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inaudible waves そとになにもきこえない世界のなかで私たちは何から逃げる

circulation 回路に現れたもう一つの迂回路は、入ってはいけない迷路だから

作者: はたかおる

 ぼくの頭蓋内で響く僕の声は、遠慮無しにぼくを非難すると、笑いながら消える。ブロードマン44野で思慮深くプログラミングしたぼくの言葉は、それに対して反論しようと思ったのだけれど、僕のヤツときたらそれを許さない。弓の形をした伝導路を介した理解とのネットワークを遮断すると、悪意を込めた感情が、ぼくの中に流れ込んだ。

 さっきまでウェルニッケ領野に潜んでいた彼は、文字通りすっかり僕の頭を混乱に陥れてしまって、すっかり何を言っているのか分からないような言葉をぼくは吐いているらしい。

「こりゃあたいへんだ」

 という、気持ちを込めた音声がズルズルと僕の口からこぼれ出すのだけれど、ぼくの口からでてくるのは、僕のくちと舌と顎がつくりだす無様な音声であって、怪訝な顔で僕を見つめるまわりの人の視線にぼくは当惑するばかりだ。


 いや、アレだ。こんな大事なときにこんなことを言うのもなんだが、ぼくはけっしてふざけているわけじゃないし、正気を失ったわけでもなんでもない。

 テレビじゃなんだか世界が終わるだの、閉じ込められた世界だの、小うるさいことを何日か前に言い始めていて、すっかりぼくは気が滅入ってはいるのだけれど、ぼくが言いたいのはそう言うことに関する諸々ではなくて。


 むしろ閉じ込められているのはぼくの方なんじゃないかって、ぼくの彼女に尋ねようと思うのだけれど、ぼくの頭の後ろの方、後頭側頭回の回路に込められた彼女を見分ける機能がすっかり僕に邪魔されていて、誰が誰なのかさっぱりだ。

 昔テレビで見た、閉じこめ症候群の男みたいなものだよ、ぼくも。気遣ってよ。すこしでいいから。

 ちょっと待って欲しいんだけれどね、ぼくはきみのことを忘れたわけじゃなくってさ、さわれば、きみの綺麗で柔らかい顔を触ればきっと思い出す。いやいや、ちょっとまって。思い出すもクソもなくってね、触っただけでピンとくるはずだよ。僕が忘れてしまうことなんてぼくにはどうでも良いことなんだけれど、ぼくがきみを忘れてしまうような事があってはいけない。


 そうそう、困ったことに、君たちが言ってることなんだけれど、僕にとっては全く理解しがたいんだよ。もう少しはっきりと伝えてくれ。そうじゃないと君たちの話を聞いてられるような忍耐はいつまでも続かないと思うんだ。いや、顔は近づけるな、うるさいじゃないか。

 気遣いがない。全くもって僕も気遣いのないヤツで、どんどん僕の中身をこぼして回っているようだけれど、君らも僕もまったくなんてヤツだ。


 急に人間がわっと現れた先週末の午後に、ぼくも正直驚いたよ。君の隣に、君そっくりな人間がもうひとりいて、お互いが驚きあっててそれはもう、滑稽なくらいだったんだから。

 きみの友達だって、同じようなものだったけど、ぼくは彼女がもうひとりの彼女によく似たあの女を、いきなり絞殺しようとしたもんだからため息に似た変な息が出てきてしまったよ。慌てていたのか、見なかったことにしたかったのか、ぼくのすっかり乱されてしまった頭の中ではそれを再現できないのだけれど、生き残ってるパペッツ回路をフル回転させる限り、彼女は彼女を殺していた。

 そのあと、ぼくらは死にものぐるいで逃げ出したところまでは憶えているんだけど、ほら、外から聞こえるでしょ?

 信じられないかもしれないけど、機関銃みたいな連発だ。もう、戦場だよ町が。ぼくらが住んでた町が、僕ら自身に壊されて、殺されてもう何がなにやら。


 ほら、いよいよだよ。4野のほう。ぼくの手足を動かして逃げようとするその力さえ奪いに来た。僕は一体何をしたいんだか分かりゃしない。

 みんなはすぐ近くに現れた自分の双子みたいなヤツと対面できた、いや、対面したからって結局殺し合ったり力一杯悲鳴上げたりするだけの体験ではあるのだけれど、それだって有意義だったろ? ぼくの方はって言うと、僕のもうひとりは、僕の中に現れやがってまったくもって迷惑な話だ。

 ぴったり重なってぼくは僕の思うがままに、ぼくを溶かし出されてしまって。もう、僕の頭に浮かんでるアセチルコリンはすっかり僕の命令どおりにはちょっとした電気さえも伝えてくれなくなってきてしまったみたいなんだ。


 病院が機能してて、病室でこうやってゆっくりときみと話が出来るんだからまだまだすっかりこの世が終わってしまったというわけではなさそうだけれど、すっかり僕はぼくがいっている事を取るに足らないことだと思い始めているんだ。


 でももう少しそこで待っていてよ。もうすぐ、君と会えるはずだからさ。顔を思い出して、声を思い出して、言葉を思い出して。君の思い出をすっかり僕は、思い出してしまうからさ。

 さあ、段々よくなってきたよ。ぼくが乱した前頭前野の奥の方は大丈夫。もう一度やれるよ、僕だって。きみを探し出して二人で逃げよう。

 刃物はもってきた? それとも、拳銃は用意できそう? ぼくの振りをしてる僕の演技にすっかり騙されているでしょ、ここの人達は。

 さあ、早く、殺しに行こう。この世界の野蛮な人達から逃げて、僕たちの町に、もう一度帰ろうよ。



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