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第二話:独身男には嫁の愚痴すら羨ましい



 ケイリオス学園の午後、俺は迷宮のあるエリアへとやって来ていた。

 あたりにはたくさんの人々がいて、多くのパーティが様々な話をしている。

 迷宮のあるエリアはそのまま迷宮エリアと呼ばれるのだが、このエリアはいつも人でごった返していた。

 それはそうだろう。ケイリオスの学園迷宮は世界で唯一にして最大の迷宮なのだから。

 ここにいる人は学生だけではない。学園を卒業した卒業生もまた、当然ではあるが迷宮を探索する際にはここを訪れる必要があるのだから。

 

 迷宮に入るためには、迷宮の入り口付近にあるゲートを通らなければならない。

 政府が設けたこのゲートは、探索者が迷宮に入る資格があるかを確認する場所だ。

 学園の二年次生以降であるかどうか、または卒業生であるかどうか。

 そして──『転移符』を所持しているかどうか。ゲートでは、大きく分けてこの二つを確認する。

 前者はまあ、言うまでもないだろう。これは迷宮を探索する上で大前提となる事柄だ。おそらく、ここにいる全員がそうだ。


 だが後者には説明が必要だろう。

 転移符とは、潜命石に次ぐ大発見と言われる、ある術式の書かれた呪符のことだ。

 その効果は至ってシンプル、これを破ることで迷宮の入り口に戻れる、というものである。

 この発見によって探索者達の死亡率は大幅に減ったらしい。

 転移符が流通する前は、迷宮から帰還する手段は十階層ごとのボスフロアにある帰還装置を使うか、入り口から戻るほか無かったらしい。

 それに比べて転移符さえ所持していれば、例え戦闘中でも破っただけで迷宮の外へと帰ってこれる。

 転移符がどれだけ偉大な発見かは、直ぐに分かることだろう。


 ともかくだ、転移符の有無は探索者の生存率を大きく上げることになる。

 それゆえに政府は迷宮に入る資格の一つとして、この転移符を設定したというわけだ。

 ちなみに、学生の俺たちは一日一枚これを無償で貰うことが出来る。

 ただし卒業生達はそうもいかないので、転移符は迷宮入場券と揶揄されることも有るのだ。

 転移符は決して安価では無いが、命に比べれば安いものだ。個人的には、妥当な制度だと思う。


「っと、ちゃんと持ってたよな?」


 そこまで思ったところで俺は懐をあさり、一枚のプレートを取り出した。

 簡素な銀色の金属で出来たこれは、ステータスカードと呼ばれる、身分証明書のようなものである。

 感応鉱石と呼ばれる特殊な金属で出来たこれは、契約した持ち主の潜命石が与える加護を数値化する力を持っている。

 力はSTR、体力はVIT、次のレベルまではどのくらいのEXPが必要か……などを表示してくれるこのカードは、自分の実力を客観的に判断するた


めには非常に役立つものだ。

 そのため、これは探索者にとっての身分証明書と同じ役割を果たす。ステータスカードは改ざんが効かないため、レベル制限のある他のダンジ


ョンに入るために提示することもある。


 今回俺がこれを取り出したのは、ステータスカードの裏側にある印を確認するためだ。

 迷宮管理部で転移符を購入したり、配給されたりすると、裏面にある枠に特殊な印が刻印される。

 この印は転移符とリンクしており、転移符が破られることでこの印が消えるという仕掛けだ。

 つまり、転移符を所持していれば印があり、所持していなければ印が無い。それによって迷宮の入り口で転移符の有無を確認するというわけだ



「まあ忘れてるわけ無いよな」


 転移符の配給場所は迷宮エリアの中にある。先ほど受け取ってきたばかりなので無いわけは無いのだが、これが命綱と思うとついつい何度も確


認してしまうな。

 迷宮内での死亡事例は大体が転移符に絡むものだ。比較的良く聞くのは何らかの原因で転移符を紛失していたり、使用する直前に魔物の攻撃で


破られてしまったり──という所か。後者の事例の場合、迷宮の入り口に魔物が来て大きな騒ぎになったこともあったんだっけな。


 とりあえず今回は、印は大丈夫だった。念のため道具袋を確認するが──勿論、転移符は確りとあった。

 これを無くすなんてよっぽどの馬鹿じゃないとやらないからな。熟練の探索者こそ慣れのようなもので無くしてしまうこともあるらしいが、そ


うはならないように俺は気をつけないとな。


 命綱を確認した俺は、道具袋をしっかりと閉めた。

 あとはこの探索者の列が捌けるのを待つだけだ。


 さて今回はどの深度まで進めるか……

 現在の俺のレベルは7。推奨レベルで言えば7階層までは行ける筈だが、推奨レベルは四人パーティを前提としたものなので、ソロ探索での推


奨レベルがどれくらいかはわからない。

 出来れば推奨レベルの階層まではたどり着きたいところなんだけどな。

 このレベルで最大到達深度が5階層なんて言ったら、大分慎重だと思われても仕方が無いのだが、事実慎重にならざるを得ないところが悲しい



 ……なんて、俺がやる気と悲しみを織り交ぜて火をつけていると──


「もういいわ! あんた達なんてこっちから願い下げよ!」


 人々のざわめきの中にあってなお良く通る声が、迷宮エリアの一角に響き渡った。

 思わず声に釣られて振り向く。そこには、少しばかり見覚えのある少女が、三人の男女を前に怒りの形相を浮かべていた。

 

 心中で小さく「げ」と声を上げた。

 冒険者達の会話を止めたこの少女を知っているのは、一年次の頃に何度か絡まれたことがあったためだ。

 そしてその少女の悪名に、聞き覚えがあるからである。


「本当に、何か勘違いしているんじゃないの!? 魔術師が呪文を撃って何が悪いのよ!」


 水色の髪を言葉に合わせて揺らす少女は、シア=ウィーアディ。

 二年次生の新米探索者の中で一番高い魔法攻撃力(MAT)を持つことで一躍有名になった、天才魔術師だ。

 だが彼女を讃える言葉はそれだけだ。彼女の有名な肩書きは『味方殺しの砲台』や『誤射姫』等など。

 味方がいても構わずに呪文をぶっぱなす彼女は逆に高いMATを持っていることもあり、常にそういった悪評を振りまいているのだ。

 

「だから分からないかな! 仲間に当たらないよう気をつけてくれと言っているんだ! ただでさえお前の呪文は威力が高いんだから!」

「呪文が当たらないように動くのも前衛の仕事でしょ? 私のせいにしないでよね!」


 言っている事は、正直ある程度は正しい。魔術師のたたき出す火力は戦況を左右する強力なものだ。

 前衛の心得にも魔術師の邪魔にならないよう動くべし──と言うのもある。

 しかしそれはあくまで心構えの問題だ。実際にはお互いが声掛けなどで気遣いあって、自分よりも相手を考えて動くというのがベストなのであ


る。


 シアは、優秀な魔術師だが、それはステータスの面だけの話。

 むしろ高いMATで味方に当たる事も厭わずに魔法を放つ彼女は、二年次生きっての問題児といえよう。


 それでもこうして彼女がパーティを脱退する場面が頻繁に見られるのは、それだけ何回もパーティを組んでいるということでもある。

 ただでさえ優秀な魔術師というジョブ、その上で高いステータスに──聞く話だと、外見での人気が非常に高いらしいので、彼女にパーティ申


請をする二年次生は後を断たない。

 まあこうして悉くパーティ脱退の場面が目撃されるあたり、色々と天秤に載せても彼女の性格は無理と言うことだろう。

 そんなわけで、彼女はパーティを組んではそれを脱退してといった行動を繰り返している。

 その気になればより取り見取りなのだろう。俺とは正反対だ、本当に羨ましい。


「……はあ、疲れたわ。これ、返すから。もう私に話しかけないで」


 そうこうしているうち、冒険者達の視線を集める口喧嘩は終わりを迎えたようだ。

 シアがポケットから何かを取り出し、地面へと叩きつける。

 カン高い音を立てて跳ねたそれは、何度か跳ねてから力尽きたように地面に横たわった。

 シアが放り投げたのは、バッジのようなアクセサリーだった。恐らく、共鳴鋼──ステープルと呼ばれるアイテムだろう。


 迷宮は入るたび姿を変え、例え同じ入り口から同時に入ったとしても異なる時空の異なる迷宮に飛ばされてしまうという。

 そのため迷宮は複数人での探索が出来なかったのだが、共鳴鋼という鉱石から作るステープルというアイテムを持つことで、パーティでの探索


を可能にしたそうだ。

 原理は詳しく分からないが、一つの共鳴鋼を最大四つまでに分け、各々が所持することで同じ迷宮に移動することが出来るらしい。

 やがてその共鳴鋼をアクセサリーに加工したものが、ステープルと呼ばれるようになったというわけだ。

 なのでパーティでの探索をする際にはこのステープルが必要不可欠になる。

 まあ俺のようなソロ探索者には関係ないアイテムなんだけどな!


 ……なんて自虐は置いといて、今シアが放り投げたのは、それだろう。

 このステープルというアイテムは、その効果のせいもあり、探索者にとっては特別なアイテムだ。

 所持者を同じ迷宮へ導くステープルは結束の象徴とされ、その効果以上に大切な意味を持つ。 

 それを放り投げたということは──即ち、決定的な決別を示すという事になる。


「……! ああ、わかったとも! 此方こそお前なんて願い下げだ!」


 シアと言い争っていた冒険者は、打ち捨てられたステープルを手に取り、背を向ける。

 これはもう、どうにも戻らないだろうな……他人事ながら、なんとなく悲しいものを感じてしまう。


「……ふん、なによ」


 一人残されたシアは、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 俺を含めた観衆を一頻り睨むように一瞥してから、一人になった魔術師は何処かへと行ってしまった。

 何処か寂しげにも感じたのは、俺の勘違いなのだろうか。もしもそうなら、仲間を大切にすりゃいいのにな、なんて思ってしまう。


「次の方どうぞー」

「……おっと、すいません」


 騒がしいやり取りに夢中になっているうち、無意識のうちに列は進んでいたみたいだ。

 名前を無しに呼ばれ、シアに留められていた視線を列の進行方向へと正す。

 パーティを組んでるやつも、それはそれで大変なのかもな。それすらも羨ましく感じる気もするが、今の俺には関係の無い話だ。

 声に導かれるように、俺は迷宮の入り口に備え付けられたゲートへと進むのだった。



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