第七話「初日」
西署の刑事課は、四階だった。
エレベーターを降りると、廊下の向こうから視線が来た。
さりげなく、でも確実に。
桐島は気づかないふりをして歩いた。
係長の石田に挨拶をした。
五十代、がっしりした体格。
笑顔だったが、目が笑っていなかった。
値踏みしている目だ。
「桐島巡査部長、よろしく頼む。噂は聞いてるよ」
「どんな噂ですか」
「権蔵、って呼ばれてるそうだな」
「そうらしいです」
石田は少し笑った。
本物の笑いか、そうでないかは判断がつかなかった。
「まあ、うちのやり方に慣れてくれ」
「はい」
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席に案内された。
島の端の席だ。
窓際で、日当たりは悪くない。
周囲の目が、あからさまにではないが向いている。
話しかけてくる者はいない。
かといって露骨に避けているわけでもない。
ただ、間合いを測っている。
桐島は荷物を引き出しに入れて、椅子に座った。
特にすることがなかったので、机の上を見た。
前任者の痕跡が少し残っている。
引き出しの奥に、消しゴムのかすが溜まっていた。
隣の席の男が、咳払いをした。
三十代後半、眼鏡をかけている。
桐島と目が合った。
「あ、えっと……堀田です。よろしくお願いします」
「桐島です。よろしく」
「あの……前の署では、どんな担当を」
「何でも」
「何でも、ですか」
「振られたものをやってただけです」
堀田は少し困った顔をした。
何を想像していたのかは分からない。
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昼になった。
石田が声をかけてきた。
「飯、一緒にどうだ」
「ありがとうございます」
石田と、堀田と、もう一人若手の三人で近くの定食屋に入った。
石田は焼き魚定食、堀田は日替わり、若手はカツ丼を頼んだ。
桐島は同じく日替わりを頼んだ。
石田が話した。
署の管轄のこと、最近の案件のこと、人員のこと。
桐島は聞きながら、飯を食った。
必要な相槌だけ打った。
「桐島さんは、前の署で何か大きい案件やりましたか」
若手が訊いた。
好奇心のある目だ。
警戒ではなく、純粋に気になっている顔をしている。
「いくつかは」
「どんな」
「殺しも、詐欺も、色々」
「解決しましたか」
「したのもある。しないのもある」
若手は少し考えてから、また訊いた。
「権蔵って呼ばれてるって本当ですか」
石田が苦笑した。
堀田が視線を逸らした。
「本当だ」
「なんで権蔵なんですか」
「動かないからだろう」
「動かないんですか」
「必要なことはやる」
若手はしばらく黙って、それからまた訊いた。
「必要かどうか、誰が決めるんですか」
桐島は少し考えた。
「俺が」
若手は何か言いたそうな顔をしたが、黙った。
石田が苦笑いのまま茶を飲んだ。
堀田は日替わりの小鉢を食べていた。
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午後、デスクに戻った。
堀田がそっと声をかけてきた。
「さっきの川村、悪い奴じゃないんですよ。口が軽いだけで」
「そうですか」
「桐島さんのこと、興味あるんだと思います」
「そうですか」
堀田はそれ以上言わなかった。
桐島は窓の外を見た。
西署の周辺は、前の署より少し静かだ。
交通量が少ない。
空が広い。
悪くはない、と思った。
定時になった。
桐島は荷物をまとめて立った。
周囲がまた少し視線を向けた。
定時に帰るのを見ているのだろう。
気にしなかった。
廊下の自販機に寄った。
缶コーヒーを買った。
ブラック。
百三十円。
ここにもあった。
温かかった。




