第4話 小瓶の思い出
素奈多が、どうしてもここの高校を受けたいと両親に懇願し、猛勉強に励み、見事合格したまでは良かったが……。
通学にかかる時間が問題だった。
学校と実家の間は乗り継ぎの便が悪くて、片道二時間半。
とても毎日通える所要時間ではなかった。
そこで仕方なく、素奈多は都内にマンションを借りてもらった。
こんなに早く家を出て行くなんて……と、父親は男泣きに泣いて、防犯システムのしっかりしたオートロックのマンションを手配した。
しかも、学校まで徒歩で二十分という至便なロケーションである。
一人暮らしは寂しいけれど、ちょっぴり大人になったような気分だった。
素奈多は机の上に予習の教科書を開いたまま、物思いにふけっていた。
机の上には、コルクの栓をした小瓶が置かれている。
それは、素奈多の宝物だった。
☆ ☆ ☆
足の手術もうまくいき、明後日を向いていた足も、もとの姿に戻った。
順調に傷も治り、退院が間近になって、足のリハビリが始まった頃のことだった。
庭に車椅子で出ていた素奈多は、一人で立つ練習をしていた。
ほんとうは、リハビリの先生についてもらって、ゆっくり進めなければいけないのだが、一日も早く、元通りに走ったりできるようになりたくて焦っていたのだ。
車椅子の肘掛けに両手を突っ張って、必死に体を持ち上げた。
足で体重を支えるのが辛くなってから、自分の体がどんなに重かったのか、思い知った。
決して太っているわけではないのに、腕の力だけで体を支えることの、なんと大変なことか。
退院したらダイエットしようと心に決めた。
プルプルと足が震えて力が入らない。
肘掛けから手を離すことができなかった。
そこで、場所を移動して、今度はベンチの背を支えにして立ち上がろうとがんばった。
「がんばれ、もうちょっとだ」
突然、声をかけられて、素奈多は驚いた。
声の主が九嵐だったからだ。
九嵐の声に力を得たのかどうか、素奈多は弾みをつけてぐいっと立ち上がった。
が、足がその場に吸い付いたように動かず、バランスが取れない。
前につんのめって倒れそうになった。
「あぶない!」
よろめいた素奈多を、九嵐の逞しい腕が抱き留めた。
その瞬間。
九嵐のサラサラの髪が、ふわっと素奈多の顔にかかって、素奈多の心臓は臨界点までバクバクと跳ね上がった。
素奈多は九嵐の胸にしなだれかかった。
頬が熱い。
「立てたね」
九嵐は、にっこり笑って素奈多を見下ろした。
その笑顔が、まぶしかった。
「あ……りがとうございます……」
素奈多は、九嵐の腕の中で至福の時を過ごした。
ドキドキする胸を抱えて病室まで送ってもらいながら、ここの大学の医学部の学生であること、実習で患者さんのサポートをすることもあること、などを聞いた。
幸せの絶頂だった。
このまま時が止まればいい、なんてベタな言い回しがピッタリくるひとときだった。
病室に戻ったあと、ガウンの胸元にキラキラ光る髪の毛がくっついているのに気がついた。
九嵐の、髪の毛だった。
素奈多は嬉しくなって、その髪の毛を大切に保管した。
あとで、コルクの栓の小瓶を買って、その中に大切に大切にしまった。
なにものにも変えられない、大切な大切な大切な宝物だった。




