終章・帰還、日常は続く
これで最後ですが、肩の力を抜いて読んでください。
「うわぁああッ!!」
目が覚めた。
慣れ親しんだ我がベッド。部屋にあるテレビもゲーム機も勉強机も数年前から変わらないものだ。
そして、姉貴の部屋に通じる扉もある。
ガタガタと階段を駆け上がる音が聞こえ、勢いよく扉が開かれる。
「お兄ちゃ……って起きてるの? 珍しいね」
そうだった、俺には妹も姉もいる。おかしいのは俺だったんだ。
「し、忍すまない。今までの俺はちょっとどうかしてたんだ」
弁解のつもりが、忍は首を傾け、尋ねてきた。
「何が? ……ははーん、いつもいつも妹に起こされる兄貴ってのは、やっぱり恥ずかしいものですか、それなら自分で起きる努力をするんだね! じゃあ朝御飯できてるから」
自信満々にそう言うと、忍はすぐに部屋から出て行き階段を下りていく。
あの反応は恐らく、いや間違いなく俺が他人扱いしていたことを覚えていない。
これも異瀬の魔術的な、そういう力だろうか。それともあの数日自体がなかったことに……。
枕元の時計の日付を見れば確かにきっかり二日分巻き戻っている。
一階に下り朝食を摂りながら兄弟で話すも、確かにあの奇妙な日常はなかった事になっている。
もっとも、その事実が起こった日が未来なんだから当然といえば当然か。
姉や妹と話し、父の職業が西條グループの管理職だと確認した時点でようやく気が付いた。
俺にとって唯一嬉しかった出来事『幼馴染・西條紅華』なんてなかったことに。
その事を思い出した瞬間、さらに元の記憶が蘇ってくる。
俺の本当の友達、家の場所、アルバム。
ああ、なんということだ!
父に行ってきますも言わず、鞄を持ち俺は一人で学校に走った。
校門では相変わらず曽村虎雄やチャリ通生徒が入り乱れている。
何も風景は変わらない、俺はそれらをすり抜け教室に走る。
あの時、俺が記憶を改竄された時に真っ先に杏に声をかけたように、俺はベストフレンドの名を叫んだ。
「隆二!」
おかっぱモヒカンは変わらず呆けた童顔でこちらを見る。
「どうしおった敬、朝っぱらから大声で」
隆二からすればいつもと変わらない日常だが、俺にとってはその存在を忘れそのうえ非常に失礼なことをして……謝っても謝りきれないほどの所業をしたのだ。
込み上げる涙を堪え、俺は隆二に抱きついた。
「すまない! 本当にすまなかった!」
「本当にどうした? 何かワシに謝る事があったかのう……って何を泣いておるんじゃ!?」
感極まってしまい結局俺はボロボロと涙を流した。俺にも親友と呼べる者がいたんだなぁ……、その光景を遠目で見ている巨人がいる。
「敬殿、ついにボーイズラブにでも走ったでござるか」
身長230越えの、通称ビッグフット、エセ侍喋りが特徴の不同大吉。
俺がよくつるんでいたのはこの二人だけだ。
異瀬杏なんて人間は、あの記憶でしか存在を知らない。
大吉と久闊を叙し隆二と親交を深め約二十分、チャイムが鳴りSHRが始まる。
その時点でようやく、俺の二つ前の時代、つまり正しかった時代との差異が見つかった。
俺の席と隣の席の後ろに机があるのだ。
誰にも気づかれないように軽く笑った。姉と妹と幼馴染が増えて親友がソックリ入れ替わることと比べればたいしたことがない。大方転校生でも来るのだろう。
結局あの説明しようもない体験と謎の異瀬杏については何も分かっていないが、元の日常に戻っただけでもよしとしたい。
もし何かを間違えていたら俺はあの間違った迷宮から二度と戻れなかったのかもしれないのだから。
ようやく教室に曽村教師が来て、案の定転校生の話をした。
「実はだな、ある学校で爆発事故が起きてその所為でこの学校にも十人ぐらい転校生が来るんだ。本当は緊急朝会でも開くかって話になっていたんだが、皆この辺出身の子どもらしいからそういう説明なしでいいっつう判断が下った。仲良くするように」
そういって教室に入ってきたのは、見目麗しい美少女と、その妹に見えるほど小さな、学ランを着た女子小学生。
………………。
「それじゃ自己紹介とかしてくれ」
二人はチョークを持ち、黒板に名前を書いていく。
だが俺にはなんと書かれるか分かっていた。
「西條紅華です、よろしくお願いします」
茶髪でありながら育ちの良さと気高さを感じさせる彼女は、あの時と何も変わっていない。
「異瀬杏だ。職業は学生で魔術師とでも言っておこう」
やはり本人だ。鼓動が波打つ。周りの奴らは驚き半分で笑っているが俺はそんな気分になれない。
「それじゃ二人にはあの後ろの席に座ってもらうぞ」
正しい歴史に戻ったのかどうか、俺には判断つけがたい。
俺の後ろに西條紅華が、そしてその隣に異瀬杏が座った。
異瀬杏の俺とのすれ違いざまの一言で、また戦慄した。
「放課後、いや次の休み時間いいか?」
そして、授業が始まる。世界史だ。
チャイムが鳴って早々、異瀬杏が話しかけてきた。
「それじゃ敬よ、視聴覚準備室は遠いからトイレの個室で二人きり、なんてエロスなステージでもいいかな?」
底抜けの助平、俺があの時に知っていた異瀬杏の特徴が当てはまる。
「ほほう、杏殿というでござるか、拙者は不同大吉と申して、このおかっぱモヒカンが雨宮……」
「大吉悪い、二人にしてくれ」
俺の真面目なトーンに、普段はふざけっぱなしの大吉も隆二を連れて教室の他のグループに殴りこみにいったようだ。
「では何から話すか……」
と言ったところでもう一人の転校生が、異瀬杏に乗っかる。
「杏くん、あの魔術師ってなんなの? あんまりウケてなかったけど」
それなりに築かれていたシリアスな空気は一気に崩された。
杏が若干うんざりした顔で「やっぱり放課後に」と言った。俺も同意だ。
休み時間も昼食も転校生二人は引っ張りだこで、結局まともに話す機会はそれっきりとなった。
なんせ西條さんのあの可愛さに加えて、異瀬のあの……可愛さ? があるからな。
待ち合わせ場所は決めていなかったが、教室にいても残る生徒がいるだろうからある場所だと予想してスタンバイしたところ、きっちりと彼は来た。
「おお、よく視聴覚準備室なんて分かったな」
「二人で前に話したからな」
そして、今回の事件の全貌を訊くのだった。
話せば非常に長くなる事間違いなしだが、ここまで付き合ってくれている読者様ならきっともう長さは関係ないだろう。なのできっちり簡潔に完結させよう。
まず異瀬杏とその幼馴染、西條グループの一人娘西條紅華は東第二高等学校にてオタク部なる不憫な部活で、日々不埒な活動を行っていたという。もちろん西條さんは巻き込まれる形でだ。
その際に異瀬は魔術に関するまゆつばな技術を手に入れ、挙句学校を爆発させたとか。
大量の学生が転校するのだから、生半可な爆発ではなかったのだろう。
西條と異瀬は地元がこの辺りということで、この公立金崎高等学校に来る事になったが、曲がりなりにもお嬢さまである西條紅華には殆ど誰でも入れるこの高校の空気が合うかどうか、果ては不良がいないかなどの諸事情心配になり異瀬杏は独自の技術(未来予知&ハッキング&etc)を用いほぼ百パーセント我がクラスの我が席の近くに座ると踏んだらしい。
そこで俺の人間性をテストし、二人の転校生に非道な行為を行わないかと奇跡の魔術を起こした。
まず、並みの人間と体格が大きく違ううえオタク趣味が通じる大吉と異瀬が成り代わり、俺と身近に行動する事によってその性質を見る。
ついでに俺から姉と妹と隆二の記憶を消し、その真相に気付けるよくできた人間かチェックして、西條にとっての異瀬を俺に挿げ替えて誘惑に負けない気力を確認したとか。
異瀬の、いわゆる魔力が持たなかったため、授業は一日分で、作られた異瀬家の表札が不同のままになっていたり、俺が異瀬の家族の事を知らなかったり、生徒会メンバーが実は春さんしか決まっていなかったり杜撰なところも多々あったとか(ちなみに倉橋麻友は現在副生徒会長である、あの世界で俺が副生徒会長を尋ねていればそれで世界は崩壊したとか)。
一通りこんなものだろうか。異瀬は自分の事を俺に詳しくさせるより何か他の部分に魔力を費やすべきだと問い詰めたい気持ちにもなったが、ここは閉口しておく。
小さな体から吐かれた大量の言葉を、満足するように異瀬は心地よい溜息をつく。
「あとなんか分からん事ある? 多分全部だと思うけど」
「そうだな、その世界作ったり記憶消したりってどうやったんだ?」
「詳しくは話せないが、二度とあんな奇跡的なことはできないだろうなぁ」
そういい彼は天井を見た。よほど偶然と無茶に頼ったのだろう。
魔術って便利な言葉だ。
「俺から、姉さんと忍の記憶を消す必要があるか?」
「それはもちろん、俺が羨ましいからに決まってんだろ!」
そう言ってサムアップしてきた彼の親指を俺は強く握り締めた。
「じゃあ隆二に関する記憶を消す必要は?」
苦しまぎれに杏はかろうじて呟く。
「それは、やっぱり、犯人が身近にいるって事をわからせるのと、スケープゴートになってもらうの。お前に真面目に犯人探しして欲しかったからな」
ふーん、と微妙に納得しておく。
そして最後に。
「あのさ」
あの世界が作られた物だとわかっても、あの時得た気持ちは一切霞む事がない。
例えば頼りにしていた異瀬に裏切られた気持ちとか。それは今から拳骨で許す。
もう一つ、あの世界だけで得た、拭い去れない強い感情がある。
「……西條さんのことだが……」
「紅華がなんだ? マジで惚れたのか?」
俺は頷いた。
「そりゃ無理だ。あの世界でのお前の立場は俺の立場。紅華が好きなのは今も昔もなぜか俺だ。灰国、恋心を踏みにじるようで悪いが、お前がどう伝えてもその想いは成就しない、と思う」
「……そうか、やっぱそうだよな。じゃあ歯を食いしばれ」
堅く拳を握り締めた。
俺だってあの世界で色々真面目に考えていて、日常生活は上の空だったが、他人の気持ちぐらいは分かるつもりだ。西條さんの心配してくれた気持ち、登校途中のアプローチ、まさにいつも一緒にいることが当然って感じの、離れるなんて想像もできないってレベルの仲。
あれは全部俺じゃなく、こいつに向けられたものだったんだ。
あんなものを引き裂けるわけがない。
自分の執念を拭うため、あの時の記憶と別れるため、渾身の力で拳を振り下ろした。
「うぎゃあ!! いきなり殴る奴がいるか!!」
「どう考えてもお前が悪いだろ!! うぉおおおおお西條さぁああああああん!!」
結局恋が成就する事もなく、平凡な日常に憧れの女性と非凡な親友が増えるだけの結果になった。
けれど、あの魔術的空間の二日間できっと生きることにおいて重要な何かを得たんだと思う。
……何か、きっと何か得たはずだ。そうでないと骨折り損のくたびれ儲けにも程がある……。
言葉では説明しきれない不明瞭な点やいまいち綺麗に終わっていませんが
大目に見てやってください。
しかし四章がクライマックスだったような気も……




