表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
権蔵刑事  作者: N
8/9

第八話「被疑者」

 西署に来て二週間が経った頃だった。


 堀田が取調室から出てきて、桐島の席に来た。

疲れた顔をしている。


「桐島さん、ちょっといいですか」


「何ですか」


「取調べ、詰まってて。替わってもらえませんか」


 桐島は手元の書類から顔を上げた。


「俺が」


「はい。あの男、俺とは話さないんですよ。黙るか、知らないの一点張りで」


「証拠は」


「車上荒らし三件、財布の窃盗二件。防犯カメラに映ってます。言い逃れできない状況なんですが」


「それで認めないなら、認めるまで待てばいいんじゃないですか」


「石田係長が早く落とせと」


 桐島は少し考えた。

それから立ち上がった。


---


 取調室に入ると、男が座っていた。

四十代、痩せている。

目の下に隈がある。

疲れているのか、眠れていないのか。


 桐島は向かいに座った。

書類を一枚持ってきただけで、他には何も持っていない。


 男は桐島を一瞥して、また視線を落とした。


 桐島は何も言わなかった。


 一分が経った。

二分が経った。

桐島は書類を眺めるでもなく、男を急かすでもなく、ただ座っていた。


 男が先に口を開いた。


「……さっきの人と違うんですね」


「そうです」


「怒鳴らないんですか」


「必要ないので」


 男はそれを聞いて、少し肩の力が抜けた気がした。


 また沈黙があった。

今度は五分ほど。


「証拠、あるんですよね」


「あります」


「カメラに映ってた」


「そうです」


 男はテーブルの上で手を組んだ。

組んで、また解いた。


「なんで盗ったか、聞きますか」


「聞いてもいいし、聞かなくてもいいです」


 男は少し桐島を見た。

何かを測るような目だった。


「俺、去年仕事なくして。家賃が三ヶ月滞ってて」


「そうですか」


「最初の一回は、本当に食えなくて。財布、落ちてたから拾った感覚で……でもそれからが止まらなくて」


 桐島は聞いていた。

頷くでもなく、メモを取るでもなく、ただ聞いていた。


「最低ですよね」


「最低かどうかは俺が決めることじゃないです」


 男はしばらく黙った。


「認めたら、どうなりますか」


「それは俺には分からない。弁護士に聞いてください」


「正直に言った方がいいですか」


「俺には勧める立場にないです。ただ、証拠はあります。それだけです」


 男はまた少し黙った。

それから、静かに言った。


「……全部、話します」


 桐島は書類をテーブルの端に置いた。


「録音、始めます」


「はい」


---


 取調室を出ると、堀田が廊下で待っていた。


「落ちましたか」


「話すそうです。あとは堀田さんがやってください」


「え、桐島さんが最後まで」


「俺じゃなくていいです。話す気になっただけです」


 堀田は少し呆然とした顔をした。


「何を言ったんですか」


「何も」


「何も言わずに落としたんですか」


「待っただけです」


 堀田はしばらく桐島を見ていた。

それから、小さく息を吐いた。


「権蔵って呼ばれる理由、少し分かった気がします」


「動かないからですよ」


「そうじゃない気がしますけど」


 桐島は答えなかった。

自販機に向かって歩いた。

缶コーヒーを買った。

ブラック。

百三十円。


 温かかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ