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合わせ鏡が描く天弓(にじ)~卵から憧れのイケメン先輩が生まれちゃったんだけど、セーカクサイアクで困ってます  作者: 東條零
第五章 臨界へのカウントダウン

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第33話 罪の告白

 医学部付属病院の自己移植外科研究室のプレートがかかったドアの内側では、休日の夜中にもかかわらず、佐藤九嵐が顕微鏡に向かっていた。


 研究室には九嵐を初め、研究員と学生が数名いるだけだった。


 ドアが、乱暴にノックされた。

 四年生の田中がドアを開けようと入り口に近づいたとき、ドアはひとりでにバンと開いて、一人の女の子が現れた。


 思い詰めた顔をした、びしょ濡れの女の子だった。

 胸に、サーモンピンクの丸い物を大事そうに抱えている。

 ミニスカートから覗く足に、怪我をしていた。

 雨に洗われた血の痕が生々しかった。


「うわっ! き、きみは……?」


 四年の田中は、驚いてのけぞった。


「高等部二年の鈴木素奈多です。三年前に事故で入院して、九嵐先輩にお世話になりました」


 素奈多は、まっすぐに九嵐を見て、挑みかかるような勢いで言い放った。


 突然、乱入してきた少女の剣幕に圧倒されて、九嵐は曖昧な返事を返す。


「あ、ああ、そう……」


 その九嵐の反応で、彼が三年前の外科実習のときのことなどなにも覚えてないことを、素奈多は思い知った。


 ――先輩……覚えてないんだ……あたしのことなんか……ぜんぜん……。


 チクンと胸の奥が痛んだ。

 でも、今はそれどころではない。


「それで、僕に何か?」


 素奈多に向き直って、九嵐は落ち着いた声で訊いた。


 ああ……。

 クランと、同じ声だ……。


 素奈多の胸は、キュッと痛んだ。


 けれども。


 同じ顔をしていても、同じ声でも、雰囲気がぜんぜん違う。

 落ち着いた、物腰の柔らかい佐藤九嵐がそこにいた。


 素奈多は、意を決した。


「あたし、ウテルス・カプセル、拾いました」


 高等部の少女の口から、ウテルス・カプセルという言葉を聞いて、九嵐も後輩たちも互いに顔を見合わせる。


 素奈多は、抱いていたカーディガンを九嵐に差し出した。


「見てください。あたしが作ったクローンです」


 素奈多は、九嵐の目を見て静かに言った。


 室内が、水を打ったように静まりかえる。


 九嵐は、ずっしりと雨で濡れて重くなったカーディガンの包みを受け取った。

 実験台にそれを置いて、そっとカーディガンをめくる。


 ニセキジの死体が現れた。


 室内がどよめいた。


「これは、裏に棲み着いてる野良猫じゃないか?」

「いや、だけど、死んでる」

「悪い冗談だ」


 口々に、戸惑いの声が飛び交った。


「それでっ!」


 素奈多は、そのざわめきを抑えるように、大声を張り上げた。


「外にもうひとり、居るんです! あたしだけじゃ連れてこれないから、手を貸して下さい!」


「もうひとり?」


 ひとり、とは、通常、人間を指す単位だ。


 室内が再びどよめいた。

 誰もが、嫌な予感にさいなまれたに違いない。


「案内してくれ」


 九嵐は、いち早く事態を察したのか、素奈多を促した。


「田中、山本、着いてきてくれ」


 後輩に命じる。

 素奈多は、三人を連れて、裏手の昇降口へ出た。


 雨の降りしきるゴミ捨て場……。


 そこに、一人の男が倒れていた。


 九嵐は、一瞬、驚いて息を飲み、雨に濡れるのもかまわず男の元へ駆け寄った。

 田中も山本もあとに続いた。


「おい、君っ!」

 

 倒れている男を揺り動かす。


 クランは、ゆっくりと目を開けた。

 九嵐の顔色が変わった。


 その場の誰もが唖然として言葉を失った。

 ゴミ捨て場に倒れていたずぶ濡れの男に、視線は釘付けである。


 

 佐藤九嵐のクローンが、そこに居た――。 



 クランは悪戯っぽい笑みを浮かべ、ニッと笑った。


「よぉ」


 ぞんざいな挨拶をする。

 だが、それだけでこの研究室の人間には、事態は充分に飲み込めた。


 九嵐は、クランの腕を自分の肩に回して引き起こす。

 田中も反対側の腕を肩に担いだ。


「早く研究室に運ぼう」


 田中も山本も、黙々と従った。

 言葉さえ出ない様子だった。


 研究室の誰もが説明しなくても事態を把握してくれたようなので、素奈多はほっとした。


 さっき、研究棟を見上げたとき、九嵐の研究室の灯りがついているのが見えた。

 日曜日でもお構いなしに研究室に詰めているのは、逆にありがたかった。


 だけど、いきなりつまみ出されたらどうしようかと思っていた。


 彼らは、恐怖とも戸惑いとも混乱とも取れる表情のまま、粛々とクランを研究室に運んだ。


 きっと、これは、想像以上に大変な事態なのだ。

 猫のクローンで済んでいれば、ここまで彼らは深刻な表情をしていないだろう。


 人間をひとり、創ってしまった。


 それがどんなに恐ろしいことなのか。

 どんなに罪深いことなのか……。


 素奈多は、自分は死刑になるのかもしれない、と思った。


 でも、たとえ自分がどうなっても、クランを助けたかった。

 なんとかして、クランを、助けたかった……。


 だから、この選択に悔いはない。


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