【3】小さな城1
――厨房に熱い空気が立ち込める。
慣れた手つきで鍋を動かし、そして料理を皿に盛り付ける。
「もういっちょ!」
初老の男は火力をさらに上げ、厚く切られた肉を焼き上げる。香ばしい匂いが鼻腔を通り抜ける。
仕上げのフランベで勢いよく炎が上がり、長めの白髪交じりの眉毛がちょっと焦げた。
「おっと」
しかし、料理に抜かりはないと自負する顔つき。城の皆のお腹を満たすために、その男は熱さと必死に格闘している。
だが、それを脇目で見ていた私が納得するわけがない。
運ばれてきた料理を見て怒りをあらわにした。
「なんでこう、がっつり焼いてるのよ? 私はレアの方が好きなんだけど」
丹精込めて作った料理人の気持ちなど露知らず。口を開いてあれこれとまくし立てる。
「ノア様、言葉にお気をつけ下さいませ」
はぁ……。
近くにいた女性が穏やかな口調に厳しさも含ませて言うが、私の心に響いてるわけもない。
この料理人が私の要望に応えてくれたことがあっただろうか。
何年か前にこっそりと町のレストランに行き、ガーリックソースの効いたレアの肉を口に入れた途端、瞳がらんっと輝いたのを今も忘れてはいない。
どうやら私は生肉を食べてはいけないらしい。
昔はそうではなかったようだけど、現在は一族にとって禁忌となってる。
その理由も聞いたけど私には何も起こらなかった。
だから、私は何度も料理人に頼んでるのに。
「あれが最初で最後になるなんて、信じらんない。あと、この野菜もいらないし」
緑の濃い菜を退かして、コーンを一粒ずつ積み上げていく。
うーん、我ながら器用?
なんて思っている場合でもなく、
「こらこら、食べ物で遊んではいけません」
案の定、怒られる。
私をたしなめる女性はティナという、身の回りの世話をしてくれて教育係も担っている。
一向に期待に沿うことのできない私にがっかりしているだろうな。
王女としての品格を持つこと。
ふて腐れ気味の子供じみた性格も自分で自覚している、うん。
ティナの思い描く姿とは真逆をいってることもわかる。
だけど、私だけじゃなくまずこの城自体が変わっている。
どう変わっているかと言えば、この城に住んでいるのは私と侍女のティナ、さっきの料理人のたった三人だけということだ。