10 嗤うクラスメート
「怒れるサポートキャラ」と同じ日の話です。
緑川拓海視点。
「千夏を僕にあてがおうとしてた? 余計な事しないでくれる? 千夏はそういう事をしなくても…僕は彼女が好きだから」
目の前の女――吉水葵は、一瞬、目を見開いた。
嗚呼、嫌だ。
この女。
同じ空気を吸うのも吐き気がする。
――僕は、この女が大嫌いだ。
僕、緑川拓海は、前世の記憶は幼少期の頃からあり、それを利用してなかなか要領のいい子だった。
でも、それだけだ。
高校入学と共に、『乙女ゲーム』の『攻略対象者』という不名誉な事を思い出す。
前世で姉がやっていたゲームだ。
内容はよく覚えていないが、姉がキャラクターの名前を選挙演説のように連呼していたので、覚えていた。
ヒロインの、吉水葵。
同学年で、白兼聡。
先生で、赤松純也。
ゲームが始まるのは来年なので清流の三つ子はいないが、調べたら中等部に同姓同名の双子。
清流陸。
清流海。
名前の載っていない、清流空。
……そして、僕、緑川拓海。
興味本位でヒロインの吉水葵を見に行った事がある。目が合った瞬間、感じたのは『同族嫌悪』
クラスメートには、愛想よく、優しく、平等に。
でも、瞳の奥は覚めている。特別仲がいいのは、サポートキャラである中藤愛みたいだが、どうも打算的な気がする。
本性は、自分がよければそれでいい。平気で他人を利用する“自己愛性パーソナリティ者”。
まぁ、僕に何もしてこなければ、どうでもいい。
1年の中頃には、僕には素敵な彼女が出来たし。
勝手に彼らは彼らで、恋愛ゲームを繰りひろげてくれたらいいと思っていたけど……。
2年に進級して、吉水と中藤と同じクラスになった。
吉水と中藤は、相変わらず仲が良く一緒にいる姿を見かけていたんだが…。
(さて、ヒロイン様は誰を落としにかかるんだ?)
吉水と幼馴染の白兼がよく一緒にいる所を見かけるようになった。
たまに、赤松とも話しているようだ。
面倒だが、僕にまで話しかけてくる。(その辺は、適当に対処しているが)
清流たちとも仲が良いようだし。
順調に、各攻略対象者と交流を深めていくヒロイン。
時々、携帯を開いては何かをつぶやいていた。
ある日。
渡り廊下を通り過ぎようとすると、人影があった。
「そっちが、海くんで、こっちが、陸くん」
「わあぁぁぁ!!!!」
「吉水先輩すごーーーい」
吉水が清流たちの『どっちがどっちでしょうか?』クイズに挑戦し見事正解していた。清流たちは、手当たり次第このクイズを出すみたいだが、中々正解者がいないらしい。吉水の正解に、清流たちの瞳がきらめく。
(なんだ、年下狙いか? …ん?)
その様子を、ワクワクした目で見ている女子生徒が居た。ツインテールの……確か…藤田? だったかな。その 藤田の後ろを通り過ぎる時「よし!クイズのスチルゲット! ひょっとして三つ子ルートいっちゃう?」という呟きが聞こえた。
(!?)
――まさか?
ゲーム内で“藤田”というキャラクターは、いなかったはず。……モブ?
声をかけようとした時、藤田が僕を見て、ギョッとした顔をした。
「……緑川拓海…だ」
「………はい」
「あはははははは」
慌てて逃げる後ろ姿は、髪がピョコピョコはねていて、どこか小動物を連想させる。
清流の一人が、藤田の方をチラリと見ていた。
ある日。
吉水と白兼が一緒にいた。
二人は幼馴染という事もあって、仲が良いのは周囲の事実。
そして、白兼は生徒会長になってますます人気が出ていた。
非公認だがファンクラブまであり、女子同士の牽制が活発だ。
(1年の時は、それ程ベタベタしていなかったが…)
二人は恋人の様に、顔を近づけ笑い合っている。
その様子を、ファンクラブのメンバーが睨みつけていたが…その中の一人の女子生徒。
多分中心人物であろう彼女が一番興味なさげなのが目を引いた。
後日、その女子生徒が白兼と付き合い始めた噂を聞く。
ある日。
生徒会顧問である赤松先生と吉水と中藤が話していた。
中藤は、クラスでは姉御肌で『みんなのオカン』といわれるくらい男女ともに慕われている。
そう…17歳とは思えないくらいの包容力。
誰にでも、人あたりのいい中藤が吉水を庇うように前に立ち、赤松先生に堂々と喧嘩腰で話していた。
赤松先生はそれを楽しむようにして、他の生徒には見せない悪い顔で終始ニヤニヤしていた。
その様子に中藤の後ろに居る吉水が――嗤った。
(!! やっぱり…あの女)
「緑川くん」
「!!!」
呆然と、言わば隙だらけだった僕に話しかけて来たのは…同じクラスの藤中千夏――僕の彼女だった。
彼女は、うっとりとした目で僕を見た後に、慌てた様子で表情を整えた。
「人を殺しそうな目が素敵」「ヤンでる所最高」なんて聞こえた気がしたが、聞こえない振りをする。
千夏は、出逢った当初……1年生の頃から僕への好意を全面的に押し出して来た。
僕は、攻略キャラなりに容姿が整っているので結構モテる。
告白された事も、両手で数えても足りないくらいには、モテた。
が、容姿だけを好きになられても、それは本当の好きではない。
生半可な好意を向けられても迷惑なだけだ。
そんな中、千夏は僕の生まれ持った隠れた“狂気”にうっとりと目を潤ます。
怯まず、うっとりとだ。
千夏は……僕の彼女は……“変態”の部類に入ると思う。
見かけは、童顔(可愛い)で虫も殺せないような顔をしているが、中身は……僕をも勝る混沌とした愛情変質者。
歪んだ愛を好み、自虐的に犯され、征服されたいと願っている。
でもそれが最近、困った方向に向かっていた。
「千夏、どうしたの?」
「きょ、今日は、一緒に帰れないの」
「……どうして?」
「あ、あの…堀内くんたちとカラオケに、い、行くことに」
「…へぇ……」
潤んだ目で、上気させた頬、そわそわと身体をくねらし、僕にナニカを期待している。
(これは、これで可愛いんだけど、やっぱりムカつくな)
僕は千夏のリクエストにこたえるように、声を低く目を鋭く…でも、幼子に話しかけるように優しい言葉をつかって、話した。
「千夏は、僕以外の男と遊びたいの?」
「堀内くんと他に、女の子もいるよ…?」
「へぇ…僕と一緒に帰るよりも、他の子たちをとるんだ?」
僕の声が1オクターブづつ低くなるに連れて、千夏の瞳も期待に満ちる。
(言って欲しい言葉をあげる。だから千夏は僕から離れないで)
いつの間に、僕はこんなに独占欲が強い人間になったんだろう。
ゲームのキャラクターだから?
そういう風に設定されていたから?
僕は、ゲームの内容は知らない。
なので、ゲームの中の緑川拓海がどんな性格かも知らない。
この前世では持ち得なかった――心の奥底にある“狂気”
それを揺さぶってくる千夏。
(殺したい。殺したい。殺したい。殺したい)
(千夏と僕以外。他全部を殺したい)
最近、千夏は僕を試すようになってきたんだ。
これも、あの女の入れ知恵。
うぬぼれではないが、千夏は僕に心酔しきっている。
そんな千夏が僕を裏切るわけがないが…不愉快なのものは不愉快だ。
「千夏……ん?」
頬に手をやり指で唇をなぞった。
千夏は耳まで真っ赤になる。
結局、千夏はカラオケに行かなかった。
最初から行くつもりはなかったんだろう…けど。
僕の手に指を絡めて、うっとりと見上げ見つめる千夏。
(愛おしい)
僕と千夏の間に余計な事をする……
――僕はあの女が、大嫌いだ。
そして。
「僕と千夏はもう付き合っているんだよ? 部外者が余計ないれ知恵して波風立てるって、何?」
放課後の屋上。
メールをつかって、吉水を呼び出した。「ごめんね。中藤さんと一緒に帰るの邪魔したね?」と心にもない事をいってやると、「……愛は、保健室でまだ寝てるから、大丈夫よ」と、薄っぺらい笑みで返してきた。今日の吉水は…何が楽しいんだかずっと機嫌が良くて笑っていて……。
やっぱり、こいつって吐き気がする。
僕の醸し出すピリピリした空気感に気付いたんだろう。
向こうも、猫かぶりをやめて、覚めた目をして僕を見る。
「単刀直入に聞くけど……吉水さんも転生者? 自分がヒロインって自覚あるんでしょ? だから、攻略対象者を他の女子に充てがって? 自分は高見の見物?」
白兼会長は、例の彼女とくっついた。
清流の三つ子は、ツインテールの彼女とくっついた。
赤松先生は、…きっと彼女を捕まえるだろう。
吉水は(クラスの男子がもつイメージとかけ離れた)人を馬鹿にした表情を浮かべる。
「…緑川くんは、その必要はなかったけどね」
「そう、だから僕の千夏に近づかないで?」
「念には念をって思ったのよ」
肩をすくめて、手を上にした。
「あなたって、嫉妬深いキャラなの。嫉妬させればさせる程、相手にのめり込んで離さない…でしょ?」
「………まぁ、外れてはいないけどね。転生者ってのを認めるんだ」
「それが、何? そりゃ、前世ではこの世界の元になったゲームの大ファンだったみたいよ? でも、現実では嫌よ。どうして、現実で“ヤンデレ”なんかと恋が出来るの? ありえない」
「だから、攻略対象者に他の女子を?」
問に、吉水は僕から視線を外した。
「白兼聡は、ヒロインの幼馴染。彼は嫉妬深く、自傷行為をしてヒロインを脅して、最後には発狂させ壊すの」
「清流の陸と海と空は、ヒロインの後輩。彼らの監禁は強固な物で、歪んだ愛情をヒロインに注ぎ、決して逃がさない」
「赤松純也は、古典教師。ヒロインの受け持ちではないけど、白兼聡経由で話すように。彼は、暴力でヒロインを支配し、脅すの」
「緑川拓海は、ヒロインの同級生。彼も嫉妬深い。彼の世界はヒロインと自分だけ。他はいらない。攻撃性は外部へ発展し、ヒロインの大事な人たちを壊していく」
そんな相手。
愛せると思う?
フェンスに背をやり、顔は校庭を見下ろしていた。
柔らかそうな髪は、風でなびき、表情は儚げだ。
傍から見ると、それは絵になっただろう。
でも、僕には自己心酔しているただのムカつく女にしか見えない。
「……吉水さん、『緑川拓海』の項目にこれも追加してくれないかな?」
「……なにを?」
「『他人のシナリオ通りに進むのが心底嫌だ』ってね」
「……」
「よかったよ…千夏は僕が見つけた恋人で。お前なんかにあてがわれなくても、僕は千夏を選んでいた。そして、僕は絶対に、お前なんかを選ばない」
「それは、光栄だけど?」
「さて、吉水さん。おかしいと思わない?」
「何が?」
「僕は、今日。君をメールで呼び出した。でも、どうして君のメールアドレスを知っている思う?」
「!?」
「ごめんね。見ちゃった」
僕は、吉水の携帯を指差し、哂った。
「待ち受け画面、男? 誰? 恋人?」
「…あんたには関係ないでしょ」
「吉水さんって、お義兄さん、いるよね??」
「!!?」
あー吃驚している。
知らないのかな?
知らないよね?
だって、さっき彼女『現実で“ヤンデレ”なんかと恋が出来るの? ありえない』って言っていたし。
「吉水さんって、前世で結構早く死んだ? 可哀想に」
「何を…」
「この世界のゲーム。大好きだったんでしょ? やりたかったでしょう? “続編”」
「え?」
「『“続編”では、なんと!!! “本編”でチラリとスチルに描かれていたプレイヤー待望のヒロインの義兄も攻略対象者に入りました!!』っていうのが、僕の前世での姉の言葉」
「なっ!!!!」
「ついでに『攻略対象者も新たに3名加わりました!』だって」
「嘘よ! だって、愛の端末には『ノーマルエンド』ってちゃんと出ていた! ゲームは終わったはずよ!」
「うん。今のは、確か…2年のクリスマスまでだっけ? 『続編』のはね…『ノーマルエンド』を迎えたヒロインが、そのクリスマスの後から卒業までの期間なんだって」
良かったね? 今世で”続編”が出来て。
僕の素敵な情報に、吉水は「嘘、嘘よ」と首を振り続ける。
その時、彼女の手の中の携帯が無機質なメロディを奏で始めた。
「……あ…い?」
「ふふ。中藤さん、気付いちゃったんじゃないのかな? 吉水さんの企み」
「…え?」
「大丈夫? 続編はサポートキャラなしでする? そうなったら、大変だね? 誰が新たな攻略対象者か分からない中、過ごさないとね?」
日が暮れるのが早くなった空が、赤く染まりだしてきた。
「僕たち以外にも、いるんだよ? この世界には攻略対象者がまだ」
「そ、そんな…そんな」
「残念ながら、僕“続編”も詳しく知らないけど、この世界のゲームは共通点があったよね?」
「…あぁ…あ…」
「攻略対象者は全員“ヤンデレ”って」
ガシャンッ
崩れ落ちるヒロイン。
全身が夕日の赤で……まるで血の色に染まったみたいだ。
「やっと、終わったと思ったのに……嘘よ…お義兄…さんが…そんな……」
嗚呼 愉快。
もうひとつ。
僕からのプレゼント。
彼女の携帯から、彼女のお義兄さんのメールアドレスを知ったので、匿名のメールを送っておいた。
――《吉水葵は、男を手玉にとっている》
サービスで他の攻略対象者とのショットを添付付き。
うん。
嘘はついていない。
手玉にとって、女をあてがっていたしね。
そのメールをどう受け取るのかは、彼女のお義兄さん次第。
焦点も合わせずに、冷たいコンクリートの床に座り込むヒロイン。
ずっと鳴り続けている携帯を握りしめている。
彼女、明日…学校に来るのかな?
いや、来られるのかな?
……僕には関係ないけれど。
動けなくなったヒロインに背を向けて、僕は愛しの彼女が待っている教室に向かった。
「千夏…怒ってるかな?」
僕がこんな女とでも、二人きりで居たと知ったら怒るだろうか。
まぁ、たまには僕もヤキモチを妬いて欲しいから、教えてみようかな。
ふふ。
(そして、もっと僕に夢中になればいい)
――僕たちは、ただ人より、ほんの少しだけ愛情と独占欲が強いだけ。
屋上では、無機質なメロディが鳴り響いていた。