第21話 恋に恋する乙女は恋を知る
素奈多が登校すると、校門のところで花南が待っていた。
花南は、意味深な笑顔で、うりうりと素奈多を肘でつつく。
「昨日、どうだった?」
なにやら、興味津々の様子で、素奈多の視線をすくい上げた。
「どうって? なにが?」
「はれっ?」
素奈多のつれない反応に、拍子抜けしたように花南は首をかしげる。
「あのさ、なんにもなかったわけ?」
「ああ、おでこにちゅ~はした……らしい」
「お・で・こ?」
花南は、がっくりと肩を落とした。
「もう……。そんな可愛いこと言ってると、あたしが彼のこと誘惑しちゃうよ?」
素奈多は、一瞬、顔色を変えて花南を見る。
花南は、ふふんと鼻先で笑うと、ピンク色の唇をぺろりと舌でしめらせた。
「実は、昨日、誘ったんだけど……。断られちゃった」
素奈多は、ピクンと片眉を跳ね上げた。
「誘ったって……なにを?」
花南は、クスクスと笑う。
「決まってるじゃない。エッチしようって」
ガガーンという衝撃音が脳天を割ったような気がして、素奈多は茫然とその場に立ちつくした。
手から鞄が落ちて、地面がドスンと鳴った。
「やだ、素奈多……。そんな反応しないでよ」
素奈多は、ふるふると首を振った。
「エッチって……クランと?」
「そうよ? だって、あんたが好きなのは先輩で、彼のことはどうでもいいわけでしょ? いっしょに住んでるのにおあずけ喰わせてるんだもん。可哀想よ」
「だ、だからって……なんで、そういう……」
あわててしまって、言葉がうまく出てこなかった。
素奈多は、みっともないくらいにうろたえた。
対する花南は、余裕たっぷりだ。
「ぼやぼやしてたら、とっちゃうよ」
素奈多は、ちからいっぱい首を横に振った。
「だめ! あたし、悔しいけど、あいつのこと……好きだと思う」
花南は、やれやれと首をすくめた。
「ふふん。やっと気づいたの? 遅いわよ。それ、本人に言ってあげなさいね。彼、先輩のニセモノだって気にしてたわよ」
「え……」
そういえば、ニセモノと言ったとき、クランはとても哀しそうな顔をしたような気がする。
そんな彼の表情の変化を、ちゃんと記憶していたことに素奈多は驚いた。
そう。
最初からなんでも覚えている。
大きな手も、肩の筋肉も、胸板の厚さも、初めて触れた唇の暖かさも……。
真っ裸で、抱きついて寝ていたことも……。
で……。
見ちゃったことも……。
思い出して、ゾクリと体が震えた。
カァッと体の芯が熱くなった。
「でも」
花南が、深刻な声で言った。
「なんか、気になること言ってたから、ちゃんと聞いてみた方がいいかも」
急に素奈多は不安になった。
「気になること?」
「うん。存在がイレギュラーだから、どうしょうもない……とかなんとか……」
「イレギュラー? なんだろ?」
素奈多は、胸にインクを落としたようなシミが広がるのを感じていた。
ぜんぜん普通の人間と同じで、変わったところなんかなかったから、つい、忘れかけていた。
彼は……、クランは、得体の知れない卵から生まれたのだ。
そう思うと急に不安になって、胸の中がざわざわして落ち着かなくなった。
「花南」
「ん?」
「あたし、今日、帰る」
そういえば、目玉焼きを作っていたとき、少し具合が悪そうだった。
彼は、心配させまいとして平気な顔をしていたけど……。
「なにもそんな急に……」
花南が呆れたように素奈多を引き留める。
素奈多は、真剣な顔で花南を見た。
「ううん。なんか、すごく気になるの」
素奈多は、週番の先生の制止を振り切って、家路を急いだ。
――クラン……。
心の中で、彼の名を呼んだ。
先輩と同じ。
だけど違う男の名を。
何事もなければそれでいい。
ただ、彼の顔を見て安心したいだけだった。




