第36話 未来への誓い
クランは、素奈多を抱き上げ、ベッドの上に寝かせた。
倒れていた点滴のスタンドを元通り立て直す。
血液がチューブの中を逆流していたのが、次第に元に戻っていった。
クランは、声を潜めると、素奈多の耳元で囁くように言った。
「正体ばらしたって判ったらどやされるぜ……。あのな、俺、佐藤九嵐の研究に一枚噛むことになったんだ」
素奈多は、けげんな顔でクランを見上げる。
横になると、眩暈が少しおさまった。
「研究?」
クランはうなずいた。
「ヤツの遺伝子を俺の細胞に導入してみたんだよ」
素奈多は、ほう、と息をついた。
「また……わかんないこと言って……。そっか、クランは先輩のクローンだから、ほんとは頭いいんだ……」
ほんとは、のあたりでクランは失笑した。
「とにかく、それで、テロメラーゼとかいう酵素が働くとテロメアが回復するらしいってわけ」
細胞分裂のたびに短くなるテロメアが、短くならないということは、衰えて死ぬはずだった細胞が再び活性化されるということで……。
いつまでも永遠に細胞が分裂できるということで……。
もしかしたら、不老不死なんていう研究も出来ちゃったりするのだろうか……?
そうなると、ちょっと……。
いや、かなり、ややこしい話になってきそうだ。
でも、とりあえず。
「それって、早い話が、クラン、死なないってこと?」
クランはうなずいた。
「珍しい研究サンプルだからな」
「じゃあ、なんで先輩の真似なんかして……?」
クランは、優しく素奈多の頭を撫でた。
「ごめんな。でも俺、けっこう芝居うまかったろ?」
「ぜーんぜん! すぐバレちゃってるくせに、なに言ってんのよ」
ハハッとクランは笑う。
その笑顔が眩しくて、ああ、生きてるんだなぁ……。
良かった……。
あのまま、ゴミ捨て場で死んじゃわなくて、本当に良かった……。
と、素奈多は思った。
ふと、クランは真顔になって、少し声を潜めた。
「俺、佐藤九嵐といっしょにアメリカに行く」
「アメリカ!」
大きな声を出した素奈多の唇に、クランは人差し指を当てる。
「二度とここには戻ってこない」
うるっと、素奈多の目に涙が浮かんだ。
「そんなの、やだよ……」
「ごめん」
クランは、ポンと素奈多の頭を叩いた。
「医療廃棄物から偶然発生したクローンは、記録に残っちゃまずいんだ。だから、頼み込んでおまえに別れを言いに来た。本当は、バレちゃまずかったんだけどな……」
素奈多は、混乱した。
死んだと聞かされて、でもやっぱり生きていて……。
今度は先輩の研究の手助けをするという。
研究サンプル……。
二度と会えない……?
「嫌だ。あたし、クランのこと忘れられないと思う」
「ばーか。おまえひとりがあがいて、どうなるもんでもねーんだよ」
正体がばれたとたんに、いつものクランだ。
「そうかもしれないけど……」
「かも、じゃねーの。そうなの!」
「だって……愛してるって言ったじゃん」
「だーかーらー……」
クランはうつむいた。
「俺だって、離れたくねーよ」
素奈多は、その吐き出すような言葉に、なんだか勇気が湧いてくるのを感じていた。
なんとなく、いいアイディアが浮かんだような気がしたのだ。
「ねぇ、もしかして……、あたしが追いかければいいのかな?」
「あぁ?」
クランは、驚いて目を見開く。
素奈多は、ふわっと笑った。
「うん。決めた。あたし、がんばって先輩と同じ研究室、目指す」
クランは唖然とした。
「それって、超難関……」
「夢みたいなこと言ってるかもしれない。めちゃくちゃがんばんなきゃ、駄目かもしれない。でも、あたしは、先輩に憧れて、ここの付属高校の外部入試枠五パーセントに食い込んだんだもん。今度だって、絶対がんばれる」
「すげぇ……。かっこいいじゃん」
素奈多は思った。
夢は、ただ見るだけじゃつまらない。
夢は、かなえるためにあるのだ。
目標が定まれば、迷わない。
立ち止まらない。
素奈多は、クランを見上げてやわらかく微笑んだ。
「約束だよ。あたしが行くまで、ちゃんと生きててね」
クランはニッと口角を歪めて笑った。
「おぉ」
ふわりと身をかがめて、素奈多の唇に乾いたキスを送る。
「じゃあな」
「うん。またね」
クランは、振り返らず、ドアの外に出ていった。
素奈多は閉じられたドアの向こうに消える足音を聞きながら、最後の涙を流した。
もう、泣かない。
それは誓いだ。
もう一度、彼に会うときまで、絶対に泣かない。
ふと、寝間着の胸のあたりに光る金色の髪の毛に気づいた。
短くて細くてサラサラした髪の毛だ。
そっと指先でつまみ上げた。
透かして見ると、キラキラ光っている。
クランの髪の毛だった。
素奈多は目を伏せ、髪の毛を握った手を胸に抱いた。
「約束だよ……。待ってて、クラン……」
噛みしめるようにつぶやいて、深く深呼吸した。




