二章・知った友人と知らない友人と消えた友人
さらに紅華さん……いや、西條さんと距離を開けてようやく教室に辿り着いた。
教室、異常なし。生徒……まだ人数は少ないが、西條さんがいる以外異常なし。ほっと一息つけた。
これ以上もし何か問題があったら、間違いなく精神崩壊してるわ。もう、やってられんわ、急に関西弁モドキになるぐらい、やってられんわ。
クラスメイトを一通り見て……親友を見つけ駆けつける。
「杏! お前は無事だったか!!」
「敬か、お前何言ってんの? どういう意味?」
俺はそこにあった128センチ・32キロを担ぎ上げた。
中身はド変態のくせして、性別以外は小さな美少女という奇跡の塊。
正真正銘の男子高校生『異瀬杏』様は無事で何も変わっていない、それだけで満足だ。
「杏、俺はもうなんか大変だ。もう駄目だよ」
彼がいるとここが金崎高校だと実感できる。その杏は若干引き気味だが。
「敬、お前キャラ変わったな……」
「俺が変わったのかそれとも世界が変わったのか!?」
「何の話だよ……」
唖然とするクラスメイトを無視して、時計を見てSHRまで時間に余裕があることを確認し俺は話を始めた。
「杏、今朝からの不思議体験を聞いて欲しい」
俺の真面目な空気が伝わったのか、杏もその愛らしい小さな顔を引き締めた。
「……俺が助けになるなら」
そして俺は全部(と言っても朝から登校までの短い時間だが)を話した。
いなかった妹と姉と幼馴染の事、職が変わった父の事、丁寧に一から全てを話した。
それを全部を聞き終わって、杏は口を開いた。
「最初から全員いたじゃん」
「だ・か・ら! いなかったんだよ」
杏は軽く笑いながら「冗談だよ」と付け加えた。
「お前の言っている事はにわかに信じがたいというか信じていないが、まぁ事実だとしよう。すると問題はまず紅華のことだな」
「いや、どれも真剣な問題だ」
「いいから聞け。紅華は確かに昔のお前の世界に、お前と面識はなかったが存在した。お前の姉と妹は存在があったかどうかも定かではない、つまり増えた女性の中で少し差があるんだ。鍵を握りそうだと思わないか?」
混乱した頭で考えてみる。確かに前の父さんが言っていた名前も間違いなく西條紅華だったと思う。この世界でも西條紅華という名前であることも確認済み。
そしてどちらも大企業の一人娘だという立場に変わりない。
「次に、お前の父親の仕事が変わった件だが……おそらく、不都合を修正するためだ」
「どういうことだ? 不都合って?」
「紅華は西條グループの一人娘で少し偉い人、社員から丁重に扱われる存在である。そしてお前の昔のお父さんはそのグループの社員だ。するとお前の父さんが西條グループの社員のままだったら紅華にヘコヘコしなければいけないわけだが……それじゃいけないよな? お前の親父がへこへこしている人物にお前は気安く話せるか? 口説けるか? だからお前の父さんの仕事は西條グループの管理職からそこらの塾長に変わらなければいけなかった。あくまで推測だけどな」
「どう『だから』なんだよ。つうか口説くって……」
やっぱり意味がわからない。その不都合は俺にとっての不都合じゃないだろう? なら、いったい誰にとっての不都合なのか?
「つまりお前の父の仕事が変わったのは、『西條紅華』という仲の良い幼馴染を作る下準備だ。そして、お前の元に現れた三人の女。これが意味するのは……」
杏のつぶらな瞳に確信が宿っている。
「お前に新しい世界で女遊びをして欲しいに違いない!!」
ビシィッと突きつけられた指を、俺はきっと物凄くマヌケな顔で見ていたんだろう。杏の顔が真面目に不機嫌になっている。
「なんだその顔は?」
「お前は今も昔も変わっていないよ……」
底抜けの馬鹿でエロイ事と女の事をしか考えていないところ、何も変わっていない。こいつの何が駄目かっていうと、その答えが絶対だと信じて疑わないところだ。
「あのなぁ、誰がそんなことを考えるんだよ?」
俺が声に怒りを混ぜていうと、杏は真面目に意見をつらつらと述べた。
「まずお前の記憶に問題がある場合、これが確率高いと思うがお前はそれを信じないだからなしにしよう。次に宇宙人的な未知の敵がお前の姉と妹として侵入したとすると、元のお前の世界にいたはずの西條が加わるのはありえないのでボツ。残りはさっきいったパラレルワールド的なのか、超常現象しかない。そうなると悪意もへったくれもないから、そういうわけで楽しい風に考えろよ。妹と姉と幼馴染が一日で手に入るって俺、羨ましくてたまらないよ」
杏は意外とちゃんと考えてくれているみたいだが……これでは解決とはいえない。
「なぁ頼むよ、元に戻る手段は……」
杏がジトッとした目で見てくる。なぜか少し怒っているらしい。
「まだ情報が少ない、また今度だ。そもそもそんな状況にもなって元に戻りたいとか言う奴の気が知れん。俺だったら喜んでハーレム作るね。誰だってそうする。きっとお前以外はそうするよ」
お前だけだろ――と言おうとしたがその次の言葉を失った。
なぜなら教室に入ってきた男を見て呼吸を忘れるほど驚愕したからだ。
おかっぱ頭の上にモヒカンのような髪が生えている。顔は童顔で背はそれほど高くない。
何に驚いたかといえば、そいつが金崎の学生服を着てこの教室に堂々と入ってきた事だ。
「おはよう雨宮! ほら敬、雨宮は覚えているだろ?」
杏が指差して、ようやくその男が雨宮だということに気づいた。
だが、そんな男は人生で初耳だ。見たことも聞いた事ももちろんない。
「いや杏……誰だアイツは?」
雨宮は前の世界で異瀬杏が座っていた席に、その鞄を置いてこっちに来た。
「おお、杏に灰国、元気しとったか?」
気さくに話しかける初対面を無視して、杏は俺に疑惑の視線を向ける。
「敬、お前、雨宮を知らないってのか?」
「あの席はお前の席だろ? お前の」
俺が思ったままを言うと、杏は正気を疑うように。
「俺の席? 俺の席はあっちだぞ」
と言って指差したのは、俺と杏の親友であった『不同大吉』の席だった。
「あそこは大吉の席だろ? 不同大吉」
「不同大吉? 誰だそれ?」
「ワシを華麗にスルーせんでくれ。何の話じゃ?」
今はモヒカンの喋り方以上に杏が不同を忘れている事が何よりの驚きだった。
杏は普段ずっと大吉と犯罪すれすれの事をして俺を巻き込んでいた。
その大吉がいなくなり雨宮とかいう知らない奴が変わりにいる。
まるで自分の世界が全て壊されていくようだ。
「杏よ、灰国はどうしおったのじゃ?」
「分からん。分からんが……俺までもやもやしてきた」
そして杏は俺に向き合った。
「敬、俺は重要な何かを忘れているのか? それともお前が狂っただけなのか? 俺は……いや、とりあえず、その不同君の話をしてくれ」
戸惑う雨宮を放置して、俺は覚えている限りの不同大吉について話した。
「まず不同は身長が確か230センチ以上、体重が130キロを超えてたな、七月一日生まれのかに座でエセ侍口調の……」
「ちょっと待てお前、それ本当に高校二年生、いや人間か?」
「おいおい灰国、一体全体なんの話じゃ?」
杏の新鮮な反応、見ず知らずの雨宮の反応、どっちも胸が痛んだ。
いつも杏は小さい自分と大きな大吉の除け者仲間として本当に仲良くやっていた。
それなのに、今の杏の反応はまるで大吉のことを知らない一般人と同じ反応だった。
昔、俺が大吉に『お前はそれで高校生か?』と言ったら杏はすぐさま『俺にも同じことを言うんだろ?』と庇っていたのに……それが、こんな……。
「杏、灰国、さっきからワシを無視するな!! それはいったい誰の話じゃ!?」
雨宮のモヒカンが揺れ、おかっぱがふわりと開く。
「杏、そいつについて知ってること全部言ってみろ」
「雨宮隆二、喋り方の変な高校二年生。身長は……」
杏は言葉を詰まらせた。
「あれ? 体重、誕生日、血液型……なんで……? 分からない……」
杏の顔は蒼白になって、冷や汗までかいている。
「おいおい杏、どうしたんじゃ? ワシの誕生日分からんて……」
「お前は言えるのか?」
頭を抱えて唸る杏の代わりに訊ねる。
胸の中で膨らんでいた世界への疑問が、個人に対しての疑いになっていく。
「誕生日を忘れる高校生がおるか!! 姓が雨宮! 名が隆二! 誕生日が」
雨宮は口を開いて動かない。
「えーっとぉ……誕生日じゃったな、誕生日、誕生日っと……」
怪しい。なにか、こいつにはなにかがあるのかもしれない。
そのまま口笛を吹いて歩き出す雨宮に掴みかかろうとすると、杏に腕を掴まれた。
「待ってくれ敬……間違いなく雨宮は俺の友達だ……」
杏の手は力が弱くて、今にも泣き出しそうな震えた声だ。
「頼むよ……別にハーレム作りゃいいじゃん……この世界を壊す必要ないじゃんよ……。分からないけど、怪しくても雨宮は間違いなく親友なんだよ」
俺は、胸に感情を抑圧したまま、一歩も動けなかった。
授業中、今日はずっと普通のクラスメイトと喋らず、授業も熱心に聴かずこの世界について考えた。
幸い席はクラスを一望できる一番後ろ、じっくり教室の状況を見ながら考える事が出来る。
たまに雨宮や西條さんが話しかけてきたときは軽くあしらった。二人ともが優しげで本当に心配してくれているみたいだけど、今の俺にとって親しくしすぎるのが問題な気がしたからだ。
休み時間や下校中は杏とこの世界について詳しく話した。今見つかっている差分は、『俺の周りの女性3人』と『不同が雨宮に』の2つが大きい。
父さんの職業は辻褄合わせとして判断すると杏の言。
辻褄合わせとはそのままの意味でもあるが、俺と杏の間で用いられる、変化のための変化という造語でもある。
そして辻褄合わせは父さんだけではなかった。俺の偽姉こと春さんがこの新しい世界で生徒会長をやっているらしく、前の世界での生徒会長『倉橋麻友』が消えたのも辻褄合わせだと判断された。
関係ないんじゃないか? と俺が訊ねると杏は十分ほどかけて生徒会長という属性のなんたるかを語りだした。俺はやむなく倉橋麻友を辻褄あわせとして判断する事にした。
だが、そう考えると大きな問題は一つ残る。
「もしこの世界が俺に、その、いわゆるギャルゲーを味わって欲しいんだとしたら、辻褄合わせは分かるが、不同が雨宮に変わる意味が分からないな」
帰り道、自転車をこがずに押して歩きながら俺が聞く。
こればかりは何の辻褄合わせでもない、姉、妹、幼馴染と何の関係もない変化だからだ。
すると杏は指を二本出した。
「一つは雨宮が黒幕。そうすれば誕生日不明事件の謎が解ける。まぁ不同と成り代わったのはお前と仲の良い、都合のいい人材だったからだろうな。近くで観察できるとかいって?」
あの時は涙目で小動物のように雨宮を庇ったのに、今になってあっさり切り捨てやがった。
だがそんな風に正直に考えてくれるのは、杏が頼りになる証拠だ。
「もう一つは……雨宮が男の娘、もしくは男装の麗人で実は攻略対象の一人だという可能性だ」
確か男の娘って男だろ。攻略対象じゃないだろ。
それに麗人と言ってもあの声は間違いなく男のものだった。となると攻略対象なんかじゃないはず。そして俺は同性に対してそのような不埒な感情は持たない。
「そんなこというお前の方がよっぽど攻略対象だろ。見た目的にも声的にも」
すると杏は頬をポッと朱に染めた。
「馬鹿! 俺は男だからな!! そんで、自分でいうのもなんだが、俺を対象としたら見た目が年齢制限アウトだぞ」
128センチは確かに……アウトだろうな。
のんびり歩いていたが、ついに別れるところまで来た。
「いいか敬、この世界の問題はお前だけが困っているところだ。味方が一人もいないけど、一人で頑張るんだぞ」
そして杏は自転車に乗って走り去った。
確かにこの境遇に遭っているのは俺だけだが、味方は間違いなく一人いる。そう思うと気持ちが幾分もマシになった。
これで役者は全員揃いました。




