入寮&初日終了
入学式が終了して、ぞろぞろと教室に戻る。
「はーい、皆さんお疲れ様。学園長の言ったことが気になってる人もいると思うけど、あんまり気にしなくて大丈夫だからね」
担任の教師がそう言うが、黒斗を含む若干名は難しい顔を直さない。
『死にますので』
その言葉のインパクトがまだ響いているのだろう。
「あぁもう!学園長は私の先生だったころからああやって生徒に圧をかけるの好きなんだから……」
ぶつぶつ文句を言ってたが、ここで言っても意味が無いと判断したのか向き直る。
「それじゃみんな、私があなた達の担任になった、卯月春菜です。よろしくね」
微妙な空気を無理矢理破るようにした自己紹介に、パチパチと拍手が(主に男子から強めに)鳴る。第一印象は小動物。ちっこ可愛い感じのする雰囲気の教師だ。ちなみにスタイルは大人を思わせるに十分なものを持っている。
「次は、皆の自己紹介。名前順にお願いね」
そう言って、それぞれの自己紹介が始まった。
「かか、門峰絢芽です!お願いします!!」
「白門黒斗。よろしくな」
「諸星崎悠治と言います。これからよろしくお願いします」
悠治の紹介の時に女子の一部がざわついたこと以外は特に変わったこともなく、自己紹介が終了。
「連絡事項ね。みんなには基本関係ないと思うけど、明日は学年全体で魔法授業を行うから、魔術に関する道具を持ってる人は放課後に申請するのを忘れずにね。あと、こっちも大丈夫だと思うけど、使えないのに無理に魔法を使おうとしないこと」
「あの、それって使える人は使っていいってことすか?」
「え、白門君使えるの?」
「その辺は置いといてください」
否定しない黒斗の返答に周囲がざわつく。
それも当然で、魔法ひいては魔力の扱いを人に教えるのは資格がいるのだ。魔力はその昔、気やオーラと言われていた、いわゆる精神エネルギー。その操作を誤って暴発させれば、廃人になったり死ぬことすらある。それゆえ必要となる資格も取得が難しいものになる。その資格を持って教えてくれる存在が身近にいることはそれだけで恵まれているとすら言ってもいい。
「ん~、危ないからあんまり使っちゃいけないけど、実は校則では使用禁止は書かれてないのよ」
「でも先生、それはあまりにも危険な気がしますが」
「あぁ、当然それで人を傷付けたり問題を起こしたら、場合によっては一生魔術に関われないこともあるから対処はちゃんとしてるのよ?」
ちょっぴり脅しっぽい注意をしつつ、一通りの説明を終える。
「それじゃ、今日はここまで。みんなお疲れ様」
その言葉を最後に解散する。
「あ、先生。先ほど言ってた申請の件で……」
解散の後すぐに、悠治が担任のところへ行ったのでさっさと寮へ荷物を運ぶことにする。黒斗以外の生徒はそんなことは無いが、黒斗は一応保護者の樽川翼――ダリ公の世話で一度も荷物の搬入が出来なかったので早々に荷解きしなければならない。とは言っても大した量の荷物があるわけではないのだが。
「くく、黒斗くん!」
教室を出ようとして、声を掛けられた。
「なんだ、何か用か絢芽?」
「あああ、あの!い一緒に帰ろう!?」
寄り道決定。
世界立魔術学校日本校、夜桜高校隣接商業街『並木通り』。日用品などの雑貨を始めとして、食事をするレストランに食材を買うための八百屋などの各種専門店が揃っている。ここにくれば基本何でも買える便利な街だ。ちなみに、最寄の駅からしばらく乗ればテーマパークにも行ける。この恵まれた環境も世界立が成せるものだと言えよう。
当然学生寮も良質なものとなっている。夜桜高校の学生寮はいくつもの学生寮が建っていて、特徴もそれぞれ。大多数の生徒が利用する大きなマンションのようなところを始めとして、高級志向なもの、逆に質素なもの、開発用ガレージ付きに、資料館と隣接しているものなど様々だ。
「でも、実際どんな感じなんだ?寮って」
「あれ、黒斗くん行ったことないの?」
「色々あって今日入寮」
遠い目をする黒斗に苦笑いを返して質問に答える。
「んとね。私が入ったのは一番大きい星空寮ってとこなんだけど、そこは個室とシャワー、トイレ完備。キッチンに冷蔵庫も寮としてはすっごく良い物だったよ。テレビも大きいのが備えつきで、リビングは友達呼んでちょっとしたパーティなら開けるくらい広いかな」
「……………さすが世界立」
もはやそれ以外の感想が出てこない。びっくりするほど至れり尽くせりだった。
「そうまでして助力を惜しまないほど、魔法ってのは必要なのかね」
「どうなんだろうね」
「絢芽はどう思うんだ?」
返事を期待したわけではないが、続きを促す。
「う~ん、私は……私にとって魔法って憧れだったの。けど今はあんまり、かな」
「理由を聞いても?」
「私の家の近くで魔術道場があったの。私は通わなかったけど、お姉ちゃんが通っててね、すごかったんだ~」
語る様子から姉妹の仲の良さが伺えるほど、絢芽が目を輝かせる。
「お姉ちゃん天才でね、オリジナルの魔法を作っちゃうくらいなの」
「オリジナル?」
「うん、私も詳しくは知らないんだけど、それってすごいことらしいんだって」
「へぇ、すげぇな。会ってみてぇ」
普通の感想を言ったはずだが、目に見えて絢芽のテンションが下がった。
「それは……無理なの」
「どうして?」
少し言いづらそうにして、口を開く。
「お姉ちゃん、一年半前にいなくなっちゃったから」
「え……」
出てきたのは思っていたより重い事実だった。
「いなくなった……?」
「うん」
寂しそうに頷く。
「ある日突然、気付いたらね。……今、どこで何してるのかなぁ?」
「じゃぁここに入ったのは……」
「そう、ここならお姉ちゃんに会えるかもしれないって思ってね」
「だからあんまり魔法がどうこうってのは考えてない、かな」
遠くを見つめてそう言った。
「そか。色々あるんだな、お前も」
「黒斗くんも?」
「まぁ、そんなとこだ」
二人はそれ以上話すこともなく、寮に着いた。ちなみに星空寮の男子寮と女子寮は真向かいに建っている。
「ここでお別れだね」
「おぅ、また明日な」
最後にそれだけ言って絢芽は寮に入っていった。
「えっと、俺は……木枯寮ってとこか」
自分の入る寮の位置を確認する。
「って、あれ?」
案内図を見ると、大分違う方向に出てきてしまったらしい。星空寮以外にも寮が多く建つこの辺りに木枯寮もあるかと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「八百屋とかの商店が集まってるとこの近くにあんのか」
もう一度場所を確認してから、道を引き返した。
「らっしゃーい!うちの魚は活きがいいよ!」
「こっち寄って来な!いい肉売ってるよ!」
夕飯の材料をついでに買っていくために商店通りに寄ってみると、そこは活気溢れる下町だった。
「おい兄ちゃん!」
「俺?」
メニューを考えていると途中で呼び止められる。
「夕飯の買いもんか?」
「そっすよ」
簡潔に答えると目を丸くして、笑顔になる。
「へぇ!自炊の出来る男たぁやるねぇ!ウチの息子もちったぁ家事が出来りゃいいんだが、完全に嫁任せの仕事人でよぅ!」
「あはは、俺もここに来る前は同居人の面倒みてたんで、その嫁さんの気持ち分かりますよ」
「がっはっは!そんな頑張ってるお前さんに、ウチの肉はどうだ!?スタミナつくぜぇ!」
「くはは!おっちゃん商売上手だな。いいよ、オススメの肉適当にちょうだいな」
「毎度あり!オマケしとくから今後ともご贔屓にな!」
「あいよ、んじゃまた」
オマケにしては多い気のする肉を買い、他の店でも似たような会話をして材料を買い揃えていく。そして一通り買うと、
「…………あれ、何か多くないか?」
予定より二袋分も多くなってしまった。
元々持っていた着替えなどの入った大きめのキャリーケースもあって、総重量は中々に重い。
「早いとこ寮行こ……」
大して疲れてないはずなのに、足取りは何故か朝より気持ち重い気がした。
商店通りを出て数分で着いた木枯寮。
「……おぉ」
思わず感嘆の声が出る。そのくらいこの寮は、
「めちゃめちゃ和風だ……」
「んで地味だ……」
まるで民宿のような様相の木造建築だった。
「今時引き戸って、最早天然記念物だろ。保護されてんじゃねぇの?」
驚いているのか呆れているのか、適当な感想を並べながら中に入る。
(なるほどね、こりゃ寮の家賃も低いわけだ)
特にぼろいとか古いとかいうことはないが、やはり見た目と中の設備的にも現代的な星空寮の方が人気が高いのだろう。
「こんちゃ~、誰かいますか~?」
一応声を掛けてみるものの、返事が無い。
(もしかして俺しか人がいない?)
まさか、と思ったがあまりに人の気配がしないので黒斗の中で信憑性が増してきてしまう。
「とりあえず、冷蔵庫に食材入れっか…」
キッチンならぬ台所を探して中を歩く。意外と広い寮に驚きながら、木造建築特有の懐かしさをどこかに感じながら進んでいくと、
トントントントン
包丁を使っている音が聞こえてきた。
そちらに近付いてくと、台所で女子生徒が料理してるのが見えた。
「ふんふんふふ~ん♪」
鼻歌交じりで楽しそうに料理を作る姿に若干声を掛けづらいものがある。
まぁ、関係なく掛けるんだが。
「あの、ここの寮生の人っすか?」
「へゃひゃあ!」
……何か似たようなリアクションを数時間前に見た気がする。
「え!?えぇっと、あの、ここに何か用ですか!?」
振り返った女子生徒はどうやら上級生らしい。その上可愛い美人だった。ゆるいウェーブの髪にかなりメリハリのあるスタイル。担任の春奈も中々のものだったがそれに負けないどころか霞むほどのものを持っている。身長もそこまで低いわけではない。しゃんとすればモデルで十分通用するくらいだ。しかし、オロオロした貫禄を感じさせない雰囲気が彼女の印象を少し残念なものにしている。…もったいない。
「あ、それとも私に何か用事ですか?」
慌てたかと思ったら急に冷静になって聞いてくる。
「いや、あんたのこと知らないし…そうじゃなくて俺、ここに新しく入った寮生すよ」
「え、えぇぇええええええええ!!!!」
一番可能性があったはずだが、それこそ考えてなかったと言わんばかりの驚きっぷりである。
「え、本当に!?本当の本当の本当に!?」
「どんだけ確認すんだよ!?」
自分に用事がある方が有り得ると考えているところがよっぽど驚きだ。
「で、でも休み中に一度も着てないよね?」
「あー、同居人の世話っつうか生活レベルの維持が忙しくて……」
「へぇ。あ、それ何?」
会話の途中で黒斗の荷物に気が付いた。
「あぁ、こいつはそこの商店通りで買ったんす」
「にしてもたくさん買ったねぇ。やっぱり男の子は食べるものなのねぇ」
「いや、これ半分くらいオマケです」
「あぁ、あそこの人たち気前いいもんね」
「これは良すぎだと思います」
言いながら冷蔵庫に食材を入れていく。
「あぁ、でも少し多めに作っといて良かったわ」
黒斗が入れ終わるのを見て嬉しそうに料理に戻ったところで、
「ごめんくださ~い」
新たな声が台所に届いた。
「あれ?この声……」
聞き覚えのある声に玄関の方に向かうとそこに居たのは。
「あれ?黒斗くんじゃないか」
「やっぱお前か、イケメン」
「イケメンはやめてよ」
苦笑しながら否定したのは、クラスメイト諸星崎悠治だった。
時間は過ぎて夕食時……より少し遅く。
「ごめんね、まさかもう一人男の子が増えるとは思ってなくて……」
「いえ、今日になっていきなり入寮した僕達が悪いんです」
「ナチュラルに俺も入れんな。……まぁさすがに俺も悪いとは思ってるけどよ」
「まぁ、皆悪くないんだからあんまり気にせずに、ね?」
「そっすね、それより食べましょ。腹減った」
「そうだね」
「せっかくの夕飯が冷めちゃうのはいただけないしね」
三人の意見が揃ったところで手を合わせる。
いただきます
「あ、美味い」
「本当?」
「えぇ、すごく美味しいです」
「良かったぁ」
ほっとした様子の先輩。
先輩の作った料理は特別美味しいわけではないが、どこか懐かしい家庭料理だった。
「それじゃあ、この辺で自己紹介でもしましょうか」
あらかた夕飯を食べ終えた辺りで先輩が提案する。
「いいですね」
「んじゃ俺から」
「白門黒斗。普通科Bクラス、一応特待生」
「え、黒斗くん特待生だったの?」
悠治が驚きの声を上げる。
「……文句あっか?」
「いや、ないけど意外で」
その辺は黒斗も自覚はあった。全く悩んではいないが口調や態度が優等生っぽくないのだ。
「まぁいいか。次は僕だね」
「諸星崎悠治、クラスは黒斗くんと一緒で普通科主席です。よろしくお願いします」
爽やかに頭を下げて自己紹介をする悠治。
「って普通科主席!?」
「え、うん」
さらっと言い切ったビックリ情報を確認する。
確かに悠治は優等生っぽい。だが、まさか主席だとは黒斗も思わなかった。
「ほへぇ、諸星崎くんてすごいんだねぇ」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「いや十分すげぇよ」
謙遜する悠治を否定する。ただでさえ難関の夜桜高校で普通科とはいえ主席を取るのは並みの学力や勉強では成しえないはずだ。
「最後は私だね」
「私は形無夢路。三年生の魔法科で生徒会の副会長だよ」
ぶっ!
黒斗と悠治が同時に噴出す。
「副……会、長?」
「え、本当ですか?」
大きく頷く夢路。
「ふふ~ん、こう見えても私すごい魔術師なのよ。ビックリした?」
「ビックリも何も……」
「最早それを軽く通り越して驚愕だよね」
唖然とした様子で夢路を見やる二人。
「あれ?でも入学式は……あ、そっか私用事で出れなかったんだっけ」
「?何で入学式なんだ?」
「いやね、毎年生徒会のメンバーは舞台に座ってるのが通例なのよ」
席順は真ん中に近い方から、会長、副会長、会計、書記、総務の順だ。
「んじゃ、あの生徒達は……」
「みんな生徒会の人たちだったんだね」
これで納得がいった。主席が選ばれなかった疑問は残るが。
そのまま取りとめも無い話をしている間に食事終了。
「んじゃ、皿洗いは俺が」
「いや、僕がやるよ。僕だけ何もしてないしね」
言って食器を片す悠治。
「んじゃ、先に部屋に荷物置くか。副会長、何処行きゃいいすか?」
「あ、うん。案内するね」
夢路についていく。
「二階部屋が八つあって、上がってすぐにある左右二つの部屋は他の人が使ってるからそこ以外を好きに使ってね」
「あれ?そこ先輩が使ってるんじゃないんすか?」
「うん、私は一階の管理人室使ってるからね。そこ使ってる子たちも、そろそろ帰ってくると思うけど……」
「ただいま!」
「……只今戻りました」
話しているとタイミングよく玄関から声がした。
「あ、ちょうどいいから迎えにいきましょ」
「へーい、悠治の奴も呼んでこなきゃ」
さっさと一階に下りて再び居間に集合。そして本日三回目の自己紹介。
「オレは十束彼方、二年の魔法科だ。これでも風紀委員所属でな。問題を起こさないでくれよ?」
「本当に『これ』でもなんすね…」
「あはは~、喧嘩売ってんのか?買うぞ」
「いや冗談すよ、冗談。だからあんま睨まないでください」
さすがに怖くなったのか、からかうのをやめる黒斗。
当の彼方にしてもポーズだけですぐに怒りを収める。ただ、冗談でからかえるくらいには何とも荒々しい雰囲気を纏っていたのは確かで、黙っていれば風紀委員とはとても思えなかった。どっちかと言えば不良っぽいのだ。
「……だから彼方はもう少し落ち着けるようにした方が良いと言っている」
彼方は悪くないのに、少し責めるように静かに指摘するもう一人の女生徒。
「別にオレだって好きで荒っぽくしてるわけじゃぁ……」
「……ほぅ、生まれつきのものだから仕方がない、とでも?」
気のせいか、責めるプレッシャーが増している気がする。
「いや、そこまでは……」
「……少なくとも私は、あなたがその努力をしているところを見たことが無い」
「あぁ、その」
「……今まで何度も言ってきたはず。……それで?何か言うことは?」
「すみません」
決着。彼方、完全敗北。
「あれだな、彼方先輩って尻に敷かれるタイプだな」
「うん、間違いないね」
彼方に対する理解を深める新入生二人。
「……そろそろ私の自己紹介」
「……篝木楓。二年魔法科。彼方と同じ風紀委員。よろしく」
「よろしくです」
「こちらこそよろしくお願いします」
「おい、何かオレの時と違って随分平和な自己紹介だな」
簡潔に終わろうとしていた楓の自己紹介に文句を言う彼方。
「何言ってんすか?波乱な自己紹介とかおかしいでしょ」
「ほぅ、じゃあオレの時は何だったんだ?」
「いや、だって彼方……あ~、先輩は楓先輩と違ってツッコミどころがあったというか」
「おいこら、その前に何でオレには先輩を付けたくなさ気なんだよ!」
「言って欲しいんですか?案外マゾっ気があるんすね、彼方先輩」
「おぃいい!何言う気だ!?」
黒斗と彼方がヒートアップしていく。相性が良いのか悪いのか、賑やかに騒ぐ。
「……少し静かになさい」
二人の騒ぎ、強制終了。
「すみません」
「悪い……」
楓には勝てないのか、二人で頭を下げる。
「副会長」
「何?諸星崎くん」
「なんやかんや言って、黒斗くんも尻に敷かれるタイプですよね?」
「うん、私もそう思うわ」
黒斗への理解も深める木枯寮の面々。
その後、他愛無い話をしてそれぞれの部屋へ戻った。ちなみに黒斗の部屋は彼方の隣、悠治は楓側の一番奥の部屋に決まった。
「ふぅ……」
自室に戻った黒斗は布団の中で今日を振り返り、これからの学園生活のことを思った。
(どうなるもんかねぇ)
黒斗は二年前のある出来事があって以来、魔法が嫌いになった。正確には魔法を使うということに疑問を持つようになった。
「結局、魔法ってのは人を傷付けることしかできねぇのに、な……」
その目には何が映ったのか、もやもやしたものを抱えながら眠りについた。