第27話 カーディガンと猫
帰宅する前に、ニセキジのお留守番のご褒美に、チュールを買った。
さすがにお腹をすかせているだろうと、二人で心配しながらドアを開け、クランがお皿にカリカリを多めに盛ってニセキジを探した。
熟睡しているのか、置いて行かれて拗ねているのか、呼んでも姿を見せない。
「ニセキジ~」
クランは、カリカリの皿を持ったまま、部屋の中を探した。
といっても狭い部屋だ。
どこか隅に潜り込んでいるのだろう。
素奈多は、着替えながら、クランに声をかけた。
「ニセキジ、拗ねちゃった?」
「あー……うん……」
クランが上の空で返事をしたとき、不意にインターフォンが鳴った。
素奈多はビックリして、インターフォンに出る。
画面に映っていたのは、素奈多の両親だった。
「えっ!? ちょ、どどど、どうしたの!?」
「どうしたのって、知らせておいたでしょう?」
ん? そういえば、上京するとか知らせが来ていたような……気もする。
このごろ、バタバタしていて、感情もジェットコースターで、すっかり忘れていた。
「早く開けてちょうだい」
インターフォン越しに、母が言った。
素奈多は、一階のドアを開けるボタンを押す。
「クラン!」
ニセキジにご飯をやっているはずの、クランを振り返った。
「うん。聞こえた。ご両親は、今日はここに泊まるのか?」
凄く真面目なトーンで、クランは言った。
違和感。
でも、両親が今にもエレベータで上がってくると思ったら、素奈多にはクランの違和感の正体に気づく余裕はなかった。
「ううん。お布団とかないから、夕飯食べたらホテルに泊まると思う」
「そうか……」
クランは、素奈多のサーモンピンクのカーディガンにくるまって眠っているニセキジを抱いていた。
あの日、卵をポケットに入れていた、始まりの日のカーディガンだった。
ニセキジは、それが大好きで、油断するとすぐ潜り込んで毛だらけにする。
「じゃあ、こいつ連れて、階段で降りるわ」
「えっ?」
「俺がいたら、困るだろ?」
「でも」
素奈多は、完全にテンパっていた。
なんだか、このまま会えなくなってしまうような……。
ここで別れてしまったら、もう二度と会えなくなってしまうような、そんな予感がした。
胸の奥で、何かが、ダメだと言っていた。
「行っちゃヤだ!」
クランは、ふっと笑った。
「お前のとこ以外、行く場所なんてねーよ。映画は、また今度な」
クランは、サンダルを突っかけると、大仏のTシャツのまま、出て行った。
クランの後ろ姿を隠すようにドアが重い音をたてて閉じる。
「……な……んで……?」
その背中が見えなくなって、ガクンと素奈多は膝をついた。
まるで、運命という名の何かが、急加速で襲ってきたような、気がした。




