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第四話:勝てば官軍毒殺大将




「……おかしい、妙だな」


 迷宮内に声が響くのも構わず、俺は無意識にそう呟いていた。

 声を耳が捉えてはっとあたりを確認しつつ、胸をなでおろした俺は再び怪訝な顔を作りなおした。


 相変わらず見た目の変わらない迷宮だが、現在の階層は第5階層。そう、俺の最大到達深度タイの階層である。

 ここに来るまで数体の魔物を倒し、迷宮内に落ちているアイテムを回収しながら進んでいる。

 今、ここに至るまでは非常に順調だった。


 ──いや、順調すぎたのだ。


「(もう少し魔物と戦闘があっても良いはずなんだけどな……全然出くわさねぇ。

  こりゃやっぱマッチング、か?)」


 思考よりもやや強い言葉を脳内で浮かべる。

 近くに敵はいないようだが、一人での探索をしている今、声を立てるメリットは無い。


 マッチング。知識としてのみ知っている言葉を浮かべた俺の表情は曇っていく。

 迷宮を探索する際、パーティでの探索を行うには共鳴鋼……ステープルが必要だと言うのは既に話した通りだ。

 だが、迷宮をパーティで探索する方法は、実はこれだけではない。

 ……その方法と言うのが、マッチングと言う現象(・・)なのだ。


 入るたびにその姿を変える迷宮は、すべからくが新たに作られたモノである。

 一見して何を言っているか分からないとかもしれないが、有史以来より人類が探索している迷宮に宝が落ちているだろうか?

 普通であれば、ありえないだろう。アイテムは取りつくされ、ひょっとしたら魔物だって絶滅しているかもしれない。

 人類が迷宮に足を踏み入れてからは、それほどの時間が経過している。

 だが、俺はこうして迷宮で魔物を倒し、アイテムまで入手している。

 それは何故か──ここで、先ほどの言葉だ。誰かが迷宮の入口に足を踏み入れるたび、迷宮が生成されているから。だから迷宮には入るたびアイテムが落ちているし、魔物がひしめいているというわけだ。


 そしてこの迷宮の生成は、例え数人が足を揃えて迷宮に入っても一人ずつ行われる。

 それを避けるため、同じ迷宮へと足を踏み入れるために開発されたのがステープルというわけだ。

 ──だが、この迷宮は極たまに、ステープルを持っていない探索者を既に生成された(・・・・・・・)迷宮へといざなう事がある。

 これがマッチングと呼ばれる現象だ。

 原因は分かっていないが、迷宮内を二人以上の冒険者が同時に探索する。

 昔はこの現象が発生するまで意図的に迷宮の出入りを繰り返した──なんて事もあったらしい。また、マッチングはステープルを持つパーティ同士でも発生するため、最大で7人のパーティで迷宮が探索された事もあるそうだ。


 ……説明が長くなったが、ともかく。

 俺はこの現象の発生を疑っていた。

 本来であれば、この第5階層に至るまで、もう少し多くの戦闘を経ているはずなのだ。

 しかし今日はそれがない。このエンカウント率は、他の誰かが魔物を引き連れているとしか思えなかった。


「(つっても、宝物が手つかずなのが謎なんだよな。修業目的にしたって、宝箱を開けない意味なんてねぇし……)」


 だがマッチングだとするならば気になる点もあった。

 今言った通り、迷宮に落ちているはずの宝箱が手つかずという事だ。

 魔物との戦闘は少なかったが、無かったわけではない。そういう階層は多分、他の探索者が戦闘中などの理由で俺が先行していたのだろう。

 けれど1階層と3階層以外では、戦闘は一回もなかった。フロア中の魔物の注意を片っぱしらから引いているとしか思えない程にだ。

 つまり2階層と4階層、そしてこの階層では他の探索者が先行していて、魔物と言う魔物を狩っていた。……なんて思ったのだが、それにしても解せないのが宝箱の存在だ。

 魔物を探していれば、自然とフロアに落ちている宝箱も発見する事だろう。

 そうなれば、宝箱を開けない意味は無い。道具袋は特殊な魔法で容量を気にせず使う事が出来るし──罠を警戒して、例えばミミックと言う宝箱に擬態した魔物もいるのだが、これはよほど深い階層でないと発見例は無い。

 このあたりの浅い階層だと、宝箱を開けないことで生まれるメリットがないんだよな。

 俺は比較的静かに動いているし、多分向こうは俺の存在に気付いていないだろう。だとすれば俺に配慮して宝箱を開けて無いってセンもないだろうしな。


「うーむ、謎だ」

 

 声未満の音を口内で転がし、顎に手を添える。

 マッチング自体が珍しい現象だから、考えるにしてもヒントが少ないんだが……それにしても解せん。

 そもそもマッチングしてないって考えもない事は無いんだけどな……

 

 考え事をしているうちも、俺は脚を止めない。

 そうこう悩んでいると──気がつけば、目の前には階段が現れていた。


「……最大深度更新、これでいいのかね」

  

 なんとなくもやっとしたものを抱えつつ、俺はそれでも階段に手を掛けた。

 方法はどうあれ、運であろうとなかろうと事実は事実だ。それに、6階層の敵は5階層の敵よりも経験値もドロップも良いだろう。

 もし6階層の魔物が強すぎるようなら、転移符を使って帰れば良いしな。

 

 マッチングや、現在の進捗。色々な事を考えながら初めて目にする第6階層は──やはり、代わり映えのしない無機質な石造りであった。


 ……まあ、知ってたけどな。

 深層を目指す俺には退屈している暇などないが、探索者の中には余りに代わり映えの無い迷宮に退屈が我慢できなくなってしまう者もいると言う。

 今ではその気持ちも少しだけ分かるな、なんて思いつつ、殺風景な迷宮を進んでいく。


 すると、だ。


「ギ!?」

「えっ」


 何気なく曲がった道の先には、油断のツケが待ち構えていた。


 ……やべえ! 考え込みすぎて『生命探知』切ってたか!?

 そこには、俺の半分くらいの大きさの猿型の魔物──ユニゾンエイプが待ち構えていた。


「ギ!」

「ギュイ!」

「クカカッ」

「シャー!」

「……えっ」


 ──団体さんで。

 いちにいさん……うわあ、五体もいるよ参ったね。


「ギィィィィ!」

「おわあああッ!?」


 ユニゾンエイプが獲物()を確認して駆けだすと同時、俺は猿どもに背を向け、全速で来た道を引き返した。

 嘘だろ嘘だろ、こんなのってねぇよ!

 確かに生命探知を切ってたのは馬鹿だけど、階段からここまで一本道じゃん! 回避しようないじゃん!

 さまざまな理不尽を叫びつつ、俺は階段の所まで戻ってきた。

 すぐさま転移符を破っても良かったのだが、せっかくここまで来たのだ、なんとか6階層を探索したい。

 少しばかりの欲と──明確な勝機を持って、俺は階段を駆け上る。


「ギュア!」

「グギギ!」


 階段の中ほどまでを上った所で、俺はユニゾンエイプ達の方へと振り返った。

 階段の下では銀色の毛を持つ猿たちが、悔しそうに呻き、両手を掲げて跳ねまわっている。


 ……そう、どういうわけだか、迷宮の魔物たちは階段を降りたり昇ったりする事がないのだ。

 それがどういう習性かは知らないが、これは現在発見されている全ての魔物が持つ習性である。

 その習性を利用し、階段の中ほどで止まることで、お互い遠距離攻撃しか届かないという状態を作り出す事が出来るのだ。

 ただし、この方法だと何故か経験値は手に入らず、ドロップアイテムも確認されていない。

 経験値は魔物の身体を構成する一部なので、この現象には階段に近寄らない魔物の習性が関係しているとされる。

 

 それはさておき。経験値やドロップアイテムが手に入らないのは痛いが──先ずはこの状況を打破しなければならない。

 俺は、意識を集中し、呪文の詠唱を始めた。

 

「──全てに仇成す存在よ。

 呼びかけに応じよ、呪い唄を吟じよう。

 同胞を増やそう、共に詠おう──万物を汚泥と化し、忌まわしき生者を引きずりこめ! 『ポイズンプール』!」


 唱えるのはもちろんポイズンプール。これしか覚えていないからね。

 ともかく、呪文を完成させた俺から、紫色の光球が放たれる。

 毒の玉は階段の下へと落ち、地面にしみこんでいくように着弾し、毒の沼を作り出した。


「ッグギャ!?」


 当然、階段に群がっていたユニゾンエイプ達は毒沼に飲み込まれることになる。

 ……クハハ、ざまあみろ! 範囲だけは広いんだぞ、自分の邪魔にすらなるくらい無駄になァ!

 足を取られて転倒する者、体勢を崩すもの、個性を見せたユニゾンエイプ達は毒沼の前になすすべなく毒状態を受ける事になった。

 それでも階段の周りを離れないのは、流石魔物の習性と呼ぶべきだろうか。本当に探索者を殺すためだけに生きてるみたいだ。


 やがて、ユニゾンエイプ達は一体また一体と毒沼に倒れこみ、沈んでいった。

 喉を掻きむしったり、血を吐きだしたり、その死に様は──


「うわぁ、えっぐいな……」


 この光景を作り出した張本人が軽くドン引きするくらいに、えぐかった。

 毒状態ってこんなにえぐいのか……知識としてしか知らなかった俺に、その光景は割と衝撃的だった。

 しかし、切れる手札がこれだけな以上、それは切っていかなければならない。

 ソロ探索者に躊躇している余裕は無いのだ。


 しかし見事に決まったな。

 ポイズンプール一発で五体も魔物を討伐するとは、やはり適切な場面で使えば結構強いスキルではあるんだな。

 成果を確認するように、俺は階段を下りていく。

 そこにユニゾンエイプ達の姿はない。遠距離攻撃を持たないため、成すすべなく消えていった猿たち。

 探索者はこれを階段ハメと呼んでいる。何も手に入らず、そもそも遠距離攻撃を持つ魔物には効果がないが、フロアの宝探しをするときなどにたまに用いられるそうだ。


 ……だが。俺がこの戦法を行うには、一つ大きな問題が存在する。

 それは、遠距離へダメージを与える手段がポイズンプールしかないということだ。


 それはつまり、階段直下、回避できない位置に毒沼が作成されてしまうと言う事を指す。


「うっぷ……毒キツ……ってか、毒になるの早いな……」


 覚悟を決めて、俺は毒沼に足を踏み入れた。

 毒沼に足を踏み入れた途端こみ上げる吐き気に、思わず口を押さえる。

 ……こりゃあ、確かに呪術師が嫌われるわけだ。

 邪魔くさい毒沼に足を取られた上、こんな不快な気分になるとは……我ながら恐ろしい。


 しかもこの毒沼、意外と重くて目茶苦茶歩きづらい。

 発動さえしちまえば強力だけど、仲間にあてちゃった時はごめんじゃすまないな……


 毒沼を渡りきり、俺はすぐさま道具袋に手を突っ込んだ。

 そこから緑色の液体が入った瓶を取り出し、中身を呷っていく。


「ッはぁ! はあー……生き返るわー……」


 瓶の中身は、解毒薬だった。

 味はお世辞にも良いとは言えないが、身体が欲しているのか毒が消えた爽快感からか、美味く感じたのが不思議だ。


 解毒薬の瓶を再び道具袋へしまい、俺は代わりに懐からステータスカードを取り出した。

 毒により減ったHPを確認するためだ。

 

「……げ、この短時間で結構減るんだな、HP……」


 そこに刻まれていた数字は、決して無視できない程に減っていた。

 毒は割合ダメージだって言うし、これは一層気を付けないとな。

 

 そういえば、と毒沼を渡った足に視線を移す。

 あれだけ持ったりとした質感の中を歩いてきた割には、そこにはなにも付着していなかった。

 ……毒沼が魔力で出来てるってのは本当らしいな。

 基本的にポイズンプールで出来た沼は、そこから移動する事がないという。

 身体に入るのだから掬いあげたりする事は出来るようだが、このため一度作成した毒沼は除去が非常に難しいのだ。

 まだ呪術師が珍しい、くらいの存在だったころは、迷宮外でポイズンプールを使用してはいけないと言う法律もあったらしいな。


「……さて行くか」


 目下の危機を下し、確認する事を確認した俺は再び迷宮の探索を開始する。

 あんな位置にユニゾンエイプがいると言う事は、マッチングした探索者はまだ6階層にはたどり着いていないんだろうか。

 それとも帰ったのかな。

 ……そこまで考えた所で、俺は固まった。


 仮にまだ探索者が迷宮の探索を続けていて、かつまだ第5階層にいた場合、階段直下に毒沼ってそれどんな嫌がらせだよ。

 思わず頬を冷たい汗が伝う。さっきも言った通り、毒沼の除去はちょっとやそっとじゃ無理だ。

 ……仕方ない、か。


 俺は再び階段の──毒沼の前へと戻り、午前に使った筆記用具で一筆をしたため、七つの瓶で重しを置く。


『やむを得ぬ事情で毒沼を作成してしまいました、申し訳ございません。

 お気分の優れぬ事と思いますが、どうかお納めください』


 毒沼を歩かせてしまった探索者のため、持っている限りの解毒薬と4本の回復薬を置いておく。

 4人のパーティだった場合、解毒薬が一本足りないが、置いておかないよりはマシだろう。

 浅い階層には毒を使う魔物が少ないため、解毒薬を持っているかどうかは分からない。

 俺がこれだけの解毒薬を持っているのは、ポイズンプールに誤って接触してしまった時のための保険だ。


 余計な出費に頭を悩ませつつ、俺はようやく先へと進んだ。

 出来る事なら、マッチングしている探索者達が5階層で帰っていると良いなあ、などと思いつつ。


「なにこの毒沼っ!? もうやだ、帰りたいようっ!」


 ……しかし、俺の祈りは届かなかったようだ。

 ほどなく進んだ所で、女性の声が迷宮に響き渡ると、俺は罪悪感にさいなまれてこそこそと足を速める。

 出来れば顔を合わせる事は避けたいな、などと思いつつ。


 ──でも、帰りたいなら帰ればいいのにな?

 僅かな疑問を胸に秘め、俺は第6階層を往くのであった。

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