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合わせ鏡が描く天弓(にじ)~卵から憧れのイケメン先輩が生まれちゃったんだけど、セーカクサイアクで困ってます  作者: 東條零
第四章 君と見た未来

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第25話 浴衣のお姫様抱っこ

 素奈多は、露天風呂に浸かって海を眺めていた。


 併設のレストランで食事をとってから、女湯、男湯、と入り口が別れている廊下の前で、クランと別れた。

 日帰り入浴の人も沢山いるので、風呂の入り口の前は、飲み物や軽食が取れるスペースになっている。


「ここら辺で待ってるから、ゆっくりしてこいよ」


 クランは、素奈多が長風呂なのを知っている。

 そう言われたとき、素奈多は、妙にしっくりきた。


 知り合って……というか、クランが生まれて、わずか数日なのに、なんだかずっと昔から一緒に暮らしているような……。

 自分のことを全部知っていて、受け止めてくれているような、そんな気がした。

 憧れの九嵐先輩とそっくりだからかな、と思ってみたが、先輩のことは遠くから見ているのがほとんどで、実は何も知らないということを改めて思い知った。


 ……クランは、クランだから……。


 先輩に似てるからじゃなくて……。


 クランだから……。


 ぶくぶくぶく……。


 

 女湯が慌ただしくなって、女性従業員がバタバタと『女』と書いてある赤い暖簾の向こうに走り込んでいくのを、クランは浴衣姿で見ていた。

 なんとなく、予感が、した。


「あの」


 従業員を呼び止める。


「もしかして、僕の妹が湯あたりしてませんか?」


「えっ? 高校生くらいの女の子の? お兄さん?」

「ええ、随分待ってるのに、なかなか出てこないので」


 数人に担がれるようにして連れてこられた素奈多は、おでこに冷えピタを貼られ、経口補水液をストローでチューチューしていた。


「えへへへ……。またやっちゃった……」


 素奈多はクランの姿を見上げ、真っ赤に湯だった顔で力なく笑った。

 クランは、素奈多の首筋に手を当てる。

 熱はたいしたことはない。


「吐き気やお腹の不調は?」

「ううん。だいじょぶ」

「多分、のぼせただけだね。涼しいところで寝てれば良くなるよ」


 そう言って、クランは、素奈多をガバッと抱き上げた。

 軽々とお姫様抱っこして、周囲に集まった職員に詫びる。


「妹が大変ご迷惑をおかけしました」


 素奈多は抱っこされたまま、ぽやぽやする頭で、クランって、外面がいいだけじゃなくて、ほんとにしっかりしてるのかなぁ~……?


 なんてことをぼんやり思った。


 

 クランは、七階の自室に素奈多を運んで、優しくベッドに寝かせた。

 そっと素奈多の手を取り、優しく笑う。


「大丈夫だよ。俺がついてる」


 そう言ったクランの表情が、あの、事故の時の、九嵐先輩と重なった。

 室内灯に透けて光る金色の髪も、優しい笑顔も、あのときのままだった。


 そりゃあそうだ。

 クローンは、献体の年齢まで成長する。


 素奈多は気づいていなかったが、卵に入れた先輩の髪は、今から数年前の物で、あのときの先輩と瓜二つなのは、そのせいだった。


「すき……」


 朦朧とする素奈多は、あの日の先輩とそっくりな男に向かって告白した。


 クランは、そっと頬に唇を寄せると、素奈多の濡れた髪を乾かすためのドライヤーを取りに行った。


 ――あいつ……、誰に告白してんだよ……。


 クランは戸惑ったが、当の素奈多がポヤポヤしていては問いただすことも出来ない。

 ただ、黙って、優しく、柔らかめの風を送って、素奈多の髪を乾かした。


 まるで、時間が止まってしまったような、おだやかなひとときだった。

 今夜……。

 素奈多が拒絶しなければ……。

 彼女の全身にキスの雨を降らせ、夢心地の中で一緒に眠ろう……。

 と、思っていた。


 でも。

 それは無責任で身勝手な自分の想いだったかもしれない。

 最後には、彼女を傷つけることになってしまうのだ。

 きっと。


 こうなって、ホッとしている自分がいた。


 髪をかわかしているうちに、スヤスヤと寝入ってしまった素奈多の横に潜り込んで、クランはじっとそのあどけない寝顔を見つめた。


 泣いたり、怒ったり、笑ったり、一瞬とても蠱惑的だったり……。

 この想いは、インプリンティングだろうか?

 と、クランは思った。

 ひよこが、生まれて初めて目にした動く物を母親だと思い込み、長靴にさえ着いて歩くというアレだ。

 

 だとしても。


 素奈多に求めているのは母性ではない。

 くるくる変わる表情が可愛くて、まっすぐぶつかってくる気持ちが心地よくて、怒っていても泣いていても、つい、抱きしめたくなる。


 叶わぬ願いだとわかっていても、ずっと傍に居たくなる。

 傷つけるとわかっていても、ひとつに交わりたくなる。


 これが、恋だろうか?

 でもそれは、なんてエゴイスティックで刹那的な想いなんだろう。


 そっと、素奈多の頭を撫でた。

 愛おしさが胸の底から湧き上がる。


 俺の方が、好きだよ……。


 その言葉は、言わずに飲み込んだ。


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