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魔法授業

 翌朝。

 早めに目の覚めた黒斗は洗面所で顔を洗った後、台所へ向かう。

 木枯寮はお風呂と洗面所が共同でトイレも共同のものがあるが、それとは別に個室にもそれぞれ着いている。個室は畳で箪笥と本棚、机付き。台所と居間以外にも広いスペースの大部屋がふすまで仕切られている。

「あれ?早いね、白門くん」

 台所には先客、夢路がいた。もう既に玉子焼きなど朝食の準備を済ませている。

「副会長も早いじゃないすか」

「まぁね。ご飯は基本私の担当だから」

「これからは俺もやりましょうか?」

 黒斗の提案に、なぜか悩む夢路。

「ん~、ずっと私がやってきたから変な感じがするわね」

「けど、こういうのは普通当番制とかにすべきなんじゃ」

「あはは、あの二人は掃除はまだしも料理とかは全然作れなくてね」

「だったらそれこそ俺が代わった方がいいんじゃないすか?」

「そうかもだけど、時々手伝ってくれるくらいで大丈夫よ」

「……まぁ、副会長がそれでいいんなら」

 微妙な顔をして頷く。

 今までずっと家事をしてきた黒斗からすれば何もしなくていいのは違和感があるのだろう。

「ふふ。なら早速、朝食作るの手伝ってくれるかな?」

「!えぇ、任してください」

 朝食は二人で作ることになった。作り始めて一時間ほど経ったころ。

「……おはよう」

「おはようございます」

 楓と悠治が起きてきた。

「うぃ~っす」

「おはよ、二人とも」

「そろそろ出来るぞ、顔洗ったか?」

「とっくに済ませたよ。それより黒斗くんが作ったの?」

「どっちかって言や手伝っただけだけどな」

「何言ってるの、充分助かったわよ」

「……意外」

「言いたい気持ちは分かりますけど、家事はずっとやってきたんで心配ないっすよ」

「……期待してる」

「や。プレッシャー掛けんで下さいよ」

 適当な会話をしながら朝食を仕上げる。

 と、そこで気付いた。

「あれ?不良先輩は?」

「不良って……また怒られるよ、黒斗くん」

「いや、むしろそのために起きてくるんじゃないかなぁって」

 どうやら黒斗の中ではもう彼方は徹底的に弄っていくという扱いで決定したらしい。

「……彼方はいつも朝が弱い」

 そのことに苦笑しながら楓が教える。

「楓ちゃんがいつも起こしてるのよ」

 言う夢路の顔には楓とは違う種類の笑みが浮かんでいた。効果音を付けるならニヨニヨである。

「羨ましいもんだな、楓先輩みたいな美人に起こされるなんて」

 笑顔の意味に気付いた黒斗が便乗する。

「……そういうんじゃ、ない」

「……起こしてくる」

 否定した後、赤くなった顔を隠すように彼方の部屋へ向かう。

 黒斗と夢路は終始ニヨニヨしていた。

「もう、意地が悪いなぁ二人とも」

 ため息混じりに悠治がたしなめる。

「いやぁ、微笑ましくてな」

「うんうん、だよね」

「もう……」

 言いながらも、朝食の準備を終えていく。

「ほら、もう出来るぞ。並べんの手伝え」

「分かったよ」

 それ以上文句は言わず、テキパキと並べていく。

「……ただいま」

「ふぁ~、おはようさん」

 ちょうど並べ終えたところで二年コンビが戻ってきた。

「おはよう」

「おはようございます」

「やっと起きたんすか?リア充先輩」

「なんだそれ?」

「いやだって」

「……その話はいいから、朝食食べないと時間無くなる」

 黒斗の言葉を遮って食卓に着く楓。ついでに鋭い視線を寄越してきたので、黒斗も話を止める。黒斗だって(確信犯的)不用意な発言で死にたくはないのだ。

 いただきます

「やっぱ夢路さんの飯は美味いっすね」

「ありがと、彼方くん」

「……夢路さん、味噌汁の具、変えた?」

「お、ホントだ。いつもとちょっと違ってるけど、これはこれで美味い」

「なぁに、彼方くん。毎朝飲みたいの?」

「その言い回しは気になりますけど、こんだけ美味けりゃそう思いますよ」

 妙にイイ笑顔で聞いてくる夢路に、しかし素直な感想を述べる。

「だって、白門くん」

「へ?」

「彼方先輩……あんた俺にプロポーズしてどうするつもりだよ……」

 盛大にため息を吐いてジト目で彼方を見やる黒斗。

「え、は!?」

「……まさか」

「そのまさかだっての。その味噌汁は俺が作ったんす」

 ショッキングな雰囲気が分かりやすく伝わってきた。

 ………何故か二人分。

「……期待してるとは言ったけど、まさかここまでとは」

「いや大げさすぎでしょ」

 予想以上に料理の出来る黒斗に出来ない楓は余程ショックだったのか、うなだれて落ち込んでいる。

「そんな、白門……お前はオレと同じ側の(かじできない)人間じゃなかったのか」

「俺をどんな目で見てるんすか!?」

「ほらほら、黒斗くんも十束先輩もそれくらいにして、そろそろ食べ終えないと遅刻しますよ」

 悠治がまたもヒートアップしそうな二人を止める。時間がないのは本当なので言い争いをやめて食べ終える。

 ごちそうさま

「んじゃ、片すか」

「あ、私がやっとくから皆は先に行きな」

 急いで片そうとする黒斗に準備を促す夢路。

「え、いやでも……」

「いいからいいから。どのみち今日も学校には行けないし、余裕はあるから、ね?」

「んなら、お願いしゃす」

 詳しい理由を聞きたかったが、時間が無いので素直に言う通りにした。

「はい、任されました」

 既に準備は終えていたが、二日連続ギリギリというのも良くないだろう。早めに出ることにする。

「あとは歯ぁ磨いて……」

 ガラッ

 洗面所の扉を開くと、裸の先輩がそこにいた。

「こういう時、俺はきゃー、って声を上げるべきなんすかね?」

「同性なんだからいいだろ別に……」

 いたのは彼方だった。

「一応お約束なんで」

「いらん!大体、男同士でやって何の意味があるんだよ?」

「ま、それもそっすね」

 それぞれ歯磨きと着替えを始める。

「朝シャン派なんすか?」

「まぁな。こうでもしないと目が覚めん」

 適当に会話をしながら進めていると、

「……彼方、そろそ、ろ……」

 楓が入ってくるなり固まってしまった。

「おう、すぐ行く……」

 まずい事態なのか彼方(トランクスとボタン全開ワイシャツ着用)の冷や汗が滝のように流れていく。

「……――――――――――――!!!!」

 顔を真っ赤に爆発させた楓が魔術でさらなる大爆発を起こす。

 ぎゃぁあああああああ!!!!

 木枯寮に仲良く悲鳴が響き渡った。



「あー、酷い目に遭った……」

「あはは、ドンマイだよ。黒斗くん」

 登校中、ボロボロの黒斗と笑う悠治が並んで歩く。

「せめてもうちょっと落ち着いた場面で見たかったぜ……魔術ってやつを」

「まぁまぁ、今日は学年合同で魔法の授業があるんだから、そこで学べばいいじゃないか」

「そだな。そうする」

 気を取り直して教室に入る。

「ふふ、そうなんだ~。あ、黒斗くん!おはよう」

 入るなり、新しく出来たのだろう女子の友達と話していた絢芽が挨拶してくる。

「よぉっす、絢芽。昨日はよく眠れたか?」

「うん、ばっちりだよ~。ルームメイトの人もいい人だったからね」

「どんな人だったんだい?」

 気になるのか、悠治が会話に混ざる。

「諸星崎くんもおはよう」

「う~ん、でもその人は秘密。そのうち紹介するね」

「なんだよそれ?」

 聞く黒斗に絢芽はふふふ、と笑うだけで返す。

「いやぁ、絢ちんはモノクロくんが来るとイキイキするにゃ~」

 変な語尾で、黒斗たちが来る前まで話していた女子がニヨニヨ笑う。

「み、ミケちゃん!」

 窘めるように言う絢芽に笑顔を崩さない。

「それで、君の名前を教えてくれるかな?」

 優しく問いかける悠治に姿勢を正す。

「これは失敬!」

「ミケは猫屋(ねこや)三華(みけ)言うにゃ!よろしくにゃ!」

 勢いよく頭を下げるミケ。

「……変わった奴だな。あとモノクロってなんだよ」

「うーにゃー!そこはナイスチューミーチュー、って返すとこにゃ!あと、白黒なんだからモノクロなのにゃ!」

「いや、この返しは間違ってねぇよ。それとその呼び方やめろ」

「感想としてはそうかもしれにゃいけど、挨拶としては間違ってるのにゃ!それと気に入ったから絶対やめないにゃ!」

「あぁ、変人の自覚はあんのな」

「にゃー!!」

「ほらほら黒斗くん落ち着いて。朝から何回騒げば気が済むんだい君は?」

 どう見てもミケをからかってる黒斗にストップをかける悠治。

 さすがに何度も収拾がつかなくなるほど騒ぐつもりはないのか静かになる黒斗。

「朝からって、何かあったん……あったの?」

 まだ敬語無しが定着していないのだろう、言い直す絢芽。この場合は、尋ねた相手が大人っぽい悠治だったというのも要因だと考えられるが。

「一日二日っつってもあんま言わなくなってたのに……やっぱイケメン効果か」

「ですにゃー……」

「いや、そんなところで変な納得しないでよ二人とも」

 ため息をついて呆れた様子を見せる悠治だが、まだ質問に答えていないことを思い出したのか気を取り直す。

「大したことじゃないんだけどね」

 まずそれだけ言って、悠治は木枯寮でのことを話し始めた。

 黒斗と同じ寮に入ったこと。

 そこの先輩たちとのやり取り。

 今朝のハプニングで魔法攻撃をくらったこと。

 といっても、たかだか一晩から朝にかけて程度の話。五分十分で話し終える。

「黒斗くん大丈夫だったの!?」

「にゃ~、モノクロくんは面白い人なんだにゃ~」

「それには全く持って同意できるね」

 三者三様と言うには偏った反応が返ってくる。

「ありがとうな絢芽。心配してくれんのはお前だけだ」

「そ、そんなの……て、それより大丈夫なの!?怪我とか」

「ま、割とピンピンしてるから大丈夫そうだよね」

「代わりに答えんなよ、悠治……」

 実際大丈夫そうなので安心する。

「にゃ~、でもどうだったのにゃ?魔術ってのは」

「それこそ大したことねぇよ」

 興味津々で聞くミケにつまらなそうに返す黒斗。

「え?……え、と」

「………」

 いきなりのテンションダウンに戸惑うミケと寂しそうに黒斗を見る絢芽。

 空気が微妙になったところで、

「はーい、今日は遅刻者いない?みんなおはよう!」

 担任の春菜が入ってきた。

 自動的タイムアップ。

「ねぇ、絢ちん。モノクロくんどうしたの?」

「色々……あったんだよ、きっとね」

 微妙な答えに眉をひそめながら席に座るミケ。

(きっと、私みたいなことが……)

 昨日の様子と合わせて、黒斗の事情を思いやる。

「それじゃぁみんな、HR終わったらまずは大講堂に集合。そこで座学をやってから実技館に移動ね」

「そこでみんなには魔力を扱ってもらうから、覚悟しててね」

 言われた教室内の面々は大体二種類の反応に分かれていた。

 魔力を扱うことに期待している者と、不安そうな者。圧倒的に前者が多く、後者は片手で数えるほどしかいない。

「あれ、魔法を嫌ってる割には嫌な顔しないね?」

「一応、授業内容には興味があるからな」

 意外にも期待している黒斗に何も言わずに移動する悠治。

「む~……」

 移動中うなり声を上げるミケ。

「ミケちゃん、どうしたの?」

「にゃ~、どんな感じなのかにゃと思って」

「何が?」

「魔法を扱うってことにゃ。こう感覚的にどんな感じかにゃ~、って」

「どうなんだろう……聞いてみる?」

「にゃ?誰に?」

 聞くミケの方を向かず、黒斗を見やる。

「え、モノクロくん使えるの?」

「ま、な」

 その答えに目を輝かせるミケ。

「どんな感じにゃ?どんな感じにゃ?」

「別にスポーツで身体動かすのと何も変わりゃしねぇよ」

「え?そうにゃの?」

「そんなもんだろ、なぁ悠治?」

「う~ん、僕は自由に動く腕が何本も増えた感じかなぁ?」

「あれ、諸星崎くんも使えるの?」

 振った黒斗に自然と返した悠治に絢芽が驚く。

「その首から掛けたやつだろ?昨日申請してたのは」

 悠治の胸元を指す。そこには野球ボールより一回り大きいゴムボールがぶら下がっていた。

「申請ってなんのことにゃ?」

「昨日卯月先生が言ってたでしょ、ミケちゃん」

「う~ん……あ、ならそれマジックアイテムにゃ!?」

「うん、そうだよ」

 思い出したミケに肯定する。

「どんなアイテムにゃ!?」

「秘密にしとくよ」

「にゃー」

「えぇー」

 説明をしない悠治に不満の声が上がる。

「まぁまぁ、機会があったら見せるから、ね?」

「にゃ~、絶対にゃよ?」

「うん、そうするよ」

 特に追求もないまま大講堂に着く。

 教室には黒斗たち以外の生徒が大体揃っていた。

「学年で百人と少しだっけ?やっぱり集まるとそこそこいるね」

 絢芽が感心したように言う。

「よくもまぁ、魔法なんてものを学ぶためにこんだけの人が来るもんだ」

「一応言っておくと、君もその中の一人だってこと忘れないようにね?」

「俺は、目的を果たしたら別に魔法なんて使えなくて構わねぇんだよ」

 あくまで魔法に否定的な黒斗。と、席に着く前に視線を感じてそちらを見やる。

 すると、席に座る前に通った辺りに座っていた一団の何人かが黒斗を睨んでいた。

 どうやらそこにいるのは魔法科の生徒のようだった。

「にゃ?何か魔法科の人から敵意がビンビン来てるにゃ」

「さっきの聞かれてたのかな?」

「にしてもあんなに睨まなくてもよくにゃい?」

「彼らはこれからの人生永い間、魔法と関わっていくって決めてここに来た人が多いだろうからね。否定的な黒斗くんに良い感情を持たないのも仕方ないと思うよ」

 悩ましげに言う悠治の意見を鼻で笑う。

「はっ、それで自分の好きなもの、信じてるものを嫌ってる奴は敵ってか?それこそくだらねぇよ」

「黒斗くんって、その辺ドライだよね」

「そうは言ってもな……」

「魔法に『関わりたい』あいつらと、魔法に『関わらなきゃいけない』俺とじゃ考え方が違っても仕方ないだろ?」

「まぁ、それは言えてるけどね」

 時間が無いのか、踏み込むべきでないと判断したのか黒斗の事情は聞かずに始業を待つ。

 それから五分も経たずに、

「皆さんお揃いですか?第一回合同魔法授業を始めます」

 やたら背の高いイケメン教師が入って来た。

 スーツもビシッと着こなす大人な男性である。

「まずは普通科と技術科の皆さんに自己紹介をしないといけませんね」

「一学年魔法科担任の水無月(みなづき)(はじめ)と申します。以後お見知り置きを」

 深々とお辞儀をして、手に持ったチョークで黒板に書いていく。

「では早速授業を始めます。皆さんは魔法について一体どのくらい知識がおありですか?」

 魔とは?と大きく黒板に書いていく。

「では真壁さん、答えてもらえますか?」

 魔法科主席の竜胆がはい、と返事をして起立する。

「魔とはその昔、気やオーラと言われていた人間誰もが潜在している魔力を練り上げ、空気中に浮かぶ素粒子マナを通して、科学とは異なった法則で発動する現象のことを指します」

「はい結構。教科書通りで大変よろしい」

 一礼して竜胆が座る。周りの生徒から尊敬の眼差しが竜胆に向けられていた。

 肇の説明が続く。

 魔とは先ほども言ったとおり、空気中のマナを通して己の魔力で起こす現象のことである。この魔力は生きている以上全ての生物が有しており、精神エネルギーそのもののことだ。精神エネルギーを外に放出するのが魔法を使うということであり、その放出の仕方をコントロールすることで様々な形で扱うこともできる。

「このコントロール方法の一つが術式、魔術と呼ばれるものになります」

 魔術とは魔法則に従って魔力をコントロールして放出することで、全く違う性質や効果を魔力に発揮させるものである。同じ人間の、同じ魔力量でもAというコントロール方法だと魔力は炎の性質を持ち、Bだと水の性質を持つという具合だ。そうやって魔力を術式の形にコントロールすることを、魔力を組む、もしくは編むと言う。

「術式には炎や念動力といったポピュラーなもの以外にもオリジナルのものも存在します」

 オリジナル、その言葉に周囲がざわつく。

「魔術、そして魔法則は未だその全てを網羅しているわけではありません。それゆえに、新しい魔力の組み方による新しい術式を創り出す余地がまだ限りなく存在しているのです」

 例えば、魔力で作った水を炎の魔術で温めていたのを術式の調整と組み合わせによって初めから熱水を作るのである。最も、そんな努力をする前にやかんに水を入れてコンロで沸かした方が楽な上、手っ取り早いので誰もそんなことをしないのが普通だ。

 今のは極論だが、実際このようにして新しい魔術が生まれるのが一般的である。今まで類を見ない全く新しい術式をいきなり組めるなんてのは一部の天才のさらに一握りいるかいないかの人間ができる可能性があるというほどの超高難易度なことなのだ。

「そして、マギルカという体質についても説明しておきましょう」

 新しく出てきた単語に眉をひそめる黒斗。

「マギルカ?聞いたことねぇな」

「あれ、黒斗くんでも?」

「俺だって別に言うほど魔法の知識が豊かってわけじゃねぇよ」

「そうなんだぁ」

 説明を聞くため、気を取り直して向き直る。

「マギルカは先天性の体質の持ち主でして、」

 マギルカは生まれつき魔力保有量が高く、また普通の術式が使えない者たちのことだ。とは言っても魔法が使えないのではなく、魔力を放出しようとすると一定の術式の形でしか出力できないために他の魔術が使えないのだ。しかしその分、その効果や力は普通の一般人とは比べ物にならないらしい。

「マギルカの方が特定の形でしか魔術を使えないのは魂や細胞に術式が刻まれているためだとする学説もありますが、詳しいところは分かっていません」

「では次に魔術の利点について」

 なぜ魔力をそのままでなく、魔術という形で性質を変化させて使用するのか。それは魔力というエネルギーのままでは、科学技術のエネルギーとして活用できないためだ。炎なり雷なりの魔術という現象にしてしまえば、科学技術を持って有効利用は可能なのだが、純粋な魔力という精神エネルギーは魔力として以外の使い道がまだないのが現状である。

「そして魔力と魔術ではその安定性が桁違いなのです」

 何度も言っているが、魔力は精神から作られるエネルギーで魔術は現象だ。形が決定して放たれた魔術とその強度や安定度が違うのは当然だろう。

「おっと、もうこんな時間ですか」

 唐突に時計を見た肇が説明を切り上げる。確かに時間が迫っていた。

「では最後に、何か質問のある方はいますか?」

 し~ん

「え?誰も何とも思わないのかよ?」

 黒斗が辺りをきょろきょろ見回す。

「どうしたの?黒斗くん」

「いやだって明らか説明足りてないとこあっただろ」

「まぁでも、時間無いみたいだしいいんじゃないかい?」

「いや、にしては時間が残ってる気が……」

「そこ!質問があるならちゃんと聞きなさい。聞くことを咎めることなどありませんから」

 黒斗と悠治が話していたら肇に注意されてしまった。

「ほら黒斗くん、言っちゃいなよ」

「分かったよ、ったく」

 渋々といった様子で黒斗が立ち上がる。

「お名前は?」

「普通科Bクラスの白門黒斗です」

「よろしい。ではあなたは何を疑問に思ったのですか?まぁ、ただの関係ない私語だったと言うならあなたが持つ魔というものに対する意見を聞かせるでもいいですよ」

 先ほど注意した割には興味深そうに聞く肇。その様子を無視して黒斗が質問する。

「さっき、魔術とただの魔力では安定度が違う。だから魔術の方が優れていると言ってましたよね?」

「近しいことは確かに言いましたね。それが?」

「いえね、別に基本そうだっていうのに反対はしてないんすけど……」

「では、あなたは何が疑問なのですか?」

 会話が進むにつれて明らかにわくわくした表情になっていく肇にこそ疑問を持ちながら、黒斗は続ける。

「ただ俺は、魔術の脆弱性の説明がされてないんじゃないかと思いまして」

「ほう!脆弱性ですか」

 隣で悠治がポン、と手を叩く気配が伝わってきた。どうやら黒斗の考えが分かったらしい。

「あぁ!?てめぇ魔法が嫌いだからっていちゃもんつけてんじゃねぇぞ!」

 突然、魔法科の一人が苛立たしい様子で立ち上げる。

「はぁ?いちゃもんってなんだよ?」

「てめぇが嫌いだから否定してるだけなんだろ!?この後実習なんだから今この場で無駄に言うことねぇだろっつってんだよ!!」

 どうやら早く実習で魔法を使いたかったらしい。それを邪魔されたことと、魔法科でもない人間が知ったように魔法について語るのが我慢できなかったみたいだ。

「黙りなさい。今は白門くんが質問しているのですよ」

 と、そこで肇がストップをかける。

「でも先生っ……!」

 納得のいかない魔法科の生徒を強い視線で黙らせる。噛み付いてきた生徒はうなだれて席に座りなおした。

「すみませんでした、白門くん。それで、魔術の脆弱性とはなんですか?」

 深々と頭を下げて謝った後、また期待した顔で黒斗に聞く。

「えっと、魔力を組んで魔術にするってことは形が決定されるでしょ?なら対処が簡単になるじゃないですか」

 例えば、炎の魔術を使ったとする。そうすると水の魔力にとことん弱くなってしまう。しかしただの魔力なら上手に強固に組めば炎の魔術よりは水の魔術に対抗できるということだ。

「こんな感じで、単純に魔力より魔術の方が上とも言い切れないんじゃないかと思いまして」

「ふむふむ。他にはありますか?」

「他ってぇと……」

 少し悩んでから、続きを話す。

「結局魔術の大元は魔力なんだし魔力の組み方で結果が左右されるなら、むしろ魔術の方が下なんじゃないかと……まぁ、思いつくのはこのくらいですね」

 意見はもうない、と黒斗が告げると、

 パチパチパチパチ!!

 ものすごい拍手が肇から送られた。

「素晴らしい!エクセレント!大正解です、白門くん!」

 当の肇はとっても満足そうな表情だ。

「皆さん、聞きましたか?そして考えましたか?」

「私はあえて、魔術があってこその魔法だという風に説明しました」

「しかし私は白門くんと同じく魔力あってこその魔術であると考えています」

「魔とは理解して初めて深くなるものです。ただ聞いて鵜呑みにしているだけでは表面をなぞっているだけで知っている、理解しているなどと到底言うことはできない」

「魔とは知識ではないのです。ですから、今の指摘が出来た白門くんは魔術を扱うことをちゃんと考えられた、つまりより魔についての理解が深いということに他なりません」

「では最後に聞かせてください。白門くんは魔をどういうものだと考えていますか?」

 結局聞くのか、と思いながらも真剣に質問に答える。

「……可能性じゃないすか?」

「可能性ですか?」

 聞いた肇は興味深そうに先を促す。

「結局魔法なんて力でしかないんだ。なら人を助けようが傷付けようがスポーツとして使おうが、責任さえありゃ自由で、どうとでも転ぶもの……そんなもんだと俺は考えます」

 笑みをより深くして、何度も頷く肇。

「ふむふむふむ!大変よろしい!今度きみとは話し合いの席を設けたいですねぇ」

「高くて美味い飯おごってもらえるなら行きますよ」

「ほう!それで来てくれるなら喜んで考えておきましょう」

「それでは皆さん、本日の座学はこれにて終了。次は実習ですので移動してください」

 嬉しそうな肇が終業を告げた。

 がやがやしながら生徒たちが動く。

「んじゃ、俺らも移動すっか」

「うん」

「だね」

 黒斗たちも続いて移動する。

 教室から出る際、まだ残っていた何人かの魔法科から睨まれた気がするが無視する。

「にゃ~、でもすごかったにゃ~モノクロくんは」

「あんなのちょっと考えりゃすぐ分かるだろ、俺としては魔法科が誰一人質問が無かった方が驚きだったぞ」

「でも、大丈夫かな?黒斗くん絡まれてたけど」

 心配そうに黒斗を見る絢芽。

「なぁに、心配すんなよ。それより次は実習だぞ?覚悟はできてっか?」

「あぅ、心配だよ」

「ミケは楽しみにゃ!」

「好奇心猫を殺す、なんてことにならんでくれよ」

「黒斗くん、不吉なこと言っちゃダメだよ」

 またもミケをからかい出そうとした黒斗を悠治が止める。

「わぁったよ。でも、あんま心配すんなよ。一学年合同で初めての実習なんだから簡単な魔力操作以上のことは、少なくとも俺ら普通科はやらねぇだろうからな」

「うん、そうだよね」

 黒斗の言葉に安心して、強く頷く絢芽。

 他の生徒たちも期待に胸を膨らませながら教室を移動していった。

 そんな中、

「ふぅ~ん、魔法は可能性、ね」

 一人の女子生徒が黒斗を興味深そうに見ていた。

「白門黒斗、か。面白い人ね」

 その顔には、肇にも負けずとも劣らない好奇心を蓄えた笑みが浮かんでいた。

自分でもビックリする長さになってしまいました(汗

そして肝心の魔法がまともに出てきてない!次回は魔法を使うシーンをちゃんと書きますから、安心してください!

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