第六話「異動」
辞令が出たのは、三月の終わりだった。
係長の野口に呼ばれて、椅子に座った。
野口は少し言いにくそうな顔をしていた。
桐島はそれを見て、大体の察しがついた。
「異動だ」
「そうですか」
「来月から、西署の刑事課に行ってもらう。上が決めた」
「分かりました」
野口は拍子抜けした顔をした。
「……それだけか」
「他に何かありますか」
「不満とか、理由とか、聞きたくないのか」
「聞いても変わらないでしょう」
野口はしばらく桐島を見ていた。
何か言いたいことがあるのは分かった。
でも桐島は待たなかった。
立ち上がって、一礼して、部屋を出た。
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話はすぐに広まった。
翌朝、出勤すると宮田が駆け寄ってきた。
「桐島さん、本当ですか」
「何が」
「異動」
「本当だ」
宮田は困った顔をした。
二十代の顔というのは、感情が全部出る。
「なんで急に」
「急じゃない。年度末だ」
「でも聞いてないですよ、俺」
「お前が聞く話じゃない」
宮田はそれでも納得していない顔をしていた。
桐島は気にしなかった。
午前中、坂本が缶コーヒーを持ってきた。
ブラック。
無言で置いていった。
桐島は受け取って、飲んだ。
それだけだった。
昼過ぎ、藤堂から内線が来た。
「聞いたぞ、権蔵」
「はい」
「西署か。遠いな」
「そうですね」
「不服申し立てしないのか」
「しません」
「お前らしいな」
藤堂は笑って、切った。
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夕方、野口がもう一度桐島を呼んだ。
「俺は引き止めようとしたんだ。一応言っておく」
「ありがとうございます」
「お前にとってここが居心地いい場所かどうか、俺には分からん。でも……まあ」
野口は言葉を選んでいた。
桐島は待った。
「お前がいると、なんか安心するんだよな。署が」
桐島は少し黙った。
矢島にも同じようなことを言われた、と思った。
安心。
自分がそういう存在になっているとは、あまり実感がない。
ただ、悪くはないと思った。
思っただけで、口には出さなかった。
「お世話になりました」
「まだ一ヶ月ある」
「そうですね」
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帰り道、桐島はいつもの自販機に寄った。
缶コーヒーを買った。
ブラック。
百三十円。
西署にも自販機はあるだろうと思った。
ブラックがあるかどうかは知らない。
まあ、どうにかなる。
温かかった。




