いざこざ
翌日の学校。
「はよ~」
「おはよう」
悠治と一緒に教室に入ると。
わっ!
「白門、おはよう!一昨日はすごかったな!」
「思いっ切り怪我してたけど大丈夫だったの!?」
「っていうか何だよあの超ヤベェセキュリティキューブ!今度教えろよ」
「本当すっごかったよ!」
たくさんの褒め言葉と同時に囲まれた。
「……まっ、応援サンキュー」
何を言っていいのか分からず、ついぶっきらぼうにそう言ってしまう。
照れ隠しに見えたのか、少し笑われた。
「ほらほら、あんまり取り囲んでも疲れちゃうでしょ?魔法実技とか、休み時間にでも何人かで聞けばいいじゃないか」
「ここでは解散解散」
手を叩いて質問攻めをやめさせる悠治。クラスメイトたちも迷惑になるまでやるつもりはないのか、適当にバラバラになっていく。
「助かった。サンキューな」
「これくらい何でもないよ」
礼を言う黒斗に首を振る。
「おはよう」
「おはにゃ~」
周りが引いたタイミングで絢芽とミケがあいさつしに来る。
「大人気だにゃ~、モノクロくん」
「言うなよ……慣れてねぇんだ、ああいうの」
「でも、黒斗くんってリーダータイプじゃないの?」
悠治の質問に、首を横に振って否定する。
「いや、どっちかっていうと斬り込み隊長で誰かに勇み足のフォローしてもらうことの方が多いぞ」
あぁ言われてみれば、と三人が納得する。
「は~い、それじゃあ今日も頑張っていくわよ」
一切の疑問を持たないことに一言言いたかった黒斗だが、そこで春菜が来たので何も言わなかった。決して、納得されたことに納得してしまったわけでは断じてない。
「この前はあんなことがあったけど、今日も合同授業があるからね」
HRの最後にそう言って終了する。
「だ、大丈夫かな?」
「問題ねぇよ」
不安そうな絢芽に、ピシャリと断言する。
「そうなのにゃ?ミケたちまだまだ全然だと思うのにゃけど」
「………俺が、助けてやっから」
少し恥ずかしそうに目を逸らして言う黒斗。
「にゃ~、悠治っち」
「なんだい?」
「あの二人、何があったのにゃ?」
「昨日、本物の友達になったんだよ」
「にゃ?」
よく分からないミケは首を傾げる。
ただまぁ、良いことなのでそれでいいか、と思うことにした。
大講堂に入ると、もう何とも分かりやすく視線を感じる。
言うまでもなく、魔法科の面々だった。
「言いたいことがあるならはっきりどうぞ」
大きくため息を吐いて適当に聞く。
すると、この前から絡んできた生徒が立ち上がる。
「よう、よく顔を出せたなイカサマ野郎」
「あぁ、そういうことになってんのか……」
何が言いたいのか分かった。つまり黒斗はズルをして竜胆に勝ったと思われてるのだ。
チラ、と竜胆の方を見ると力無く首を振っていた。その隣には怒っていますというのがありありと分かる様子の椿が座っている。
どうやら朝から相当色々言われたらしい。
「で?どうやって脅したんだよ?」
「あのよぅ、それがどんだけ無理のある話か分かってて言ってんだよな?」
「はぁ?んなわけあるかよ。前の授業の時も騙して活躍できるように仕向けたんだろ?それだけのことができるのに、今回が無理なはずねぇだろ」
もういい加減、ため息以外の返答も質問もしたくなくなってきた。
向こうの言い分はこうだ。
魔法が嫌いな黒斗は魔法科の生徒に恥をかかせようとして入学。そして、前々からその素質を見抜いて声を掛けた女子をこっそり誘導して問題を起こさせた。周りの連中には口八丁で騙して協力をしてもらい、あたかも黒斗が解決したように見せかけた。だが、それでも大した評価にはならなかったために主席である竜胆の弱みを握って脅す。そして自作自演の魔力演出による決闘を行った。
「なぁ、悠治。俺そろそろ頭痛くなってきたんだけど……」
「大丈夫。君の友達も、というか魔法科以外だね。皆同じ症状だと思うから」
周りを見回すと、真剣にそれが正しいと思ってるのは魔法科のみで他のクラスの人たちは揃って呆れ顔である。
「さぁどうだ?真実を言い当てられて何も言い返せねぇか?」
得意げに語る生徒だが、もう滑稽にしか映らない。
「じゃあ聞くけどよ、水無月先生がそんな不正を見抜けない低レベルだって言うのか?お前らの担任だろ?」
「それだけ、真壁の技術力がすげぇからだろ?」
真壁はどうも魔法科の中で尊敬されているらしい。元でもキャプチャージュエリーのチャンピオンだ。憧れるのも理解はできるが、これはもう盲信とかそういう類である。
「なら次。俺の実力はお前らの中ではどうなってる?」
「はっ、そんなの無いに等しいに決まってんだろ」
「だったら、最初の授業でお前たちより上手く魔力コントロール出来てたのはどう説明すんだ?」
「俺らの担任を脅してたってんなら納得だ」
(もう何言ってんだ、こいつ……)
ため息とか頭痛とか諸々我慢して最後に質問する。
「実力の無いはずの俺はどうやって実力の申し分ない竜胆と水無月先生を脅したんだ?」
「あぁ?それはてめぇが一番よくわかってんだろうが」
これで黒斗は確信した。
魔法科の者たちは何も考えていない。その方が好き勝手に黒斗を責められるから言ってるだけだ。
自分たちが正しい。それ以外は認めない。
そんな考えで感情に身を任せて口を開いてるだけ。これでは言い争うだけ無駄だ。
(竜胆との言い争いは有意義だったってのに……)
友達にも、竜胆本人にも悪いが、あの諍いは今のところ黒斗が入学して一番価値のあることだったと思ってる。いや、本物の友達ができたということがあったから二番か。
一つ一つ具体的な証拠や考えを要求しながら論破することは出来るだろうし、難しくもない。だが、非常に疲れる。正直、やりたくない。こんなことのために無駄に体力を使いたいとは欠片も思えない。
(はぁ、どうすっかな……)
悩んでる間も相手の罵倒と疑いの言葉は続く。
「大体、ムカつくんだよ。大したことないクズがヒーロー気取りで偉そうに――
バンッ!!!
「いい加減にしなさい!!!」
机を強く叩いて、椿が立ち上がる。魔力が組まれていたのか、机に少しひびが入った。
「悠司、二人を」
「分かってる。二人とも、僕の後ろに」
危険を感じとった黒斗が、絢芽とミケを守るよう指示を出す。
言われた二人は素直に隠れた。
「あんたたち、自分がどんだけ信じらんないこと言ってるか分かってるの!?」
「黒……白門がリンや先生を脅す?出来る出来ないの前にやるわけないでしょ!!」
「人のピンチに駆け付けられる人に悪人だなんてよく言えるわね!?」
「本気で言ってるんなら、あんたたち本当に――」
「椿、もういい」
怒りで止まらない椿を、竜胆が強めの口調で止める。
(え、椿?)
聞こえた名前に、絢芽が身を乗り出して呼ばれた人物を見ようとするが、悠司に危険だからと止められる。
「でもリン!こいつら……!」
「言わせておけばいい。どの道、黒斗と戦うことになれば嫌でも実力を思い知る。ここで言うことはない」
「おいこら竜胆、勝手に俺が戦う流れを作んな」
同じく椿を止めようとした黒斗だが、変なベクトルに持って行きそうな竜胆を止めた。
「だがな……」
「お前が今言ったろ?言わせときゃいいんだよ。こういうのは、なるようにしかなんねぇもんだって」
竜胆も納得はいかないのだろう。文句のある連中に機会を設けたいと考えてるのが伝わってきた。
しかし黒斗としては実力の証明など必要性を感じない。たとえ周囲が認めようとそうでなかろうと、目的は変わらないし、仲間を傷付けさせもしない。
「てめぇら、何勝手に喋ってんだよ!?」
「チョーシ乗ってんなよ」
「全くだ」
余裕そうに見えたのか、再び噛み付いてくる生徒とその取り巻きらしき連中。
「あんたたちこそいい加減にしなさいよ!」
「んだと?」
「やろうってのか?」
「生意気な」
互いにヒートアップして空気がどんどん悪くなる中、
「おい、ちょっとタンマ!俺のことで俺を置いてけぼりにすんな」
黒斗が一度ストップをかける。
「まずはそっちから名前教えてくんねぇか?呼べないのは面倒だ」
そう言って取り巻きを含めた三人を指差した。
「てめぇから名乗れよ。それが礼儀だろ?」
「言わなくても分かるだろうに……」
「白門黒斗だ。お前ら三人とは仲良くする気はねぇが、呼ぶ気があんなら黒斗でいい。よろしくな」
自己紹介にチッ、と舌打ちが返ってくる。黒斗には初めての経験である。
「山本健夫、覚えとけ」
「田中茂男だ」
「鈴木明人」
適当な紹介で簡潔に終える。
「あと、お前も」
「え?あたし?」
椿は少し驚いて聞き返す。
「ま、一応まだ握手もしてないからな」
言われてみればという顔で納得した。
「あたしは、椿よ。か――」
「これは何事ですか?」
椿の自己紹介の途中で肇が教室に入ってくる。教室内の悪い雰囲気にすぐに気付いたのだろう、黒斗を含めた立ち上がった生徒に質問する。
「まぁ、ちょっと言い争いをしていただけっすよ」
「もう!そんな適当に済ませていいことじゃなかったでしょ!?」
大したことないと言う黒斗に怒る椿。
「諸星崎くん、説明してください」
竜胆でなく、悠治に事情を聞いた。おそらく、魔法科の生徒に聞くよりは客観的な説明をしてくれると思ったからだろう。
聞かれた悠治は努めてどちらにも味方しない意見で話した。
「あなたたち……本気でそんなことを考えていたのですか?」
さすがの肇でもこれは想定外にもほどがあるのか、頭を抱える。
「あの試合は公式のもの。ここは天下の夜桜高校です。そう易々と不正なんて働けません」
「でも先生、真壁くらいなら出来るんじゃ……」
山本の抗議に、ため息で返す。
「山本くん、あなたは私たちを、この学校の人間を甘く見すぎです」
「私たちはあなたたちとは比べ物にならないほどの経験があるのですよ?それはもちろん魔術戦闘も含めてです」
「第一、脅すなどと簡単に言いますけどね?私は自分の生徒に屈するほど情けないつもりはありませんし、そんな弱みを持ってもいません」
「そしてこれは大前提ですが、あなた方と戦闘になったとして、たとえ出し抜かれようとも敗北はありえません」
「よって、不正も脅迫もありません」
「分かっていただけましたね?」
睨むように言う肇に、さすがの生徒たちも自分たちの発言の荒唐無稽さを自覚したのか頷くように黙りこくった。
「おい、ここまでやって満足かよ?」
だが、無理矢理にも納得しない生徒がいた。
山本たちである。
「よくもまぁ、人にやらせてばっかで高みの見物。関係ないって顔しながら笑ってられんなぁ?」
「クソ白門、てめぇだよ」
「卑怯者」
これすらも黒斗の陰謀だと散々に責める。
「お前らまだ言うか……」
もはやここまできたら呆れを通り越して感心するレベルだ。ある意味この三人の精神力は強いのかもしれない。
「あぁ?なに呆れてんだよ」
「チョーシ乗んなし」
「上から目線ムカつく」
「はぁ、困りましたね」
まさかこれでも引かないとは思わなかったのか、肇がため息を吐いて額を押さえる。
「黒斗くん……」
悠司が小さく呼び掛けてくる。
それだけで伝わった。黒斗的にはあまり進んで選びたくない選択肢を。
「あぁもう。はいはい分かった分かった」
少し大きめの声でこちらに注意を向けさせる。
「お前ら、俺が気にくわねぇんだろ?」
「面倒だけど相手してやっから、まとめて掛かって来な」
上から目線で噛み付いてくるように言ったつもりだったのだが、言われた三人は笑みを浮かべていた。
「はっ、そこまで言うなら相手してやらんこともねぇぞ?」
「三対一でなぁ!」
「決闘」
そこまで言われて初めて周囲の者は気付いた。この三人は最初からこれが狙いだったのだ。一部の者は逆に感心した。よくもまぁ、そのためだけにここまで煽ったなぁ、と。
「待ちなさいよ!あたしも参加する。三対二よ」
そこに椿が入る。
「あぁ!?ざけんな」
「呼んでねぇよ」
「邪魔」
だが、三人は椿の介入を認めようとしなかった。
「あんたたち、根性無しもいい加減にしなさいよ」
「いいよ、三対一で受けてやる」
「なっ、黒斗正気!?」
抗議する椿を止めてさらには決闘の申し込みを受けてしまった。
「しゃあないだろ、いいってなんとかすっからさ」
「でも……」
「ありがとな、椿」
優しく言われて大人しくなる。
「白門くん、そうそう決闘を何度もしないでください。危険ですし、何より軽々しく闘っていいような野蛮な学校ではないのですよ?」
「まぁ、いいじゃないっすか。それでこの馬鹿みてぇな問題が片付けられるってんなら」
注意する肇だが、黒斗の意見も一理ある。
「………分かりました。ではこの決闘を認めてもらえるか、学長に判断していただきます」
「昼休み、五人で来てください」
「では、講義に移ります」
強制的にこの話題を終わらせて授業に入る。
少し重たく嫌な感じのする空気の中、座学授業が終わった。
「では移動してください。次は実技です」
合同授業を早く終わらせた方がいいと考えたのか、急かすように告げる。生徒たちも同感なのか、みな足早に移動していった。
「お前ら、先行ってろ」
「うん、ほら行くよ二人とも」
悠治にお願いして二人を連れて行ってもらう。絢芽は何か言いたそうだったが、黙って従った。
「よ、さっきはサンキューな二人とも」
魔法科からの嫌な視線に臆せず、椿と竜胆へ礼を言いに行く。
「ああもう!黒斗、あんた何バカ言ってんのよ!?」
「全くだ、なぜあそこで椿の申し出を蹴った?」
なのに、返ってきたのはお説教の言葉だった。当たり前である。
「いや、それだと結局この問題の根本が解決しないっつうか……」
「だからって普通三対一でやる!?」
「どう見ても、黒斗を徹底的に攻撃したいだけなのがありありと分かるぞ」
「だろうな。けどあいつらも痛い目みれば大人しくなるだろ」
「そりゃそうかもしんないけど…」
「わたしはそれでも椿と協力すべきだと思うぞ」
難しい顔でどうすればいいか悩む。
「詳しいことは昼休みだな」
「そうね。言っとくけど、逃がさないわよ?絶対三対二にしてみせるんだから」
「うむ、頼むぞ椿。では行こうか」
とりあえずここでは答えが出ないので、訓練場に移動することにした。
バトルが全然出てこない…まぁ学園ものなので出てきまくっても風紀的というか治安的に問題ありますが。
本格バトルは少し先ですが、すぐに出てきますんでしばしお待ちを。