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06 消えた傍観者

「02 傍観者」の清流 空(せいりゅう くう)視点。

僕の名前は、清流 空(せいりゅう くう)



きっと、上を見上げて見える『空』の方じゃなくて、

(から)っぽ』っていう意味の方だと思う。


僕の生まれた家は歴史がある財閥で、色々ややこしく、祖父が取り仕切っている。


そこで生まれたのが、僕ら。

(りく) (かい) (くう)と、三つ子が生まれた。


跡取りが双子でも具合が悪いのに、よりによって三つ子。

そして、三番目の僕は一番小さく生まれてなかなか退院させてもらえなかったらしい。

陸と海から遅れて1年後、やっと僕が家に帰る事ができた頃には、僕はすっかり邪魔者になっていた。


すぐに病気になって、死にかける弱い僕。そして、三つ子なのに、二人よりも小さい体。

陸は、頭が良くてなんでも知っていて。

海は、社交性が抜き出ていてムードメーカー。


僕は?




僕は、二人のストック。




二人が、もし何かあった時に、体の中身を差し出せるように。

だから、僕は二人よりも食事の制限が厳しかった。

スナック菓子なんてもってのほか。 体にいいものと、育ち盛りの僕には厳しい仙人のような食事。

たまに食べられる“甘いもの”は、陸と海が、こっそり持ってきてくれた。



僕は、二人が大好きだった。

二人も、僕の事が大好きだった。






ある日、お手伝いさんがウサギを貰ってきてくれた。


いつも一人で遊んでいる僕の事を気の毒に思ってくれているようで、同情でも嬉しかった。


ウサギはすぐに僕に懐いた。

たまに遊びにくる陸と海も、すぐにウサギの事が好きになった。



陸には、スタンピングで足をダンダンいわせる。

海には、興味深々で鼻を鳴らす。



「この子、僕たちの見分けがついているみたい」

「すごいね」


クルクルした瞳にモカ色の毛並み。

まだ、手の平に載るサイズ。

ピョコピョコ跳ねる耳。たれ耳系なのかな。

鼻をピクピクさせて、好奇心いっぱいで。なんて、愛らしい。




僕に陸と海以外の大好きなものが出来て、僕らは毎日一緒に遊んだ。






ある日。


ウサギがいなくなった。



目を離している隙に、ゲージから逃げ出した。

僕は、必死で捜して、行ってはいけないと言われている本宅まで忍び込んで捜した。

漸く見つけたウサギは、本宅の軒下で死にかけていた。


僕はすぐにウサギの元に駆け寄ってウサギを抱きしめた。

早く、早く病院に連れて行かないと。

しかし、僕の願いは聞き届けられなかった。

祖父や父が現れて僕を殴った。

僕が本宅に勝手にはいったから。

別宅で大人しくしてなかったから。

ストックが他人の目に触れるとまずいから。

ウサギだけは、護らないといけないと思って、ぎゅっと抱きしめていた。


別宅から僕を連れ戻しに来たお手伝いさんに付き添われ、別宅に戻ったけど……

腕の中のウサギは……動かなくなっていた。


僕が目を離したから?

ゲージの扉がちゃんと閉まってなかったから?


ぽろぽろぽろと落ちる涙。

そして、押し寄せる“後悔”



動かなくなったウサギを抱きしめる。

まだ暖かいのに。

体はそこにあるのに、中身がなくなった。

“空っぽ”になってしまった。



どうして、このウサギにはストックがいないんだ。

代わりがいないと、こんなに辛い。

死が僕には恐ろしい。いなくなる事がこんなに恐ろしいなんて。




ああ…だから、本宅の人は、陸と海がいなくなるのが辛いから、ストックである僕を別宅で飼っているんだ。






僕がウサギの死を悲しんでいるを知って、深夜二人が別宅に忍び込んできた。


「空」

「空」

「…陸、海」


3人で泣いて、庭にお墓を作ることにした。



素手で、うさぎを埋める穴を掘りながら、気付くのは、まだ二人に比べて痩せっぽっちな手。二人の半分も穴を掘れていない。三つ子のはずなのに…。



「僕、もっと二人に近づかなきゃ。 体の大きさが違ったらいざとなった時に、ストックにならない」

「空」

「それは違う」



陸と海は、土だらけだけれど、力強い手で僕の手を握り締めた。



「空が強くなるのは、いい事だよ。でも、空だけじゃない。僕も海も空のストックだよ?」

「陸が死んだら空が陸になって。僕が死んだら空が僕になって。空が死んだら僕らが空になるよ」

「二人が僕になるの?」

「そう、僕らなんの為に三つ子なの? 1人に2人もストックがいるなんて、他の人は子どもを作ることでしか出来ないのに」

「そうだよ。僕たちは、ツイ(・・)ている」

「うふふふ」


近くにあった池に映った僕らの笑顔は、酷く歪んだ笑顔。



もう動かない、かたくなった元ウサギを穴にいれ、その周りを花をいっぱい飾って土をかぶせた。

ペタペタペタ。

盛り上がった土を、三人で整える。




「…このウサギにもストックが居たら こんなに悲しくはなかったのにね」

「うん。僕もそう思っていた。だから今度、飼う時は失敗しない」

「そうだね」



僕らは、もう一度泣いて、お墓の前で手を合わせた。




その日以来、僕たちの入れ替わりっこがはじまる。

はじめは、またバレるんじゃないかと思ったけれど、ちょっと陸や海の髪型と服装を真似ると不思議とバレなかった。

そして、徐々に僕は外の世界を知った。二人から仕入れられる情報や遊びで。

僕は、学校には行かせてもらえなかったけど、勉強は二人から教わった。

二人に近づけるように努力し、よく食べ、運動し、勉強をした。

数年たった頃には、僕たちは誰も見分けがつかないほど、すっかり“同じ”になれた。

僕たち3人は、同じ髪型に同じ仕草を心がけ、誰も僕たちを見分ける人がいなくなった。




「親まで気付かないなんて…ね? うふふ」

「でも……」

「ちょっと、寂しいね」




その頃には、堂々と本宅に歩いても ()だとバレなくなった。






僕たちは、ある遊びに夢中になった。


『どっちがどっちでしょうか?』クイズ。

僕たち、二人並んでどっちが誰か名前を当ててもらうクイズ。


小学生の頃からの十八番のクイズだけど、正解率は限りなく“0”に近い。

ごくたまに、当てる子もいるけれど、その時は後日、僕を交えてクイズをする。

すると、絶対外れるんだ。

(まぁ、誰も僕の存在を知らないから……当たり前っていったら当たり前なんだけれど)



陸と海と僕。

見分けがつかない事を確認するためのクイズ。

外れる度に安心する。だって、それが僕の生きる意味で役目だから。


最初は、楽しんだ。

誰も僕たちの見分けがつかない。

僕たちは、完璧に3人一緒、同じなんだって。


でも、気付いたんだ。

クイズで外れを出される度に、僕たちは微かに絶望もしていた事に。

それが積もり積もって、どんどん心にゴミとして溜まっていった。

“同じ”になったのは、僕たちからなのに。

それでも、それに気付いて欲しいなんて。 

矛盾している。

判っているよ。

僕たちに気付いたのは、あのウサギだけ。




でもね。




もし……




――僕たち一人一人に気付いてくれる人がいたら








高校に入学して、久しぶりに僕たち3人に期待をさせる先輩がいた。


その名を吉水葵先輩。


才色兼備の吉水先輩は、かなり男子から人気があるみたいだけど、どこか世界と一線引いているようで、なにかありそうな先輩。

それに前回のクイズで、陸と海を見事当てた人。



その先輩を廊下で捕まえて、クイズを出した。

陸と僕は、内心ニヤニヤ。

僕がはいっているクイズの正解率は“0%”だ。

まったくもって、意地の悪いクイズ。


(ま、当たるわけないけどね。)


期待なんてしない。



「えー判んないなー。藤田さん、判る?」



そう言って、他の……藤田と呼ばれる女子生徒に話を振った。



「え?」



その先輩も突然の事にビックリしたみたいで。

まぁ、通り過ぎようとしているのに、急に話を振られたらビックリするだろうけど。



僕は全く期待せずに、ターゲットをその先輩に切り替えた。

吉水先輩は、次の機会でいいか。



「じゃあ、どっち?」

「どっちだ?」



あー、戸惑っている。

それにしても、ちょっとこのクイズ出す時のポーズ恥ずかしいんだよね。

なんてよそ事を考えていると、吉水先輩と藤田先輩がなにやら内緒話。


吉水先輩の言葉にビックリした、藤田先輩は



「え? 右が『陸くん』 左が『空くん』でしょ?」




……え?


今、『空くん』って?

僕の名前を?


どうして?



小学生の頃からやっている正解率0%のクイズは、初めて会った藤田先輩に破られた。






陸と僕は、藤田先輩の手を取り、無理やり誰もいない教室に連れて行き逃げられないように鍵をかける。


はやる気持ちが抑えられない。


ドキドキドキドキドキドキドキ


あーもー。心臓の音が煩い。

それは、陸も同じだったようで、二人して興奮していた。



「どうして、『空』の事、知ってるの?」

()の事は、誰も知らないのに」



殺気立った僕たちから逃げるように、後ずさりしている。

ダメ。 逃がしてなんかやらない。



「……ま、まちがえた~。てへ」


必死になって、誤魔化そうとしているし。

さっきから、モカ色のツインテールの髪がピョコピョコ跳ねて。

この先輩って、僕らより頭ひとつ小さいし……

あ、前に飼っていたウサギみたいだ。



僕たちが、納得いっていないのに、焦ったのか、藤田先輩は泣きそうになりながら、言葉を連ねた。



「だって、名前が! 陸海ときたら空! 陸海空!! その3つがないとおかしい(・・・・)って思っていたから、思わず出ちゃって」



“3つがいないとおかしい(・・・・)” ……?



「おかしい……」


でも、僕はいらないって……本宅の人たちには言われて。

でも、でも、おかしいって?

この先輩は僕がいない方がおかしいって?



「空…」



陸が、心配そうに僕を覗き込む。




ああ。

この気持ち。




その間も、怯えたように、僕たちを見つめる藤田先輩。


その日は、名前とクラスとメルアドをしっかり白状させてから教室に見送った。

絶対、絶対 逃がさない。


先輩を見送った後、教室に戻る気がなくなって、屋上に陸と二人で上がった。


誰もいない屋上。



「どうしよう。僕、嬉しい」




僕は、とてつもない解放感に満たされた。

陸と海以外に、僕に気付く人がいた。


「……空」


何かを思い出したのか、神妙な顔で海が言う。


「どうしたの? 陸?」

「あの先輩、今思うと、よく僕たちを見ていた人だ」

「……?!」

「たまに、目があうけど、すぐ逃げて海と気になってずっと捜していたんだけど、見つからなかった。ファンクラブの子でもなかったし……でも、思い出した。あのツインテールに小動物みたいな小さい体。僕たちを見ていたのは、あの先輩だったんだ」

「……じゃあ、僕が入れ替わって学校に来ていた日も見られてたんだね。……海も気にいるかな?」

「勿論」


陸と二人で笑った。


頭の上に拡がる空が、僕を解放してくれて。

この空の下に、僕がいないとおかしいって言ってくれた人がいる。




家に帰って、別宅に忍び込み、僕の振りをしている海にも、藤田先輩の事を話す。


「空に気付いたんだ! でも、どうして、空の名前を知っていたんだ?」

「陸海空で、そこに『空』ないとおかしいんだっていう理屈らしいよ?」

「違いない。うふふふ」


海と陸も、僕と同じくワクワクしているのが伝わってきた。

彼らも、僕と同じで、区別をつけない周りに嫌気をさしていたから。

髪型や服装を同じにしても、いつか僕らを見つけてくれる人をさがしていた。


そして、今日。


見つけた。



次の日から、藤田先輩に対する僕たちの囲い込みが始まった。


藤田先輩を見たいという海と陸が今日は入れ替わって、海と僕とで藤田先輩……いや、舞ちゃんを追いかける。


ピョンピョン跳ねる、ツインテール。

ちょこまか逃げる姿は本当にウサギだ。


「いやああああああっぁぁぁ!!」


ぴょこ! ぴょこ!


「まいちゃぁぁーーん。どこ行くのー?」


可愛い! 可愛い!




舞ちゃんは、先輩なのに、僕たちよりも小柄で、柔らかそうな髪に肌。

瞳も黒目がちで潤ませて、怯えた表情も、僕たちのナニカ(・・・)を刺激する。





ファンクラブの子たちが、僕らの舞ちゃんに嫌がらせをしようとしている噂を耳にした。



「許せない」

「舞ちゃん、小さいのに虐めちゃ可愛そうだよ」

「ファンクラブはお仕置きした後に、解散させよう?」

「でも、心配だね」

「うん」

「僕たちが見えない所で、舞ちゃんが死んじゃうかもしれない」

「舞ちゃん、弱そうだもんね」

「あのウサギと一緒だよ。今度は間違えないようにしないと」

「そうだ」

「間違えない」



………

……





その後、舞ちゃんに嫌がらせをしようとした“ファンクラブ”を解散させた。

メンバーの子たちは泣いて叫んで何か言って煩かった気がするけど、もう舞ちゃんに悪口とか話せなくなったみたいだから安心。



そして僕たちはある日(・・・)に向けて準備で大忙し。



その頃になると、吉水先輩が僕らが舞ちゃんを追いかけているのを、ニコニコして見ていた。もうあの先輩には興味なんかない。1回目のクイズの正解も偶然だったろうしね!




「ストックのストックはどうするの?」

「ストックで作っちゃえば?」

「頭いいー! じゃあいっぱいストックが出来て安心だね」

「じゃあ、頑張らなきゃ。舞ちゃんは?」

「また気絶しているよ」

「舞ちゃーん。ねぇねぇ、僕、まだなんだけど」

「舞ちゃん…休憩ばかりしてちゃダメだよ?」

「ほら、頑張って、起きて」

「早く、僕たちを安心させてね?」




舞ちゃん。

可愛い舞ちゃん。

前に飼っていたウサギは、ちょっと目をはなした隙に、死んじゃったから。

舞ちゃんも、ちゃんと見ておかないと。

今度は失敗しないから安心して? 




恥ずかしがり屋で、弱くて小さな舞ちゃん。




僕たち3人でずっと護ってあげなきゃね。







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