第一章
彼を意識し始めたのは、十四の春だっただろうか。それから約五年、一度も余所見することなく彼だけを見つめ続けて来た。身体が弱く、入退院を繰り返していた私は健康で運動の得意な彼に憧れていたのだ。そういう訳で、別世界の人間のように思っていた彼に好きだと告げられた時は、天に舞い上がらんばかりの気持ちだった。
私は女子校、彼は男子校。高校こそ別々ではあったが、私たちは順調に交際を続けていた。
彼の部活がとても忙しかったこともあって、二月に一度会えれば良い方。それでもお互いを想い、会いたい、触れたいと願う日々は心弾むような楽しさだった。
――いつまでも、そんな毎日が続くと思っていた。
彼に「さようなら」と告げられてから一月。私は未だに諦められずにいる。
季節は夏から秋へ移り変わろうとしており、時折物悲しくなるような風が吹く。
学校の帰り道、教科書を呑みこんだリュックサックは肩にずしりと重い。私は、擦れ違う同級生の群れを横目で見ながら小石を蹴った。連れ立って歩くような友達はいない。
入院しているうちに単位が足りなくなり、留年。かつての友達は皆、一つ上の学年になり私だけが取り残された。十八歳、高校二年生。滑稽だ。初めこそ声をかけてくれていたクラスメイトたちも、私が一つ年上だと知ると遠慮がちになり、やがては関わりを持とうとしなくなる。当然のことだろう。高校生というイキモノは概して、変わったものを排除しようとする意識が強いのだ。
短いスカートから覗く脚が眩しい。自分の長いスカートを見下ろしながら、ふとそんなことを思う。ウエストの部分をちょっとだけ折ってみて、すぐに元に戻した。何だか凄くいけないことをしてしまったかのような気がして、思わず俯いてしまう。私の背中を追い越していった女の子たちの笑い声が、自分へ向けたものに思われて更に惨めになった。
何とか家へ辿りつくと、真っ先に自分の部屋へ向かう。ベッドに身を横たえて天井を見上げると、色々な思いがぐちゃぐちゃと心の中を動き回り、涙がこぼれそうになった。慌てて瞬きをし、ゆっくりと息を吐く。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせると、少しだけ落ち着いた。
どれくらいそうしていただろうか。ふと思い立って、あの日彼が座っていた場所をそっと指でなぞってみた。確かにそこにいたはずなのに、今となってはその痕跡すら残されていない。呆気ないものだと思った。過ごした時間も、重ねた想いも、「さようなら」の一言でどこかへ消えてしまう。どくどくと脈打つ心臓の音を聞きながら、私はついに堪え切れなくなり、ひとり涙を流した。