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権蔵刑事  作者: N
9/9

第九話「昔の話」

 捜査本部が立ったのは、管轄をまたぐ連続窃盗事件だった。

西署が主体で、近隣の署からも人員が集まった。


 会議室に顔が並んだ。

桐島は後ろの席に座った。

前に出る必要はない。


 説明が始まってしばらくして、ドアが開いた。

遅れてきた男が入ってきて、空いている席を探した。

桐島の隣に座った。


 男が横を向いた。

桐島も横を向いた。


 三秒ほど、二人は無言だった。


「……桐島さん」


「久しぶりだな、中田」


---


 中田雄介。

今は三十二だ。

桐島が前の署にいた頃、二十代前半で配属されてきた。

当時は桐島の下についていた。


 会議が終わって、廊下に出たところで中田が声をかけてきた。


「西署に来てたんですね。知らなかった」


「今年の四月から」


「元気そうで……いや、変わりましたね」


「そうか」


「うん、まあ……その」


 中田は言葉を選んでいた。

桐島は待った。


「飯、どうですか。せっかくだし」


「いいですよ」


---


 署の近くの定食屋。

中田は生姜焼き定食、桐島は日替わりを頼んだ。


 しばらく、捜査の話をした。

事件の概要、各署の連携、担当の割り振り。

実務的な話だ。


 飯が来て、食い始めてから、中田が言った。


「正直、さっき見た時、別人かと思いました」


「そんなに変わったか」


「変わりましたよ。昔の桐島さん、怖かったもん」


「怖かったか」


「めちゃくちゃ怖かったです。声でかいし、畳み掛けるし、取調べなんか隣の部屋まで聞こえてましたよ。被疑者が泣いたこともあったし」


 桐島は生姜焼きの匂いをかぎながら、日替わりを食った。


「あの頃の方が良かったか」


「え、いや……そういうわけじゃ。ただ、今は全然喋らないじゃないですか。最初、会議室で誰だろうと思いましたもん」


「それが権蔵だ」


「権蔵……そう呼ばれてるの知ってます。でも俺の中では全然権蔵じゃないんですよ。桐島さんは桐島さんで」


 中田は少し照れくさそうに笑った。

三十二になっても、こういう顔をする。

昔から変わっていない。


「桐島さんが指導してくれた時、毎日怒鳴られてましたよ。何やってんだこの野郎、って。でも仕事はちゃんと教えてくれた。怒鳴りながら」


「覚えてない」


「桐島さんは覚えてないでしょうね。俺は一生覚えてますけど」


 桐島は味噌汁を飲んだ。


「今の方が怖いっていう人もいますよ、知ってますか。怒鳴らない分、何考えてるか分からないって」


「そうか」


「俺は昔の方が分かりやすかったですけど」


「若かっただけだ」


「若かっただけですか」


 桐島は少し考えた。


「今と昔で、仕事の質が変わったとは思ってない」


「そうですよね。俺もそう思います」


 中田は箸を置いて、桐島を見た。


「奥さんのこと、聞いてもいいですか」


 桐島は答えなかった。

答えない、ということが答えだった。


 中田は分かったようで、それ以上は言わなかった。


「また一緒に仕事できて良かったです。捜査本部、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 定食屋を出た。

外は少し肌寒かった。

中田は頭を下げて、駅の方へ歩いていった。


 桐島はその背中を少し見てから、自販機に向かった。

缶コーヒーを買った。

ブラック。

百三十円。


 温かかった。

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