第30話 涙を雨が隠してくれるのか
クランは、カーディガンにくるまれたニセキジを抱いたまま、とぼとぼと歩いていた。
雨足が強くなって、すでにずぶ濡れだった。
たたきつけるように頭に肩に背中に雨が突き刺さる。
その雨粒は、まるでイレギュラーなクランの存在を断罪しているようだった。
全身が鉛のように重くて、体を動かすのがおっくうだった。
それでも、ニセキジが濡れないように、自分の体で大切に庇って歩いた。
「マジ、やべーって……。体、動かね……。こんなに早いのかよ……」
アテもなく、のろのろと歩いていると、コンビニの入り口の横に、公衆電話を見つけた。
一瞬、素奈多の携帯に電話したい衝動が湧き上がった。
クランは、立ち止まった。
ニセキジを抱きしめて、天を仰いだ。
見上げた顔面に、雨が刺すように降り注いでくる。
――素奈多……。
多分、泣いていた。
泣く、ということが、クランにはよくわからなかった。
それでも、胸の奥が、引きちぎられるように痛かった。
素奈多……。
素奈多……素奈多……。
想いの全てをその名に込めて、心の中で叫んだ。
でも……。
もう、その想いは届かない。
動けなくなる前に、早く、たどり着かなければ……。
どこに?
重い足が、ゆっくりと進む。
まるで、足が行く先を知っているかのようだ。
死に場所……。
そう、自分は、死に場所に向かっているのだ。
濡れた歩道に、街灯が反射していた。
歩道の水たまりに突き刺さった雨粒が弾けていた。
揺れる灯りを映した雨粒が、花火のように水滴になって散っていた。
弾ける水が、クランのサンダルを濡らした。
しばらく歩くと、ふっと目の前が暗くなった。
体の力が一気に抜ける。
ああ、もう、時間切れだ……。
クランは、ニセキジを抱きしめたまま、その場に倒れ込んだ。
不思議と強い衝撃はなかった。
何か、大きなビニール袋の上に倒れたような、気がした。
このまま、雨が全てを溶かしてくれたらいいのに……。
だけど……。
偶然生まれてきたにしちゃあ、いい人生だった。
海を知った。
温泉を浴びた。
そして。
胸がこんなに苦しくなるほどの、想いを知った。
たとえ自分がどうなろうとも、彼女だけは護らなければと思えるほどの……。
強い、強い、想いを知った。
――これって、すげーじゃん?
雨でずぶ濡れになりながら、クランは静かに笑った。
あばよ、素奈多……。
すっげー好きだったぜ……。
そして、意識が闇に飲まれていった。




