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カフェ★ハニー&ベア

カフェ★ハニー&ベア

作者: かちゃ

「マスター! マスター! どこ行ったんスか?」


 俺は、カフェ裏口の木戸を開けて、裏庭の向こうにある雑木林へ叫んだ。


 裏庭には、神社の賽銭箱みたいな木箱がいくつも並んでる。あっ、これはうちのマスターが賽銭泥棒してるとかじゃないッスから。じつは、ミツバチの巣箱なんですよ。


 うちのカフェは、採れたてのはちみつを使ったスイーツやドリンクを出してるカフェでして、オーダー入ってから、マスターがはちみつを採取して調理するっていうスタイルでやってます。


 さっき、“採れたてハニーのティー・オーレ”のオーダーが入ったんで、マスターがのっそりと裏庭へ出て行ったはずなんッスけど、どこにもいません。


 はちみつが来る頃を見計らってラテアート用のミルクも泡立てちゃってますし、紅茶の蒸らし時間がそろそろ終わりだから、俺はちょっとイラついてます。


 熊ヤローめ、どこでサボってんだ!


 マスターを捜してる間に、俺の自己紹介をやっちゃいますね。


 ここの“カフェ★ハニー&ベア”で、今月からバイト始めました。年は、22です。


 名前は、佐倉満咲(まさき)


 ……やっぱり、男でこの名前っておかしいッスよね? 先月までやってた就活で、どこの会社へ行っても笑われましたし。


『はあっ? 嘘でしょ? 男なの?』


 って、人事の人がボーゼンとしたあと、明らかに笑いこらえてるの、一度や二度じゃなかったッス。


 俺が生まれたのがちょうど桜が満開の頃だったのと、俺の上が男3兄弟なんで女の子が欲しくて4人目を産んだらしく、せめて名前だけでも可愛くしたかったとか、親は言うんですけどね。


 高校までは、クラス替えがあるとだいたい女子に間違われましたよ。男子だってわかってもらえたあとは、『ホストの源氏名かと思ったわ』って、つっこまれるのも定番でした。


 名前がホストみたいでも、見た目はいたって地味。黒髪に黒縁メガネ、色白でヒョロガリ。


 ブサイクまではいかないけど、名前と相当ギャップのある地味男なんで、初対面でがっかりされるんですよ。俺は悪いことしてないのに、気まずくなっちゃって――


――って、マスターどこ行ったんスか?


 もしかして、雑木林にでも入っていったのかな。


 もし誰かがマスターの姿を見ちゃったら、たぶん悲鳴を上げると思うんですよ。俺も、あの姿を見慣れるまでにちょっと時間がかかりましたし。


「マスター!」


 俺は、ハイキングコースの山道へ入っていった。


 ひらり


 薄いピンクの花びらが、俺の頬をかすめて飛んでいく。


 桜?


 あれ? まだ桜が咲いてる? 時期的に、もう散っちゃってるはず。


 ひらり、ひらり


 花びらが飛んでくる方を、俺は見た。


 黄緑色のトンネルの中に、ぽつんと立つ桜の木。


 山桜だったのか。山のふもとではよく見かけるソメイヨシノっていう桜より、咲く時期が遅いんでしたっけ。


 山桜の下で、熊がでーんと立ってます。


 熊っぽい人というたとえじゃありません。あの動物の熊です。


 熊が2本足で、ぬぼーっと立ってます。


「おーい、サクラくん、こっちこっち!」


 俺に向かって、片手でおいでおいでをしてます。


 おいおい! 熊がしゃべんのかよ――って、俺も最初は思いました。


 人語をしゃべる熊。それがうちのマスターです。

 

 バイトの面接で初対面のときは、正直、失神しそうになりましたよ。


 だけど、就活のときもバイトの面接でも名前を笑われるだけで全滅だったんで、ここで雇ってもらえなきゃ一生無職のままじゃん! って、なんか必死でした。


 ヒグマみたいにでっかくないんで、慣れるとそんなに怖くないッスよ。体の大きさは、人間の女の子ぐらい。マレーグマっていう種類らしいです。


 薄茶色のぷっくりした手のひら。


 ビロードっぽいつるつるした黒い体毛に、桜の花びらがペタペタくっついてます。首の下に、大きなハート型のブチ柄がついてて見た目ラブリーな感じになっちゃってますが、中身おっさんです。


 年は、47才なんですって。


 ご両親ともに人間なんですが、なぜか生まれたときから熊。


 普通に働くのは無理なんで、ご両親と一緒にカフェを経営。マスターはキッチンでずっと裏方をやってました。ご両親は年を取って毎日カフェで働くのはきつくなってきたそうで、先月にホール担当スタッフを募集。


 最初に応募してきたのが、俺だったらしい。


 マスターがいるおかげで、俺は無職にならなくて済んでます。


「君の名前と同じだねえ。ウォーッ、桜が満開に咲いてるよ」


 マスターが気持ちよさそうに伸びをします。


 ちなみに、『ウォーッ』っていう部分は、熊の鳴き声です。


 しゃべってるときは人間と一緒なんですが、アクビとか、クシャミとか、そういうときは熊っぽいです。


「マスター。それはいいけど、お客さんがオーダーの品を待ってます」


「ああ! しまった! ウォーン! どうしよ」


 マスターが、頭を抱えてます。


 ムンクの叫びみたいに、この世の終わりのような顔してるんですが。


「お客さん、怒っちゃうよねえ。ねえ、サクラくん。どうしよ、どうしよ、どうしよ!」


 のんびりしてるくせに、ちょっとでも失敗をやらかすとオーバーリアクションで悩んじゃうんで、けっこう面倒くさいです。


「俺はラテアート描いて時間つなぐんで、早くはちみつ採ってきてください」


 バイト始めて2週間ぐらいですが、マスターのあしらい方はだいたいわかりました。


 マスターの悩み顔、面白いんでラテアートに描いちゃおうかな。


 俺は、わりと手先が器用だったのかラテアート得意みたいです。3Dラテアートにも挑戦中。3Dのやつは、まだお客さんには出せてませんけども。


 採れたてのはちみつは、別添えのピッチャーでたっぷりお出しします。


 マスターはキッチン担当でホールには出ませんから、怖がらないで、あなたもお茶しに来てくださいね!

【7/31 修正しました】

 熊がカフェを経営するという点に無理があるとアドバイスをいただいたため、マスターの両親(人間)の手助けがあることについて説明を書き足しました。


【おことわり】


※この作品を投稿したのは4月でした。


 6月になってから熊が人を襲う事件が多発しているので、不謹慎と受け止められるかもしれない部分を削除しました。


 熊のマスターがハイキングコースをうろついているところを人に見られたら、ハンターに通報されて駆除されるのではと、満咲が心配するくだりです。


 ハンターの皆さんは、人命を守るために働いてくださっているのですよね。



 ※感想でご指摘いただいた問題点について


 修正しようとしましたけれど、そのためには全部を書き直す必要があり、できませんでした。


 連作短編として続編をいくつか書くことで、マスターが熊であるのことの意味や、茶化したような語り口にする必要性が読者さまに伝わるように精一杯努めます。


 続編も読んでいただければ嬉しいです。

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