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第零話:呪術師の少年

「地下五階ともなると流石に辛くなってきた、か」


 淡く光る壁に囲まれた無機質な通路の中、俺はほの暗い呟きを無感動な明るさへと溶かすように呟いた。

 石によく似た材質の壁に手を付くと、ざらざらとした冷たさが伝わってくる。

 発光しているにも関わらず温度を感じさせない感触に、この明るさが火に頼らないモノであることを、なんとは無しに再確認した。


 ──ケイリオスの学園迷宮。ここはそう呼ばれている。

 人類の歴史よりも古くから存在しているというのに、どんな生物が巣食っているか、何処まで続いているかすらなにも分かっておらず──

 それでいて未知の技術や、死者を蘇らせる薬さえも、何でもあるといわれている場所だ。

 多くの危険の中、人々は危うさ以上に価値あるモノを見つけるべく、有史以来からこの迷宮に挑戦してきた。


 勿論それには多くの犠牲が払われている。

 だが人々にはそれを教訓とし、未知の危険をも学び、危険を掃う為の知識とする力があった。

 いずれ迷宮の傍には大きな学園が建てられ、それからこの迷宮は『学園迷宮』と呼ばれるようになったわけだ。


 俺もまたそんな迷宮に挑戦する『探索者』のうち一人である。

 新米とはいえ、しっかりと一年間この迷宮について学んできて、ようやく探索が許されたのだ。気合いは十分と言える。


「とは言え、こうも同じ景色が続くと、少し疲れるな」


 何処までも続く同じ景色。変化の無さに頭の中の地図を滲ませながら、それでも俺は下ってきた階段のある方を一瞥した。

 もうこの地下五階に下りてから数十分ほどが経つが、今のところ辿って来た道に間違いはない。

 行った道も行っていない道もちゃんと分けて頭の中に入っているが、しかし……


 地下六階に下りるための階段を探し始めて、もう数十分が経過する。

 魔物の徘徊する迷路を探索し、一つしかない階段を見つけると言うのは想像以上に厄介なことだ。

 広さで言えば大したことは無いはずなのだが、現に目的のものを見つけれていない自分を鑑みて、思わず溜め息が漏れる。

 溜め息を吐くと運気が逃げる、という与太話を聞いた事があるが……所有者の能力を数値化する魔術をかけた鉄板──ステータスカードの項目の一つに『LUCK』というパラメータが有る以上、バカにも出来ないか。

 まあいまさら下がるような運も無いんだけどな。自虐的に肩を落とした俺は、顔に苦い笑みを浮かべた。


 しかしそれも僅かな間のこと。

 自嘲している暇がなくなった事を悟り、俺は笑みを消して意識を一段階深くシフトする。


「(魔物が一体……そう大きくは無いな)」


 前方の曲がり角の、その奥。先ほど避けて通った場所に一体の魔物が居ることを感知し、俺はショートソードを握り締めた。

 とある理由から俺は『剣』の真の力を発揮することはできないが、それでも一人でこういう場所を歩くには、戦う為の手段が必要だ。

 もはや使い慣れたそれに力を込めて、俺は戦闘体勢に入る。


 さっきこの場所には、一体だけではない複数の魔物が屯し、道を塞いでいた。

 一人でこの迷宮を探索する俺にとって、複数の魔物を一度に相手取るのは、何よりも避けたいことの一つだ。

 今なら行ける。そう確信した俺はとある忌まわしい『スキル』の詠唱を始めた。


「──全てに仇成す存在よ」


 魔物が徘徊している、どれだけ深いかもどれだけ広いかも分からない迷宮。

 地下へと降りるごとに魔物は強くなっていって、いつ何が起こるかもわからない危険な場所で、俺が一人で探索をしているのにはわけがある。


「──呼びかけに応じよ、呪い唄を吟じよう」


 別に俺は一匹狼を気取っているわけではないし、そこまで飛びぬけて落ちこぼれだったというわけではない。

 この迷宮を探索するためには、迷宮に隣接した学校で一年間知識を学び、資格を手に入れる必要がある。一年次は座学や戦闘の基礎を学び、探索が許可されるのは二年次生から、というわけだ。

 その一年次の成績は──自慢じゃあないがいつも学年でトップかその次を取っていたので、正直に言えば、自信があるほうだった。

 だからと言って俺自身がお高くとまっているわけじゃあない。組んでくれるのならば、相手の性格によほど難がない限りは、例え成績が最下位だった者でも喜んで組んでもらおうとするだろう。

 自分で自覚があるはずもないが、俺自身の性格だってそこまで絶望的じゃあない筈だ。


 しかしそれでも俺が迷宮を探索するためのパーティを組めず、こうしてソロでの探索を強いられているのには訳がある。


「──同胞(はらから)を増やそう、共に詠おう」


 その理由と言うのが、今俺がこうして詠唱をしているスキルの──いや、スキルを持つ『ジョブ』の所為だった。

 詠唱と共に、俺の足元へ紫色の光が走り、魔法陣が刻まれていく。

 曲がり角の奥の魔物が魔力を感知して俺に気付いたのだろう、視界の外にある気配が移動を始めたのを感じ、俺は結びの文を詠う。


「──万物を汚泥と化し、忌まわしき生者を引きずり込め……! 『ポイズンプール』!」


 『ポイズンプール』。俺がそう叫んだ瞬間、魔法陣から紫色の光が飛び出し、曲がり角へと向かっていった。

 丸い液体を投げたかのように放物線を描いた光は指定した地面へと落ち──そこへ見るからに健康を害しそうな、紫色の液体で出来た沼を作り出した。


 毒の沼を作り出す。

 それが我がジョブ『呪術師』の第一のスキル。

 毒沼は触れただけでバッドステータスの『毒』状態を生み出し、更に何らかの経路で体内に侵入すれば上位の『猛毒』状態をも引き起こす。

 ……これだけ聞けば、割と強力に聞こえるだろう。何故このスキルがある程度は成績優秀であるはずの俺がぼっちを強いられる原因になるのか、ぱっと聞いただけでは分からないかもしれない。

 だがこの毒沼には、致命的な欠点があるのだ。


 毒の沼が完成すると共に、此方へ向かっていた魔物の気配が曲がり角から飛び出し、沼へと重なる。

 普通に行けば毒の沼に接触し、魔物は戦闘開始前に毒状態となっているであろう場面。ひょっとしたら沼に足を取られて転倒し、隙を晒してくれるかもしれない。更に上手くいけば転んだ拍子に毒沼を飲んだりして、猛毒状態を誘発させることも可能かもしれない。


 しかし俺の目に飛び込んできた結果は──


「……飛行タイプの魔物ですか、そうですか」


 毒沼の上を通過して此方へ向かってくる、大きなこうもり(正式名称:大こうもりLv5)の姿だった。


 ──そう、このポイズンプールには欠点がある。

 一つ、この様に飛行タイプの魔物にはほぼ効かないこと。

 一つ、相手が毒耐性を持っていた場合、効かないこと。

 一つ、使用するための消費MPが初期スキルとしては非常に高いこと。

 一つ、毒沼は此方の仲間、あるいは使用者が対象の時でさえもその効力を発揮してしまうこと。

 一つ、毒沼は決して消えずに迷宮内に残るため、進行や戦闘を著しく妨げる場合があること──


 挙げ始めればキリがない。

 確かに強力な部分もあるものの、ずらっと並ぶデメリットの前では、ごみくず同然だ。


 そう、戦闘や知識において好成績を収めていた俺が一人での探索を強いられる最大の理由とは──


「ちくしょう! せめて攻撃スキルの一つでもくれよぉぉぉぉッ!」


 覚えていくスキルの殆どが使いづらかったり、仲間を巻き込みやすいものだったり──

 七つあるジョブの中でも数十年間選ぶものが居なかった、最大最凶の地雷職、呪術師にならざるをえなかったからだ。


 毒沼の上から小ざかしく音波攻撃をしてくる大こうもりに何とか攻撃を当てるべく、必死に剣を振るいながら俺は思う。

 本来ある程度自由であるはずのジョブ選択で、何故自分には呪術師と言う選択肢しか現れなかったのかと。


 こうして俺は学園迷宮を進んでゆく。階層の推奨レベル5に対し、レベル7で。

 推奨レベルを上回っているにも関わらず、単独での探索が故に多大な苦労を重ねつつ。


 俺の名前は、レーゼ=ゼフィス。

 数十年間誰も就く事が無かった絶滅危惧種の地雷職『呪術師』に就いた、しがない探索者だ──










初めましてじゃない方もひょっとしたらいるかもしれませんが、初めまして。DDZと申します。

壊れていたPCが直り、なんとか執筆できる状況になりましたので、これからもそもそ書いていきたいと思います。

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