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権蔵刑事  作者: N
7/9

第七話「初日」

 西署の刑事課は、四階だった。


 エレベーターを降りると、廊下の向こうから視線が来た。

さりげなく、でも確実に。

桐島は気づかないふりをして歩いた。


 係長の石田に挨拶をした。

五十代、がっしりした体格。

笑顔だったが、目が笑っていなかった。

値踏みしている目だ。


「桐島巡査部長、よろしく頼む。噂は聞いてるよ」


「どんな噂ですか」


「権蔵、って呼ばれてるそうだな」


「そうらしいです」


 石田は少し笑った。

本物の笑いか、そうでないかは判断がつかなかった。


「まあ、うちのやり方に慣れてくれ」


「はい」


---


 席に案内された。

島の端の席だ。

窓際で、日当たりは悪くない。


 周囲の目が、あからさまにではないが向いている。

話しかけてくる者はいない。

かといって露骨に避けているわけでもない。

ただ、間合いを測っている。


 桐島は荷物を引き出しに入れて、椅子に座った。

特にすることがなかったので、机の上を見た。

前任者の痕跡が少し残っている。

引き出しの奥に、消しゴムのかすが溜まっていた。


 隣の席の男が、咳払いをした。

三十代後半、眼鏡をかけている。

桐島と目が合った。


「あ、えっと……堀田です。よろしくお願いします」


「桐島です。よろしく」


「あの……前の署では、どんな担当を」


「何でも」


「何でも、ですか」


「振られたものをやってただけです」


 堀田は少し困った顔をした。

何を想像していたのかは分からない。


---


 昼になった。


 石田が声をかけてきた。


「飯、一緒にどうだ」


「ありがとうございます」


 石田と、堀田と、もう一人若手の三人で近くの定食屋に入った。

石田は焼き魚定食、堀田は日替わり、若手はカツ丼を頼んだ。

桐島は同じく日替わりを頼んだ。


 石田が話した。

署の管轄のこと、最近の案件のこと、人員のこと。

桐島は聞きながら、飯を食った。

必要な相槌だけ打った。


「桐島さんは、前の署で何か大きい案件やりましたか」


 若手が訊いた。

好奇心のある目だ。

警戒ではなく、純粋に気になっている顔をしている。


「いくつかは」


「どんな」


「殺しも、詐欺も、色々」


「解決しましたか」


「したのもある。しないのもある」


 若手は少し考えてから、また訊いた。


「権蔵って呼ばれてるって本当ですか」


 石田が苦笑した。

堀田が視線を逸らした。


「本当だ」


「なんで権蔵なんですか」


「動かないからだろう」


「動かないんですか」


「必要なことはやる」


 若手はしばらく黙って、それからまた訊いた。


「必要かどうか、誰が決めるんですか」


 桐島は少し考えた。


「俺が」


 若手は何か言いたそうな顔をしたが、黙った。

石田が苦笑いのまま茶を飲んだ。

堀田は日替わりの小鉢を食べていた。


---


 午後、デスクに戻った。


 堀田がそっと声をかけてきた。


「さっきの川村、悪い奴じゃないんですよ。口が軽いだけで」


「そうですか」


「桐島さんのこと、興味あるんだと思います」


「そうですか」


 堀田はそれ以上言わなかった。


 桐島は窓の外を見た。

西署の周辺は、前の署より少し静かだ。

交通量が少ない。

空が広い。


 悪くはない、と思った。


 定時になった。

桐島は荷物をまとめて立った。

周囲がまた少し視線を向けた。

定時に帰るのを見ているのだろう。


 気にしなかった。


 廊下の自販機に寄った。

缶コーヒーを買った。

ブラック。

百三十円。


 ここにもあった。


 温かかった。

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