第25話 浴衣のお姫様抱っこ
素奈多は、露天風呂に浸かって海を眺めていた。
併設のレストランで食事をとってから、女湯、男湯、と入り口が別れている廊下の前で、クランと別れた。
日帰り入浴の人も沢山いるので、風呂の入り口の前は、飲み物や軽食が取れるスペースになっている。
「ここら辺で待ってるから、ゆっくりしてこいよ」
クランは、素奈多が長風呂なのを知っている。
そう言われたとき、素奈多は、妙にしっくりきた。
知り合って……というか、クランが生まれて、わずか数日なのに、なんだかずっと昔から一緒に暮らしているような……。
自分のことを全部知っていて、受け止めてくれているような、そんな気がした。
憧れの九嵐先輩とそっくりだからかな、と思ってみたが、先輩のことは遠くから見ているのがほとんどで、実は何も知らないということを改めて思い知った。
……クランは、クランだから……。
先輩に似てるからじゃなくて……。
クランだから……。
ぶくぶくぶく……。
女湯が慌ただしくなって、女性従業員がバタバタと『女』と書いてある赤い暖簾の向こうに走り込んでいくのを、クランは浴衣姿で見ていた。
なんとなく、予感が、した。
「あの」
従業員を呼び止める。
「もしかして、僕の妹が湯あたりしてませんか?」
「えっ? 高校生くらいの女の子の? お兄さん?」
「ええ、随分待ってるのに、なかなか出てこないので」
数人に担がれるようにして連れてこられた素奈多は、おでこに冷えピタを貼られ、経口補水液をストローでチューチューしていた。
「えへへへ……。またやっちゃった……」
素奈多はクランの姿を見上げ、真っ赤に湯だった顔で力なく笑った。
クランは、素奈多の首筋に手を当てる。
熱はたいしたことはない。
「吐き気やお腹の不調は?」
「ううん。だいじょぶ」
「多分、のぼせただけだね。涼しいところで寝てれば良くなるよ」
そう言って、クランは、素奈多をガバッと抱き上げた。
軽々とお姫様抱っこして、周囲に集まった職員に詫びる。
「妹が大変ご迷惑をおかけしました」
素奈多は抱っこされたまま、ぽやぽやする頭で、クランって、外面がいいだけじゃなくて、ほんとにしっかりしてるのかなぁ~……?
なんてことをぼんやり思った。
クランは、七階の自室に素奈多を運んで、優しくベッドに寝かせた。
そっと素奈多の手を取り、優しく笑う。
「大丈夫だよ。俺がついてる」
そう言ったクランの表情が、あの、事故の時の、九嵐先輩と重なった。
室内灯に透けて光る金色の髪も、優しい笑顔も、あのときのままだった。
そりゃあそうだ。
クローンは、献体の年齢まで成長する。
素奈多は気づいていなかったが、卵に入れた先輩の髪は、今から数年前の物で、あのときの先輩と瓜二つなのは、そのせいだった。
「すき……」
朦朧とする素奈多は、あの日の先輩とそっくりな男に向かって告白した。
クランは、そっと頬に唇を寄せると、素奈多の濡れた髪を乾かすためのドライヤーを取りに行った。
――あいつ……、誰に告白してんだよ……。
クランは戸惑ったが、当の素奈多がポヤポヤしていては問いただすことも出来ない。
ただ、黙って、優しく、柔らかめの風を送って、素奈多の髪を乾かした。
まるで、時間が止まってしまったような、おだやかなひとときだった。
今夜……。
素奈多が拒絶しなければ……。
彼女の全身にキスの雨を降らせ、夢心地の中で一緒に眠ろう……。
と、思っていた。
でも。
それは無責任で身勝手な自分の想いだったかもしれない。
最後には、彼女を傷つけることになってしまうのだ。
きっと。
こうなって、ホッとしている自分がいた。
髪をかわかしているうちに、スヤスヤと寝入ってしまった素奈多の横に潜り込んで、クランはじっとそのあどけない寝顔を見つめた。
泣いたり、怒ったり、笑ったり、一瞬とても蠱惑的だったり……。
この想いは、インプリンティングだろうか?
と、クランは思った。
ひよこが、生まれて初めて目にした動く物を母親だと思い込み、長靴にさえ着いて歩くというアレだ。
だとしても。
素奈多に求めているのは母性ではない。
くるくる変わる表情が可愛くて、まっすぐぶつかってくる気持ちが心地よくて、怒っていても泣いていても、つい、抱きしめたくなる。
叶わぬ願いだとわかっていても、ずっと傍に居たくなる。
傷つけるとわかっていても、ひとつに交わりたくなる。
これが、恋だろうか?
でもそれは、なんてエゴイスティックで刹那的な想いなんだろう。
そっと、素奈多の頭を撫でた。
愛おしさが胸の底から湧き上がる。
俺の方が、好きだよ……。
その言葉は、言わずに飲み込んだ。




