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入学

 春。

 それは、何かが始まる季節。

「ふぅ、今日でここともおさらばか」

 そして、何かが終わる季節。

「んじゃ、樽川さん。行ってくるな」

 心と身体にやる気を満たし、真新しい制服に袖を通していざ新しい居場所へ向かう。

「う~い。あ~だる……」

「………………………」

 笑顔で振り返ると、布団に包まって寝転がったまま首だけ傾けてこちらを見る、残念極まりない家主の姿があった。

「おいこらだり公!!俺もう寮に引っ越すんだからな!分かってんのか!?お前これから一人暮らしなんだぞ!?ホント分かってんのか!大丈夫か!?」

 いくら相手が大人と言えど、いや大人だからこそ心配で仕方が無い。

「朝から騒ぐな、だりぃな。だいじょーぶ、彼女いるし餓死はしねぇ」

「そこで丸々彼女頼みな自分に疑問を持て!!」

 一度言葉を区切って、ドアノブを回す。

「んじゃ、時々様子は見に来るけど。部屋、ごみ屋敷にすんなよ」

「……約束はしかねる」

「ホント頼むぜぇ……いってくる」

「おぅおぅ、さっさと行けぃ」

 朝から頭の痛くなる会話しか出来ない保護者にため息を吐きながら、家を出る。

「ったく、入学式に来いとは言わないけど、せめて門出の日くらいはまともに見送ってくれてもいいだろってのは贅沢なんかなぁ?」

 言うほど期待はしていなかったが、残念に思うのはそれこそ仕方の無いことだろう。

「まっ、だり公は何とかなるからいいとして、俺はさっさと学校に向かいますか」

 気を取り直して学校へ向かう。

 その足取りは、少し軽かった。



 夜桜高校。世界でも有数の世界立学校。日本では二校のうちの一つ。寮完備、商業村が隣接。バスを使えば大型の娯楽施設へも楽に行ける。教える講師も超一級のエリートばかり。だが、当然の如く入学は厳しい。一学年は130人。その倍率は毎年約百倍の超難関である。勉強に励んだ結果とはいえ、末席の特待生で入学できたのは自分の人生における最大の奇跡だろう。

 昇降口に張り出されたクラス分けの紙を見て自分の名前――白門(しらかど)黒斗(くろと)の文字を探す。とは言え、クラスは全部で四つ。うち二つは学科が違うので排除していい。となると一つのクラスを見ればもう自分のクラスか否かが分かる。

「ふぅん、Bクラスか」

 確認してクラスに行こうとする。時間も割りとギリギリらしく、周りに生徒は一人しか見当たらない。

「ふぇ~、Bクラスはどっちですかぁ」

 迷子になった女子生徒一人しかいなかった。

「なぁ、あんた……」

「ふぁっ!?はひゃい!!」

 声を掛けたら飛び上がるほど驚かれる。

「いや、そんな驚かんでも大丈夫だから」

「あ、すすすすみません!!」

 努めて優しく声を掛けたつもりなのに、ぶんぶんと飛びそうな勢いで首を振って謝られる。

(そんなに怖いかなぁ?)

 心外でへこむ。

「ちょっと聞こえたけど、あんたもBクラスなのか?」

「そそそ、そうです!すいません!」

「いや、謝んなくても……」

「はい!すみません!」

 謝り続けるクラスメイトに、何を言っても無駄なのだと悟る。

 ため息を吐きたくなる気持ちをぐっと堪えて本題に移る。

「あんたが良ければ、一緒に行くか?」

「…………………え?」

 女子生徒は一瞬聞き間違いでもしたのかと、目をパチクリする。

「えぇ!良いんですか!?」

 間を置いて驚きの声をあげる。

「気にすんな」

 オーバーリアクションには付き合わず、けれどゆっくりしたペースで教室に向かう。

「あ、ありがとうございます!あの、名前教えてもらってもいいですか?」

 慌てて追い付いてお礼と質問を告げる。

 そこでちょっと悪戯心が湧く。

「う〜ん、その敬語を止めてくれたら教えてやる」

「え、あっはい……じゃなかった。わ、分かったよ」

「あはは、まぁ徐々に慣らしてくれりゃいいさ」

 たどたどしいタメ口に苦笑いしながら手を差し出す。

「白門黒斗だ。これからよろしくな」

「は……うん。私は門峰(かどみね)絢芽(あやめ)。こちらこそよろしくね」

 その手をゆっくり握り返した。

「んじゃ、さっさと行くか。時間もあんまないしな」

「えっ、本当!?」

 驚く絢芽に頷いて歩調を早める。廊下を進んで三階に上がる。

「そら、着いたぞ」

 右手に曲がってすぐの教室に入る。

 ガラガラ

「あ、やっと皆揃ったわね」

「ん?」

 扉を開けた瞬間、多くの視線がこちらに向けられる。

 どうやらギリギリもギリギリ、アウト直前だったようだ。

「ひぅ……」

 特にプレッシャーがあるわけではないが、注目されることにも慣れてないのだろう。絢芽が怯えて背中に隠れる。

「二人とも。入学早々仲良くするのは大変素晴らしいことだけど、時間は気にしなさい」

「すいません」

「ごごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 大した言及もされてないのに目を回す勢いで頭を何度も下げる絢芽を宥めながらお互いの席に座る。

「はい、それじゃあ今来てくれた二人には悪いけど早速移動よ。ステージに行くよ〜」

 座ったのもそこそこに席を立って移動を開始。クラスごとに大体固まっていれば席は自由らしいので先ほど友達になった(と少なくとも黒斗は思ってる)絢芽に声を掛ける。

「ほら門峰。別に壇上に上がるわけじゃねぇんだからそんなガチガチに緊張すんなよ」

「う、うううん。だだ、大丈夫大丈夫」

「いや、ちっとも大丈夫に見えないから」

 手と足が同時に出てる絢芽に苦笑しながら手を繋ぐ。

 黒斗としては和ませるつもりで握ったのだが、絢芽は肩をビクッと震わせて黒斗の方を向く。

「ししししし白門くん!?この、こりゃこれは、その、いい一体……?」

「いや、あんまりにもガチガチだから解してやろうかと思って」

 そーら、なんて言いながら周りに当たらないように腕ごと上下に動かす。

「わわっ!え、なになになに!?」

「こうやって動かしてっとそのうち解れてくるから」

 あとは自分で肩でも回しな、と手を離す。

「あ、えっとその……白門くん、ありがとう」

「黒斗でいいよ」

 はにかんで礼をする絢芽にそう言うと、顔をボッと赤らめて俯いてしまった。

「う、うん、分かったよ。く、くくく黒、く黒、くろ……」

 何とか呼ぼうとするものの、恥ずかしさで中々言い切れない。

 そのまま、舞台へ到着。

 時間切れとなってしまった。

「あぅ……」

「まぁ、あんま気にすんな。無理に呼ばなくてもいいしな」

 適当にカラカラと笑って席に座る二人。

「やっ、初めまして」

 黒斗の左隣に座った男子生徒が声を掛けてくる。

「おぅ、初めまして。俺は白門黒斗、よろしくな」

「僕は諸星崎(もろぼしざき)悠治(ゆうじ)。こちらこそよろしくね」

 目立たないように、しかしきっちり礼をする。礼儀正しい姿が様になっているのを見て、良いとこの出なのかもという印象を受けた。

 顔を上げた悠治は柔らか爽やかな笑顔をこちらに向ける。

「……イケメンだな。お前」

「あはは、そんなことはないよ」

 いやいや、と首を横に振る仕草だけで良い印象がさらに良くなる。何をやらせても結果が人に受け入れられるようなカリスマ性を備えているとでも言うのだろうか。悠治からマイナスイメージを欠片も感じなかった。

「それにイケメンというなら、まだクラスで自己紹介もしていないのに女の子と仲良くなってる白門君の方なんじゃないですか?」

「黒斗でいい。敬語もいらん」

「ごめんね、ついクセで」

 てへ、と悪戯気味に笑う。なんとなくからかわれてる感はあるが怒る気にはならない。

「あと、門峰は迷子になってたから一緒に連れてきて、その途中で友達になっただけだ」

「へぇ」

 悠治がニヨニヨと笑う。さっきと違い、間違いなくからかわれているのだが、やはり怒りは湧かない。

「あ、あの!」

 と、突然絢芽が会話に加わる。

「わ、わた、私のことも、その名前で……ごにょごにょ」

「分かったよ、絢芽」

「ひゃう!!」

 爆発。そんな表現がピッタリ合う勢いで顔を赤くする。朝から何度も目にしているせいか、黒斗はそろそろ慣れてきた。

『これより、夜桜高校入学式を始めます』

 会話の途切れたタイミングで入学式が始まる。

「?あそこ」

「どうかしたのかい?」

 何かに気付いた黒斗の視線の先を見やる。そこに、空席の椅子が二つほどあった。

「誰の椅子だ?」

「さぁ?」

 椅子は五つ用意されていて、真ん中に近い二つが空席。残り三つに小柄な男女の生徒と悠治に負けず劣らずイケメンの、どうやら同学年と思わしき男子生徒が座っていた。

「あの人、僕らと同い年かな?」

「じゃねぇの?」

「じゃぁ、あの人が学年主席なのかな?」

「かもな」

 すげぇなぁ、とよく知らないけど舞台に座った生徒を賞賛していると、

『続いて、新入生主席より挨拶です』

『はい』

 凛、とした声で背の高い女生徒が壇上に上がる。

「あれ?」

 揃って首を傾げる。

「じゃぁ、あれ何の生徒だ?」

「なんだろうね?」

 疑問に思いながらも、とりあえず主席の話を聞く。

『新入生の学年主席となりました、真壁(まかべ)竜胆(りんどう)と言います』

「ん?」

 主席の名前を聞いた瞬間、悠治が眉をひそめる。

「どうしたよ?」

「いや、真壁竜胆って確か……」

『私の名前を聞いたことのある人も何人かはいると思う。私は二年前に行われたアンダー15のキャプチャージュエリー国内大会で優勝した者だ』

 その説明を聞いて、悠治を含む何人かが納得して頷いていた。

「あぁ、そうだそうだ。だから覚えてたんだった」

「あっそ……」

 それを聞いた黒斗が面白くなさそうに息を吐く。

 キャプチャージュエリー。

 十年ほど前から世界中に浸透し、爆発的に広まるようになった、魔法競技・・・・である。

『私たちは魔法と長く付き合っているが、その発展は今だ躍進や開花を見せず――』

 魔法。ファンタジー小説やゲームでお馴染みの不思議な力のことである。

 物語の存在でしかなかった魔法が日の目を浴びたのはちょうど一世紀ほど前、ある研究グループが偶然、科学ではありえない法則で現象が発生するのを確認。そして、空気中に存在する未知の素粒子を発見した。当時は猛反発をくらったが、安全に配慮しながら人体実験を行使。その現象や素粒子の一定の法則を見つけ出す。そこから文化的発展と科学とは違う新たな道具として開発が進められる。結果、魂の存在が証明され、気やオーラと言われていたものが魔力の正体だとも解明された。

『故に、私たちがその発展に貢献出来るよう切磋琢磨し己を高め――』

 しかし魔法を普及させることは難しく、まだまだ文化や生活の基盤は科学が中心である。と言うのも、魔力は個人によってその保有量が違う。操るだけならどれだけ魔力量が少なくても出来るが、科学と同等の利便性を求めて扱うのには限界があり、その限界はまだまだ浅くて低いのだ。

 それゆえ魔法を便利に普及させるというのは世界共通の課題であり、世界に点在する魔法学校はそれを克服するための研究に尽力を注いでいる。夜桜高校もその一つだ。

『その中で、私が最も敬意を表したい言葉がある。「キャプチャージュエリーは魔法を極める上でこれ以上ないほど重要である。しかし仮に極めても、魔という深淵には触れることすら出来ない」という言葉だ』

「お?」

 竜胆の言った言葉に黒斗が反応する。この言葉は黒斗も少し気に入っているものだからだ。

『この言葉は世界で始めて行われたキャプチャージュエリーの世界大会で優勝したアルフ選手のものだ』

 先の言葉に出てきた魔の深淵とは、魔というものの真実に辿り着いた者が見れると言われている境地のことだ。ただ、何を持って、何を使って辿り着けばいいのかは誰にも分かっておらず、ただの人が一生を掛けても辿り着けないだろうとも言われている。

 このアルフ選手は、魔法を極めても結局のところ人にたどり着くことは不可能な領域であり、その境地は人が至るべきではないという魔法に否定的で戒めのような言葉で――

『ただ個人で研鑽を重ねるだけでは魔の深淵には至れない。すなわち、多くの人の協力によってたどり着ける尊きものだという言葉だ』

「はぁ!?」

 自分とまるで方向性の違う解釈に思わず声を上げてしまう。

 多少注目されたがすぐに皆、竜胆の話を聞きに戻る。

「どうしたの?」

「いや、あまりにも解釈が違っててな」

「どんなの?くく、黒斗、くん」

「お、やっと言えたなぁ」

「も、もう!からかわないでよ」

 悪い悪い、と謝ってから二人に自分の考えを話す。

 それを聞くと絢芽は首を傾げて、悠治は笑いを堪えていた。

「おい、意味が分からなくて疑問に思うならまだしも笑うってなんだ。笑うって」

「ぷくくく、ごめんごめん。いや、あんまりにも予想の斜め上というか考えたこともない考えだったからね。目からウロコだったよ」

「出てきたのはウロコじゃなくて笑い声だがな」

「ぶふっ!上手いね」

 上手くない、と言ってそっぽを向く。

「えっと、私頭良くないからかな?黒斗、くんの言ってることがよく分からないの」

「いやいや門峰さん、それは全く持って普通のことだよ」

 一般的に魔法とは、どうより良く付き合っていくかという代物であり、悪しきものとして否定するものではないのだ。

 その考えを持っている黒斗は異端とすら言ってもいい。

「そもそも何でそんなことを考えるようになったんだい?」

「……まぁ、昔ちょっとな」

 そう答える黒斗は今までの雰囲気からは考えられないくらいに暗く遠い目をしていた。

(あー、地雷踏んだかなぁ……)

 悠治が内心冷や汗を掻いていると、

『最後に学園長からの挨拶です』

「あ、ほら二人とも。最後だからちゃんと聞こう。ね?」

「うん、そうだね」

(門峰さん、グッジョブ!)

 心の中で全力ガッツポーズ。黒斗も続けたい話題ではないのか、素直に話に聞き入る。

『皆さん、まずは入学おめでとうございます』

 そんな当たり前な挨拶で始まった学園長は、

「わぁ、若いね」

「本当だね、いくつ何だろう?」

「諸星崎くん、女の人に年齢の話は…」

「そうは言うけど門峰さん、気になるでしょ?」

「まぁ……少し」

「いや、若すぎだろ!?」

 学園長はどう見ても、自分達と同じ年齢にしか見えない。

『今、私のことを若くて可愛いって思いましたね?』

(いや、可愛いとまでは言ってない)

 そう思った人が多いだろう、と思った黒斗はおそらく間違ってない。

『まぁ、私の話は置いときまして』

(じゃぁなんで話した!?)

 出かけた言葉を飲み込む。

(これは、関わり合いになりたくないなぁ)

 ツッコミどころの多い学園長にそんな第一印象を受けたのは悠治だけではないだろう。悠治が見た限り、少なくとも右隣のクラスメイトは同じことを思ったみたいだ。

『話を戻しますが』

「そもそも逸らすなよ……」

 耐え切れずにツッコミが漏れ出るが、姿勢を正して話を聞く。

『皆さんは魔法、いえ「魔」についてどうお考えですか?』

『良き隣人?将来有望な資源?己のものさし?』

『そんなことは決してありません』

「え?」

 その言葉に新入生全員がポカーン、としていた。

 無理も無い。先ほども出てきたが、魔法はいずれ科学に並ぶ生活や文化の基盤となる存在。科学と同等な利便性を図れる道具。そう考えるのが普通なのであって、悪いものではない。

 魔法に否定的な黒斗も、まさか魔法を研究、発展させるための人を育てる学園の長が自分と同じようなことを言うとは思っていなかった。

『魔はただの存在です。魔法とは存在が動く法則。魔術とは法則を利用する術。魔力とはただのエネルギーです。これを認識し、理解することが深淵に近付くきっかけとなるでしょう』

『決して忘れないで下さい。科学にも兵器としての一面があるように魔にも同じ一面があることを。でなければ』

 そこで一度間をおいて、よく通る声で告げる。

『死にますので』

 その一言は、十分な圧と重さを持って放たれた。

『では、これを最後として入学式を終わりにします』

 数瞬前とは打って変わった明るい声で、終わりを告げる。

『それでは皆さん、良い青春を』

 こうして、入学式は新入生の胸に妙なしこりを残して終わった。

初めましての方は初めまして。他の作品を読んでいただいた方は、こんにちは&ごめんなさい。今回はMF大賞に応募ということでこちらの作品を書いていきますので他の作品は休載させていただきます。力量不足で本当にごめんなさい!

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