【8】魔王が封じられた水晶
しかし、私はふと思う。リザが言っていた剣術があればいいという言葉は、確かに間違っていないと――。
両親を助け出すためには、物理的な術を身につける他にない。
数ヵ月前、魔族としての誇りも全て失いかけていたとき現在の師に出会った。
積み重なる年月ととも私の中で欠けていく何か。
平穏な暮らしの中にも自分が自分であり続けるために過去を辿る必要があった。人間たちの中で暮らすうちに芽生えてくる、魔族であるという疎外感。
そんな負の感情は、時間とともに身体の内に流れ込んできて心を締めつける。
あのときの――、私が魔王城から離れなければならなくなってしまった人間と魔族の戦いについて知りたい。
私はなりふり構わずディーグル城に乗り込んでいき、王と話がしたい旨を伝えたがそう簡単に会えるわけもなく、代わりに装備に身を包み肩から斜めに剣帯をかけた女性が現れた。
女性は一言、
「あなたの両親に会わせてあげる」
そう呟いて私をその部屋へと連れていった。
いや、自分からアメをもらった子供のようにひょいひょいとその女性についていった。
庭園を囲む回廊を進んでいく。女性の背中にある剣を見ながら、緑の中央の噴水の水しぶきに耳をそばだてながら。涼しげな音はひっそりとした廊下に広がっていた。
アーチ状の扉のところまで来ると、見張りの男が敬礼した。
「少しの間、入らせてもらうわね」
「……ア様のご用事とあればっ」
男は扉の前から横にずれる。女性はノブをひねり重さのあるそれを慎重に開いた。
下まで急な階段が続いていた。スモーキークォーツのうっすらと黒みがかったクリスタルの道。
歩く度に、靴の音が反響する。なんだか同じ建物とは思えない、冷たい質感の壁。
それは階段の下の大広間も同様で、クリスタルの壁と床が奥まで伸びていた。
そして、真ん中に見える巨大な結晶――。
「ねぇ、確か水晶の中に閉じ込められたって」
「そう、あれが……」
私に問いかけに答えながら、女性はその黒の滲む結晶に近づいていく。
慌てて後を追うと、水晶は自分の背よりもはるかに高かった。表面は滑らかに光り、そしてその中には――。
しかし姿が確認できないことに、本当にここに両親がいるのか疑問も覚えてくる。
側にはまだ幼さの残る学者風の少年が立っていた。女性を見つけると、焦りの色を浮かべながら、
「大変ですっ。水晶の一部が魔王の力に侵食されているようです。でも、おかしなことにそれが内側ではなく外側の部分なんですよね」
その瞬間、結晶の先端がはがれるように落ちた。床に転がった塊は、女性の手によって拾われた。ちょうど手のひらに収まるくらいの大きさだった。
「これは、邪悪な力が浸透した欠片ではっ」
そんな警戒を示す少年の発言を遮って、女性は私の方を向いて言った。
「あなたが持っていなさい」
「なんてことですっ。それは忌まわしい力が宿った……」
「この国の結界は魔力を封じているし、大丈夫でしょう。それに、たぶん魔王の力を感じたのは“娘”に自分の存在を伝えたかったせいかもしれない」
「えっっ?」
あどけない顔の学者は私を見て、後退りをした。
「他言無用よ。じゃ、この水晶は渡しておくわ」
うなずきながら私は受け取ろうとしたとき、
「なぜですっ? あの戦いはレイア様の中では風化してしまったのですか? この部屋にいる僕は魔王の脅威にいつ晒されるか、そればかり考えているのにっ。陰の指揮官として戦意を奮っていたあのレイア様はっ、魔導士たちが魔王を封じるのも見届けたあのレイア様はっ……」
腕を伸ばした私の身体が固まった。
今、何て?
だけど、真実を知るには十分それで足りていた。
「どういうこと? 他の仲間を殺ったのも……」
強い衝動に気持ちが揺さぶられた。
憎悪が込み上げてきて、目の前の女性に視線をぶつける。
女剣士、レイアは顔を背けたまま無言を貫いている。