第23話 しょっぱいキス
砂浜が長く広がる海岸は、コバルトブルーの海と、雲ひとつない青空の境界がわからないほどの、壮大なパノラマだった。
「すっげー……!」
生まれて始めて見た海に、クランは感動して、しばし言葉を失っていた。
「なんでこんなにいっぱい水があるのに、溢れないんだ?」
「源泉掛け流しの温泉じゃないんだから……海の水は、湧いてこないのよ」
「源泉掛け流し……?」
クランは首をかしげる。
「あとで行ってみよ。このへん、日帰りもできる温泉があるのよ。露天風呂、気持ちいいよ」
日帰りと言ってから、旅館にお泊まりもいいなぁ、なんて、素奈多は思った。
海水浴にはまだ季節が少し早かったので、波打ち際で遊んだ。
寄せては返す波、というものが珍しいらしく、クランはおっかなびっくり濡れた砂の上を歩いた。
知識ではわかっているのだ。
太陽と月の引力の影響で潮汐という海面の高さが変動する現象が起こり、満潮と干潮を繰り返す。
太陽と月の引力が同方向、つまり満月と新月の時に、大潮となる。
また、波とは主に風によって起こされるもので、それを風浪。
船舶の通過などによって起こるものを引き波、航跡波などという。
だが、そんな知識と、実際に濡れた砂地を裸足で歩くのは全く違っていた。
なんともいえぬ不安定さと、なんともいえぬ感触。
つまり、キモチワルイのだ。
ビミョーな表情で波打ち際を歩くクランを見て、素奈多は笑った。
そんなクランのところに、ひときわ大きな波が来て、足元の砂底が大きく抉られ、波が引くとともに、沖に砂が根こそぎ持って行かれた。
急に足元がさらわれて、クランはバランスを失って尻餅をついた。
「なんだこれはぁ~!」
驚きなのか怒りなのか、クランのあげた声に、素奈多はきゃっきゃと笑ってクランに走り寄った。
クランは、次の波を被ってびしょびしょである。
「やだもう。赤ちゃんみたい」
素奈多は、爆笑しながら、波を被っているクランに手を差し伸べた。
多分、初めて足の下の砂が波に持って行かれるのを体験した時、誰もが驚くことだろう。
水の力は、それだけ凄い。
「ほら、手」
差し出された素奈多の手を握って、クランはニヤッと笑った。
「あっ」
ちょっと優しくなったので油断していた。
こいつは、あの、いたずらで、気の許せない、あのクランだったのだ。
「わっ! ちょ……!」
後悔してももう遅い、素奈多の仏心は木っ端みじんに打ち砕かれ、素奈多も、寄せてきた波に、どぷん、と頭からダイブした。
「ちょっと、クラン~!」
頭に海藻の切れ端をつけて、素奈多は顔を上げる。
「もう! ずぶ濡れじゃない! 着替え持ってきてないのに~」
海藻のリボンをつけた素奈多のプンプン顔に、クランはとびきりの笑顔を向けた。
九嵐先輩そっくりの、いや、先輩よりももっと生き生きした、太陽みたいな笑顔だった。
一瞬、その素奈多はその笑顔に見とれて固まる。
ふわりとクランの顔が近づいて、唇と唇が触れた。
「しょっぱい」
クランが、率直な感想を言う。
素奈多は笑った。
「だって、海だもん」
ずぶ濡れのまま抱き合って、キラキラ光る波に揺られながら、二人は深く口づけた。




