護り屋ヒロマル 〜護虎疾駆〜
【 #架空職業 『職能戦線』】
ここは異能力を持った仕事屋達が蠢く首都・東京。情報屋、奪い屋、運び屋、監視屋、護り屋…彼らはその能力で時に敵、時に味方になりながら各々の職業の誇りを賭けて帝都の闇に闘っていた。今日、彼らの元に舞い込む依頼は天使の歌声か、はたまた悪魔の呪詛か……⁉
【診断メーカー結果】
hiromaru712は護り屋です。性別は男、灰色の髪で、押しが強い性格です。武器は扇子。よく一緒に仕事をしているのは始末屋で、仲が悪いのは監視屋です。 http://t.co/rxrGwGTI
またお前か、監視屋。高い所から人を見下しやがって!( バサッ )
【護り屋ヒロマル】
扇に呪詞を書き法術を行使する「靈言扇舞法木船田流」の正統後継者。灰色の長髪。着流し雪駄で常に扇子を持つ。勝ち気でぶっきらぼうだが情に厚い古参の護り屋。
【アズサ】
ヒロマルの妹。堅実で経済観念にうるさい。銃器・軍事に詳しく、ヒロマルのマネージャーとして主に情報・アイテム面でヒロマルをサポートする。カエルグッズの収集家。
「診断メーカー : 架空職業」からインスパイアされたTwitter上の #架空職業 タグで投稿していた「護り屋ヒロマル」について @waikeita さんより頂いた一節目に応えた形の短編です。
鉄扇を盾にして、無数の銃弾を防ぐ。この少女がいなければ防ぎながら跳躍し場所を変えるのだが、今朝まで普通の家庭で過ごしてきた少女だ。可哀相に、銃声に怯えて動けなくなっている。
( @waikeita さんよりの一節目 )
アズサはまだ来ない。
銀星会の下っ端達は「法王を八つ裂きにしてでも」自首した組の金庫番…会計士の娘を連れ去るつもりだ。
扇のストックはあと二本。
このままではジリ貧だが、討って出れば少女を危険に晒す。
しかもチンピラ達は数に物を言わせ、じわじわと包囲の輪を縮めつつあった。
「ぱぱ…ぱぱ…」
幼子は泣きながらそう繰り返す。この子を奴らに渡すわけには行かない。
「…仕方ねぇ」
追い詰められたのは自分の責任だ。
俺にはこの子を護る義務がある。
職業倫理的にも、仁義の上でも、何より信条の上で。
一命に替えても、だ。
「久美」
少女は答えない。嗚咽を漏らすばかりだ。構わずヒロマルは続けた。
「これからおじちゃんは二人に増える。一人が時間を稼ぐから、もう一人と逃げるんだ。一緒に行くおじちゃんは、途中で急に消えるかもしれない。その時はとにかく走れ。全力で。走れなくなるまで、だ。いいね」
少女は赤い目でヒロマルを見上げた。
「不思議に思うだろうが、言うことを聴いてくれ。君のパパに、もう一度会う為に」
「ぱぱに…?」
泣き腫らした少女の目に微かに光が差した。
ヒロマルはストラップの長さを調整して、自分の携帯を少女の首から下げた。
「この携帯を目印にしておじちゃんの妹が来る。鉄砲を持った赤毛の姉ちゃんだ」
「アズサと名乗るだろう。その姉ちゃんは信用できる。言う事を聴くんだ。いいね?」
少女は黙って頷いた。
ヒロマルは一つ目の扇に筆を走らせる。
砕けた書体で「分我」と見て取れた。
「烈心割体…以力靈言、我が身分別しふたところにその意を現す…弍心別体!急々…如律令!!!」
次の瞬間。
ヒロマルの姿が滲むと、ピントの定まらない画像のように二重になった。
そのまま像は、ずれの幅を増し、ついに完全に二人のヒロマルになった。
術は完成したのだ。
一人がもう一人に扇を渡しながら行った。
「最後の一本だ。大事に使え。…この子を頼む」
扇を渡されたヒロマルは黙って頷く。
そして、一瞬少女に微笑むと、彼女を抱えて路地に飛び降りた。
「さぁて」
残ったヒロマルは鉄扇で自分を扇ぎながら息を吸い込んだ。
そして高らかに名乗りを揚げる。
「やあやあ我こそは音に聴こえし靈言扇舞法・木船田流正統…」
鉄扇を振るって狙撃の銃弾を二発防ぐ。
口上は続く。
「銀星会の有象無象の方々!
かの少女は諸君らの思いも寄らなぬ術にて隠し候!
少女を得たくば、この法術使いを捕らえその行方をば尋ねればよい!
近くば寄って目にも見よ‼
靈言扇舞の神秘と妙技!
その身に刻み悶え苦しむを望む愚かな輩よ‼」
屋根から飛び降りたヒロマルは少女達とは反対に駆ける。
途端に激しい弾丸飛雨が走るヒロマルを押し包む。
ヒロマルは弾丸を視て躱すのではない。
銃口から射手が伸ばす殺意の線、それを感じて躱すのだ。
ヒロマルの研ぎ澄まされた感覚は、自らの走る道に無数の殺意の線を捉えていた。
その全てが、次々と自分に向く。
走る速度や方向を急変し、扇を振るい、遮蔽物に飛び込んでは射線を躱す。
だが時間が経つにつれ射線は増え、その線の間隔は狭まり、狙いは正確になって行った。
(いかんな…こりゃ…)
掠めた弾丸がそこかしこに傷を割く。
右脚に当たった弾丸はヒロマルを強かに転倒させた。
殺意の射線が幾条も自分に集まるのを感じながら、ヒロマルは少女の安否を思った。
その時だ。
けたたましいスキール音を上げながら、軍用ジープがヒロマルに重なる射線を遮った。
ジープのドアが幾つもの火花を跳ね返す。
「遅れてゴメン!」
運転席のアズサは舌を出す。
降りて来たもう一人のヒロマルは、倒れたヒロマルを助け起こし、後部座席に引きずり込んだ。
「飛ばすよ!舌噛まないでねっ!」
傷付いたヒロマルに、少女と一緒だったヒロマルは未使用の扇を渡すと、口の端で笑みを作って消えた。
「やっば…囲まれてるわ…銀星会総動員ねっ」
倉庫街のあれやこれやを跳ね飛ばしながらジープを走らせるアズサの顔に玉のような汗が浮く。
「アズサ。麻酔銃はあるか?」
「ええ」
「那由他のオルゴールは?」
「持ってきたわ」
「…対物ライフルと徹甲弾は?」
「言われた通り持ってきた。でも…」
言いかけたアズサを、ミラー越しに目で制し、ヒロマルは少女に向き直った。
「久美。いいか。おじちゃんはこれから虎になる。もしかしたらもう人の姿で君には会えないかもしれない。
けど、もしそうなったとしても、それは決して…君のせいてはないんだ。いいね」
ヒロマルは天井のハッチからジープの上に出た。
「気を付けて!」
アズサが叫ぶ。
「おじちゃん!」
少女の声に、閉まりかけたハッチが隙間を残して止まった。
「死なないで!」
きっかり二秒の間を経て、ハッチは音を立てて閉じた。
次の瞬間、アズサはジープの上に響く獣の咆哮を聴いた。
窓をびりびりと震わせるその怒りの雄叫びに少女が身を竦ませる。
本能を萎縮させる王者の叫びが途絶えると、ジープの上から巨大な何かが飛び降り、重厚だが素早い足音があっと言う間に遠ざかって行った。
アズサは護り屋である兄の勝利を確信し、同時に今日この場に居合わせたヤクザたちを哀れんだ。