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権蔵刑事  作者: N
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第四話「遺品」

 連絡が入ったのは午後だった。

アパートの一室、住人が数日前から姿を見せないと管理会社から通報があった。


 桐島は同僚の坂本と二人で向かった。

坂本は四十代、刑事課の古株だ。

口数は少ないが、こういう現場には慣れている。


 アパートは古かった。

外壁の塗装が剥げて、階段の手すりが錆びていた。

二階の突き当たり、203号室。

ドアの前に立つと、微かに匂いがした。

坂本と目が合った。

桐島は頷いた。


 管理人に鍵を開けてもらった。


---


 中に入ると、カーテンが閉まっていた。

坂本が窓を開ける間、桐島は部屋を見回した。


 六畳一間。

台所が狭い。

布団が万年床になっている。

その傍らで、七十代とおぼしき男が横たわっていた。

もう何日も経っている。

桐島は淡々と確認して、坂本に目配せした。


 救急と所轄への連絡を坂本に任せて、桐島は部屋の中をゆっくり見た。


 本棚があった。

文庫本が几帳面に並んでいる。

背表紙は日焼けしていた。

何度も読んだのだろう。

松本清張、山本周五郎、沢木耕太郎。

読む人間の顔が、少し見えた気がした。


 窓際に小さな棚があって、鉄道模型が置いてあった。

埃をかぶっているが、丁寧に並べてある。

線路も敷いてある。

走らせていたのか、眺めていただけなのかは分からない。


 壁に写真が何枚か貼ってあった。

山の写真だ。

富士山、北アルプス、どこかの尾根道。

若い頃に撮ったものだろう。

写真の中の男は笑っていた。

今、床に横たわっている男と同一人物だとは、にわかには信じがたい顔をしていた。


 一枚だけ、人物が写っている写真があった。

男と、同じくらいの年格好の女。

並んで立っている。

山の頂上だ。

背景に雲がある。

二人とも笑っている。


 桐島はその写真をしばらく見た。


 女が誰なのかは分からない。

妻だったのか、友人だったのか。

今も生きているのかどうかも。

ただ、この部屋に来る人間はもういなかった。

それだけは確かだった。


 坂本が戻ってきた。


「救急、来ます。所轄にも入れました」


「ああ」


「身寄りは」


「これから確認だ」


 桐島は写真から目を離した。


 本棚の横に、小さなメモ帳があった。

几帳面な字で、日付と天気が書いてある。

日記のようなものだ。

最後の記録は五日前だった。

晴れ、と書いてあった。

それだけだった。


 桐島はメモ帳を元の場所に戻した。


 救急が来て、部屋が慌ただしくなった。

桐島は邪魔にならないよう、廊下に出た。


 坂本が隣に立って、煙草を取り出した。

ここでは吸えないので、ただ手の中で転がしている。


「こういう部屋、慣れないっすね」


「慣れる必要はない」


「桐島さんは慣れてますか」


「見飽きた」


 坂本は少し黙った。


「でも引きずらないですよね、桐島さんは」


 桐島は答えなかった。

引きずっていないのか、引きずり方が変わっただけなのか、自分でも分からなかった。


 廊下の窓から、空が見えた。

晴れていた。

五日前と同じ空かもしれないと、桐島は思った。

思っただけで、それ以上は考えなかった。

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