思惑
当日の決戦までは時間があるので、黒斗は竜胆との試合で負った傷の治療に専念している。
「でもよぉ」
「どうした田中?」
その話を聞いた後、適当に昼食をとっていた山本と田中。
「ぶっちゃけあいつの怪我があってもそこそこいい勝負すんじゃねぇ?」
「そいつは同意だけどよ、やるなら徹底的にやんねぇとだろ?」
「まぁな」
適当に会話する二人。
鈴木の姿は、そこにはない。
「鈴木あいつ、何してんだろうな」
「どうでもいいだろ」
「てか、そもそも何でオレらつるんでんだっけ?」
「それこそ、どうでもいいだろ」
だが、言われた山本は考える。
なぜ自分たちはあの根暗で気味の悪い鈴木と一緒にいるのか、その出会いを思い出そうとして、
「あ、次の授業、移動じゃん。早め行こうぜ?」
田中が立ち上がって言う。昼食はとっくに食べ終えていたので特に文句もなく着いて行く。
鈴木とのことは、全く思い出せなかった。
(面白いことが始まる前って、退屈ねぇ……)
学園長の珠樹恵は暇なのか机に突っ伏して寝ていた。
コン、コン、コン。
「どうぞぉ」
「入るぞ」
そこへ調度よく学園長室に来客が来た。
「あらぁ?世界連合魔術軍部の総督様が何の用かしら?」
「一々そんな長ったらしい肩書きで呼ばなくていい」
「分かったわぁ、たっちゃん」
「だからといって、そこまで砕けるのもどうなんだ……」
ふう、とため息を吐いて被っていた帽子を取る。
そこには恐ろしいほどの美貌を持った坊主頭の女性が立っていた。
「もう、相変わらずその髪型なのねぇ?」
「言いたい気持ちは分からんでもないが、これはわたしの覚悟なのだ」
「それを旦那さんが理解してることまでちゃんと知ってるわよ」
「そして、娘さんもあなたに似てお馬鹿さんと言いたくなるほど真っ直ぐで可愛いことも、ね?」
「真壁龍姫ちゃん」
にこり、と何か黒いものを含ませた笑みに、その真意が伝わる。その程度には二人の付き合いは長かった。
「まさかあいつ、もう問題を起こしたのか?」
「ん~、問題じゃぁないわよ?ただ価値観の違う子と衝突したってだぁけ」
それを聞いて、悩ましげにこめかみを押さえる。
「全くあいつは何をやって……それでその相手は?顛末は?早いところ謝らなければ――」
「その必要は無いわぁ」
困ったという顔の龍姫を止める。
「なぜだ?いくら同じ魔法科とはいえ主席のあいつと戦っては……」
ニコニコ、ニコニコ
気持ち悪いくらいに明るい笑顔に嫌な予感が広がる。
「負けた、のか?」
「ええ、それもキャプチャージュエリーでね」
「油断でもしたのか?」
龍姫は自分が親ばかであるつもりなど毛頭ないが、一応まだまだ半人前とはいえ娘は元チャンピオンだ。そこらの人間に、そうそう負けるとは思えない。
「いいえ、単純な実力差よぉ。あれはいい試合だったわぁ~」
そう言って、手元のモニターから試合の映像を流して龍姫に見せる。
「それと、対戦したのは普通科の子なのよぉ」
「な!?普通科?」
映像を集中して見ていた龍姫はその情報に驚いた。
普通科の生徒に負けたことではなく、何故竜胆より強い、もしくは上手い者が魔法科に入っていないのかと疑問に思う。そして付き合いの長い二人。その意図は伝わっている。
「ん~、何やら訳ありっぽいのよぉ」
「だって、本人は魔法が大っ嫌いで完全否定派だからね」
「なるほど……否定派にも関わらずこれだけの実力者、確かにここに来たことには事情があったと見える」
興味深そうに映像を見て、娘の対戦相手を観察する。
「その子、また今週末に決闘するのよ。それも三対一で」
「三対一?珍しいな。恵がそんな決闘を許可するとは」
「えへへ~」
気の抜けたような笑い方をしているが、そんなに楽観的に構えていいわけがないはずである。
龍姫のように相当な実力者なら何も問題はないが、見た限り一学年内でトップクラスにいるだけで、圧倒的に強いということはなさそうだ。そしてその程度の実力では、三対一という戦力差はそう簡単にはひっくり返らない。
「だってぇ、諸星崎くんが白門くんの勝利を信じたんだよぉ?」
「諸星崎に……白門!?」
出てきた名前に驚愕する。
「まさか……」
「うん、調べたけどそうっぽいわよぉ」
「ほぅ」
それを聞いて、懐かしむように、どこか悲しそうに映像の黒斗を注視する。
「そうか……」
そこに何を思ったのか、龍姫の顔には淡い微笑が浮かんでいた。
「にゃ?春にゃん先生?」
「あ、猫屋さん」
ミケが廊下を歩いていると、中庭のベンチに座る春奈が見えたので声を掛けることにした。
「この間とは逆ね」
「だにゃ~。あ、ミケのことはミケでもいいにゃよ」
「分かったわ。ミケさん」
軽く挨拶した後、春奈の隣に腰を下ろす。
「で、どうしたのかにゃ?」
「う~ん……」
ミケはこの前のお礼のつもりで聞いたのだが、春奈は話してもいいものかと悩む。
教師が生徒に悩みや愚痴を相談するのは、何だか恥ずかしいのだ。
「何で、男の子って馬鹿なんだろうな~ってね」
「にゃ?」
出てきた愚痴は少し唐突で、理解するのに数瞬の時間を要した。
「どこまでも自分を曲げないで、衝突したら周りのことなんて気にしない」
「皆が心配してるのに、本人は楽しそうに渦中で暴れて」
「そんで最後に、ボロボロになって帰ってくるの」
「にゃるほど、確かに馬鹿だにゃ~」
春奈の意見に、全くその通りだと頷く。
黒斗は本当にどうしようもない大馬鹿者だ。
「にゃ?先生の時もお馬鹿さんがいたのかにゃ?」
ミケの疑問に、こくりと頷く。
「私の彼氏と肇くん……水無月先生がね」
二重の驚き情報に目を丸くする。
「春にゃん先生彼氏いたのにゃ!?」
「しかも水無月先生じゃないにゃと!?」
「そんなに意外かしら?」
首を傾げる春奈にブンブンと頷き返す。
「まぁ、私たちは幼馴染ってやつだから、仲は良いのよ」
「にゃ~、実在したんだにゃ。生まれてから職場まで一緒の幼馴染」
天然記念物でも見るような目のミケを落ち着かせて、空を仰ぐ。
「毎年色々あるのは一緒なんだけどね。同じ子が何度もっていうのは珍しいのよ」
「大体みんな一回戦えば分かり合っちゃうから」
「先生の彼氏はどんな風に戦ったのにゃ?」
聞かれた春奈は少し顔を赤くする。
「恥ずかしいから、他の人には言わないでね?」
「……私の取り合いだったのよ」
まさかの理由に唖然とする。
「なら、勝った方と今付き合ってるってことかにゃ?」
「ううん、その後二人が仲良くなって。ちゃんと私と向き合って努力して、私を振り向かせて付き合うことになったのよ」
「にゃ~、男って馬鹿だにゃ~」
「本当よね」
二人して空を見ながら、小さく笑い合う。
「どうなるかにゃ?モノクロくんは」
「案外、どうとでもなっちゃうかもしれないわね」
「にゃ~」
二人して適当に会話しながら黒斗を心配し、その馬鹿さ加減に呆れていた。
「…………」
どこかの暗い一室で。
「あいつは許さない……」
鈴木が部屋に籠もっていた。
「魔法の素晴らしさを拒絶したあいつだけは……」
怨念を込めるように、憎悪を煮詰めるように。
「必ず、殺す……」
かくして、決戦の日は訪れる。
「んじゃ、行くか」
放課後の教室でそう言って立ち上がる黒斗。
怪我は完治し、体調も万全。
「いってらっしゃい」
「ミケたちは先に客席に行ってるにゃ~」
黒斗が立ち上がる前に軽く応援して、悠治たちが観客席へ向かう。
「黒斗くん……」
「絢芽、悪いな。またこんな…」
悲しそうな顔で近付いてきた絢芽に申し訳なく思う。
今度は竜胆の時とはまるで違う。
そもそも人数に差があるし、相手は黒斗をボコボコにするのに全く躊躇いがないはずだ。
だからきっと、前回よりも怪我するし心配も掛ける。
けど、絢芽は首を横に振る。
「いいよ、もう仕方ないもん。ただね……」
「この前は、ううん。ずっと私を助けてくれてありがとう」
「前から、これだけは言っておきたくて」
出てきたのは非難ではなく、感謝の言葉。
「暴走の時も、魔力酔いの時も、攻撃された時も……いつも黒斗くん、私を助けてくれた」
「今回は応援しか出来ないけど」
「いつかもっと直接力になれるようにするから……」
恩を返せてないと感じて手を堅く握り締める絢芽の頭を、黒斗は少し乱暴気味に撫でる。
「んな責任感じることなんざねぇよ」
「でも――」
「手料理」
「え?」
突然の言葉に理解が追いつかない。
「これ終わったらよ、お前の手料理食わせてくれよ。竜胆に聞いて気になってたんだ」
「それに、応援しか、だって?」
「応援してくれるってことは味方でいてくれるってこった」
「充分直接、力になってくれてるよ」
「だから、頼むな?」
その言葉に嬉しさが染み渡っていく。
「うん!とびっきり美味しいの作るよ!そしたら皆で遠足でも、また真奈ちゃんのお見舞いでも行って食べよう」
「そうだな、静かよりは真奈も賑やかの方がいいだろ」
「決まりだな」
「うん!」
最初とは打って変わった明るい顔に黒斗も元気になる。
「んじゃ、行ってくる」
「頑張ってね!」
その足取りに迷いはなく、その背中を見ているとどこか安心できた。
心配はなくならないが、期待を胸に、絢芽も観客席に向かった。
前回のように競い合うためではない。戦って己の強さを証明するための。
決闘が、始まる。
さぁ!次回はいよいよバトルです!
明日中に上げるのでお楽しみに!