事実
「お姉ちゃん……?」
椿を見た絢芽が驚愕した様子で震えている。
「え?」
対して、何のことか全く分かってない椿。
呆けた表情で固まっている。
「お姉ちゃん!椿お姉ちゃんだ!」
「今までどこにいたの?私のことちゃんと覚えてる?」
「えっと、それからそれから……」
椿に抱き付いて思い付いたことをとにかく聞いていく。
まさに嬉しさ爆発といった具合だ。
「なんだ、探してた姉貴って椿だったのか」
「む。言われてみれば確か苗字は二人とも門峰だったな」
「水臭いにゃ~、家族だったならすぐに言えばいいのににゃ~」
「ちょ、ちょっと待ってってば!!」
口々にからかう面々にストップを掛ける。
「えっと……あなたがあたしの妹、なの?」
「もう!何言ってるの?お姉ちゃん」
「椿、お前一年半前に会ったのが最後だからって……」
「一年半前なの?あたしがいなくなったのって」
「そうだよ!最後に喧嘩した後いなくなっちゃったから、どれだけ心配したのか…ずっと謝りたかったんだよ?」
「そう……」
悲しそうに呟く椿に黒斗は違和感を感じた。
どことなく、椿の反応が他人事のように見えるのである。
「お姉ちゃん、あの時は――」
「待って」
謝ろうとする絢芽を止める。
「おい、椿」
その後何を言おうとしたのかは、黒斗にもよく分かっていなかった。ただ、広がる嫌な予感を止めようとしただけだ。
だが、椿は黒斗の呼びかけには答えず、何かをぐっ、と堪えるように、覚悟を決めた顔で。
「あたし、ね……」
告げる。
「あたし………半年より前の記憶が無いの」
どうしようもなく、無慈悲な事実を。
「え………」
つい先ほどまで嬉しそうに椿に抱き付いていた絢芽から表情が消え、絶望に青く染まっていく。
「今、なんて……?」
「記憶喪失よ。何にも、覚えてないの…」
「う、そ……だよ、ね?」
縋るように聞いた言葉は、
「……………」
無言の声に否定される。
「そん、な……どう、して」
ペタン、と座り込んで固まり震える。
「っ!」
その様子に耐えられなくなったのか病室を飛び出す椿。
「まっ!」
追いかけようとする黒斗だが、今の絢芽を放っておくことも出来ない。
数瞬悩んで、
「ミケ!竜胆!絢芽のことは頼んだ!」
「にゃ!?」
「あ、あぁ……」
急に声を掛けられて、事態に頭が追い付いてないのか動揺そた返事が返ってくる。
「悠司!後片付けは全部頼んだ!!」
「わ、分かったよ!」
悠司も相当に動揺していたが、教師も含めた他の者たちより冷静なのかまともに返事が来た。
「椿っ!!」
黒斗も病室を飛び出して椿を追いかける。
どっちに行ったのかと見ると、右側の階段に明るい髪の女の子が走って行ったのが見えた。
「待て!止まれ椿!!」
叫びながら追うが、向こうも全力疾走なのか中々追い付けない。
「こうなりゃ……」
瞬間的に魔力を組んで術式発動。強く踏み込んで、弾丸のように跳躍。
みるみる距離が縮まっていき、
「きゃあ!!」
「捕まえた!」
腕を回して逃がさないよう抱き着く。
むにゅ
「ひゃぁああ!?」
「へ?――ぶほぁ!!」
手に柔らかい感触がしたと思った瞬間、悲鳴をあげた椿の肘が顎にクリーンヒット。
そのまま視界が暗転してしまった。
「絢芽くん、気をしっかり持つんだ」
「手を貸すにゃ。ほら行くにゃ」
病室では失意の絢芽を動かそうと竜胆とミケが励ますように声をかける。
「………………うん」
俯くように首を動かすが、それ以上腕すら動かそうとしていない。
「先生方、お弁当の片付けと荷物をまとめるのを手伝ってください」
悠司の言葉にそろそろと動き始める教師陣。
春菜や肇が一言も離さないのを見ると、ショックなのは一緒だったらしい。
(そう考えると、僕はドライなのかな?)
黒斗が聞いたら、ゲンコツが飛んで来そうな考えを払って片付けに参加する。
「竜胆、ミケさん。無理矢理にでも肩を貸してあげて。帰ります」
部屋を大体片せたところで女子二人に指示を出す。
あまり病室で嫌な空気というのも良くないだろう、という判断をして全員で部屋を出る。
「真奈ちゃん、ごめんね。悪い空気にして」
最後に一言謝ってから駅に、病院の出口へ向かう。
「頼んだよ……黒斗くん」
小さく呟いて、皆を先導する。
「さあ、今日は早く帰って寝ちゃいましょう」
明日も椿と会うのだから。
「……はっ!」
黒斗が、目を覚まして飛び起きる。
目の前に椿の顔があって、ドキッとしたが椿の方は何やら不機嫌そうである。
「やっと起きたのね……変態」
「え、えと?」
寝起きで状況がよく分かってないのか首を傾げている。
「捕まえるんなら、もっと割れ物を扱うみたいに優しくしなさいよね」
若干赤い顔を黒斗から逸らしながら、頬を膨らませて文句を言う。
捕まえるの、一言で状況を思い出した。
「わ、悪い……って、そうだよ椿。何も逃げ出さなくてもいいじゃねぇか」
「あんたねぇ、あの状況でどうしろって言うのよ……」
「そんなの一つっきゃねぇだろ?話しゃあよかったんだよ」
苦虫を噛み潰したような表情の椿に対して、気軽に話す黒斗。
「一体何を話せばいいの?昔のあたしがどんな人だったか?」
「違ぇよ。むしろそれが一番いらねぇって」
「え?」
黒斗の意見に首を傾げる。
なにせ、記憶を取り戻したくて夜桜高校に来たのだ。だから自分の過去を知ることは最重要であるはずなのに…
「いや、昔話を聞くなって言ってるんじゃねぇよ?」
「?じゃあどういうことよ?」
「ん~、何て言やぁいいのかなぁ?」
少し困った顔をしながら、黒斗は自分の意見を説明する。
「いくらお前が以前どうだったか聞いてもよ、今椿は椿なんだから変えようがないだろ?そういう意味でいらないって言ったんだ」
「でも、昔話聞くのは椿が記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし、絢芽のことも知れる。だから話せって言ったんだよ」
「まぁ、流石にこの後すぐに話してこいなんて言わねぇけどさ、明日の学校で昼食べる時にでも話そうぜ?」
俺も一緒にいるから、と言う黒斗の誘いに、
「……そうね。そうよ!くよくよなよなよしてるなんて、全っ然あたしらしくないわ!」
笑顔で立ち上がる。
「ありがとね、黒斗」
礼を言って手を差し出す。
「こっちこそ、改めてよろしくな椿」
黒斗も立ち上がってその手を握る。
「あ、でもさっきあたしの……胸、触ったの、許さないからね?」
「す、すんませんしたぁ!!」
恥ずかしそうに責める椿に顔を赤くして頭を下げる。
「そ、その他意は無くてだな……」
「えぇ~、ホントなのぉ?」
あくまで許しませんという態度の椿に謝り続ける。
交渉の結果、帰り途中にあるクレープ屋で奢ることになった。
久しぶりの更新です。これからは少々更新ペースが落ちますが、よろしければどうぞお付き合い下さい。