森の仲間 きつね坊と白うさぎ
少し早い春の時節、冬が置き去りにされた森の奥、少し開けた原っぱに金色と真白の毛艶のいい毛玉が二つ。横倒しされた長い丸太に距離を開けながら腰掛けている。
金色の毛玉は風変わりな狐で、首には赤いマフラーを巻き、鼻には銀緑の縁のオーバルをかけて短い耳をピンと立てている。一方、白い毛玉は長い耳を持つ、幼い白兎である。身体の色と対照的に瞳は赤く、白い身体には赤い生傷をこさえている。
この2匹、かれこれ2時間も微動だにせず丸太に距離を保って座ったままである。
「ねー、…ねえってば」
きつね坊が声をかけても白うさぎはちらりともきつね坊を見ようとしない。
「ねえチミっこ、その傷どーしたのさ」
「誰かにやられたの?」
「チミっこ名前なんて言うの?」
「おいらきつね坊って言うんだけど、おいらの声聞こえてる?」
始めの1時間弱はそんなやり取りがあった。飽くまで坊からの一方的なやり取りではあったが。
2時間を過ぎた辺りから、坊は徐々に白うさぎに近づいていった。ゆっくりゆっくり、数十分に一歩ずつ、丸太の上から白うさぎに近づいた。そして3時間が経とうとしたとき、坊は白うさぎの頭に手を置いた。
ぽんぽん。
手を置かれて軽く頭を撫でられた白うさぎは、ビクッと身体を縮こませて垂れていた長い耳を半分くらい立ち上がらせ、身体を震わせた。
そんな白うさぎの頭の上に、坊は自分のマフラーをかけてやった。すると白うさぎの震えが微弱になった。そしてぽつり、か細い声が鳴いた。
「あかは……きらい」
「えー、あったかいのそれしかないから我慢してよー」
驚く様子もなく、坊は当たり前のように答える。
「ぼくのめも、…きらい。あかいから…だいきらい」
「綺麗じゃん、おいらのマフラーとお揃いの色」
「ぼくのめだけ、まっか」
「それってなんかいけないことー?」
「みんなのめ、くろい…みんなおれのこときらいになる」
「えー、そいつらバカだねー、赤ってお日様の色なのに」
「おひさまは、だいだいいろ」
「ぶぶー、ふせいかーい。お日様はねー、近づいてみると真っ赤に燃えてるんだよ、炎と一緒。物知りふくろう兄さんが言ってたもん。そんなに仲間がいやならおいら達のところに来なよ、みんな変わり者ばかりだから」
そう言って坊はにへらと笑った。なんとも気の抜ける笑い方で、白うさぎは目をぱちくりさせた。
「おれ…きもちわるくない?
おれ、みんなとちがうのに」
「あは、じゃあチミっこはおいらのこと気持ち悪い?」
逆に質問を投げかけた坊は、ポンッと軽い音を立てて白い煙に身を隠した。すると煙が晴れて現れたのは人間の中年男性だった。長身のひょろっとした背格好のその男はブラウンベージュのトレンチコートに身を包み、ダークブラックのパンツを履いている。金色をした癖毛の猫っ毛を後ろで縛り、幸薄そうな顔には幾ばくかの無精髭を生やしている。
目を白黒させる白うさぎに、その男は尋ねた。
「ねえチミっこ、おいらのこと、怖い?」
少しの間を置いて白うさぎは首を左右に振った。
「…こわく、ない。すごい」
「ならおいら達の森で一緒に住もうよー、楽しいよー?」
問われた白うさぎはこてんと首を傾げた後、また首を左右に振った。
「…そうだん、してくる。…おれ、きらわれてるけど、…おれは…みんなのことすきだから、そうだんしてくる」
白うさぎの答えに坊はにぱっと笑って言った。
「チミっこ偉いじゃん」
「今度仲間たち紹介してあげるー、それまでそのマフラー預けとくから大事にしなよー?」
白うさぎの頭をくしゃくしゃに撫でてからポンッと狐の姿に戻った坊は白うさぎの背中にそっと前脚を添えた。
「またおいでー、待ってるから」
白うさぎはそわそわと耳を動かしながら、坊が来た道とは逆の道へと駆けていった。
残された坊からはご機嫌な鼻歌がひとつ。
ふんふんふーん
「あ、名前聞くの忘れた……まぁいっかー」
ふんふーんふふん
お兄さんぶっても相変わらず抜けてる狐さん。