【21】鈍色の剣と水晶
リザ王子とニルカが帰ったら後は普段余計なことに口を挟まないティナがいろいろと聞いてきたんだ。
――あの方は、ノア様に何の用があって?
――あの教育係と一緒に封印を解くことにしたの。
――封印って……もしかしたらって前から思ってましたが。
ティナを納得させるために、ニルカが半分魔族の血を引いていることも教えた。私と同じように疑問を持つかもと思えたから。
一旦目を閉じるとひと呼吸して、静かな口調でティナは話し始めた。
――ノア様の考えを反対するつもりはありません。魔王様は私たちからしたら絶対の存在ですし、ですがディーグル王に命を救われたことも忘れてはいけません。
魔王の目覚めが何を意味するのか、知っているからこその言葉だった。
ディーグル国の領地では結界が張られているから魔力は無効となる。
だけど、その外に出てしまったら……魔導士らがいる他の国々でも魔王はその平和を脅かす存在となる。
だけど、それでも私の気持ちは揺らぐことはなかったんだ。
ディーグル王に助けてもらった恩は命の重さを感じることで返すことができると思っていた。
穏やかに暮らす人々を危険な目には遭わさない、そうはさせないようにすると固く誓っていたからだ。
私は自分の剣を鞘から抜いて、鈍色の短剣を眺めていたんだ。
使い慣れていると言っても、これからニルカと行動してまた魔族と出くわすことを考えたら不安になってきた。
ラウゴ村での戦いのときの相手に追い詰められ死を前にした自分の弱さが甦ってくる。
武器が悪いんじゃなくて、自分の剣術の未熟さがもたらしたもの。
レイアは腕が上がってきたと言ってくれたけど、やっぱり魔王の側近にまで上ったやつに太刀打ちできるわけなかったのかな。
それを考えると、そいつを一瞬で倒したニルカに震え上がりそう……。
どこか心もとない私は思考を巡らせたけど、今から剣の腕が一気に上がる方法が都合よくあるわけでもないし、気休めでもいいから自分の支えになるものを作ろうと思った。
お守りと言うのかな、それはすでに持っていてクローゼットの奥にしまっていた。私は小さな木箱を取って、その蓋を開ける。
中に入っていたのはあの魔王の力が浸透したっていう水晶の塊。
それを持って、次の日城下町へと向かったんだ。
城下町へ来ることは剣術に没頭するようになってからはほとんどなくなっていたけど、レストランの前を通るとやはりレアのステーキが食べたい誘惑に駆られてくる。
店の外にまで漂ういい匂いは足の動きを止めさせる。
いや、私は違う目的できたんだからっ。
自分にくどいくらいに言い聞かせて、金属の音が鳴り響く鍜冶屋までお腹の底から吐き出すような呼吸を繰り返して歩いてきた。
「こんにちはー」
古い建物だけど伝統ある工房で、腕のいい職人がいるっていかつい男たちが話しているのを、以前通りすがりに聞いた。
うん、話しているそぶりからすると間違いはなさそうって直感したんだ。
声が届いているか心配で何回かドアを大きく叩いた。
ぎしぎしと音を立ててじいさんみたいなひょろひょろの人物がドアを開けた。
この人が噂の職人?
「何か用かね?」
「あの、作ってもらいたいのがあるんだけど」
「うーむ……」
私の軽装を見てたいした客ではないと判断したみたいだけど、一応中に入れてくれた。
といってもすぐ作業場があるわけでもなく、まず小さな部屋があってその奥に続く扉があり向こうの部屋から金属を打つような音が聞こえていた。
他にも職人がいるんだろう。このじいさんの弟子とか?
「立ち話ですまないが……で、どんな武器が欲しいんだ?」
「武器というか、この剣にこの水晶を飾りつけてもらいたの」
私は身につけていた双剣と水晶をじいさんの前に差し出した。
「随分、年季の入った……む? これはディーグル城の剣士が持っていたものでは」
「譲ってもらった物で、その剣士もここに?」
剣士とはもちろんレイアのことだ。
「そうだそうだ、懐かしいなあ。そうか、お前さんが使っているのか。いやあ、あの剣士はよくここに来て手入れを頼んでな、わしにとっても思い入れのある剣だよ」
なんだか態度がすっかり変わってしまったけど、これなら快く引き受けてくれそうだ。
二つの短剣をすでに傷んでいないかチェックし始めて、私は忘れられている水晶のことを口にした。
「この水晶を」
「おう、これか。むう、柄にはめ込むのも難しいしな」
「どんな形でもいいからその剣につけてもらいたいの」
「そうか、なんとかしてみるから任せておけい。まあ、すぐに終わるだろうけどあと一時間くらいしたらここに来てくれ」
待たせるわけにもいかない私にじいさんはそう言った。
少し騒がしい町も、鍜冶屋から出てみると静かに感じるもので。
暇潰しに何をしようか辺りを見渡していると……え。
私は固まった。
「ノアちゃん、何してるの?」
なんでこいつがいるっ。
リザ王子は軽く手を上げて挨拶した。
「何してるのって、あなたも何してんの??」
「ノアちゃんとこ行こうと思ったら、ノアちゃんが城下町の方の途を歩いていったからさ。気づかなかった? 後ろ歩いてて何回か声かけたんだけど」
全然わからなかった。
頭の中が鍜冶屋に行くことでいっぱいだったせいかもしれない。
うわ、こんな自分が心配になってくる。
「そしたら、ここに入っていったから外で待ってたんだよ」
待たなくてもいいよっ。
諦めて帰ってくれたらいいものを。
「私はしばらく時間潰さなきゃいけないからまだ帰らないよ?」
「じゃあ、なんか店でも見ない?」
と少し離れた向かいの花屋を指さした。
離れててもわかる色とりどりの花が店先に置かれていて、リザはそこに行こうと言い張る。
花は好きだけど今それどころじゃない……って、リザはすでに店の前に移動している。
仕方ないと私もそこへとぼとぼ向かう。
近くに来てみないとわからなかった小さな花も並んでいた。
それをじっと見ていた私に店員さんが来て話してくれた。
「スノーブレスというんですよ。可愛らしい花ですよね」
「うん、可愛い……」
私がもっとよく見ようと顔を近づけたとき、
「ノアちゃーん、これキレイだよ?」
隣からうるさい声が飛んできた。
リザが見ているのは真っ黒なローズ。
「これ?」
「そう、ノアちゃんにぴったりだよ」
どこがだ、と言いたいのを堪えてスノーブレスの方を見やる。
いや、自分にぴったりなのは白い小花を咲かせた可憐な花だとは思ってないけどもっ。
ローズはいいけどどうして真っ黒を選択した?
「いいよねー、何か深みがあってさ」
「そうかな……」
悩める顔をした私に構わず黒いローズの花束を買い、結局リザに引きずられるように近くの店を見て回った。




