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権蔵刑事  作者: N
6/9

第六話「異動」

 辞令が出たのは、三月の終わりだった。


 係長の野口に呼ばれて、椅子に座った。

野口は少し言いにくそうな顔をしていた。

桐島はそれを見て、大体の察しがついた。


「異動だ」


「そうですか」


「来月から、西署の刑事課に行ってもらう。上が決めた」


「分かりました」


 野口は拍子抜けした顔をした。


「……それだけか」


「他に何かありますか」


「不満とか、理由とか、聞きたくないのか」


「聞いても変わらないでしょう」


 野口はしばらく桐島を見ていた。

何か言いたいことがあるのは分かった。

でも桐島は待たなかった。

立ち上がって、一礼して、部屋を出た。


---


 話はすぐに広まった。


 翌朝、出勤すると宮田が駆け寄ってきた。


「桐島さん、本当ですか」


「何が」


「異動」


「本当だ」


 宮田は困った顔をした。

二十代の顔というのは、感情が全部出る。


「なんで急に」


「急じゃない。年度末だ」


「でも聞いてないですよ、俺」


「お前が聞く話じゃない」


 宮田はそれでも納得していない顔をしていた。

桐島は気にしなかった。


 午前中、坂本が缶コーヒーを持ってきた。

ブラック。

無言で置いていった。

桐島は受け取って、飲んだ。

それだけだった。


 昼過ぎ、藤堂から内線が来た。


「聞いたぞ、権蔵」


「はい」


「西署か。遠いな」


「そうですね」


「不服申し立てしないのか」


「しません」


「お前らしいな」


 藤堂は笑って、切った。


---


 夕方、野口がもう一度桐島を呼んだ。


「俺は引き止めようとしたんだ。一応言っておく」


「ありがとうございます」


「お前にとってここが居心地いい場所かどうか、俺には分からん。でも……まあ」


 野口は言葉を選んでいた。

桐島は待った。


「お前がいると、なんか安心するんだよな。署が」


 桐島は少し黙った。


 矢島にも同じようなことを言われた、と思った。

安心。

自分がそういう存在になっているとは、あまり実感がない。

ただ、悪くはないと思った。

思っただけで、口には出さなかった。


「お世話になりました」


「まだ一ヶ月ある」


「そうですね」


---


 帰り道、桐島はいつもの自販機に寄った。

缶コーヒーを買った。

ブラック。

百三十円。


 西署にも自販機はあるだろうと思った。

ブラックがあるかどうかは知らない。


 まあ、どうにかなる。


 温かかった。

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