騒音に悩まされる男
男は謎の音達に悩まされていた。
沢山の足音、扉の開け閉めする音、誰かの内容が分からない話し声ーーー列挙にあげるとあげきれない程だ。まるで男は人混みの真ん中にいる様な五月蠅さだった。此処で言わなければならない事は、男は実際に人混みの中にいるのではなく、男しか暮らしている住人がいない静かな一軒家の中でもその音がする事だ。
あまりの怪奇現象過ぎる出来事に男は遂に霊媒師を雇った。
霊媒師は五十代の眉間に皺を寄せたスーツ姿の男だった。男は家の中に入って余計に眉間に皺を寄せる。あまりの五月蠅さに霊媒師もキツイのだろう。
「あーなるほど。そう言う事ね」
霊能力者はポツリとそれだけ言うと男の方へと振り向く
「アンタ奥さん最近死んだ?」
「⁉︎そうです‼︎不慮の事故で亡くなって、まさか妻の死はこの幽霊達のせいでっ」
「あー違う違う。それは別件。これに関してはアンタの自業自得」
「はぁ? 自業自得って、私は何一つ悪い事などしていませんよ」
「ーーーーーー無自覚、いや本気で悪い事とは思ってはいないのか。この手の奴が一番厄介なんだよな。……しかも証拠も残さないタイプか」
最後の言葉は男には聞こえなかった。
「あー……とりあえず寝室にこれを壁に四方に張って。そうすれば寝室だけは静かになる筈だから。……完全に静かにしたいのなら、まずは自分の罪に向き合わないと」
それだけ言うと霊能力者は男の元から去った。男の手には霊能力者から渡された札が四枚。言われた通りに四方の壁に貼り付ければあの騒音が嘘の様に静かになったのだ。男は久しぶりの静寂に安堵してその日の夜は穏やかに眠りについた。
その日、男は夢を見た。夢には死んだ妻がいた。
妻は愚とんな女だった。静寂を好む男の要望である『音を立てるな』と言う要望さえ碌に守らずスリッパの音やドアの開け閉めの音など立てる様な女だった。何度男が教育してやった事か。指導の度に泣きながら感謝をしていた。………………そう言えばあの騒音も妻が死んでから聞こえる様になったな。
そうして男は目覚ましの音で起きた。良く眠れたが、何故か精神的に疲れていた。
それから男は家にいる間、殆どの時間を寝室で過ごす様になった。他の部屋では音が五月蝿過ぎてストレスになるからだ。しかし寝室にいても何故だが亡くなった妻の事を思い出す。
何時も男の言葉を聞き逃さない様に小動物の様に震えていた妻。騒音を嫌う男の為に大人しくしていた妻。男の要望を聞く為にその場に静かに立っていた妻。ーーーなのに。
寝ても覚めてもあの妻の事ばかり思い出す為、翌日、男は例の霊能力者にクレームの電話をかけた。『お前渡した札を張ってからずっと事故で死んだ妻の事ばかり思い出す! アレは何なんだ⁉︎』と。
電話越しの霊能力者は平然としていた。それどころか溜め息まで吐いていた。
『本当に自覚がないのか。ーーーはぁ。これはどうにもならんな。…………単刀直入に言うな。お前さん、嫁さんと嫁さんのお腹にいた我が子を殺しただろ』
男はピタリと動きが止まった。
「違う。アレは事故だ。アイツが階段から勝手に転げ落ちて」
『嘘付きなさんな。お前さんのDVにずっと耐えていた嫁さんは妊娠を機に覚醒してお前さんから逃げた。それに腹を立てたお前さんは嫁さんを連れ戻そうとしたが、嫁さんが抵抗したのが許せなくていつも通りに拳で殴った。だけど殴った場所が悪かった。そこは歩道橋の階段の一番上だった。そして奥さんはそのまま真っ逆様に転がり落ちて首を折って死んだ。目撃者がいなかったからお前さんはそのまま逃げたんだろうが』
「違う!アレは事故だ!!!!」
『そう思いたいはそう思っても良いが、事実は変わらない。その家の近くには特級クラスの怨霊付きの事故物件があった。最近大人しくなってその周辺で開発が進んでアンタの家も建てられた。その怨霊が亡くなった原因もDVが原因でしかも同時期に我が子も殺された事に大分怨霊の方もキレたんだろう。呪殺は出来ないが、それでもアンタが嫌っている騒音を使って嫌がらせして精神的に追い込んでんだ。初期の頃よりも大分お優しい性格になったもんだよ。……あのお札はその怨霊の干渉を阻止する代わりに嫁さんにした事を思い出して罪悪感で自首させるつもりだったが……こりゃあダメだな』
霊能力者は電話越しで溜め息を吐いた。男は苛立ちがピークとなった。
あれは事故だ。せっかく迎えに来てやった男に馬鹿な嫁が罵倒して逃げようとしたから何時もの様に指導してやったのに、勝手に歩道橋の階段から落ちたのだ。普段通りに自分から起き上がるまで放置していたら、あっちが勝手に死んだそれだけだ。
『まぁ俺としてはどうでも良いが。悪いがアンタ自首するかその家を引っ越すかそのままの状態の三つの選択肢しかないから。これ以上は俺は何も出来ん。札を剥がしても良いが何も変わらないから。お代は前払いだけで良いから二度と電話かけて来るなよ』
それだけ言って霊能力者側から電話を切った。男は再度電話を掛け直すが着信拒否にしているのか電話に出る事はなかった。男は腹が立ってスマホをソファに叩きつけた。男は爪を咬みながらウロウロしながら問題解決する為に考えた。しかしどんなに考えても良い案が思い付かず、音も止まない。
それ所かまるで霊能力者との電話を切っ掛けに音が酷くなってい気がした。いや、酷くなってる。沢山の足音は怒りに任せて強く踏み付ける音になっているし、扉を閉める音も壊れそうな位勢いに任せた音を出しーーーしかも現実で扉が壊れる所を男は見てしまう。そして誰かの意味が分からない話し声はーーー男を批判する内容で話していた。
『人殺し』
『仕事はそこまで有能じゃあ無い癖に』
『偉そうにしているんじゃ無いわよ』
『無能の癖に』
『弱い人間しか強く出られない癖に。弱い男』
『屑』
『お前が死ねば良かったんだ』
男はリビングにある物全て破壊する程暴れ、寝室へと逃げ込んだがあの四方に張ってあったお札が何かに燃やされた様に無くなっていて、寝室も男にとっての安全地帯では無くなってしまった。
男は家から逃げた。あの音がしない場所へ。只管走った。あの家から逃げたのに、怒りに任せて踏み下ろす無数の足音も壊れる程に力任せに何度も閉める扉の音も男を罵る無数の声がずっと聞こえていた。耳を塞いでも何処かに逃げてもずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと音が聞こえる。
「誰が俺から音を奪ってくれ!!!!!!!!」
その願いを聴き届けたのは、とある怨霊の母子に憑かれていた若い男。ただし叶えたのは男ではなくその母親の怨霊の方だが。
「もしもし。……えっ?例の母子殺しの暴力男発狂したの? ついに騒音のあまり壊れたか。えっ? 違う? むしろ逆?ーーーーーー音が聴こえない真っ暗な場所に一週間閉じ込められていた? なんだそりゃ? ーーーーーー嘘だろあの紗代子がいた? パートナーの男と死んだ息子と一緒に散歩している最中に? 静かにしてくれと叫んでいた所を? ……それはまた。あの男が百パーセント悪いのだがなんて不運な。……男の自宅の庭に突然建てられていたプレハブ小屋の中にいた? 中は光がない音が一切聴こえない? ーーーーーーーー外部からの音もしない自分の心臓の音も呼吸も声も骨を動かす音もしない光もない真っ暗闇に一週間。出られるのは外側で内側は絶対に出られない。実験が終わった瞬間にそのプレハブ小屋が消えた?……命を奪わないだけ、全盛期の頃よりか大分丸くなったな」
乾いた笑い声をするしかなかったあの霊能力者の男。後に殺された男の妻とお腹の中にいた子供の為に祝詞をあげた。
後日。この紗代子が紗代子が根城にしていた呪いの家をDIYして大人しくさせた男がこの事件を知ってお仕置き×××を行ったと聞いて、一瞬全ての音が停止した後ひっくり返る程驚いた事は蛇足の話である。
最後に出てきた人達は『絶対に呪い殺す怨霊VS呪われた家をDIYしたい幼馴染VS無関係で心底どうでも良い僕』のキャラです。




