第39話 君に出逢うために
クランは、目を伏せた。
彼の表情が曇ったので、えっ? と思って素奈多は手を伸ばした。
ふわっとクランの腕に触れる。
クランの腕が、ピクッと震えた。
「ごめん。あたし、来ないほうがよかった?」
声が、かすれた。
「……んでだよ?」
クランは、つぶやく。
「え?」
「なんで、そんな平気な顔してんだよ!」
クランは、素奈多の背後の壁を拳で殴りつけた。
――か、壁ドン?
ビクッと首をすくめて、素奈多はクランを仰ぎ見る。
彼の激情が理解できなかった。
「だって……」
「俺はっ……!」
クランは、乱暴に素奈多の体を抱き寄せた。
力一杯抱きしめられて、息が詰まる。
「や……ど、して……?」
あえぐように、素奈多は息をついた。
クランは、抱きしめる力を緩めず、素奈多の耳元で吐き出すように言った。
「俺は、おまえに逢いたかった! めちゃくちゃ逢いたかった! 話したかった! 声が聞きたかった! 抱きしめて、キスして、セックスして、全部、全部、俺のものにしたかった! もう、離したくない! もう、我慢なんかできない! おまえが嫌だって言っても、ぜったい離さない! だから、ずっと、死ぬまで俺といっしょに居てくれ!」
素奈多は、茫然としてクランの台詞を聞いていた。
頭の中が真っ白になって、彼の激情に押し流されてしまいそうだった。
「だって……、結婚するって……」
やっと、それだけを言えた。
「えっ?」
クランは、ハッとして素奈多を抱きしめた腕をゆるめた。
「おまえ、俺がいったい、誰と結婚するって思ったんだ?」
素奈多は、は? と首をかしげた。
「うそだろー? 俺、そんなに信用ねーの?」
素奈多は、パチパチと目をしばたたく。
「あれ? もしかして、あたし……と?」
クランは、ふっと微笑んだ。
「そう。おまえ。他に誰がいんだよ? 十年もかけて、アメリカまで追いかけてくるような奴、手放せねーだろ? まあ、……ちょっと、事後承諾っぽいけどな」
二人の背後で茫然と成り行きを見守っていた金髪美女が、呆れたように笑った。
「おー! ……野獣のプロポーズ……」
素奈多は、プッと吹き出した。
言い得て妙だったからだ。
「だったら、なんで、他人みたいな顔してたのよ?」
ちょっと拗ねたように素奈多は言った。
「おまえだって……。ツンて澄まして黙ってたじゃん。それにさ、自分が、すげぇ変わったって自覚、ねぇの?」
「え? あたし、老けちゃった?」
「ばか。俺、もう、ほんっと、限界……」
言うなり、クランはもう一度、素奈多の細い体を抱きしめた。
「メチャメチャ、綺麗になったって言ってんの! あー、もう、愛してる、素奈多……。もう二度と……。二度と離したくない!」
熱っぽく囁くクランの声に、素奈多は肩を震わせて泣き出した。
「あたし……、がんばって良かった……。諦めないで、自分を誤魔化さないで、良かった……」
「素奈多、返事は?」
「ん」
コツンとおでこを合わせた。
「私も愛してる……。あなたが何者でも、これからどんなことがあっても、ずっと……」
クランは、ふっと微笑んだ。
どちらからともなく、唇を寄せ合う。
誓いのキスからきっかり七秒後、廊下にクラッカーの音が鳴り響いた。
いつのまにやら、ギャラリーが二人を取り囲んでいる。
クラッカーから飛び出した紙テープを頭にひっかけながら、クランと素奈多は互いの顔を見合わせて笑った。
「がまんできないクランくん。このままパーティでオッケー? それとも早く二人きりになりたい?」
成り行きで野獣のプロポーズを目撃してしまった金髪美女が、からかうように言った。
クラッカーを鳴らした同僚たちが、歓声をあげる。
その中には、佐藤九嵐もいた。
素奈多は、九嵐に目顔で挨拶した。
九嵐も優しくうなずいた。
素奈多は恥ずかしそうに頬を染め、クランを見上げた。
そして一同に視線を巡らせる。
「あ、あの、初めまして。鈴木素奈多です」
自己紹介する。
「んなこた、みんなわかってるよ」
クランは、素奈多の頭をぐいっと抱き込んで、ニッと笑った。
「おまえら、邪魔すんなよ。邪魔しねぇんなら、パーティ、つきあってやる」
同僚たちはドッと笑った。
クランを取り巻く人間関係が、とても暖かなものであることがストレートに伝わってきて、素奈多の心も温かくなった。
ここで、彼らに見守られ、クランとともに生きていくことができたなら、それが、がんばった自分への最高のご褒美かもしれない。
思い続けて良かった。
諦めなくて良かった。
クランと出逢えて良かった。
素奈多は、髪の毛にからみついた赤いハートの紙吹雪を手にとると、クランを見上げてそっと微笑んだ。




