キャプチャージュエリー
試合が始まった。
「それではこれより五分間、選手には宝石を守るセキュリティを組んでもらいます!」
大画面の時計が動き出し、黒斗と竜胆がお互い背を向け合う。
「セキュリティって何?」
何をやっているのか見当もつかない絢芽が隣の悠治に質問する。
「あれ?門峰さん、ルール知らない?」
頷く絢芽に少し驚いて、そのまま解説を始める。
「まず、根本的なルールから説明するね」
魔法競技『キャプチャージュエリー』。
大雑把に言うと、宝石の入った宝箱を攻略し合う競技だ。
「さっき言ってたセキュリティが、魔力で作った宝箱なんだ」
「え?じゃぁ今二人がやってるのは……」
「そう、宝箱を作ってるんだ」
「黒斗くんはオパール、真壁さんはアメジストを入れるための宝箱をね」
キャプチャージュエリーは最初に五分間という制限時間の中で、より強固に複雑にセキュリティを組むことから始まる。大きさは一辺30cm以内のキューブなら自由だ。
「それで悠治っち、この間言ってたスリーボックスってなんにゃ?」
「それは宝箱の数だよ」
今回は三つのセキュリティを組むルールだ。一つに宝石が入っていてどれが当たりかは作った本人しか分からない。
「でも攻略ってどうやるの?」
「ディスペルを使うんだ」
この前気絶していた絢芽だが、どうやって助けられたか説明される際にディスペルの説明も受けたのでその辺りは理解した。
ちなみに話を聞かされた時、絢芽は顔を赤くしていた。
「それで、どんな風に競うの?」
「魔術戦闘にゃ」
「え!攻撃するの!?」
予想以上に野蛮な内容に驚く。
「当然、相手に後遺症が残るような攻撃は反則だよ?でもその他はけっこう自由かもね」
試合中は、腰や背中の辺りに浮かべたセキュリティキューブを守りながら相手に攻撃や罠を仕掛けて近付く。そしてチャンスを見つけてキューブのセキュリティを解く。解いた中から出てきた宝石を先に手に入れた方の勝ちとなる。
「……なんかすごいね」
明らかに着いて行けてない絢芽に苦笑して競技場の方へ向く。
「まぁ、実際に見れば分かるよ」
時間は、そろそろ五分が経とうとしていた。
ビー!!
ブザーが鳴る。セキュリティを組む時間が終了した合図だ。
「時間無制限、スリーボックス」
「試合、開始!!」
わぁぁああああああああ!!!
観客が沸き立つ中、二人のプライドを掛けたぶつけ合いが始まった!
「先手はもらう!」
黒斗が手から魔法弾を撃ち、右側のキューブを狙う。
「甘い!」
だが、竜胆の防壁に見事阻まれる。
「くぁ~、やっぱ硬いな」
「これがわたしの術式だ。そう簡単には破れんぞ」
まだまだ余裕そうな竜胆を睨む。
「なら、一点突破だ!」
「む!」
ダッシュで近付いて、掌底を放つ。
「まだ温い!」
「それは、どうかなっ!」
ガガガガガン!!
接地したところに連続で魔法弾を全く同じ箇所に放つ。
ビシッ
十発近く放って、防壁にひびが入る。
「くっ!だがまだまだ――」
「そいつは甘いぜ!」
「その術式の構造はもう知ってる!」
「なっ!?」
破られたわけではないと、逆に攻め返そうとした竜胆の動きが一瞬止まる。
何故なら、ひびが入って数秒足らずで防壁が消えてしまったのだ。
「まさか!」
数日前の魔法授業で確か言っていた「こうなっているのか」と。
つまりその時に術式の構造を把握されていたのだ。
だがまさか、強引に一瞬で解いてしまうとは思わなかった。
やはり黒斗の技術力は並大抵のものではない。
「いただきだ!!」
一瞬の硬直を見逃さず、黒斗がキューブの解体に取り掛かる。
「っ!」
「建て!!」
だが、竜胆も元チャンピオンだ。そう簡単にはやられはしない。
黒斗の足元から床のように薄く作った防壁を一気に上へ伸ばす!
「うおっ!?」
バランスを崩した黒斗が慌てて飛び降りた。
「囲め!」
その隙を逃さず、黒斗を防壁で囲む。
ご丁寧にキューブと分離させて。
「やべっ!」
急いで防壁を解除する。
だが、その間に竜胆が解体作業に入る。
「これでわたしが一歩リードだ!」
「……なんてな!」
竜胆がディスペルのためにキューブに魔力を流した瞬間、
シュルシュル!
何本もの触手がキューブから生えて竜胆を捕まえた!
「これは!?」
「攻性結界、反撃結界でもいいけどな」
「俺の取っておきだ」
防壁を解除した黒斗が捕まえた竜胆のキューブにアクセス。
「一つ目だ!」
パァアアア
あっという間に一つのキューブが解かれてしまった。
「くっ!この……」
捕まった竜胆はまだ振りほどけない。
「そいつはかなり複雑に作ってある。そうそう解けやしねぇよ」
「それは、どうかな?」
「!」
二つ目に取り掛かろうとした黒斗が危険を察知して一度離れる。
すると、そこまで黒斗が立っていた場所に何かが突き刺さった。
「これが、わたしの取っておきだ」
防壁で作ったと思わしき剣がそこにあった。
「おいおい、マジかよ……」
剣を操って触手をいとも容易く切り裂く。
「さぁ、これでわたしも一つ目だ」
細切れにまでバラバラにされると、元になっていたキューブも消えてしまった。
「振り出しかよ」
「あぁ、第二ラウンドといくぞ!白門!」
「来いよ!!」
再び二人がぶつかっていく。
「すごい、にゃ」
テレビで見たことがあるとはいえ、素人のミケはそれ以上の感想が出てこなかった。
「あんなセキュリティ、見たこと無い」
「諸星崎くんもよく分からないの?」
試合を見ながら解説していこうと考えていた悠治だが、考えられないくらいに高次元な試合内容に言葉を失ってしまう。
「たぶん、プロの選手でもここまでハイレベルな試合が出来る人、いないかもしれない……」
「え、そんなに?」
冷や汗を流しながら頷く悠治。
二人とも、術式構築の速度と錬度、コントロール、駆け引き。その全てが一流だった。
竜胆は防壁の扱い方、黒斗はディスペルの速度。上手いなどという領域を超えている。
「あんな使い方があったんだにゃ」
ミケが言っているのは剣として防壁を使った竜胆のことだろう。
「それも上手いけど、黒斗くんのはもう常識破りもいいとこだよ……」
だが、悠治は黒斗の方がより脅威を感じた。
ディスペルとは普通、今現在目の前にある術式を分析して解体するものである。
だから上手に作ってあると弱点がほぼ無いため解くのに時間が掛かる。竜胆の安定度抜群の魔術式ならなおさらである。
だが、黒斗が行ったのは全く逆のやり方だ。
魔法弾で強制的に弱所を作り出し、そこから防壁を解いたのである。
(君のコントロール技術は、どこまで……!)
黒斗のやり方は、強引に一部割った窓ガラスを割れた箇所から解体していく作業だ。
そんな方法で突破しようとすれば、セキュリティに使われた魔力が自らを襲ってもおかしくない。むしろ、普通は怪我をする。黒斗は、その魔力すら解いていくのである。
異常、とすら言えるありえない方法だった。
周りの者の多くは内容に興奮しているようだが、何人かは息を呑んでいる。
目が離せない状況の中、またも二人が接近する。
「はぁっ!」
ブォン!
「ちょ、危ねぇ!」
竜胆の振るう剣を全力で避ける。
「どうした?防戦一方のままでは勝てないぞ?」
余裕そうに斬りかかる竜胆の動きは慣れたものだった。
(一体どんな訓練受ければこんだけ扱えるんだよ!?)
ギリギリで避けてもいずれ追いつかれる。
そう判断して距離を取ろうとするが、
「阻め!」
移動する先に防壁を一々作られるので自由に動けない。
その上、いいように動かされているのが手に取るように分かってしまう。
(このままじゃ、ジリ貧だ!)
一か八か、強引にこの流れを止める。
「飲み込め!」
右足を強く踏み込む。
そこから、魔法弾の津波が襲い掛かってきた!
「なっ!ここまで!?」
瞬時に防壁を展開して自分を囲む竜胆。
その波はことごとく防がれる。防壁がびくともしない。
だが、いくらなんでも威力が低すぎる。
「フェイクか!?」
「ご明察!そいつは中身スッカスカの見せ掛け弾だよ!」
気付いた時にはもう近くまで迫っていた。
(いける、二つ目だ!)
次のキューブのディスペルを黒斗が確信した瞬間、
「甘い!」
突然、防壁の形が変化した。
竜胆の手に収まって、剣の形へ。
「!しまっ――」
ブォン!
振るわれた剣を、今度は避けられない。
「きゃぁ!」
大きく動いた展開に、絢芽が悲鳴を上げる。
黒斗が派手に出血したのだ。
「ど、どうしよう!?早く、早く助けなきゃ!」
「落ち着くのにゃ、絢ちん!」
「見た目は派手でもそんなに重症じゃないから!」
動揺する絢芽を二人係で必死に止める。
「もういや、やだよぉ……なんで?」
これ以上お互いが戦うのも、ましてや傷付くのも嫌なのだろう。
「たぶん、二人がやめる気がないんだ」
「それだけ真剣なんだよ」
落ち着ける悠治の手も、固く握られていた。
「これは、後でお説教だにゃ……」
「うん、絶対だよ。反省しても、絶対許してあげないんだから……!」
目を背けたくても、手を握り締めて試合を見続ける。
(我慢強いにゃ、絢ちんは)
嫌でも耐えた絢芽を尊敬する。
ミケは黒斗が斬られた時、咄嗟に目を逸らしてしまった。けど、絢芽は見たのだ。
しっかりと。
目を背けないで。
(ホントにもう、あの二人は何をやってるのかにゃ……)
泣いてる友達を見て、途端に今やってることが茶番に思えてきてしまった。
いや、本人たちにとっては大事なもので、譲れないものなのだろう。
(でも、こんなになってまでやる必要あるのかにゃ?)
友達を悲しませてまで、争う価値があるのか。
最初は熱い試合を期待していたミケだったが、今はもう冷めてしまった。
早く終わって欲しかった。
「ぐっ!」
一度後ろに跳んで距離を取る。
「ほぅ、連撃を止めたか」
「だが、今度こそわたしのリードだ」
上半身を一度斬った後、足を狙って剣を振るった。それで機動力を潰しておこうと思ったのだが、
「まさかキューブの一つを防御用に組んでいるとは思わなかったぞ」
そう、予備のキューブを一つ消費して斬撃を防いだのだ。
「これで残り一つ。わたしのリーチだ」
キューブの数は一対二。次に竜胆がキューブを解けば、試合が決まる。
「るせぇ、次で当たり引けば俺の勝ちだ」
「ふっ、そうだな。だから油断は、しない!」
言うと同時に斬りかかる。
黒斗は早めに動いて避けた。
「先ほどより遅くなっているぞ!」
「阻め!」
だが、またも防壁で動きを制限される。
(くそ、どうにかしねぇと負けちまうぞ!)
焦る黒斗だが、急いで動けばいいように操られて今度こそキューブを解体される。
試合に、負けてしまう。
(絡め手で捕まえることは出来ても、結局は一度切りしか通用しねぇし)
(どっかで、真正面から破らねぇと勝ちが見えねぇ!)
黒斗は考える。
迫ってくるは防壁と同じ構造をした剣だ。
攻撃性もなく、動きもしない壁ならともかく、剣の状態ではディスペルする隙も無い。
魔力も限界が見えてきた。無駄撃ちは出来ない。
(あんな矛盾みてぇな術式、反則だろうが!)
攻撃すれば鉄壁の防御で守り、反撃されれば生半可な防御では簡単に攻撃を通される。
これでは攻略なんて不可能――
(待て、矛盾?)
瞬間、黒斗にアイディアが浮かぶ。
この作戦が通用すれば、勝ちの目が出てくる。
だが、一度でも完璧に対処されれば負けるのは自分だ。
一か八か。
勝率は決して高くない。
それでも、やるしかない。
(勝つ!)
また右足を強く踏み込む。
「飲み込め!」
さっきと同じ津波を竜胆の目の前で展開。
「同じ手は通用せぬ!」
だが、剣を振るってこれに対応。防壁を張らなくても、正体さえ割れればこの程度なら何の障害にもならない。
「貫け!」
と、波の奥から、一直線に伸びる槍のような魔法弾が放たれる。
今まで使ってきたものとは明らかに威力が違う。
「小癪な!」
「囲め!」
今度は全力の防壁に切り替えて防御する。
一撃で穴を空けられたが、そこで相殺した。
「断て!」
再び剣に変化させて斬りかかる。
もう剣の間合いだ。これを防ぐ術が、黒斗には無い。
「わたしの勝ちだ!」
勝利を確信し、剣を振るう。
「んなわけ、ねぇだろ!!」
バキッ!
斬撃が届く直前、竜胆のキューブが攻撃された。
「なに!?」
どこから受けた攻撃か分からずに警戒する。
「もういっちょ!」
黒斗が手を振り下ろす。
すると、上から魔法弾の流星群が竜胆に向かって堕ちて来た!
「くっ、囲め!」
咄嗟に防壁で囲む。
「掴め!」
竜胆が上からの攻撃を防いでる間に、足元から触手を生やして捕らえる。
「罠か!いつの間に」
防御に全力を費やしている以上、拘束からは逃れられない。
だが、流星群の威力はさほど高くない。これなら数割を攻撃に回しても充分凌げる。
「断て!」
三割を攻撃に回し、触手を斬る。
「この程度では、まだわたしには届かんぞ」
「そうでもないさ」
不適な笑みを浮かべた黒斗に警戒するも、疑問に思う。
今の触手は本命だったはずだ。
なんせ見せ掛け魔法弾で攻撃するのは三回目。
どの程度で防げるか、自分が見抜けないはずが――
「はっ!」
「大正解」
その思考こそが罠だということに竜胆が気付いたことを知って、黒斗の笑みが深くなる。
「貫け!」
見せ掛け弾の内、二つが他と違う威力で放たれる。
「しまった!」
前に防いだ時は全力防御だった。しかし今回は攻撃に回してしまっていた。
つまり、防ぎきれない。
ドン!
必死に躱したが、一つのキューブが失われてしまう。
「だが、これで追い詰めたぞ!」
並ばれたが、これは逆にチャンスだと判断して八割を攻撃に回す。
「今度こそ、終わりだぁ!」
「あぁ、確かに終わりだ」
「俺の勝ちでなぁ!」
今度は黒斗が宣言する。
その瞬間、鎖が竜胆の手足を拘束する。
「これは!?」
キューブに使っていたものや先ほどのものとは違う。
複雑さだけではない。頑丈さも兼ね備えた強固な鎖だった。
「くっ、だが全力で攻撃すれば!」
これこそが黒斗の大本命だった。それは間違いない。
だが、それでもただの魔力の塊でしかないものに魔術式が負けることはない!
再び剣を操って鎖を切り裂いて拘束を解く。
ほんの五秒。
黒斗の切り札とも言える拘束魔法もたったの五秒で破られる。
おそらくこれ以上、黒斗に策は無い。
勝利を確信した竜胆だが、そこで致命的なミスに気付く。
黒斗の切り札は五秒で破った。
だがその五秒は攻撃に全力を使った。
すなわち、防御には欠片も回していない。
「しまっ!」
「チェック、メイトだ」
パキィイン!
最後のキューブが砕け散り、中からアメジストが現れた。
それを、掴む。
「俺の、勝ちだ」
ビー!!
「試合終了!」
「勝者、白門黒斗!」
わぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
観客が爆発した。
そう思えるほどの歓声に包まれながら、黒斗は笑って手を差し伸べる。
「ほれ、お疲れさん」
その手に笑って握り返した。
「何がお疲れだ。一杯一杯のくせをして……」
「これでも男なんでね」
「なら、この試合で一度もわたし自身を攻撃しなかったのもその見栄のためか?」
「気付いてたのかよ……」
当たり前だ、という様子で立ち上がる。
なんて答えるか迷った後、
「なぁ真壁、明日時間あるか?」
「あるが?」
「明日、付き合え」
「は!?」
突然のお誘いに混乱する竜胆。
「教えてやる。俺の事情を」
だが、その真剣な言葉に遊びの類ではないことを察する。
「分かった。教えてほしい、貴様の事情を」
頷き合う二人。
「悪かったな、あんなに否定して」
「こちらこそだ。あそこまで責める必要は、わたしもなかった」
頭を下げて謝り合う。
これで、上辺ではない関係になった。
本物の友達に。
「これからもよろしくな、竜胆」
「もちろんだ、黒斗」
握った手はそのまま握手になる。
こうして、二人の決闘は終わった。
そして二人の友情が始まった。
お待たせしました!やっとこさバトルです!
けど、ここで終わりではもちろんありません。
お話もバトルもね。よろしければ再びお付き合いください。