【6】招かれざる王子
三人しか住んでいなくて、もはや城とは言いがたいディーグル城を縮尺したようなそれ。
ディーグル城を南下していくと途中で道が分岐し、城下町に続くものと湖に辿り着くものとがある。
私が暮らしているのは湖のある自然豊かなところ。
普段はティナも読書に時間を費やし、料理人も畑を耕したり釣りをしたりスローライフを送っている。王から物資の支援があると言ってもだ。
静かで平凡で、私にしたら物足りないとも思えるくらいの穏やかな環境。
食事を終えた私が退屈に時間を持て余していると、いきなり扉が開けられた。私とティナは入り口に目を向ける。
施錠はされていない、門番もいない、重厚なディーグル城のとは違うただの木の板が一枚。
中に誰でも簡単に入って来られる状態だった。
私の身の安全を守るために、武術も多少得意としているティナが真っ先に前に立ちはだかるのだが……。
「お邪魔しまーす」
その声はお馴染みのやつのもので、
「ノアちゃーん、遊びに来たよ」
なんて呑気なことを抜かしている。
ティナはテーブルに戻ると目を落として、またかというような呆れ顔で紅茶をすすった。仕入れてもらったばかりのお気に入りのフレイバーティーを楽しむ気分も半減したようだ。
というか、ちゃんづけは勘弁してほしい。
私を誰だと思っているんだ。
一応、反論を試みてみる。
「あのね、いつも思ってるんだけど私は王女なのよ? ノアちゃんってなんなの? 呼び方くらいなんとかできないの?」
「え? それを言われたら俺も王子なんだけど」
墓穴を掘った……。
私は言葉に詰まる。
にやりと笑みを浮かべている様に憎らしさしか覚えないが、この王子と名乗る男は私たちを救ってくれた王の子息なのだ。
そういう恩もあってか、この王子に何かしてもらったわけではないが邪険にすることはできないし言い返すことも困難。
赤い髪のすらっとした長身の王子は、腰に剣を携えていて見てくれだけはとてもいい。そして、ここに来なくてもいい。何をしに来るのかわからない。
この城は私の住居であって、お前の別荘ではないっ。
しかし、王子は不意打ちで仕掛けてきた。
「ねぇ、いつになったら俺のこと好きになってくれるの?」
……は、はい?
鳥肌が立ちそうな台詞に不覚にもたじろいでしまった。
一国の王子であろう者が発言する言葉としては、余りにも軽すぎる。
私は魔族であるけども、尖った耳を持つわけでもなく牙をはやしているわけでもない。見た目は普通の人間と変わらない。
だから何か勘違いしているのか?
「今日も髪がツヤツヤ」
うげぇぇぇ。どうやら、私の眉間のしわは見えていないようだ。
さすがにこの様子を見ていてティナが制止する。
「ご冗談はお止めください」
しかし、それにも耳を貸さず、
「ノアちゃーん」
と声色を変えて呼び掛けてくる。こいつ、やばいかもしれない。
うわ、とある種のおぞましさに血の気が引いていく。
「帰って……くれない?」
落ち着きを払いながらも、忌々しげに突き返す声が震えるのが自分でもわかった。
「つめたいー」
変わらない明るいトーンに私の顔が曇る。自分のペースを崩さない王子の態度に、私は今にも殴りかかっていきそうな殺気が沸き上がっていくのを感じた。