敵意
翌日。
「あぁ、ちょうどいいところに、白門くん!」
教室に向かう途中で呼び止められた。
「水無月先生?なんすか?」
足早に追いついてきたのは肇だった。
「昨日はありがとうございました。おかげで誰も怪我をせずに済みました」
何のことかと思っていた黒斗は、大したことのない話でほっとした。
(魔法科に引き抜きでもすんのかと思った)
心の内が読まれないようにしながら、苦笑気味に答える。
「別にそんな大げさなことしてないっすよ?だから気にしないでください」
「いえいえ、そんなわけには行きませんよ!」
だが、何だかきらきらした笑顔で否定する。
「なので、あなたたち…そうですねぇ、あの時倒れられた生徒と解決に動いた生徒たち、それにあの特徴的な口調の彼女。彼女たちも交えて食事会を開かせてください」
「食事会?」
意外なお誘い……と思ったが違う。何で食事会か、なんてそんなの答えは一つ。
先日黒斗が言った。
話し合いの時はご飯をおごってほしい、と。
「んな律儀に誘わんでも……」
「何を言ってるのです!こんな機会なんて滅多にないのですから、むしろお詫びでもなく個人的に開きたいくらいですよ!」
目をらんらんと輝かせる肇に段々と気圧されてくる。
今時、子供でもここまで目を輝かせられるのは珍しいくらいの輝きっぷりである。断りづらいのも仕方がないというものだ。
「分かりました、声は掛けときますけど……いつなんですか?」
「今夜です!」
「いきなりだな、おい!」
「何事も、早い方がいいのです。勇み足の方が、前へ進みやすいですから」
「急いてはことを仕損じる、なんてことにならないように気を付けた方がいいんじゃないですか?」
黒斗の言葉には特に反応せず、上機嫌で職員室の方へ歩いていってしまった。
「あぁ~、なんか朝から疲れた気がする……」
なんとなく重くなった身体を動かして教室に向かった。
「うぃ~っす」
「おはよう、黒斗くん」
「おはようございます」
「おっはにゃー!」
「なぁ、お前たち今夜空いてっか?」
挨拶したところで黒斗が切り出す。
内容は当然、肇との食事会の件だ。
「うん、大丈夫だよ」
「ミケもにゃ!」
「僕たちは先輩に言っておかないとね」
「あぁ、それは俺が探して言っとく」
寮生全員で食事する木枯寮では連絡をしっかりしてないと迷惑をかけることもありそうだ。
(そう考えると、昨日のはギリギリだったかもしれねぇな……)
事情があったとはいえ、昨日はちょうど夕飯のタイミングだったのだ。少し申し訳なく思う。
「ともあれこれで、三人確保だ」
次は魔法科の二人。昼休みにそちらを尋ねることにした。
「は~い、HR始めるわよ!席に着きなさーい」
春奈がやってきて、今日も授業が始まる。
世界立の魔法科のある夜桜高校だが、普通科の授業の少なくとも半分は他の学校で習う内容と同じものを行っている。
数学や歴史なども当然あるのだが、それとは別に魔法史や術式理論、魔法則という特殊な授業がある。それぞれ名前通りの授業だが、魔法科とは流石にペースが違う。それでも大抵の普通科の生徒は着いて行くのがやっとなのだ。
「お前は余裕そうだな……悠司?」
「あはは、これでも伊達に主席じゃないよ」
「私はむしろ、黒斗くんがこんなに頑張ってる方が驚きだよ」
「本当だにゃ〜。まぁ、それでもミケたちとは差があるんだろうけどにゃ」
「俺は別に実践知識が豊富なわけじゃないんだよ」
「そりゃあ、魔法史くらいは勉強したから他の魔法講義に比べりゃ出来っけどな」
勉強に苦労している黒斗を三人が意外そうな目で見る。
「そら、もう昼休みなんだから魔法科行くぞ」
「あぁ、食事会誘うんだっけ?」
思い出したように言う悠司に頷いて返す。
「だから悠司、お前も来い」
「えぇ?何で?」
「イケメン補正のためだ」
「何それ……」
大真面目に言う黒斗にため息を吐いて、立ち上がる。
「んじゃ、絢芽たちは待っててくれ」
「行ってらっしゃい」
「早く来ないと先にお昼食べちゃうにゃよ〜」
教室を出る二人を手を振って見送る。
「魔法科はあっちだっけか?」
「そうだよ、行こう」
階段を降り、廊下を通って隣の校舎に向かう。
魔法科の校舎に入ってすぐ、
トン
黒斗と一人の男子生徒の肩がぶつかった。
「あ、すまん」
見たところ同学年だったので軽く謝ったのだが、相手はこちらを向くと憤怒の形相で迫ってきた。
「いてぇな!どこ見てほっつき歩いてんだよ!?」
胸倉を掴む勢いで黒斗を睨んで怒鳴る。
「軽くぶつかった程度で大げさだろ……」
「あぁ!?普通科のくせに態度でかいんだよ!」
「土下座して誠意見せろ!!」
くだらないとため息を吐く黒斗に、無茶苦茶なことを言う魔法科生徒。
「あのなぁ、魔法科だからどうこうとかどうでもいいし、これ以上無駄にやり取りしたくないんだが……ほら、こっちが悪かったからよ」
「あぁ!?だからそれが態度でけぇって言ってんだよ!」
あんまりにも面倒に絡んでくるので、大きなため息を吐き、
「てめ、舐めてんのか!?」
「舐めてんのはてめぇの方だろ」
本気でやることにした。
「あ、あぁ?」
いきなりの凄みにたじろぐ生徒。
さらに言葉を重ねようとしたところで、
ヒュッ、カン!
二人の十数センチしかない間にナイフが飛んできて壁に刺さった。
「おいこらお前たち、何をやっている?」
現れたのは彼方だった。
「あぁ!?部外者は引っ込んでろ!!」
「お前たちは問題を起こした。ならこれは風紀委員が介入すべき案件だ」
構わず怒鳴り散らす生徒に、彼方は一歩も引かない。
「それにこれは!この普通科の奴がぶつかってきたからこうなってるんだっつうの!!」
「黒斗、本当なのか?」
「少なくとも俺は謝ったし、軽く当たっただけでここまでの騒ぎになるとは思わなかったっすよ」
「……だそうだが?」
「あぁ!?あんなのが謝ったうちに入んのかよ!?」
「そもそも俺はそっちの謝罪を一応ですら聞いてないんだけど?」
「はぁ!?普通科ごときに何でんなことしなきゃなんねぇんだよ!?」
ここまで来ると、最早何も言えなくなる。
「とりあえず事情はなんとなく分かった。そこのお前」
「あぁ!?」
「お説教だ。着いて来い」
「はぁ!?ありえねぇだろ!こいつは!?」
「お前ほどの問題は見受けられない」
「くそったれ!こいつは普通科なのに!」
「……だからそれが原因だと何故分からない?」
彼方にまで掴み掛ろうとした生徒の前に炎が突然に現れた。さすがに炎に突っ込む気はないのか、生徒の勢いが止まる。
「楓先輩」
「……巻き込まれる前に相談しなさいといったはずだけど?」
黒斗は大して悪くないはずなのに、そのプレッシャーに小さくなっていく。
「いえ、問題と出会いは突然向こうからって感じでして……」
「……常にある程度は気を付けなさい」
「おっしゃる通りです……」
全くの正論に何の反論も出来ない。
「で、黒斗。お前はこれ以上なんかあるか?」
「強いて言うなら彼方先輩に」
「オレ?」
それこそ何かあるか?という顔をする彼方。
「危ないじゃないっすか!間違ってこっちに刺さったらどうするんすか!?」
勢いよく壁に刺さったナイフを指差す。
「何を言ってる?外すわけがないだろ」
「魔術使ってないんだからもしもがあるでしょ!」
「無い無い、ありえない」
「……二人ともその話は後でもいいでしょ。早く済ませなさい」
自信満々に言い切る彼方と文句を言う黒斗が言い争いに発展する前に楓が止める。
素直に従った。
「ほら、行くぞ」
「っそが!」
「何はともあれ、ありがとうございました」
「……お礼はいい。それより二人は何故魔法科の校舎へ?」
「俺は悠治と食事会の誘いに……ってか悠治!見てたなら助けろよ」
存在を思い出して文句を言う。
「ごめんね。ただあの場で僕が何か言ったらあの人、攻撃してきたかもしれなかったからさ」
「そうだけどよぉ~」
その意見には賛成なのか、納得してませんというポーズだけに留める。
「……本当に、何をしたの?」
さすがに異常だったのだろう。今回のことではなく、もっと大元の原因を聞いてくる楓。
「悠治、お前は真壁たちを誘って来てくれ」
「分かったよ」
悠治を先に行かせて、本来の目的をまず果たす。
「楓先輩、一緒にメシ食いません?」
「……分かった」
立ち話もなんなので、食事に誘う。さすがに一年の教室では食べづらいと思うので絢芽たちにも連絡を入れる。
「んじゃ、どこ行きます?」
「……学食。先に行って席を取ってくる」
「おなしゃす」
言って、楓と一度別れる。
連絡を入れているうちに悠治が戻ってきた。
「お待たせ。篝木先輩は?」
「先に学食に行ってもらった」
「あぁ、門峰さんたちには?」
事情を察して、状況を聞く。
「もう連絡した。すぐ来るってよ」
「それじゃぁ、僕らも行こう」
「だな」
二人で学食に向かう。
その間も、どちらかと言えばマイナス寄りの多い視線に晒されながら。
「おーい!絢芽、こっちだこっち!」
先に着いて席で待っていた三人のところに、絢芽とミケが座る。
「このクールビューティーはどなたなのにゃ?」
「……私は二年魔法科で風紀委員の篝木楓。二人とは同じ寮なの」
「わ、私は門峰絢芽です!よ、よろしくお願いしましゅ!」
「猫屋三華ですにゃ。ミケって呼んでくださいにゃ」
簡単な挨拶を終えて、そもそもの疑問をぶつける。
「それで、何で風紀委員の先輩が?」
その言葉に、不機嫌な目をして黒斗を見やる。
「……彼が魔法科の生徒に絡まれて一悶着あったのよ」
「にゃ!?」
「だ、大丈夫だったの!?」
前にそんなこともあるかも、とは言っていたが、昨日の今日でまさか本当に起きるとは思ってなかったのか、目を見張って驚く。
こうなって驚いたのは本人もだが。
「あぁ、まぁ、一応今回は大丈夫だったけど、そのうち喧嘩になっかもなぁ」
気楽に言うが、その横で楓が睨む。
「……そうならないように相談はしなさい」
「そりゃしますけど、どうにもならない事態ってあるじゃないすか」
「……それでも、そのための風紀委員なんだから」
今までよりも真剣に念を押す楓に素直に頷く。
「……それで、あんなことになった心当たりは?」
「そんなの一個しか無いにゃ~」
尋ねる楓に四人が話す。
魔術に否定的な黒斗。
その考えが気に食わない魔法科の面々。
授業中に一人噛みついてきたこと。
普通科なのに、魔法科よりも魔法の扱いが上手いこと。
「……全く。味噌汁と言い、今回のことと言い、あなたには驚かされてばっかり」
「……今までにないタイプの問題児ね」
全てを聞いた楓の感想はそれだった。
「ちょ、俺はどっちかてぇと優等生の部類っすよ!」
「どの口がそれを言うんだい?」
「胸に手を当てて聞いてみるといいにゃ」
反論すると、周りから集中射撃を食らった。絢芽も援護する気はないらしい。
「それより、味噌汁ってどういうこと?」
むしろもっと気になる話題があったようだ。
「あぁ、俺たちの寮は食事は一緒に取るんだけど、俺は家事できるから昨日朝食に味噌汁作ったんだよ」
「そしたら何か、ショック受けちゃってな」
このままだと責められる流れだったので、絢芽の話題に速攻で食いつく。
「……予想以上の美味しさだった」
まだまだお説教し足りませんという顔で、黒斗の料理を褒める。
「へぇ、食べてみたいなぁ」
「いや、俺的にはお前の料理の方が食ってみたいよ」
期待する絢芽に、逆に期待する黒斗。
「あぁ、真壁さんが言ってたね」
「にゃるほど、確かに気になるにゃ」
昨日の話を思い出して便乗する二人。
「えぇ~」
「う~ん、なら……そのうち、ね?」
若干照れながら約束してくれる。
「あ、そうだ楓先輩。今日は水無月先生に誘われて、俺たち食事会行くんで夕飯いらないっす」
「……食事会?」
「えぇ、昨日の監督不届きのお詫びみたいです」
楓の疑問に悠治が答える。
「……分かった。夢路さんに伝えておく」
「おなしゃす」
これで連絡完了。
「悠治、結局誘えたのか?あの二人は」
「真壁さんは大丈夫だって。椿さんはダメらしい」
「椿?」
新たに出てきた名前に絢芽が反応する。
「うん、昨日助けようって動いてくれた一人なんだ」
「へぇ、そんな名前だったのか……絢芽?どうかしたか?」
何かを考え始めた絢芽に聞く。
「え?ううん、なんでもないよ」
だが、すぐに首を横に振る。
「にゃ~、でもどこに食べに行くのかにゃ?」
「さぁ?少なくとも結構いいところだと思うぜ?」
絢芽には踏み込まず、食事会に思いを馳せる。
「………………偶然、だよね?」
小さく呟いた言葉は、誰に聞こえることもなかった。