球は猛スピードで魔王へと飛翔し、その衝撃にさすがの魔王も怯んだ。


「今だ! シュヴィ、デコルノは左から、シエラは俺と右から接近して叩け!」


「「「了解!」」」


「まだまだ!〚弱化(shortage);Allstats〛!」


 俺たちが攻撃に移る直前にサクがデバフ魔法をかけ、魔王の動きが鈍くなる。

 その隙を突き、俺たちはこの三年間で培った美しいほどの連係プレーで魔王へこれでもかと攻撃の痕をつける。

 それが功を奏したのか、ついに魔王がズシン、と大きな音を立てて膝をついた。


『フハハハ、流石は神世紀の勇者たちだ。今まで私をこれほどまでに追い詰めた勇者はほとんど居なかったぞ』


 魔王はハハハと笑いながら再び立ち上がる。

 その姿は隙だらけであるはずなのに、不思議な力が俺たちを動かしてくれない。


『ここまで追い詰めたのだ。褒美に我がとっておきの魔法を見せてやろうぞ……!』


 魔王はそう言うと、鎖鎌をどこからともなく取り出し、無詠唱で鈍色にびいろにねっとりと光る魔力をまとわせて鎖鎌を飛ばす。

 その速度はパーティ内で最もスピードに振ってある俺ですら目で追うのに一苦労であった。

 そんな鎖鎌をメンバーは見切れるはずもなく、シュヴィがその鎌を喰らってしまった。


「うぐぁああ!!!」


 シュヴィが瞬く間に壁まで弾き飛ばされ、壁に激突すると同時、部屋に赤黒い液体を飛翔させた。

 それを目にした瞬間、俺の中でようやくここが本当の戦場であると思い知った。

 今までの旅では傷つくことはあれど、死にかけるようなことはなかった。

  これまで旅を共にしてきた仲間が死の淵に立たされることによって、ようやくそれを理解したのだ。


『ふ、これで彼女はしばらく動けないはずだ。次は誰にするかな?』


 そんな内心を知ってか知らずか、魔王は次なる獲物を品定めするようにじろじろと一人ずつ指さしていく。


『なるほど。そこの勇者よ、腰が抜けて動けないようだな。貴様が動けなかったことで見方が死んでいく様をその目に焼き付け、そしてあの世で後悔するがいい』


 その手を一振りすれば、再び鎖鎌は元の持ち主に戻っていく。

 光を浴びてぬらりと赤く光る光景が妙に非現実感を覚えさせた。


『次はそこの少年、名はデコルノといったか。貴様の番だ』


 その鎌を構え、放つ。

 その動作だけで死を予感させるほどその鎌には強さがこもっていた。

 鎌がデコルトに向かって飛ぶ。

 デコルトはその鎌を無様な姿は晒すまいとにらみつけていた。

 そしてその鎌がわき腹を薙ぐ。

 ……寸前で鎖鎌は意識を失ったかのようにジャラ、と地面に落ちた。

 魔王も俺たちもその光景が理解できず、一瞬呆けていたが、すぐさま事情に気付き俺は壁側を向く。


「はぁ、はぁ。その鎌の所有権は……、もう、私のものよ」


 満身創痍の体でにやりと笑うシュヴィは、こう続けた。


「魔力をまとう魔具は、より力の強いものに主を定める。魔王様よぉ、そんな初歩的な事、忘れてたわけじゃ、ねぇよな?」


『馬鹿な…! それほどの傷を負ってまだ契約を破棄させるだけの力を持っているなどと……!』


「おい、今の内だぜ、ソウタさんよぉ……!あの鎖鎌が無けりゃ、あんたたちでも倒せるはずだ……!」


 そうだ。

 せっかく死ぬ気で隙を作ってくれたんだ、感傷なんかは後に取っておいて、今は目の前の敵を殲滅しないと!


「行くぞ。ラストバトルだ!」


 全員で最後の力を振り絞り、魔王に渾身の一撃を叩きこみ続ける。


『馬鹿な、我がここで敗れるなど……!』


 もっと、もっと多く攻撃を叩き込め。


『くッ、この程度……ッ!』


 もっと早く、もっと強く、もっと多く。

 腕がこれ以上のスピードは出ないと悲鳴を上げ、指先は衝撃で痺れ感覚がなくなり、視界は返り血と自身の鼓動で真っ赤に染まっている。

 まだ足りない、まだ足りない。

 俺のすべてを捨ててでも、俺は……。


「サーシャのためにお前を倒すッッッ!!」


 この世界に来た時から世話になってばかりのサーシャを見捨てるわけにはいかないッ!


『ぐッ、馬、鹿……な!』


 何度も何度も攻撃を加え、何度攻撃を加えたかわからなくなった頃、ついにその時は訪れた。

 その巨体がまるで糸の切れた人形のように傾き始め、地面に沈みこませるようにその身を倒した。

 暫くしてもその巨体が起き上がる気配はない。


「勝った、のか?」


 巨体は動かない。

 俺はそれを確認して、傷を負ったシュヴィのもとへ向かう。


「シュヴィ!」


 鳩尾の部分にぽっかりと穴が開き、とめどなく血があふれているところを見れば、素人目に見ても明らかなほど蘇生は絶望的だった。


「へっ、なんて面してやがる……。お前はへらへら笑ってるほうが、お前らしいだろうが」


 俺の両目からあふれる雫を抑えようともせず、俺は必死にシュヴィを助けようと方法を模索する。


「おいサク! 何とかならないか!?」


 俺は振り返り意見を求めるが、彼は顔を悲痛に歪ませ、悲し気に首を振った。


「おい、お前も判ってんだろ。治療魔法でも、直せて骨折まで。この腹はもう、どうにもならねぇんだ」


「でも……、まだあきらめるのは早いかもしれないだろ……!?」


「無理だ。大体、アンタについていくって、決めた時から、こうなることは、覚悟してた。あんたが最期にそばにいてくれて、アタシは嬉しい」


「でも……ッ!」


 大粒の涙がシュヴィのほほに筋を作る。

 俺が口を開こうとしたところで、シュヴィに優しく口を押えられた。


「アンタが看取ってくれりゃ、それでいいんだ。ありがとう。そしてさよ、な……ら」

 そこまで言って、だらんと、俺の口を押えていた手が落ちた。


「う、うわぁあああ!!」


 魂の重さがなくなった肉体を抱きながら、数分前からたまっていたものが堰を切ったように喉からあふれ出す。

 泣いても泣いても、涙は枯れることはなかった。


◇◆◇


 あの後気が付けば、そこはもう見慣れた木製の天井が広がるいつもの宿ではなく、コンクリートでできた固そうな天井に蛍光灯が付いている部屋だった。

 あの世界で鋼で出来た剣を振っていたはずの両腕は折れそうなほど細く、点滴が繋がれている。

 どうやら俺は高校の図書室で倒れているところを救急搬送されたらしく、その日からずっと意識を失ったままだったそうだ。

 あの世界で過ごしていた期間は三年を軽く越えるが、聞いた話によると俺が意識を失っていたのはわずか三ヶ月間だったそうだ。

 最初はあの世界は全て俺の夢だったのかとも考えた。

 しかし、目を覚ました時にこの左手に握っていたスカーフは確実にサーシャのものであった。

 今でも俺は本当にあの世界で生活していたのかはわからないままだ。

 しかし、あの世界で生活していた三年間が夢であったとしても、俺はあの世界での体験は無駄ではなかったと思う。

 どれほど挫けそうな日が来ても、俺はサーシャや数々の仲間たちから受け取った思いを胸に努力し続けようと誓った。


 ……と、強く意気込んでいた俺も今じゃ遠い昔の話。

 あのころとは違って面接の待合室でちょっとした回想をしている暇もない。

 現在の俺は就職活動に勤しむただの新卒としてこの身を削っている。すでに自宅には不合格通知が両手の指じゃ数え切れないほど積まれていて、バイトでその日の生活をしている状態だ。

 異世界で発揮していた異能力も怪力も、今の俺には何一つない。そこらへんを探せばすぐに見つかるようなただの青年である。人々の目にとまることもなく、背景に溶け込んでいる。

 この六年間、何度あの世界に戻りたいと思ったことか。しかし、願いなど所詮人の思い。俺の心など関係ないように時間は進み続ける。

 もう考えるのは止めよう、そう考え待合室から出た。

 今日何度目かの面接番号の呼び出しの放送が流れ、ついに俺の順番が来た。俺は恐る恐る面接会場の扉をノックし、入った。

 面接会場には面接官が机を挟んで三人座っている。

 面接官に自分の名前を告げようと口を開いた瞬間、俺の全身をある違和感が襲った。おそらく熱中症だ。頭がぼーっとする。

 遠のく意識の中、俺は一つの考え事をしていた。

 ――こんなことになるなら、昼食は唐揚げ定食じゃなくて豚骨らーめんにしておけばよかったなあ――と。


第一話【そして英雄は】


1


 私は今、今朝起こってしまった出来事を理解できずにいた。お父様が言った『国民にハーピィの妻がいると知れ渡ってしまった』、という話。今まで通りなら知られるはずがなかった事実がなぜ知られてしまったのか、お父様も混乱しているようだった。


「そんな……。それじゃあお母様は……?」


「国家権力の剥奪、ということになるだろうな。私も本当はこんな結果は望んでいなかったのだが……。すまない」


「違う、お父様は悪くないの! 全ては……全てはハーピィ族に対する差別を作った何代も前の国王がいけないの!」


「しかし、私も責任を感じずにはいられない……。とにかく今は部屋に戻って休みなさい、ロマーネ」


「……はい、お父様。おやすみなさい」


「お休み、ロマーネ」


 私は静かにお父様の部屋を後にして、自分の部屋に向かう。気づけば時計はすでに十二時を回っていて、かなり長い時間話し込んでいたとわかる。

 かなり前の話。この国の国王はハーピィに対して虐待をしていたらしい。なぜそんなことをしたのかという動機や目的は私には未だわからないままだが、その事実に激昂したハーピィは人類に対して大量虐殺を行った。

 その時代から人間のハーピィに対する差別意識が急激に高まり、人とハーピィはかかわってはならない、なんてことも言われた。そんな中でのお父様とお母さまの結婚。お父様は人間でお母様はハーピィ。

 二代前の国王で少しはハーピィに対する制限は緩和されたが、それでも差別意識は残ったままだった。

 お婆様とお爺様はハーピィ共存派だったので結婚に反対はしなかったが、世間にハーピィと知られてはならないとお母様はいつもローブをまとって外出していた。

 これほど生活に支障が出てしまう『ハーピィ族』という枷に私は徐々に憤りを感じていった。

 そんな私はいつしか、いつもお母様から聞いていた昔話の主人公にあこがれを抱いていた。

 その昔話は『モルゾードの英雄』。話の内容は、少しおかしな格好をした青年がハーピィを理不尽な運命から救うため、国王から出された試練を乗り越え、初めて出会ったハーピィの女性を救う、という物語だ。

 そこに出てくる勇者の姿は実に美しく、まさに英雄と呼べる姿だった。

 私はその話に出てくる英雄のようになりたいと一生懸命に武道を習い、勉学にいそしんだ。

 しかしもうお母様からそんな話を聞くことはできなくなってしまう。


「最後に一度だけ、聞きたかったな……」


 国家権力剥奪となれば国王と同居することすらかなわなくなってしまうだろう。

 ……と、物思いにふけっているうちに自分の部屋の前にたどり着いた私はそっと扉を開け、ベッドに横になった。すぐに睡魔は襲ってきて、目をつぶっただけで私は深い眠りについてしまった。


◇◆◇


「ロマーネ、起きなさい」


 優しく肩をゆすられて、寝惚け眼をこすりつつ目を覚ます。


「んん……。ん? お父様!?」


 お父様が直々に私を起こしに来ることは今までほとんどなかったので、私は驚きで眠気がさっぱり覚めてしまった。


「朝早くに済まない。大事な話だから落ち着いて聞くんだ」


 お父様の顔はかなり怪訝な顔つきをしている。


「どうしたんですか?」


 私は恐る恐る尋ねる。


「実は昨夜、お前の身柄を渡せと元老院から言われてな。どうにかそうならないように手は打とうとしたんだが時間が足りなかった。私がお前にできるのは地下室の鎧を渡して逃げさせることくらいしかできない。一刻も早く逃げるんだ、いいね」


 早口でまくしたてられた私は話を理解するのに時間がかかったが、やがて事実を理解した私は青ざめながらも「……わかりました」、と返事をして急いで地下室に向かった。

 普段はカギがかかっている地下室もその時だけはカギが開いていて、私が物心ついた時にはすでに私のそばにいた執事が扉の前で腰を折る。


「話はご主人様からうかがっております。鎧は磨いておきましたよ」


 そう言って部屋の奥からすっと、昔から愛用していた銀の鎧を取り出す。

 しばらく使っていなかったはずの鎧は新品同様に磨かれていて、サイズも今の私用に調整されていた。


「ありがとう、フィル」


 私は短くお礼を言うとすぐにその鎧に腕を通し、完全に重装備となる。


「玄関に馬を用意してあります。それに乗ってお逃げください」


「ありがとう」


 私とフィルは玄関に向かって走り出し、急いで馬にまたがる。


「ここから北の山中に向かうとかつて大奥様が使っていた小さなおうちがあります。ひとまずはそちらに向かってください」


「ありがとうフィル。あなたには最後まで……迷惑かけっぱなしね」


 私は今までずっとフィルと過ごして、家族同然だと思っている。

 最後に思い出をいくつか思い出してしまい、涙があふれた。


「泣いてはいけません、お嬢様。お嬢様は、笑顔が似合っているのですぞ。最後位は笑顔で見送らせてください」


「……そうね。ありがとう、フィル」


 涙を拭いて、最後のお礼を伝える。


「いえいえ。わたくしはいつでもお嬢様の味方ですぞ」


 そう言って私に微笑みかけてくれるフィルの姿が今はとても悲しそうに見えて、私は精いっぱいの笑顔を向けて馬を出発させる。

 馬は徐々にスピードを上げ、どんどん家が遠ざかっていく。

 フィルは私の姿が見えなくなるまで微笑み続けてくれた。


2


 意識が徐々に戻ってくる。

 ゆっくりと体を起こすとそこはもう面接室ではなく、木々がうっそうと生い茂る山中だった。六年前もここと同じような場所で目が覚め、サーシャと出会った。しかし、ここが前にも来た世界であるという確証はない。

 異世界召喚の影響か、ズキズキと痛む頭を押さえながら立ち上がる。服装は面接のときに来ていた黒いリクルートスーツ。


「俺は大森オオモリ 蒼汰ソウタ。バイトや面接に追われる新卒の二二歳、って言ってて悲しくなってきた」


 自分の名前を憶えていることも確認し、次に現状把握をしようと試みる。


「まずはここがどこか知らないといけないわけだが、こんな山奥じゃあなぁ……」


 見渡す限り木、木、木……。近くには舗装された道どころか獣道すら見当たらない。

 ひとまず人と出会うことが先決であると考えた俺は、とりあえず今向いている方向にまっすぐ歩いてみる。

 しかしさすがは山奥。

 まっすぐ歩いているつもりでも、倒木を乗り越えたり雑草をかき分けたりしているとまっすぐ進めない。

 しばらく歩き回り、ようやく道と呼べる場所に出ると、丁度左のほうから馬に乗った少女がこちらに向かってくるのが見えた。


「えっ? ちょっ、人? そこ、危ないからどいて!!!」


 少女が焦りつつこちらに呼びかけてくるが、時すでに遅し。

 呼びかけが終わる頃にはすでに馬が肉薄しており、俺が気づいた時にはもう俺は馬に弾き飛ばされた後だった。

 幸いにも、俺が前に異世界召喚された時の最後のステータスを引き継いでいたようで、地球なら全身の骨が逝ってしまっているような大怪我を負うことはなく、軽症で済んだ。

 俺が体を起こすと、さすがにこれは殺してしまっただろうとオロオロしている少女が、馬から降りつつ独り言をつぶやいていた。


「これはまずいよ、どうしよう……! この人死んじゃったらどうする? 私も死ぬ?」


 聞いていると考えていることがちょっと危険な方向へ向かい始めたので、俺自身が声をかけて静止する。


「ちょっと君?」


「うひょう! なんぞですばってん!?」


 俺が声をかけると少女は素っ頓狂な声を上げ、勢いよくこちらに振り返った。


「というか生きてる!? それとも幽霊?」


「いや、生きてるよ」


「でも全身に大怪我はありますよね!?」


「まあ、軽症くらいなら」


「けいしょうう!? 馬ですよ!?馬!」


 どうやら彼女は俺とぶつかったことで頭をおかしくしてしまったらしい。


「あ、ちょうどいいから一つ質問させてくれ」


「あ、はい。どぞ」


 よかった。どうやら質疑応答はできるようだ。


「俺の家がデヴァイアって領地にあるんだけど、どこかわかる?」


「ああ、あそこですね。わかりますよ」


 よかった。そこに案内してもらえれば俺が魔王を倒したときに着てた装備があるから、ひとまずそれで何とか生きていけるだろう。


「でも、教えるには一つ条件があります」


「え、条件?」


 さっきの発言はやっぱり訂正。こいつは質疑応答すらできない。


「家に泊めてもらいたいんです」


「え? いいけどなんでまた」


 とうとう訳が分からなくなってきた。


「実は私の家が今とある事情で元老院に追われる身なんです。それでお前だけは逃げろとお父様から装備と馬を渡されてここまで来たんですけど、今夜過ごす家がなくて……」


 なるほど。そういうことか。そういうことならいいかもしれない。部屋も有り余ってるしな。


「別にいいぞ」


「ありがとうございます! デヴァイアはこっちです!」


 返事するなり彼女は喚起して馬にまたがり、急ぐようにして馬を走らせる。

 それについていくように走ると、少女がギョッとした表情でこちらに振り返る。


「馬についてくるんすか!?」


「いや、ついてこいって言ったから」


 どうやら彼女の中で俺が馬についてくるというのは計算外だったらしい。


「いや冗談のつもりだったんですけど!?」


「まあ、人よりちょっと鍛えてるからね」


「人外!」


 ひどい言われようだ。確かに俺は魔王を倒すためにバカみたいなステータス増強を図ったが、俺がこの世界に来た頃は桁外れのレベルの人間なんて少なくなかったはずだけどな。今も感覚を取り戻すためにウォーミングアップしてる最中だというのに。


「でも、疲れるでしょ? 後ろ、乗っていいですよ」


 しかし、どれだけひどいことを言おうと人情はあったらしい。俺が走りながら馬にまたがるという曲芸チックなことをしている間、馬のほうはスピードを落としていたみたいで、乗り終わった直後に馬が加速を始める。


「あ、そういえばお嬢ちゃんは名前なんて言うんだ?」


 乗り終わった俺は後ろから声をかける。


「この鎧を見てお嬢ちゃん!? ……ッんん。えっと、私はエビルダ国王女、ハリル・ロマーネと申します」


「ああ、あの……。ん? ハーピィを虐待してたあの?」


 最後の『あの?』の部分には『あの国のお姫様?』という意味を込めたが、彼女はその意図を理解してくれたようだ。


「ええ、まあ昔よりかは落ち着いた方ですけど、今でも国民の反感を全て拭い去ることは……」


 どうやらこの話題を出してしまったことは彼女の感情をよくない方向に向けてしまったらしい。

 だんだん彼女の表情は暗くなっていき、やがて一筋の涙がつぅー、と頬の上を流れていった。


「……すまない。嫌な思い出を思い出させちまったか?」


「いえ……。大丈夫、です。少し、思うことがあっただけですから」


「……そうか」


 二人を包み込む空間になんとなく気まずい雰囲気が流れる。何とかしてこの気まずい雰囲気を変えなければ。


「実は俺も昔、大切な人を何人も失ってきてな。いつも明るい魔法使いの女の子や、憎まれ口をたたくけど、それでもいざというときは頼りになる親友とかな。みんな魔王に殺されたよ。俺は魔王に挑むきっかけを作った国王と、直接そいつらを手にかけた魔王がどうしても許せなかった。でも、そこで恨みや復讐の念を他者に向けていては、俺も魔王と何一つ変わらない人間になってしまうって教えてくれた女性がいたんだ。俺は、彼女が居なかったら今頃、自分を見失って人じゃない何かになっていたと思う。君も、今ここで元老院のことばかり悪く言っていたら、いつか君がその元老院みたいな人間になってしまうよ」


 俺は、いま彼女を見て思ったことをありったけ話した。いい話を言ったと自分でも思うが、嘘は言っていないつもりだ。実際、このままでは彼女は確実に悪い方向に向かってしまう。それは見て見ぬふりできない事実であるし、気づいてしまった以上見過ごすわけにはいかない。寝覚めが悪くなっちまうしな。


「……ありがとう。少しは元気出たわ。貴方もなかなか壮絶な人生を歩んでいるのね」


 目の前の少女は一度、首を軽く振ってそれまで浮かべていた悲しそうな顔を笑顔に変えると、明るく微笑みながらそう言った。


「ああ、なかなかにな」


 振り返ったロマーネという少女と目を合わせると、やがてどちらが先にというわけでもなく笑いがこぼれる。

 ふふふ、と笑う少女の笑顔はまるで太陽のようにまぶしかった。


3


どうやら俺の領地はそれほど遠くはなく、行商人や観光客などでにぎわう通りまではあまり時間をかけずに到着した。


「ここの通りをまっすぐ行ったところまで頼む」


「了解です」


俺の指示を聞いたロマーネは人通りが少なくなった辺りでペースを上げ、ほどなくして屋敷までついた。


「すごく大きいですね……」


「そうか? 別に普通だと思うが」


 屋敷に着いた俺たちは、二人で全く別の反応を示していた。

 隣にいるロマーネは俺の邸宅を見上げ、嘆息している。その隣で俺は、この屋敷に対して懐かしさを覚えている。

 俺たちは別々の感想を抱きつつ、そっと屋敷の扉を開ける。

 カギはかかっていない。

 俺はそのことに不信感を抱きつつ、扉を大きくあけ放つ。

 人の気配は感じない。感じないが、若干の生活感はあるため、近いうちに人の出入りがあったことは確実だろう。


「俺の家に誰かが出入りしている……?」


 他人の家に許可なく入り込むことは感心できたことではない。いくら人が住んでなかったからとはいえ、その家の家主が帰ってこないとも限らない。

 現に俺はこうして帰ってきた訳だから、勝手に侵入し、勝手に生活していたことを咎めなくてはならないのはむしろ当然と言えよう。

 今もこの家に住んでいるのかはわからないが、ひとまず手掛かりにつながるものを探す。


「ロマーネはその先にあるリビングで何か手掛かりになりそうなものを探してくれ」


「あっ、はい!」


 先ほどの呟き一つで俺の感情を酌んでくれたのか、たたたっ、という軽い足取りでリビングのほうへ向かう。


「俺も動くか」


 ポツリとつぶやき、まず生活するうえで必ず使うであろう場所へ向かった。

 俺の体内時計で六年たっているといっても、そこは俺の家。

 迷うことなく一直線に目的の場所へ到着する。

 そこはそう――キッチンだった。

 キッチンには予想した通り俺の私物であった皿を利用した形跡もあり、犯人が残したであろう痕跡も残っていた。

 キッチンのハンガーにかけられたそれをおもむろに手に取り、観察する。

 ピンク色の生地に小さく縫われた『Siela』の文字。

 この家が誰に利用されていたのか大体察した俺は小さくため息をついてロマーネのもとへと戻った。


◆◇◆


「あっ、異国の人! 若干の痕跡は残ってましたよ!」


 駆け寄ってくる少女を横目に、俺は手近なソファーへと身を落とす。


「その件は大体犯人が分かったからもういいよ。それと、俺の名前をまだ言ってなかったな」


「そういえばそうでしたね」


 どうやらこの少女は見かけには寄らずなかなかの天然だ、と自らの置かれている状況とは裏腹に場違いな感想を抱きつつ、自己紹介する。


「俺はここに住んでた大森ソウタだ。改めてよろしく」


「その体勢でよろしくと言われましても……」


 言葉だけでよろしくと伝えた俺に予想通りの反応を返してくれて若干気分が軽くなる。


「まあそうだろうが、そろそろ戻ってくるだろう犯人のことを考えるとどうにも頭が痛くてな」


 気分が軽くなるといっても気休め程度で、実際のところは完全に立ち直ったわけではない。

 犯人のことについてあれこれ考えているうちに、当の本人がやってきた。


「ただいまー。って、人の気配!? 誰だ……!」


 扉越しでも聞こえる凛として透き通った声に、俺は頭を抱える。


「オオモリさん、誰か来ましたよ?」


 さすがにことを荒立てるつもりはないのか、小声になりつつ若干イントネーションが違う日本語で話しかけてくる。

 しかし、犯人はそうもいかないのか、その鋭敏な聴覚を使い存在を知覚したようだ。


「誰だ!」


 瞬間、リビングに向かって浴びせられる怒声。

 少しずつこの部屋に近づいてくる気配。

 ロマーネが緊張感を高めていく傍らで俺は徐々にソファーに身が沈んでいく。

 緊張感が限界に達したとき、リビングの扉が勢いよく開け放たれ、一瞬のうちに俺の目の前へと犯人が肉薄する。

 すぐさま張られる防御魔法。


「俺がいない間も修行を怠ってはいなかったようだな、シエラ」


「この防御魔法は……、ひょっとしてソウタ殿か!?」


 この屋敷に居候していた犯人であろう彼女はすぐさま臨戦態勢を解き、「会いたかったですよー!」と、飛びついて来る。


「一回離せ……ッ!」


「おっと、すまない。取り乱してしまった」


「い、いいんだ。それで、なんで勝手に俺の家に住んでたんだ……?」


 俺は疑いと不信感を込めた目を向ける。

 向けられた本人はすまなそうに目をきょろきょろさせながら、言葉を紡いだ。


「そ、ソウタ殿が居なくなった後、私たちは一週間ほど探し回ったんだ。それでもソウタ殿は見つからずじまいで、その後もずっと探し続けてきたけど、結局手掛かりは得られなかった」


「それで? それとこれとは関係ないような気がするが?」


 俺がさらに詰問するような視線を向けると、一瞬たじろいでから再び言葉を紡ぐ。


「そのあと、メンバーの中でこの家を守る役割を決めたほうがいいってなって、その……いつも一緒にいた私に、白羽の矢が、立ったのです……」


 話していくうちに徐々に声が小さくなっていったのは後ろめたさからか、羞恥心からか。どちらから来るものか俺には想像出なかったが、それでも彼女がここで暮らしていたことについては理解できた。


「あの……、口をはさむ様で申し訳ないんですが、何をおっしゃっているのか私にはさっぱり……」


 しかし、俺とシエラのこれまでの経緯を知らないロマーネはそうもいかず、疑問符をいくつも頭の上に浮かべていた。


「そういえばお前は知らなかったな。俺とこのシエラってのはもともと一緒に旅をしていた仲なんだ」


 俺がシエラを紹介するとどうも、と一声かけてちょいっと会釈する。


「それだけの仲じゃないはずだけど?」


 しかし会釈だけでは満足いかなかったようで、微笑みながら付け足す。


「だから、その件はなしになったはずだろ……」


 何度もこの説明を繰り返しているせいですでにあきらめかけているが、一応肯定するわけにはいかない。


「えっと、このシエラって子は王族なんだけど、無理やり許嫁にされた」


 しぶしぶといった体で説明するが、一応俺にだって思い人はいるのだ。シエラは美しいが、簡単にサーシャをあきらめることはできない。


「無理やりってことは本意じゃなかったんですか?」


 ロマーネが疑問を投げかけてくる。それもそうだろう。先にも言った通り、シエラの美貌には目を見張るものがある。

 肌は磁器のように美しく、瞳はくりくりとしていて愛らしい。醸し出す雰囲気とあいまってその姿は小動物そのものだ。しかし、身長は剣術を身に着けるのに不自由はない高さ。女性としては高身長といえるだろう。そのギャップも相まってますます美しく見える。おまけに声は凛として透き通るようである。

 これで魅了されないほうがおかしい。

 事実、俺は最初も魅了された。がしかし、この少女、性格に難点がある。

 俺はその性格を見たからサーシャに戻ることができた。


「もったいないですねぇ……」


 ロマーネはしげしげとシエラを見つめながら話す。


「こいつは見た目だけだ」


 一応俺はロマーネに忠告しておく。しかしその忠告は悲しくもロマーネの耳には届かなかったようで、シエラを観察し続けている。

 もうだめだと悟った俺は、再び腰を深くソファーに沈めた。


4


 あの会話から数十分が経過した後、不意にロマーネが話しかけてきた。


「あの、ソウタさんは一つのおとぎ話を知っていますか?」


 ちゃっかりシエラに乗っかって変えられた呼び方も、もう注意する気も起きなかったので話の続きを促す。


「なんの?」


「『モルゾードの英雄』です」


 打てば響くように返ってきたその作品名は、俺の知らないものだった。


「いや、知らない」


 俺は首をひねりつつ、言葉を返す。


「話してもいいですか?」


 ニコニコと話しかけられては否定もできない。


「ああ、かまわないよ」


俺は微笑みながら彼女の話を聞くことにした。


「これはお母様から聞かせてもらった話なのですが――」


ロマーネは短く前置きをして、物語を語り始めた。


◆◇◆


「――ということでした」


 一通り聞き終えた俺は不自然な顔になっていたはずだ。

 物語を要約すると、不自然な格好をした少年はある少女と出会い、魔王を斃すために奮闘し、時には魔王以外の化け物と戦ったり、仲間を集めて最終的には目的である魔王を斃すというものだった。

 ……要するに俺たちのことである。

 物語を細かく見てみれば若干の違いはあれど、大まかな内容は俺たちの辿ったストーリーそのもので、その物語は俺たちのことが美化されすぎていた。

 現に話を聞いていたシエラが美化されすぎた俺たちの物語を聞き、爆笑している。

 しかし、ロマーネは顔をしかめ、何がおかしいのかという表情をしている。


「いいか、ロマーネ。落ち着いて聞いてくれ」


 その不信感をぬぐい去るため、俺は説得を試みる。


「……はい」


 ロマーネはシエラのことは置いといて、不承不承という体で返事をする。


「お前がどれだけそのモルゾードの英雄を尊敬しているのかはよく分かった。だけど俺はそれをいい判断だと

は思えないな」


 しかし、これは火に油を注いでしまった。


「……なぜあなたがそんなことを言えるんですか?」


 少し間を置いた返答。しかし、この言葉の中に先ほどまでの穏やかさは残っておらず、殺気だけを漂わせている。


「あまり言いたくはないんだが……、その、俺とそいつは昔知り合いだったんだ。」


 彼女が崇拝しているその英雄がこんな駄目男であるとは言う気にもなれなかったので、要所要所はぼかして遠回しに俺のことを崇拝するのはやめたほうがいいと伝える。


「そんなのありえません! だってその勇者様は百年も前の人物なんですよ!? あなたが百歳であるとは到底思えません!」


 しかし、百年と言う単語を聞き、俺は驚いた。

 俺が現実に戻って六年しか経ってなかったが、こっちの世界では百年経っていたなんて。

 しかし、そうなら何故シエラが生きているのか。

 ちらっとシエラを盗み見るも、パチリとウインクするだけで助言はしてもらえなかった。

 なんと答えようか迷っていると、ロマーネは再び口を開く。


「答えてくれないならいいです。もとより、あなたが言っていることは冗談だとわかっていましたので」


「いや、違うんだ! これは」


「何が違うんですか!? 人が思い描いていた勇者という憧れを、その口で踏み潰したというのに!?」


 俺が必死に否定の言葉を考えるも、うまく伝えることはできなかった。

 結果、それは彼女の罵声に対して沈黙で答えるという結果になってしまい、その沈黙は彼女にとって『俺が勇者の知り合いであるというのは冗談』だと受け取られてしまった。


「……もういいです。私は他を当たりますので」


 その言葉に何も言い返せず、そのまま彼女を返してしまうかと思われたその時、彼女を引き止めたのは意外にもシエラだった。


「ロマーネ、だったわね。あなた、本当に勇者のことを尊敬しているの?」


「当たり前じゃないですか!いくらおとぎ話といえど、あそこまで素晴らしい人を私は見たことがありません! 尊敬して何が悪いんですか!?」


 シエラの質問にロマーネが激昂する。火に油を注ぐ形になっても、シエラは御構い無しに話を続ける。


「じゃああなたならわかるでしょ? 物語の冒頭を思い出してみなさいよ」


 シエラはそう言って、ロマーネに考える時間を与える。

 考えることで多少の熱は冷めたのか、若干雰囲気は落ち着いた。


「不思議な格好をした男の人が、ある日ハーピィの女性と出会うってところからですか?」


 若干訝しみながら、シエラのセリフに答える。


「ほら、自分で答えを言ってるじゃない」


 しかしシエラは笑顔でロマーネのことを諭す。


「自分でって、意味がわかりませんよ」


 そう言ってロマーネははっと気づく。


「もしかしてその不思議な格好をした人って……!?」


「そう、彼が異世界から来た勇者、あなたがあこがれていたモルゾードよ」


 ……。雲行きが怪しくなってきてたからまさかとは思ってたけど、やっぱり俺の正体ばらすか……。


「まあ、そういうことなんだけどさ、あんまりあこがれが強すぎるからそれを壊さないように何とか説得しようとしてたのに何でばらすかなぁ……」


 俺がため息交じりにそう呟くと、


「だって魔王を倒した男がそばにいるのにそれを語らないとか面白くないじゃん?」


 と、謎の理由を並べられる。


「え、本当なんですか?で、でも証拠はないでしょう?」


 しかし説明された本人はそれを理解していないよう。


「証拠ならあるよ」


 そう言って地下の倉庫として使っていた部屋に向かって歩いていく。

 ……ホント、余計なことしないでほしいんだけどなあ。

 俺が彼女との婚約を断った理由の一つとして、前々からこうして町でも問題を連れてやってくることが多々あったからである。それ以外にもいくつかあるが。

 しばらくソファーに身を沈めていると、ガタガタとものすごい音を立ててシエラが戻ってきた。

 ご丁寧にその後ろに過去の俺の鎧まで背負って。


「それ、まだ残ってたのか。てっきりもう捨てられたものかと」


 その鎧はかつて俺が最後に着ていたもので、魔王と戦った名残としていたるところに傷や穴が開いている。


「嘘……、この鎧ミスリル製じゃないですか……! それがこんなにボロボロになるなんて、いったい何をし

たらこんなになるんですか!?」


 どうやらロマーネはその鎧が勇者本人(認めたくないが)のものではなく、その素材と現状に困惑しているらしい。


「見たらわかるでしょう? 魔王にやられたのよ」


 鎧には爪でやられたと思われる三本の筋や、炎によって焦がされた痕、氷柱(つらら)によって穿たれたような痕など、大小さまざまな傷が入っていて、あの時の激しい戦闘をいやでも思い出させられる。


「じゃあ……、本当にソウタさんは……!?」


「さっきからそう言ってるじゃない」


 俺が魔王戦のことを思い出していろいろな感情にもみくちゃにされている間に、シエラはいつまでも認めようとしないロマーネにだんだんとイライラしてきているようだ。

 ちらりとこちらを伺うような視線に俺は苦笑で返す。


「ま、そういうことだ」


 ここまでばらされてしまってはもう後戻りできない。

 どうにでもなれの精神で俺はロマーネに笑いかけた。


第二話【戦闘、その後】


 リビングでの話が終わってすぐ、街のほうから轟音が聞こえた。

 その音に俺はロマーネたちを引き連れ、一度庭に出た。


「竜、か……」


 本来なら俺がすでに討伐していないはずの銀の鱗を持つ竜。

 おそらくその卵が孵化したか何かでこの時代に再び現れたんだろう。


「なんでディグリッシャーがこんな町中に!?」


 俺の反応に対して、ロマーネは心底絶望したような表情をしている。


「ちょうどいい機会だ。あの竜を俺一人で討伐して見せる。証明にならないかもしれないが、まあ防具無し、

鉄の剣で倒せば信じてもらえるだろう?」


 俺がそういうと、シエラは「もっと舐めプしろ」みたいな視線を送ってきて、ロマーネはそれとは逆に俺に正気でないものを見るかのような目線を送ってきた。


「無理ですよ! あの竜は王国の精鋭たちで挑んでも歯が立たなかったんです!それをそんなシャツ一枚でなんて自殺行為にもほどがあります!」


 ロマーネはそう忠告してくれたが、生憎あの竜に苦戦を強いられた覚えはない。

 正直今のステータスなら木の棒でも倒せる気がする。まあ、一応の安全マージンとして鉄剣でやるけどな。


「やってみなきゃわかんないだろ。シエラ、ワープ頼む」


「分かった。〚転移(Transfer);Centraltown〛」


 俺の合図に、すぐさまシエラは返事をして魔法陣を展開する。

 この魔法の美しさはいつ見ても一級品だ。

 一般的に流通している魔法陣よりも無駄がなく、それでいて複雑。一見すると相容れないモノのように見えるその二つが醸し出す光の粒はとても常人には真似できないものだと思う。

 普通の転移魔法に劣らないスピードで魔法が発動し終えると、すでにそこは先ほどまでの庭ではなく町の中

心だった。


「一応そんなことはないようにするけど、流れ弾が当たるかもしれないからこのあたりにいてくれ」


 目の前には大きな銀翼を持つ竜が炎を吐いている。幸いにも避難は済んでいるようで、野次馬はいれど被害者は出ていないようだった。


「万が一のことがあっても絶対に死なないでくださいね」


 ロマーネは先ほどからずっと不安そうな様子で俺を見つめているが、ここまで常人が体を張るとは思ってないんだろう。その瞳には若干の羨望が混じっていてむず痒い気持ちになる。

 それを頭を振ることで振り払い、いざ竜のもとへと踏み出す。

 俺が十歩ほど歩いたところで自らのテリトリーに侵入者が現れたことに気付いたのか、のっそりと体を起こしこちらをにらみつけると、グオオオオォォォォォ!!と咆哮する。

 防具がないとさすがに全ての威圧を受け止めきることができず、一瞬たじろいでしまう。

 その瞬間、竜は隙を逃すまいと一瞬で懐まで詰め寄り、凍えるほど冷たい息をこちらに吹き付けてくる。

 しかし、いくら竜と言えど所詮は生き物。その行動はあまりに単調で読みやすい。

 口腔を大きく露出した状態でこちらに向かってくるというのはあまりに無策である。

 ……その無策を補って余りあるパワーがこの竜には備わっているが。

 俺がその息をもろともせずに口内へ侵入し、歯を一本残らず切り捨てると竜はその激痛からか息を吐くことを辞め、思いっきり俺を吐き出す。

 たやすく数十メートルは飛ばされ、しかしその衝撃は受け身をとることでゼロになる。

 竜を一瞥すると、口元から大量の血を滴らせ、さながら魔竜といった風体である。

 そんな状態の竜でも、慈悲を与えることはできない。

 弱いものは強いものにやられる運命だとこの竜は知っているはずだし、こいつも今まで多くの人間や魔物を屠ってきたはずだ。

 だからこその一撃。

 足に一気に力を込め跳躍する。

 五十メートルはあろうかという距離を一瞬で詰めると、その剣に魔力を込める。種類は貫通。

 その剣で切り裂いたものは触れているか関係なしに一直線に切る。

 上空から頭めがけて落下する俺に、野生の意地が働いたのかその切っ先を避け爪で受け止める。

 竜の爪は半分に割れ、激痛に再び咆哮を上げるが、こちらにも異常が起こる。

 さすがに鉄では丈夫さが足りなかったのか、爪に触れた部分からパキパキとひびが入り、そして粉々に砕け散ってしまった。


「まじかよ……!」


 すぐさま柄だけになった剣を投げ捨て、魔法を放つ。

 それは魔王と対峙する前に得た魔法。

 あまりに残虐すぎて使うのをためらっていたが、出し惜しみしては俺が死ぬ。


「〚暴走(Reckless);Mitochondrion〛」


 この魔法は細胞から生物を殺す魔法。

 体の内側から自身の細胞によって蝕まれていき、やがて全身から血が噴き出す。

 この竜も例外ではなく、俺が魔法を打ち込んだ後すぐに距離をとると唐突にもがき苦しみ始め、やがて地面に足をつき体中から血液を噴射し始める。

 この魔法は解呪が難しく、故に発動も難しい。

 付け焼刃で成功したのは奇跡といってもいいだろう。

 やがて咆哮も収まり、絶命を確認すると少女たちの元へと戻る。

その道中、野次馬たちの声が少し耳に入る。


「おい、あいつあの竜を倒しちまったぜ?」


「ああ、俺も見てた。聞いた話じゃ、あの竜は王国の精鋭でも討伐まではいかなかったって話だぜ?」


「しかも鉄剣だったよな? あんな奴今までいたか?」


「ちょっとまて。あの竜を一撃で倒した魔法、あの不思議な服装、それに、町一番の屋敷。もしかして……」


「勇者様、復活ってことか?」


 あーあ、まためんどくさいことが増えたな。

 まあ町の人への説明は追々ってことで、今はロマーネだ。


「これでちょっとは信じてくれたか?」


 シエラは相変わらず神でも見るかのように俺に称賛のまなざしを向けているが、対するロマーネはその限りではなかった。


「すごい……。ほんとに一人で……」


「だから言ったろ」


 俺は気さくに話しかけたつもりだったが、ロマーネはそういうわけにもいかなかったらしく、「ひっ」と声を上げてびくりと体を震わせる。

 その視線には気のせいかもしれないが恐怖が混ざっていたようにも感じられた。

 そんな様子ではまともに話ができないと思った俺は、彼女を屋敷でいったん休憩させるためにシエラに再び転移魔法を使ってもらう。

 一瞬で景色が町中から先ほどまでいた庭に代わると、俺はロマーネと応接室で話をすることにした。


2


「えっと、さっきまでのこと驚かしてしまったかもしれない。それは謝るよ。……ごめん」


 重い空気に包まれる室内で、俺はそうロマーネに言う。


「私こそ、あんなにおびえてしまってすいません……」


 口ではそういっても顔は浮かれない。


「こんな状況で聞くのもあれだけどさ……、その、俺のこと、少しは本物だって信じてくれた?」


 こんな状況で聞くのは場違いだなんてわかってる。

 でも、だからこそ目の前の少女がこんなやつを崇拝するのはやめたほうがいい。


「あれほどの魔法が使えるのは王国にもいません。貴方が勇者であるということは信じます」


「だったら――――――――」


「だからこそ!」


 俺が言葉を言い終わる前に、彼女が大声でそれを遮る。


「だからこそ私はそんなに強い魔法を使えるあなたに助けてもらいたい……!」


 いつしか彼女はその瞳からぼろぼろと涙を流し、こう訴えた。


「ハーピィを助けたのは本当ですよね!?」


「あ、ああ」


「そんな優しさがあるなら、もう一度この世界を救ってください!」


 彼女から告げられたのはあまりにも無理難題に聞こえた。


「世間にハーピィが認められ、お母様が、私が、親友のみんなが笑って人と共存できる世界を作ってください!!」


 でも、目の前で悲しむ少女を見捨てるわけにはいかなくて。

 こんなところでお人よしが出てしまうのは悪い癖だと自覚しながらこう言う。


「一人の女の子も守れなくて勇者なんて名乗れるかよ」


 それを聞いた少女はパッと表情を明るくし、


「ありがとうございます!」


 と笑顔で言った。

 その時の少女の表情はどこか昔の思い人と面影が似ていると感じた。

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