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【39】守護獣の居場所

「今日は狭いですが……納屋で休んでて下さい」


この魔族の件は力尽くでなんとか解決できるわけではないようだ。時間を見て相手の出方を待つしかない。


私たちはピルモが言っていた納屋を今晩の寝床とすることにした。


「ちょっとこれを濡らしてきてくれませんか? 顔を拭きたくて」

ニルカは私に布を差し出して頼む。


「えっ、なんで私が」


自分でやればいいものを。


「お願いします」


やや強引ながらも、ニルカの柔らかな口調で懇願されて私はぶつくさ言いながら小川へと向かった。水は底が見えるほど透き通っている。


しゃがみ込み水に浸すと、手に冷たさが伝わってくる。風の流れが暑さで滲んだ首元の汗を乾かしてくれるようだった。


私は納屋に戻ってニルカと作戦を練るつもりだったけど、ニルカは受け取った布で上品にさっと額を拭っただけだった。


そして、辺りの様子を見てくると言い出した。


私も行こうとしたがどうしてか断られて、待ちぼうけを食らうはめとなった。


ピルモは「ミネラルがある」だの「疲れが取れる」だの裏の井戸から汲んできた水を私に差し出して、せわしなく動いている。


精霊というのは、慈悲深いということを聞いたことがあるけども、こんなにももてなす精神に溢れているのかと思えてしまうくらいだった。


そこで私ははっとする。もしかしたら、あのまやかしの水の正体はこれなのかと尋ねてみる。


「あの屋敷に……いたのですか?」


耳の先端がピンとしピルモは聞き返す。少し恥ずかしそうにして説明をし始めた。


「干物を買うためのお金が必要でした……でも……この水が他のと違うのは本当です……たぶん……おそらく……きっと」


干物を手に入れるための工面で必死だったのは伝わってきた。これ以上は聞くまいとして、


「そういえば、ここの魔族たちって十年前の戦いの時もここにいたんだよね?」


話題を変えて、ふとした疑問をピルモに投げかけてみた。


時期を考えればそうなる。もちろん、魔族の城と街から離れていたから戦禍に巻き込まれずに命拾いして。


「そうですね……あいつらは……自分たちが戦えなかったことを悔やんでいたみたいですが……」


魔王が捕らえられたとなれば魔族としては無力さを感じるのかもしれない。同じ種族としてやはり敵対したくはないけれど、ここでの行いを許すわけにはいかない。


何時間か待って夕飯の時刻もとっくに過ぎ、私のお腹の虫がグルグル鳴いている。


フルトで買ったライ麦パンを食べようとした時にニルカは帰ってきた。


「どこまで行ってきたの? というか、この暗闇の中大丈夫だった?」


「ええ、納屋から灯りがもれていましたからね」


「それで、どうだった?」


「魔族に話を聞いてきました。それらしき魔物に詳しいやつがいましてね」

「えぇ!?」


私は身を乗り出して驚きの余り声を上げた。


「魔族と……今までですか?」


二人の会話を聞きピルモは顔がこわばってしまった。


「まさか……あいつらに取り込まれたのではないですよね」


不安そうに言葉をかけ、それが的中していないことを願うようにつぶらな瞳を伏せたり見上げたりしている。


「それはもちろんないですよ。で、その魔物ですがナルシモ峡をうろついていたみたいで。ここを見つけてからは酒場を訪れて飲んだくれているそうです」


あの魔族が言っていた情報は間違いなさそうだ。


しかし、封印の要となる守護獣が酒に溺れているなんて、なんということか――。


ピルモにとっても別の意味で重大な問題だった。


「魔族だけでなく……魔物まで居着いてしまうなんて」


魔の巣窟と化してしまうこの地の末路を思っただけで、ピルモの嘆きは深いものとなった。


そして、水の入った木のコップを床に置くと高く積まれた藁に倒れるように寄りかかった。


「早速ですが、今から酒場に行ってみましょうか?」


「そうだね、行ってみよう」


帰ってきたばかりのニルカの体力も心配したけど、手かがりを見つけたとなればすぐに確かめたくなる性分で、断る理由もなかった。


どちらも勇む気持ちに満ちている――、かと思えばニルカの悪い癖がまた出てきて、


「お酒を飲んでノア殿に介抱されてみたいですし」

おいおい……。


ニルカはクスッと笑いながら、魔物を狙う剣士の目付きから大人の意味ありげなそれへと変わる。


面倒だと思いながらもいつものことだと自分に言い聞かせる。


「じゃ、いこっか」

「さっきのは、冗談ですよ?」


肩をすくめてニルカは笑う。


「別にわかっているから」


「つれないですねぇ。まあ、私の冗談は時として本気ですけど」


本気ならば、力のない魔物と言っても酔いどれのニルカは返り討ちに遭うだろう。


質の悪いおふざけに振り回されつつ、私は酒場に向かうためにドアを開ける。


先程のショックで、まだ藁にうずくまっているピルモに聞かれていないのが救いだった。


魔族の王女としての尊厳は守りたいところ。度が過ぎる会話を耳に入れられたら、恥ずかしいって所じゃない。


外に出ると私は守護獣のことを聞き出せたことについて尋ねてみた。


「ええとですね、やつらの中に魔物が魔導士によって魔術をかけられた瞬間を目にした者がいるらしいのですよ。なんでも酒場の……」

「そうじゃなくて、よく教えてくれたねって話」


私はちょっと苛立ちぎみに言った。


「とりあえず聞いて下さい」


軽く受け流され、ニルカは続けて話す。


「酒場の魔物は身体の筋をやられ力をなくしているが、鋼の皮膚を持つことで生きながらえてきたと」


「筋を断たれたところは逃げ出したときの話と一致してるね」

「ええ、間違いないでしょうね」


可能性が確信となり、私の胸はざわざわと騒ぎ出していた。



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