第6話 禁断の果実……じゃなくて卵
ピチャピチャと音をたてながら、猫が皿のミルクを美味しそうに飲んでいる。
素奈多は、床に体育座りをしてその様子を見守りながら、ぐるんぐるん空回りする頭の中を整理しようとしていた。
バラバラになった卵の殻を左手で並べながら、右手に握ったもうひとつの卵に視線を移した。
あのとき、どさくさまぎれに、転がった卵をもうひとつ手に握りしめてきたのだ。
このマンションの玄関はオートロック式で、迷い猫が簡単に入り込めるような構造ではない。
どこから見ても、キジタローそっくりだけど……。
マンションの誰かが飼っている猫だろうか?
どこかの部屋から逃げ出した猫が、たまたま迷い込んだだけ、のことだろうか……?
素奈多は天井を仰いだ。
まさか……。
本当に、あの卵から生まれたなんてことがあるだろうか?
自分でも莫迦なことを考えていると思った。
だいいち、あの小さな鶏の卵から、ひとかかえもある成猫が簡単に生まれるわけがない。
いや。
ポケットから出てきた卵の殻と、クローゼットの中に落ちていた殻を合わせると、ずいぶんと大きな、ダチョウの卵くらいの大きさになるようだ。
中の生き物が成長するに従って、卵の殻がゴムのように自在に伸びていくようなイメージが浮かんだ。
ふと、キジタローが卵の中の白身みたいな部分を前足で触ったのを思い出した。
キジタローが触ったあと、卵をくっつけると吸い付いて離れなくなった。
ゾクッと背筋が寒くなった。
この猫は、キジトラの配分といい、顔つきといい、金色の目といい、なにからなにまであのキジタローとそっくりだ。
そう、まるでコピーのように。
コピー。
右手の卵に視線を移した。
この卵は、魔法の卵だろうか?
中に入れたもののコピーがつくれる、魔法の卵……。
まさか……。
理性が否定していた。
でも、好奇心と、ある種の期待が素奈多の正常な判断能力を麻痺させていた。
「なにか、入れるんだ……。コピーしたい生き物の……」
素奈多は、茫然とつぶやいた。
視線をさまよわせる。
机の上の小瓶に、目がとまった。
――まさかね……。猫と人間は違うよね……。
心臓がバクバク高鳴っていた。
もし、もしも……。
これが、本物そっくりな生き物をコピーできる魔法の卵だとしたら……。
素奈多はあらがいがたい興味につきうごかされ、右手の卵を両手で握って、ちょっと力をくわえてみた。
卵はパカッと二つに割れる。
あのときと同じ、真ん中からぱっくりだ。
素奈多は立ち上がって机の前に立った。
御守りの入った小瓶のコルクの栓を、ポンと抜く。
わるいことをする前のように、ごくりと唾を呑み込んだ。
キラキラ輝く髪の毛を瓶の中からとりだして、卵の中に押し込んだ。
――うわー……。
指先が震える。
そうっと卵の割れた面をくっつけた。
――うわー、うわー、うわー……!
心臓が破裂しそうにドキドキして、口から飛び出しそうだった。
卵は、猫のときと同様、ぴったりくっついてしまって、もう離れない。
「そんなこと、あるわけないよね……」
声に出しつぶやいてみた。
まさか、本当に、こんなちっちゃな卵から人間のコピーができちゃうなんてことが、あるわけない。
猫のことは、きっとなにかの偶然に決まってる。
素奈多は、悪戯をしてしまった子供がいいわけをするように、そう自分にいいきかせた。
でも。
なにかの偶然だとしたら……。
あの、ポケットにあった卵は……。
キジタローが触った卵は、いったい、どこにいってしまったんだろう?
先輩の髪の毛を入れた卵を握りしめて、素奈多は茫然と部屋の中に立ちつくした。




