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耳を打つ鋭く冷たいナイフような声。その声が思考を断ち切り過去から現在へとあたしを引き戻す。
「なんでもありませんよ。ただちょっと昔を思い出していただけです」
不信感を与えない程度に微笑を作るとあたしは空いている席の中で一番窓際に近い席に腰掛けた。
「ねぇ、兵藤クンも席に座ったことだし恒例のゲームを始めない?」
「あのなぁ甲斐。兵藤は学園内部なんてはっきり言って知らないと思うぞ?」
「そんなこと関係ないね。尊が言った通り俺たちは〝役に立たない奴〟は要らない。だからね兵藤クン。俺たちとゲームをしようか」
「なに、ルールは簡単。鬼から逃げ切ることが出来れば兵藤クンの勝ち。晴れて俺たちの仲間入りってことになる」
「それに一応ハンデは与えてやる。鬼のスタートはお前の30分後だ」
教室の出入り口を塞ぐように立ち並ぶ他の少年たちを目の端で捕らえながらも意識は目の前でこの馬鹿げたゲームの説明をする少年に向ける。
甲斐と呼ばれた少年は175前後で琥珀色のセクシーミディで緑柱石の瞳。まぁカラコンだろうが...その瞳を獲物を狙う肉食獣の様に煌かせて舌舐めずりしている。もう一人は170くらいだろうか。あたしと差ほど変わらぬ身長。尊と呼ばれたこの少年は淡い栗色の髪で瞳は茶色のカラコンではなく、どうやら生まれつきのようだ。
「――それと最後にこのゲームはナンでもありだ。精々気を付けるんだな」
楽しそうに、心底楽しそうに笑いながらそう忠告をして来た甲斐...一癖どころか二癖以上もありそうなこいつらに何でもありの鬼ごっこ...考えただけでも憂鬱になる。
そんなあたしの心情を汲んだかどうかは知らないが健吾が同情の笑みを浮かべていた。
「開始時間はこの授業の終了ベル。タイムリミットはその3時間後。その間、学園から出さえしなければどこに逃げても構わない」
なるほど。学園内ならどこに逃げてもいいのか。
「たとえ俺たちに捕まったとしても制限時間内に俺たちから逃げ出せればお前の勝ちになる」
『な、簡単だろう?』と言って甲斐が笑う。
確かに口で言うのは簡単だ。けど逃げる人間に対して鬼が複数とはどういう事だ? 逃げきれんだろうが...ああ、だから何でもありなのか。
「――そっちに行ったぞッ!」
「そのまま追い込めッ!!」
えぇ、現在進行形にて鬼のような形相の数人に追いかけられつつ逃げ場を探しています。
「チッ...ちょこまか逃げやがって!!」
「うわッ?! おい、こっちがあぶねぇじゃねぇかッ!!」
ちなみにただ追いかけられるだけならまだ良かったんだが怒声や罵声の他に椅子や机までが飛んで来ます。それを右へ左へ回避しながら逃げる続けるあたし。信じらんないことにホントに何でもありの鬼ごっこ。
*** ***
ゲーム開始のベルが鳴り取りあえず廊下に出たあたしはその目を疑った。数人がかりで押さえられる各教室の出入り口。
「おいおい、早く逃げねぇと俺たちに捕まるぜ?」
緑柱石の瞳を細めながらゆっくりと唇が弧を描く。まるで最近読んだ小説に出て来るチェシャ猫のようだ。
「...鬼は一体何人ですか?」
「鬼は俺たち〝Phantom〟さ」
それって無理じゃん。即効で片付いちゃうよ。
「それと鬼はこのクラスの奴らだけだ。他の奴らには手出しさはせねぇ」
それでも1対40は無謀だと思うが。
「だからハンデをやるって言ってるだろうが。」
ハンデと言ってもたかが30分。しかもこちとら転校したてだってぇのに...
「つうか、てめぇいい加減目で会話するのはやめろ!」
「そう? ノリのいいやつは好きだよ?」
「ばッ?! ヤローにそんなこと言われたって嬉しかねぇぞッ!!」