第26話 この時間がずっと続けばいいのに
素奈多が目を覚ますと、横にクランの寝顔があった。
そういえば、温泉に浸かってぐるぐる考えていたのは覚えているが、そのあとの記憶がない。
おでこに冷えピタが貼ってあって、あー、またやっちゃったんだ……。
と、長風呂の癖を反省した。
きっと、宿の人にも迷惑をかけたに違いない。
そして、この、添い寝しているクランにも。
きっと、もっと、ロマンティックな夜になるはずだったのに……。
冷えピタ女の看病させちゃったな……。
「ごめんね、クラン」
そっと顔にかかったさらさらの髪に手を伸ばした。
その瞬間、パチッとクランは目を開ける。
驚いて、素奈多は手を止めた。
「おはよ」
クランは、微笑む。
「具合、どーよ?」
「うん。もう、平気」
言いながら、半身を起こした素奈多は、枕元のドライヤーをみつけた。
「あれ? ドライヤー……」
「あー。乾かさないと、風邪引くかなと思って……。まあ、変な癖ついてるかもしんないけど……」
うわぁ~……。
素奈多の心の温度が上がる。
憧れのシュチュエイション。
風呂上がりの髪を、彼氏に乾かして貰う!
ああ~……。
素奈多は、ちょっと拗ねたように唇をとがらせて言った。
「今度は、起きてるときにやって」
「えー。そんなの自分でやれよー」
「だってぇ……」
クランは、子供みたいな反応をする素奈多が可愛くて、フフッと笑った。
「いい子にしてたらな」
「やったぁっ!」
嬉しそうに、素奈多は、目を(><)こんな形にして右腕を突き上げる。
特大のガッツポーズだ。
「具合も良くなったなら、チェックアウトするか」
クランが、大きく伸びをして、ベッドから降りた。
「ニセキジも待ってるしね」
素奈多も、なんだか清々しい気持ちだ。
こういうのを、なんというのだろう?
絆が深まった?
なんか、そんな感じだ。
帰りにフロントで昨夜の騒動を詫びるクランが、とても大人っぽく見えて、素奈多は不思議な感じがした。
もちろん、素奈多もペコペコと平謝りに謝った。
「素敵なお兄さんね」
と年配の従業員さんに声をかけられて、素奈多は照れまくった。
お兄さん……か。
世間の大人の人から見れば、クランはしっかり者の大人の男の人で、素奈多は高校生の世間知らずの妹なのだ。
ということを、思い知った。
わずか数日前に生まれたばかりなのに……。
クランが気にいって着ている大仏を見学して、おしゃれなカフェで食事して、午後いっぱい、素敵なデートを楽しんだ。
家に帰る電車の中で、素奈多はとにかく喋りまくった。
「明日は、どこ行く?」
「どこでも?」
「クランの行きたいとこ、全部連れてってあげたいの!」
クランは、笑った。
「そんなに焦らなくても……」
「あたし、焦ってる?」
「多分ね」
確かに、花南にイレギュラーという言葉を聞いて、居ても立ってもいられなくなって、学校をサボって帰ってきちゃったけど……。
焦り……なんだろうか?
この、胸の奥にある正体不明の不安が、焦ってしまう原因なんだろうか……?
「じゃあ、おうちでまったり映画でも見る?」
映画と聞いて、クランはちょっと身を乗り出した。
「あ、俺さ、見たい映画があって……」
「なんていう映画?」
「しんかんせん?」
「新幹線? 鉄道映画?」
「いや~……」
「あっ! 新幹線大爆破だ。止まったら爆発するヤツ」
「いやぁ~……」
「まあいいや。サブスクにあれば、すぐ見れるし」
素奈多は一人上機嫌で、「ご飯買い込んで、おうちで映画三昧もいいね~」なんて楽しそうに笑った。
クランは、素奈多が一人で盛り上がっているので、見たい映画は『新感染ファイナル・エクスプレス』だ、ということは、言わずにおいた。




