第3話 男は美貌、女は根性!
翌日。
K大学付属高等学校の昼休みの教室で、素奈多は親友の斉藤花南といっしょにお弁当を食べていた。
「それでねぇ、花南。九嵐先輩が、大丈夫だよって、あたしの手を握ってくれたのよぉ~……」
昨日、持ってきてしまった卵を御守りのように握り、素奈多は夢心地で語っていた。
素奈多のいつもの話を「はいはい」と聞き流しながら、花南はせっせと箸を動かしている。
「その話は何百回も聞きました」
それは、素奈多が中学二年生の夏だった。
☆ ☆ ☆
救急車のサイレンが、ひどく耳障りだった。
いつまでたっても音が遠くならないので不思議だなと思っていたら、素奈多は、自分が怪我をして救急車に乗せられていることに気がついた。
点滴の管を刺されて、ジンジンする足をぐいっと引っ張られて、素奈多はぽろぽろと涙をこぼした。
体の痛みよりも、救急隊の難しい顔をしているおじさんが怖くて、周りをとりまく無機質な機械が怖くて、素奈多は泣き続けた。
やがて、救急車は病院に着いて、ストレッチャーで病院の廊下を走った。
横になったまま運ばれるのは、変な気持ちだ。
ほっぺたに、ぬるい風を感じるのが唯一の触感で、あとは天井のライトが続いているだけ。
「一五歳、女性。乗用車と接触。右大腿部開放骨折。頭部打撲。意識レベル良好」
救急隊員が、外国のドラマみたいにテキパキと素奈多の症状を医師に伝えていく。
開放骨折?
足を折って、もしかしたら、お肉の間から白い骨が覗いていたりするんだろうか……。
血がいっぱい出て、足がぐちゃぐちゃになって、明後日の方向に曲がっている映像が脳裏に浮かんだ。
気を失うくらい怖かった。
救急処置室のドアが開いて、素奈多を乗せたストレッチャーが中に滑り込んでいく。
「血液型、クロスマッチ四単位。右大腿部X線。頸部四方向。頭部CTをオーダー」
今度は白い服を着たおじさんが、指示を出している。
それが自分のことだと思うと、素奈多は不安で、心細くて、痛くて、痛くて、痛くて……。
頭の中が真っ白になっていた。
「痛いよ~。おかあさん……おかあさ……ん」
素奈多は赤ん坊のように泣きじゃくった。
そんな素奈多の母を求めてさまよう手を、グッと握りしめてくれた大きな手があった。
「大丈夫だよ。安心して。すぐに痛くなくなるから」
耳をくすぐるような、優しい声だった。
それは父の声でも母の声でもなかったけれど、とても心強い、暖かい声だった。
素奈多は涙でうるむ瞳を開け、声の主を捜した。
ゆらゆらと揺れる視界の中で、青年のさらさらの茶色い髪が処置室のライトに透けて金色に光っている。
涙でぼやぁっと輪郭がにじんで、真っ白な白衣を着た青年の背に金色の羽根が広がっているように見えた。
――うわ……あ。天使の羽根だぁ……。
お迎えに来てくれたのかなぁ……?
麻酔が効いてコトンと意識が消失する瞬間、素奈多の網膜に金色の羽根の天使の姿が焼き付いた。
それが、当時、K大学医学部四年の佐藤九嵐だった。
☆ ☆ ☆
「九嵐先輩の髪の毛がね、ライトに透けて天使の羽みたいだったんだぁ」
素奈多は、箸を振り回しながら何十回目かの昔話を親友に聞かせていた。
慣れているので、花南はせっせと弁当を食べながらクールな調子で言った。
「まあ、先輩を追って、ここの付属に合格したあんたの根性は、見上げたものよ」
この学校は首都圏近郊でも屈指の有名私立だ。
高等部からの入学は、特に狭き門と言われている。
「でも、先輩は大人で、あんたに優しくしてくれたのはお仕事。少しは現実を見なさいね」
素奈多は、くっきり二重の瞳にメラメラと闘志の炎を燃やして拳を握りしめた。
「ううん! 男は美貌。女は根性よ!」
幼稚園からこの学校にいる花南は、育ちの良い笑顔でポソッと言った。
「知性じゃなくて根性って断言するあたりが、好きよ、素奈多」
お弁当の蓋を閉じながら、花南は素奈多が大事そうに握りしめている卵をじっと見つめた。
「で、その卵、なぁに?」
素奈多は、目の高さまで卵を掲げ、昨日、パカッと割れたあたりをマジマジと観察した。
しかし、二つに割れていた痕跡は、ぜんぜんなかった。
「これね、昨日、拾ったの。先輩の研究室のゴミから」
「だいじょぶなの? 勝手に持ってきちゃって……」
「うーん……」
素奈多は、目を寄せて卵を見つめながら低く唸った。
なにしろ謎のアヤシイ物体だ。
しかも、回収されるはずの医療廃棄物。
だいじょぶじゃなかったらどうしよう……と、ちらりと胸に不安がよぎった。




