07 囚われた元ファンクラブ会長
「01 ファンクラブ会長」の続き。 田中華澄視点。
*注意:前半と後半のテンションが違います。
「ファンクラブ会長だったからって、あんたみたいな子が、白兼様の側に居るなんて目障りなのよ!」
――と、冒頭から、『はい! おっしゃる通りです。返す言葉もございませゼ! 旦那!』と思わず揉み手で返したくなるセリフを言われているのは、私、 田中華澄。
この学園の生徒会長、白兼聡様の非公認ファンクラブ会長をやっていました。
さて、舞台はおなじみ体育館裏。
私の目の前に居るのは、新ファンクラブ会長と同じくファンクラブ会員2人。
3対1
と、なんともワクワクするような図式で、私を追い詰めてくださっています。
ワッショイ!
「華澄さん、なんとか言ったらどうなの?」
「何様のつもり?」
「そーよそーよ」
……後ろの2人の “合いの手”に、若干の工夫も感じられませんが、もっともっと私を追い詰めて下さい。
さて、ここは怯えるべきなのしょうか?
胸に手クロスさせてうつむき、プルプル小刻みに震え涙目になって応対すればGOODなのでしょうか?
「あなた方…白兼様が好きなの?」
「そうよ! 当たり前じゃない!」
「好きに決まっているわ!」
「そーよそーよ」
私が聞きたい言葉を相手から引き出すのに成功した時、最近聞きなれてしまった艶にとんだ色気たっぷりの幻聴が―ほらっ!
「何様って、華澄は僕の彼女だけど?」
「……」
あんれぇ?
そこは、『それは、嬉しいな』なんていいながら、この3人の誰かとキスをかますのでは?
「どうしたの? 華澄? 震えてるの?」
そう言って、背後から私の腰に手を回し耳元で囁くのはやめてください。
ほら!! 目の前の彼女たちが!!
「きゃーーーーー! やっぱりお似合いですね!」
「華澄さんってば、もう!! アツアツじゃないですかっ!」
「素敵! 素敵!」
……あ、あの、お三人方様…昼休みにした打ち合わせと違うんですが。
もっと、『この女狐!』『泥棒猫!!』とか、盛り上げてくださらないと。
狐にも猫にも私頑張ってガラスの仮面をつけて演じてみせますから! コンコン。 ニャーニャー。
「どういう事なのかな? 華澄?」
覗き込むように、綺麗な顔が数センチのところまできています。
眼鏡の奥の瞳が笑ってません。 怖いです。SOSです!
ここで、呼び出しを演出して、私の彼女役をこの3人の誰かに移行させようという計画がバレたら…。
「白兼様! 華澄さんを怒らないで上げて下さい。 不安だったんだと思います。こういう真似までされて、追い詰められてしまって…」
「私たちファンクラブは白兼様と華澄さんを全面的に認めているのですが…華澄さん本人が、慎み深くていらっしゃっるのです。私では白兼様の彼女になれないと。そして、白兼様との出逢いのシーンを再現したら何かわかるかもとおっしゃったので協力させていただいたのですが。」
「…確かに白兼様が誰かひとりのものになってしまうのは、辛いです。でも、華澄さんだったら! いえ、華澄さんじゃないと嫌なんです!! だって、白兼様の華澄さんを見つめる優しい瞳をみたら………そーよ。それを邪魔するなんて気にはなりませんわ」
「…………」
そこは頑張ろうよ! 本気になれば自分が変わる!! 本気になれば全てが変わる!! って、かの有名テニスプレイヤーも言ってたじゃないですか! もっと、熱くなれよ!! ですよ!
手をグーにして、肘を曲げて彼女たちを応援していたのに、彼女たちは何故か華麗に退散していきました。
ああ、行かないで下さい。 一人にしないで……!!!
「さて、華澄? 一緒に帰ろうか?」
魔王さまのような微笑みを浮かべて、白兼様が私に言いました。
でも、瞳の奥がやっぱり笑っていません。 怖いです。誰か、HELP ME!!
*
*
今日も、白兼様は私を家の前まで送ってくれるみたいです。
一人で帰れると何度も言っているのですが聞いてくれないのです。
ふと、横顔を見ます。
憎いくらいに整った顔。
でも、外見に騙されてはいけません。
だって、彼はーーーーヤンデレなのですから。
私の家の近くまで来て、白兼様が立ち止まりました。
私もつい立ち止まって白兼様を見上げます。
「華澄さー。僕の事を弄んでる?」
「え?」
ブロロロ
ガーーーーーーー
車が多い道で、白兼様の声がよく聞こえません。
夕日が眼鏡を反射して、白兼様の表情もよくわからなかったのです。
何を思ったのか、次の瞬間。
白兼様は、車道に飛び出しました。
それはスローモーションの様で。
キキーーーーーーーーーー!!!!!!
ブレーキ音。
飛び交う罵声。
落ちて、ヒビがはいった彼の眼鏡。
彼の目の前で停まった車。
ガクガクと震える私の両膝。
「僕は華澄に愛されないのなら……いつ死んでもいいんだよ?」
眼鏡をゆっくりと拾い上げ、白兼様はまた元の位置に掛け直しました。
鳴らされるクラクションの音なんてお構いなしで。
「ねぇ?」
と、妖艶な笑みを浮かべられました。
私はその場ヘタリ込み、それに気付いた白兼様が漸く私の方へ歩いてきて…
強引に掴まれた手は思いのほか、熱く、でも私は寒気しか感じませんでした。
恋人繋ぎに手を繋がれて、引っ張られるように家路に向かいました。
その間、私は人形のようにされるがママ。
(死のうとした? どうして?)
(怖い)
(怖い怖い怖い怖い)
これからの生活を考えるのを放棄してしまいそうになります。
私の家につくと、名残惜しそうに何度も角度をかえて唇を啄ばまれたところで正気に戻りました。
「あっ」
こんなところで、お熱い接吻をしているのを、近所のおばさま方にでもみられたら、町内会で噂になってしまいます。
『あらあら、田中さん家の華澄ちゃんも、大きくなっちゃって。ちょっと前までオムツをしていたのに』と言われるに決まっています。
私は顔中に熱があつまって真っ赤になっていた事でしょう。
先輩の背中を、トントン叩いてやめてもらうように頼みました。
何を思ったのか、先輩がスカートの中に手をいれてきたのです。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!
私は慌てて、彼の手を掴みました。
ダメです。そんな「どうして?」という顔をしてもダメに決まっています。何が悲しくて、家の前でスカートに手を入れられないといけないんでしょうか。セクハラですよ!
「じゃあ、華澄からキスして?」
何が「じゃあ」なんですか? 誰か教えてください。
そして、私の腰を引き寄せて体を密着させて、どうしろっていうんですか?
私は、この事態をなんとか打破するために、覚悟を決めました。
チュッ
白兼さまの、頬にかする程度に唇を。
もう、それが限界です。
私のキャパはこれでオーバーなのです。
でも、正解だったようで「お返し」と更なる濃厚なキスをくださいました。ヒィ。
―――数日後
この世界は「乙女ゲーム」の世界のはずです。
私はただのモブで、ヒロインは彼の幼馴染の吉水葵さんなのです。
私が、吉水さんのクラスに向かう途中、彼女は誰か男の子2人と居ました。
(確か……三つ子キャラの? 清流くんだっけ?)
そう、他の攻略キャラと一緒にいたのです。
私は慌てて隠れました。
もしかして、吉水さんは清流くんたちを攻略中なのかもしれません。
彼ら、清流くんのルートは一人一人は普通の甘酸っぱい恋愛なのですが、もし『三つ子ルート』にはいると、白兼様ルートどころの話ではありません。だって、お相手が3人ですよ? 監禁ENDがデフォルトで、その後鬼畜ルートに入るとヒロインは……。嗚呼、今思い出してもあのスチルは強烈でした。「僕たちのウサギちゃん」と彼らは狂った瞳でヒロインを囲い……そんなシーンが全国の乙女たちの想像力を掻き立てて、18禁の同人誌が沢山発行されたようです。(ついで、三つ子同士の近親相姦ものも多数)思わず、白兼様のことを忘れて、ヒロインこと吉水さんに合掌をしそうになりましたが、別の女子生徒が現れ、清流くんに連れ去られていました。
どういう事なんでしょうか?
「吉水さん?」
私に気付いた、吉水さんが笑顔でこちらを振り返りました。
「あ、田中さん。 聡とはうまくいってる?」
いえいえいえ。
こちらは、返品を要求しにきたのです。
「いえ、その……よかったのですか?」
「何が?」
「清流くんたち、他の女の子と行っちゃいましたよ?」
「うん。 仲良くなってくれるといいな」
―――――え?
今、感じたのは“違和感”
「葵ー」
「愛ちゃん!」
あ、『サポートキャラの中藤愛』?
「じゃあ、田中さん」
そう言って、吉水さんと中藤さんは談笑しながら教室に戻って行きました。
(なんだか、モヤモヤする)
自分が、とんでもないことに巻き込まれたんではないかという警告音が頭の中で響いているようでした。
*
車道の事件から、白兼様の言動がエスカレートしていった気がします。
「華澄」
授業中以外、どこに居ても彼は私を探し当てます。
まるで、どこかで見ているかのように。
「白兼様」
「どこ行くの?」
「あの、白兼様のファンクラブの引き継ぎの相談に」
「そうなんだ。あの子達、いい子だよね?」
「はい。とてもいい人たちばかりで」
お陰さまで“呼び出し”をしてくれないし。
逆に他の白兼様のファンの人から、護ってくれる始末……。
思い描いていたのと違いすぎます。
いじめはないのでしょうか? してはくれないんでしょうか?
上靴に画鋲を仕掛けたり、はたまた、ゴミ箱に入れたり、教室に行ったら机がなかったりとか。ないんでしょうか? いじめがあったら、それを理由に白兼様と離れられるかもしれないのに。
上靴はいつもどうりあるし。机なんか、なぜか“恋愛のご利益あり”という噂まで流されて、他クラスの女子がお供え物をくれる始末なんです。
(それにしても白兼様って、ファンクラブのメンバーと面識ってありましたっけ?)
私がファンクラブに入りたての頃は“非公認”という事もあって、白兼様との交流は一切ありませんでした。
でも、私がファンクラブ会長を辞めたあたりから……。
「ひょっとして、ヤキモチ?」
「いえいえいえいえいえ、ファンクラブを『公認』なさったんだなって」
「うん。何かと都合がいいしね? 彼女たちも華澄に害は与えないみたいだし。妬かなくても、僕の心は華澄のものだからね?」
と砂を吐くような事を言って、当たり前のように、恋人つなぎで手を絡めてくる白兼様。
いや、ここ廊下なんですよ?
通り過ぎた、ほら、あの男子なんか、『ギョッ』とした目で見てますから!!
やめてくださいぃぃぃ。
私が涙目で、通り過ぎた男子に『誤解だ!!』念力を送っていた所、繋がれた手に痛みが走りました。
「!! 白兼様っ」
「…………」
「?」
白兼様は、小さく何かつぶやいていましたが、私には聞こえませんでした。
昼休み。
今日は色々一人で考えたくて、吹奏楽部のクラスメートに頼んで鍵を貸してもらい、音楽室の準備室で一人お弁当を食べていました。
ガラッ
なのに、しっかり彼に見つかってしまいました。
本当に、どうしてなんでしょうか。
「し、白兼様?」
「こんな所で? どうして? 一人?」
「…はい。折角の高校生活、色々な場所でお昼もいいかなって」
(嘘ですけど)
「じゃあ、今度は生徒会室で食べたら?」
ニコニコと笑いながら白兼様は、そう言ってパイプ椅子を私の隣にセットして座りました。
(あれ?)
「白兼様?」
「ん? 何?」
「手に持っているのは……私の鞄ですか?」
「うん。だって、教室に置いたままじゃ、おかしいでしょ?」
何を言っているんでしょうか。
貴重品の財布と定期券はポケットにはいってますし。
「私のクラス…午後も授業がありまして」
「そうだね。確か…物理だっけ? あの先生面白いよね」
「はい。 いえ、あの、私……もう行きます」
食べかけだったお弁当の蓋を締めて、片付けをしました。
そして、白兼様から鞄をもらい、教室に戻ろうと……
「華澄」
「……!」
左手が白兼様に掴まれていて、ギギギギギと 骨が折れるくらいに痛い。
「痛っ、白兼様、離してください」
「…聡。いつまでも“白兼様”はないよね? さあ、呼んでみて?」
「し、………聡…様」
「“様”もいらないよ? ほら?」
「……聡」
「うん。今度はもっとスムーズに言おうね」
私の鞄を、奪い、スカートのホックに手をかけられました。
――パサリ
私の足元に、ストンと落ちたスカート。
足元がスースーして、突然のことで上手く頭が働きません。
「っ! きゃっ」
「しーーー。 大声出したら、人が来るかもよ? 見られたいの? ショーツも脱ぐ?」
「いえ!!!」
私のスカートと鞄を、何やらロッカーの中にいれて“ガチャリ” 鍵をかけてしまいました。
「嘘。ここ防音だから、聞こえないはずだから」
「……あの」
「華澄ー。僕が知らないとでも思った?」
「え?」
元いた位置に座らされた私はお尻に直接触れた合成革の感触で我に返り、慌ててブレザーを脱いで膝にかけて隠しました。
その様子を、口角を少しだけあげて微笑まれた後、白兼様はパイプ椅子の角度をかえて、私に向かいました。
「8時15分クラスメートの男子に「おはよう」8時35分 担任に「わかりました」二限目の休み時間、隣の席の男子にぶつかり、そのまま談笑。三時限目の体育、淫らな足出しているのを他の男の目に晒す。なんで、ジャージを履かないかな……。さっき、廊下で逢った男子を潤んだ目で見つめていたし、そして極めつけは、お昼休みの時。吹奏楽部の男子から、鍵を借りたよね。その時の会話時間は5分くらいかな?」
何を……?
「白兼様?」
「あー。また、戻っているよ? 聡。 ほら、言って? 何度も言って? ちゃんと声にだして言わないから咄嗟の時に出ないんだよね。 さあ」
「さ、と…し」
「もう一度」
「聡」
「もう一度」
「聡」
「もう一度」
「聡」
「もっと、ほら、もっと!!」
「聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、聡、さと…ゲホゲホゲホ」
咳き込む私の背中をさすりながら、ペットボトルのお水を白兼様は自分の口に含んで、そのまま私に飲ませました。
「……ん…ぁ…ング」
「ご褒美。 もっと練習しとこうね。時間はいっぱいあるんだから?」
白兼様とのキスに慣れてきた自分に不安を覚えながら、時計を見ると、もう予鈴が鳴る時間です。
「聡、予鈴がなります。……スカートと鞄を返して下さい」
白兼様の手が止まりました。
「華澄は自分のことばかりだよね? 僕がこんなにも傷付いているのに。誰にでも笑顔を振りまいて。憎らしいくらいだよ? 今日、何人の男をたぶらかした? 今日だけじゃないよね? 昨日も一昨日も。何人の男と話したの? 僕というものがあるのに。淫乱なの?」
「いえ、それは!!」
怖いです。
さっきから、白兼様から発せられる冷たい空気が、怖い。
白兼様が、両手を前にさしだし、私の目の前で、手のひらを広げました。
「10本」
「君が、僕以外の男と話す度に、僕はこの指を1本づつ折っていこう」
「でも華澄は淫乱だから、10本で足りるかな? 足の指を入れても足らないかも」
クスクスクス。
何がおかしいの?
いえ、私がおかしいの?
「じゃあ、僕は授業に出るから。安心して? 華澄は早退した事になっているし、今日は特別に家に帰してあげるから。クスクスクス。そんな格好じゃ外に出れないよね? 放課後までここで大人しくしているんだよ?」
頑張ったら、後で特別なご褒美をあげるから。
―――――ガチャンッ
ああ、私は。
そう、2年生に進級したあの日。
白兼聡と目があったあの瞬間。
囚われてしまったのでしょうか。
私には、なぜか……吉水さんの笑い声が
―――聞こえた気がしたのです。